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第1章 戦国の大海原 1567年7月~
第十九話 撹乱
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俺は驚嘆し、顔を上げる。
「そちらに御付きの者を付かせる。儂の合図の後、出来る限り敵に近付け。あとは、分かるな。」
信長はそれ以上何も話すことはなく、他の兵たちに指示を出し始めた。
「清重......」
遠藤の声掛けに俺は観ずる。信長は自分を《利用》するつもりだ。《オダノブナガ》という男の持つ駒として。
しかし、それは俺にとって想定内のことだった。〈景色を目に焼き付けろ〉と言う言葉が、斎藤家がどのような土地で、城下に何があるのかをしっかりと見てこいということを意味していると気付いたのは、今になってのことではない。
(敵陣に向かう......出来る限り近づくということは、俺たちは戦うのだろうか。)
背筋が凍る。戦うことだけは勘弁だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「最初に指示を出されたということは、どうやら重要な役目の様だな。」
俺は三鷹に与えられた役目を伝えると、三鷹(かれ)は腕を組んで考える素振りを見せる。
「どういう意味でしょうか?俺と遠藤を引き離すなんて......もしかして俺は敵陣で戦うんですか......?」
「いや、どうだろうか。俺には君を戦わせることが目的だとは思えないのだが......」
「......どういうことですか?」
「あぁいや、すまん。なんとなくそう思っただけだ。あの時の殿の反応からして君を殺させる気は無いと思ったんでな。」
「森殿!こちらへ!」
家臣に呼ばれた三鷹は、「直ぐに向かう」と返答する。
「まぁ殿には何か考えがあるはずじゃ。君のこともただの捨て駒だとは思っていない。安心しなさい。」
そう言って三鷹はごつごつとした手で俺の頭をくしゃくしゃと撫で、陣へ戻った。
そもそも何の関係もない三鷹に訊ねることが間違いだった......というと言い方が悪いかもしれないが、信長が勝つために我らを囮に戦わせることだって有り得る。それにいくら考えたところで信長と意見が食い違っていれば、それだけでおしまいだ。
少なくとも今出来ることは、三鷹の発言を信じることと、合図を待つことだけだ。
その後、三鷹は信長に呼ばれる。
「可成。お主には一つ、伝えることがある。」
「伝えること......」
信長は横にいる家臣からあるものを受け取り、三鷹に差し出した。
「此度の戦、此れを用いよ。」
それは棒に取り付けられた大きな白い布。三鷹はそれを見るや否や、悟る。
(......なるほどねぇ。)
「は。」
三鷹は俯きながら、微笑んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
織田の伏兵によって龍興に伝えられたのは、織田の侵攻。それを聞きつけた龍興は素早く兵を集め、戦支度を急がせる。両軍が布陣したのはその日の昼のことだった。
「急ぎ配置に付け!!」
怒号が飛び交い、城内で兵達が走り回る中、龍興の下にある一報が飛ぶ。
「殿!瑞龍寺山に何やら不穏な動きが!!」
龍興は驚く様に立ち上がり、城から瑞龍寺山の方向を眺める。高低差を見れば下に位置しているが、予想よりも遠く、辺りが暗くなってきている為に、はっきりとは見えなかった。
「......あれは敵なのか?味方なのか?」
織田兵かもしれない。しかしあの辺りに進軍させた兵もいる。どちらかがはっきりしないと、大軍を向かうにも向かわせられない。
「偵察隊を向かわせよ。じきに夜になる故、織田兵ならば気づかれることなく向かえよう。ただし、油断はするな。」
「は。」その場にいる男は返事をし、城へと戻る。
その夜、男は数十人の兵を引き連れて、瑞龍寺山へと向かうのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夜になったが、合図はまだない。俺と遠藤は進められる様に三鷹に言われ、陣の隅で交代で眠りにつく。
