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第1章 戦国の大海原 1567年7月~
第十四話 美濃へ
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「皆、支度は出来たか?」
赤坂の声に三人は返事をする。明くる日、赤坂は秀吉から用意されたぼろぼろの着物を着た、見窄みすぼらしい格好をした三人を見て苦笑する。
「ほぉ......凄いなこりゃぁ。」
「拙者が長年使っておりました、扮装用の召し物にございます。」
俺達は秀吉の立ち姿を見る。顔には少しだけ泥を塗り、足元は裸足に底薄の下駄。何処からどう見ても織田家家臣とは思えない風貌に仕上がった。俺達は顔を見合わせ、自分達も同じ様な格好をしているなと思うに連れて、自然と笑いが込み上げてきたのだった。
「では赤坂殿、行って参ります。」
「あれ......秀吉さん、馬は?」
「馬は乗らん。歩いて行く。」
秀吉の言葉は最もだと思った。自分たちは見窄らしいという設定でいる為、馬などに乗っていれば不自然極まりない。
しかし、ここから美濃までは隣同士とは言えども、県をまたぐようなものだ。(尾張は現在の愛知県、美濃は現在の岐阜県に位置している。)一体何十キロ離れているのだろうか。ただひとつ言えるのは、そう簡単にたどり着ける場所ではないということくらいだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
赤坂に見送られ、三人は以前行った城とは逆方向に歩き始める。
「清重、遠藤。ひとつ訊ねる。以前城へ向かった折に、森殿と何を話していたのだ?」
「あ、あぁ、それはぁ......」
三鷹とは未来から来たこと以外、大した話をしていなかった為、俺達は返答に窮してしまう。
「言えぬとはまさか、いやらしい事か?」
「は!?」
秀吉はにやりと笑う。
「ここだけの話じゃが、あのお方はな、酒を飲むことをよく拒むのだ。それには訳があっての、酒に酔うとよくいやらしい話をし出すのだ。妻とあのような事やこのような事を......」
秀吉は二人からの尖った視線を感じ、ごほんと咳払いをする。
「......ふざけは止そう。話せない事ならばそれとして良い。いやなに、酒を飲む時以外あの方は無愛想ゆえ、相手を知らぬ筈の其方らを部屋に呼び、何やら話しているなどと聞いて、少々驚いたものでな。」
(無愛想?)
三鷹さんのあの笑顔を見る限り、無愛想という言葉は似合わない。
しかし、確かに信長と対面した際も、彼は一度も笑顔を見せることなく、あの場でじっと座っていた。
「秀吉さん、三鷹さ……あぁいや、森様が笑っている所って、見たことありますか?」
「そりゃ何度かあるが、酒を飲む時くらいじゃな。」
やはり彼は隠しているのかもしれない。自分の人格を。彼は本当に森可成として生きているんだと、改めて実感する。
(でもやっぱり、お酒の力には勝てないんだなぁ。)
《濁酒》と呼ばれる戦国時代のお酒はアルコール度数が低いと言われている。(ちなみに濁酒は今の日本酒の原型となっている。)しかしそのせいか一気に飲んでしまう為、酔って理性を失ってしまうのだろう。
「そうじゃ。美濃に着けば、美味い酒を其方らにも振舞ってやろう。」
「え、でも、俺ら未成年なんで......」
「みせいねん?」
この時代に未成年という言葉はない。〈元服〉すれば幾つでも立派な大人である。子供でも普通に酒を飲む時代だ。俺はそのことに気づき、苦笑いを浮かべるのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「さて、今宵はここらで休むとするか。」
辺りは既に暗くなり始めている。ここまで約十時間以上森の中を歩き続けた俺と遠藤は疲労困憊で、その場にへたり込んでしまった。その様子を見た秀吉は苦笑する。
「何じゃ、もう疲れ切っておるのか?全く頼りないのぉ。」
歩くことも立派な移動手段だったこの時代の人間は本当に逞たくましい。車や自転車が主な移動手段だった俺達は、既に足が棒の様になってしまっているが、秀吉とその御付きの者は今まで何もなかったかの様に元気だ。