「清重、起きろ。」
夜が深くなって来た頃に聞こえる遠藤の声に俺は目を覚ます。遠藤(かれ)に信長に呼ばれたと伝えられ、驚いて立ち上がろうとするが、鎧のせいで上手く立ち上がれなかった。
「儂の思った通り、龍興が動いた。」
三鷹や佐久間達のいる中、達志と遠藤に向けての信長(かれ)の話は、その一言から始まった。
「兵の半数を引かせた故に、有利だと思わせる殿の策、見事にございます!」
夜になり、斎藤家の偵察隊かと思われる者達が此方へ来たが、信長はその者達を殺すことなく逃がした。それは織田の兵が少ないと思わせるという彼の策による行為である。それによって龍興に有利だと思わせることが出来れば、援軍を呼ばれる前に進軍してくるに違いない。
「人は一粒でも不信の種を蒔けば、動くことができぬものだ。」
実は信長が瑞龍寺山に陣を築くと言ったことも、それを理解した信長の策である。
「引き出せたならば話は早い。達志、これより朝方にかけて密かに敵の背後へ付け。」
「え......御付きの人は......」
「其処(そこ)に居るではないか。」
三鷹達は俺を見て笑みを浮かべている。そこで気づいた。御付きの者というのは、三鷹達のことだったことを。
「よぉし、我らの出陣じゃぁ!」
「佐久間殿、静かになされ。」
佐久間と呼ばれた男は威勢良く家臣に声をかける。この男こそが、織田家筆頭家老として名高い佐久間信盛。彼は俺の姿を見るや否や、此方(こちら)に向かってきた。そして俺の肩を掴む。
「おぉ!其方らは確か清重といったな!話は殿から聞いておるぞ、何やら殿の御気に入りらしいなぁ!」
「これこれ、怖がっておるではないか全く......すまぬのう。」
丹羽長秀が佐久間の問い詰めを止める。俺は苦笑いを浮かべるが、いきなりのことに少々怖がってしまったのは事実だ。
御付きの者として俺に付いて来るのは、佐久間、丹羽、三鷹含む、彼らの率いる家臣百名。但し佐久間、丹羽、三鷹は途中までで折り返し陣に戻る。
「では、此れを使うぞ。殿の命により昼間に予(あらかじ)め作ったものじゃ。」
そう言って三鷹が取り出したのは、撫子の家紋が描かれた巨大な旗。それは紛れもない、斎藤家の家紋。これを駆使し、斎藤家に紛れ込むことは誰にでも容易に想像できる。良い出来だ。と丹羽は満足げに呟いた。
「......風が吹いて来たな。」
砦から陣の火を眺める信長はふうと息を吐き、後ろに控えている家臣にこう告げる。
「其方は明日の朝、城下に向かえ。それまでは休むがよい」
家臣の返事を聞くと、信長は目を細め、敵城、稲葉山城の火を目で捉えていた。
強くなる生暖かい風に、佐久間は天を向き、笑みを浮かべる。
「神風(かみかぜ)かもしれぬな。」
俺も同じ様に天を見上げる。星空の中で旗が風になびく。長年落とすことのできなかった稲葉山城を落とす絶好の好機になると信じ、彼らは歩き出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
~一時間前~
「龍興殿!瑞龍寺山に集う兵、やはり織田の者にございました!」
偵察から戻って来た男が、籠城の構えで稲葉山城に立てこもる龍興に報告する。
「そうか、ご苦労であった。兵の数はいかほどだ?」
「恐らく千五百が妥当かと!」
「千五百だと......?」
龍興は手を止め、兵の顔を見る。その男は笑みを浮かべる。
「どう考えても少のうございます!このまま攻めるのがよろしいかと!」
「......随分と嘗められたものだな。」
龍興の周りで話を聞いていた家臣はざわつく。
「好機だ......いくらなんでも少ない......」
「攻めましょう!ここで織田に勝てば、我らの名声も上がりましょうぞ!!」
全員が一致団結しているように見えた。ただ一人の男を除いては。
「お待ちくだされ。」
全員のざわつきが止まり、全員の目線がその男に集まる。
「織田軍は兵を引かせているやもしれませぬ。ここは堪(こら)えるのがよろしいかと。」
その男、《竹中重矩》はそう言って、笑みを浮かべたのだった。
------------------------
「不吉だな......」
生暖かい風を感じながら、信長は呟く。
信長は斎藤家を恐れたのではない。
彼は恐れていたのだ。《竹中重矩》という存在を。
続
「そちらに御付きの者を付かせる。儂の合図の後、出来る限り敵に近付け。あとは、分かるな。」
信長はそれ以上何も話すことはなく、他の兵たちに指示を出し始めた。
「清重......」
遠藤の声掛けに俺は観ずる。信長は自分を《利用》するつもりだ。《オダノブナガ》という男の持つ駒として。
しかし、それは俺にとって想定内のことだった。〈景色を目に焼き付けろ〉と言う言葉が、斎藤家がどのような土地で、城下に何があるのかをしっかりと見てこいということを意味していると気付いたのは、今になってのことではない。
(敵陣に向かう......出来る限り近づくということは、俺たちは戦うのだろうか。)
背筋が凍る。戦うことだけは勘弁だ。
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「最初に指示を出されたということは、どうやら重要な役目の様だな。」
俺は三鷹に与えられた役目を伝えると、三鷹(かれ)は腕を組んで考える素振りを見せる。
「どういう意味でしょうか?俺と遠藤を引き離すなんて......もしかして俺は敵陣で戦うんですか......?」
「いや、どうだろうか。俺には君を戦わせることが目的だとは思えないのだが......」
「......どういうことですか?」
「あぁいや、すまん。なんとなくそう思っただけだ。あの時の殿の反応からして君を殺させる気は無いと思ったんでな。」
「森殿!こちらへ!」
家臣に呼ばれた三鷹は、「直ぐに向かう」と返答する。
「まぁ殿には何か考えがあるはずじゃ。君のこともただの捨て駒だとは思っていない。安心しなさい。」
そう言って三鷹はごつごつとした手で俺の頭をくしゃくしゃと撫で、陣へ戻った。
そもそも何の関係もない三鷹に訊ねることが間違いだった......というと言い方が悪いかもしれないが、信長が勝つために我らを囮に戦わせることだって有り得る。それにいくら考えたところで信長と意見が食い違っていれば、それだけでおしまいだ。
少なくとも今出来ることは、三鷹の発言を信じることと、合図を待つことだけだ。
その後、三鷹は信長に呼ばれる。
「可成。お主には一つ、伝えることがある。」
「伝えること......」
信長は横にいる家臣からあるものを受け取り、三鷹に差し出した。
「此度の戦、此れを用いよ。」
それは棒に取り付けられた大きな白い布。三鷹はそれを見るや否や、悟る。
(......なるほどねぇ。)
「は。」
三鷹は俯きながら、微笑んだ。
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織田の伏兵によって龍興に伝えられたのは、織田の侵攻。それを聞きつけた龍興は素早く兵を集め、戦支度を急がせる。両軍が布陣したのはその日の昼のことだった。
「急ぎ配置に付け!!」
怒号が飛び交い、城内で兵達が走り回る中、龍興の下にある一報が飛ぶ。
「殿!瑞龍寺山に何やら不穏な動きが!!」
龍興は驚く様に立ち上がり、城から瑞龍寺山の方向を眺める。高低差を見れば下に位置しているが、予想よりも遠く、辺りが暗くなってきている為に、はっきりとは見えなかった。
「......あれは敵なのか?味方なのか?」
織田兵かもしれない。しかしあの辺りに進軍させた兵もいる。どちらかがはっきりしないと、大軍を向かうにも向かわせられない。
「偵察隊を向かわせよ。じきに夜になる故、織田兵ならば気づかれることなく向かえよう。ただし、油断はするな。」
「は。」その場にいる男は返事をし、城へと戻る。
その夜、男は数十人の兵を引き連れて、瑞龍寺山へと向かうのだった。
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夜になったが、合図はまだない。俺と遠藤は進められる様に三鷹に言われ、陣の隅で交代で眠りにつく。
「清重、起きろ。」
夜が深くなって来た頃に聞こえる遠藤の声に俺は目を覚ます。遠藤(かれ)に信長に呼ばれたと伝えられ、驚いて立ち上がろうとするが、鎧のせいで上手く立ち上がれなかった。
「儂の思った通り、龍興が動いた。」