「秀吉さん......いったいあとどれくらいで着くんですか......?」
「もうじきだ。明日の昼頃には着くはずじゃ。」
俺と遠藤は驚いた。県をまたぐとなればもっと時間がかかるものだと思っていたが、案外早く着くものだと分かり、安堵する。
「飯にする。皆、支度せよ。」
秀吉の掛け声に、御付きの者がぞろぞろと動き出し、木を集め、火打ち石と火種を取り出して火を起こし始める。俺達は棒を屋敷から持ち出した魚に刺し、火に炙る。俺は呆けるように目の前に揺らめく火を眺めていた。パチパチという音が不思議と心に安らぎを与えてくれる。
「ほれ、清重、早よ食べねば無くなってしまうぞ。」
秀吉の声によって俺は現実に引き戻される。遠藤や御付きの者達は芯の部分まで焼けた魚を美味そうに食べている。俺も秀吉が差し出した魚を受け取り、一口食べる。それは頬が落ちるほどに美味かった。
「うまいか?」秀吉の言葉に大きく頷く。秀吉と俺達の距離がより縮んだ気がして、少し嬉しかった。
「秀吉さん。冬の寒い日に織田様の草履を温めたというのは本当ですか?」
「なっ、何故そのようなことを知っておるのだ!?」
「い、いえ、昔聞いたことがあって。」
秀吉は驚いている。未来の日本では有名な話だと言いたかったが、それは出来ない。「拙者は案外他国でも知られておるのだろうか」と小言が聞こえ、俺は笑いをこらえていた。
「達志、なんでお前そんなこと知ってんだ?」
「え!?お前知らないのか!?」
突然の大声に全員の目が俺に向く。俺は恥ずかしくなった。いや、それよりも遠藤があれほど有名な話を知らないことへの驚きの方が勝ってしまっていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
辺りはすっかり暗くなり、蝉や蛙の鳴き声がより高尚に感じられる。御付きの者達は木にすがったり地に臥せたり、思い思いの体制で眠りにつく。俺も眠りについていたが、ふと目を覚ます。
(トイレ......)
俺は立ち上がり、森の奥の方へと向かう。着物のためまだ慣れていないが、どうにか用を足すことができ、帰ろうと一歩踏み出したとき、俺は気づく。
何かが来る。
草むらからガサガサと音がする。その音がだんだんと大きくなっているのを感じ、急いで皆の所へ戻ろうとする。
その時、背後に気配を感じた俺は振り返った。
男が刀を振り上げていたのだ。
「うぁあっ!!」俺は間一髪その攻撃を避け、逃げようと走り出す。しかし直ぐに何か大きなものにぶつかり尻餅を付いてしまう。恐る恐る見上げると、そこにも同じような格好をした男がいた。すると四方八方の草むらから男達が次々と現れる。
いつの間にか、俺は囲まれてしまっていた。
「髪の毛をくれぇ」
男達がおぼつかない足取りで近づいてくる。刀が月の光によって妖しく光っている。光を失ったその目は、達志の目をしっかりと捉えている。
心臓が、大きく鼓動を打つ。
「髪をぉぉぉ......かみをくれぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
俺は一人の男に押し倒され、男達はそのまま地面に倒れた達志の上に馬乗りになる。達志は暴れ、男の腹を蹴るがビクともせず、むしろその男は目をかっと開き、不気味な笑みを浮かべていた。
男はそのまま小刀を振り上げ、俺はもう駄目だと目を瞑った。
「うぁああぁあああああ!!!」
そして悲痛な叫びをあげた
その時ー
「ぐぇ」
振り下ろされた小刀の刃先が俺の顔の前で止まる。すると突然目の前の男の首から血が吹き出し、男は倒れ、刀が俺の顔の横を通り、地面に突き刺さった。俺は理解が追い付かなかった。
「清重っ!無事か!?」
「ひでよしさん......!!」
そこには秀吉が刀を持って立っていた。その刀は鮮血に染まっている。
「どけぇきさまぁぁぁ!!」
一人の男が怒り狂ったように秀吉に襲い掛かる。秀吉は俺を後ろに下がらせ、刀を構える。
「一人とは全く、舐められたもんだな。」
彼の見せるその目は、鋭く光っていた。まるで、初めて出会ったあの時のように。