三鷹や佐久間達のいる中、達志と遠藤に向けての信長(かれ)の話は、その一言から始まった。
「兵の半数を引かせた故に、有利だと思わせる殿の策、見事にございます!」
夜になり、斎藤家の偵察隊かと思われる者達が此方へ来たが、信長はその者達を殺すことなく逃がした。それは織田の兵が少ないと思わせるという彼の策による行為である。それによって龍興に有利だと思わせることが出来れば、援軍を呼ばれる前に進軍してくるに違いない。
「人は一粒でも不信の種を蒔けば、動くことができぬものだ。」
実は信長が瑞龍寺山に陣を築くと言ったことも、それを理解した信長の策である。
「引き出せたならば話は早い。達志、これより朝方にかけて密かに敵の背後へ付け。」
「え......御付きの人は......」
「其処(そこ)に居るではないか。」
三鷹達は俺を見て笑みを浮かべている。そこで気づいた。御付きの者というのは、三鷹達のことだったことを。
「よぉし、我らの出陣じゃぁ!」
「佐久間殿、静かになされ。」
佐久間と呼ばれた男は威勢良く家臣に声をかける。この男こそが、織田家筆頭家老として名高い佐久間信盛。彼は俺の姿を見るや否や、此方(こちら)に向かってきた。そして俺の肩を掴む。
「おぉ!其方らは確か清重といったな!話は殿から聞いておるぞ、何やら殿の御気に入りらしいなぁ!」
「これこれ、怖がっておるではないか全く......すまぬのう。」
丹羽長秀が佐久間の問い詰めを止める。俺は苦笑いを浮かべるが、いきなりのことに少々怖がってしまったのは事実だ。
御付きの者として俺に付いて来るのは、佐久間、丹羽、三鷹含む、彼らの率いる家臣百名。但し佐久間、丹羽、三鷹は途中までで折り返し陣に戻る。
「では、此れを使うぞ。殿の命により昼間に予(あらかじ)め作ったものじゃ。」
そう言って三鷹が取り出したのは、撫子の家紋が描かれた巨大な旗。それは紛れもない、斎藤家の家紋。これを駆使し、斎藤家に紛れ込むことは誰にでも容易に想像できる。良い出来だ。と丹羽は満足げに呟いた。
「......風が吹いて来たな。」
砦から陣の火を眺める信長はふうと息を吐き、後ろに控えている家臣にこう告げる。
「其方は明日の朝、城下に向かえ。それまでは休むがよい」
家臣の返事を聞くと、信長は目を細め、敵城、稲葉山城の火を目で捉えていた。
強くなる生暖かい風に、佐久間は天を向き、笑みを浮かべる。
「神風(かみかぜ)かもしれぬな。」
俺も同じ様に天を見上げる。星空の中で旗が風になびく。長年落とすことのできなかった稲葉山城を落とす絶好の好機になると信じ、彼らは歩き出した。
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~一時間前~
「龍興殿!瑞龍寺山に集う兵、やはり織田の者にございました!」
偵察から戻って来た男が、籠城の構えで稲葉山城に立てこもる龍興に報告する。
「そうか、ご苦労であった。兵の数はいかほどだ?」
「恐らく千五百が妥当かと!」
「千五百だと......?」
龍興は手を止め、兵の顔を見る。その男は笑みを浮かべる。
「どう考えても少のうございます!このまま攻めるのがよろしいかと!」
「......随分と嘗められたものだな。」
龍興の周りで話を聞いていた家臣はざわつく。
「好機だ......いくらなんでも少ない......」
「攻めましょう!ここで織田に勝てば、我らの名声も上がりましょうぞ!!」
全員が一致団結しているように見えた。ただ一人の男を除いては。
「お待ちくだされ。」
全員のざわつきが止まり、全員の目線がその男に集まる。
「織田軍は兵を引かせているやもしれませぬ。ここは堪(こら)えるのがよろしいかと。」
その男、《竹中重矩》はそう言って、笑みを浮かべたのだった。
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「不吉だな......」
生暖かい風を感じながら、信長は呟く。
信長は斎藤家を恐れたのではない。
彼は恐れていたのだ。《竹中重矩》という存在を。
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