秀吉は男の襲撃を刀ではじき、一瞬のうちに男の背後に回り込んだ。
「っ!?」
「其方には悪いが、こやつを殺される訳にはいかぬのだ。」
秀吉は男を背後から切りつける。大量の血をまき散らし、秀吉は男の返り血を浴びる。
それを見た男たちは同時に秀吉に襲い掛かるが、それにも関わらず冷静に相手の手を防ぎ、次々となぎ倒してゆく。
「さてと、あと何人だ。」
秀吉は袖で汗を拭く。辺りが暗くてよく見えない。秀吉は目を細めた、その時だった。
「......っ!?」
秀吉は後ろから捕らえられ、思い切り腹を蹴られる。
「ぐはぁあっっ!!」
秀吉はその場に膝をつく。俺は突然のことに目を丸くした。
「ククク......見事な抗いだな。さぁ、死ぬがいい。」
男は秀吉の首に刃を付けるが、動きを止めた。
彼ひでよしは、笑みを浮かべていたのだ。
「つまらぬのう。そんなものか。」
そう言った瞬間、目の前の男は倒れる。その後、ゆっくりと秀吉を捉えていた男の手が離れ、倒れた。二本の小太刀が、彼の両手で光っていた。
「捕らえて貰えたお陰で隙が出来たな。」
残ったただ一人の男は彼を恐れ逃げようとするが、秀吉はその男を捕まえ、喚く男を御構い無しに斬りつけた。俺はその光景を呆然と見ていた。
最後の一人を斬りつけた秀吉は、その男が地に倒れるのを見て、刀の血を振り落とし鞘にしまう。月の光に照らされたその姿は、妙に美しく、そしてどこか妖しかった。
「秀吉さん……どうしてここが……?」
「起きていたからな。これで分かっただろう。我らはいつ襲われるかもわからぬ。いつ何時も己の身を守らねばならぬのだ。」
俺は体中の力が抜ける。その様子を見て、秀吉は苦笑いを浮かべた。
「何だ、こんなことで力が抜けるとは、情けないのぉ。拙者と斬り合おうたときと全く違うではないか。」
そう言って血をぬぐい、俺を背負って、皆が眠っている場所へ歩き出す。
「ありがとう......ございます......」
「先程も言っただろう。役目を終えるまで、其方を殺す訳にはいかぬのだ。」
俺は秀吉の背中に寄りかかる。細身の様に見えてごつごつとしていて、くっついているだけで安心できた。
「清重。これでもむやみに人を斬ったと言えるか?」
俺は黙り込んでしまう。その様子を感じ取った秀吉はそうかと言った。
怖かった。俺はぎゅっと秀吉の肩を掴む。微かに震えているのが分かった秀吉は、笑う。
「其方はもっと、強くならねばいかぬな。」
秀吉は皆のいるところにたどり着くと、俺を背中から落ろす。
「今宵も明日に備えよ。眠れず歩けずでは困るからな。」
そう言って秀吉は再び元の場所に戻り、目を閉じる。
彼は今も、ずっと起きているのだろうか。
秀吉は皆の安全の為に、自分のことを犠牲にしてくれている。それが何よりもありがたかった。
「少しは寝たほうがいいですよ」とだけでも伝えたかったのだが、守られた身である以上、そう口に出すことは出来なかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
明くる日、太陽が真南に上った時、俺達はついにたどり着く。
「ここが......美濃......」
俺と遠藤は、ほぉっと息を吐く。
現在の岐阜県にある美濃国。達志たちは、一日にして二十五里、約百キロの道を歩き、そこへたどり着いたのだった。
続
赤坂の声に三人は返事をする。明くる日、赤坂は秀吉から用意されたぼろぼろの着物を着た、見窄みすぼらしい格好をした三人を見て苦笑する。
「ほぉ......凄いなこりゃぁ。」
「拙者が長年使っておりました、扮装用の召し物にございます。」
俺達は秀吉の立ち姿を見る。顔には少しだけ泥を塗り、足元は裸足に底薄の下駄。何処からどう見ても織田家家臣とは思えない風貌に仕上がった。俺達は顔を見合わせ、自分達も同じ様な格好をしているなと思うに連れて、自然と笑いが込み上げてきたのだった。
「では赤坂殿、行って参ります。」
「あれ......秀吉さん、馬は?」
「馬は乗らん。歩いて行く。」
秀吉の言葉は最もだと思った。自分たちは見窄らしいという設定でいる為、馬などに乗っていれば不自然極まりない。
しかし、ここから美濃までは隣同士とは言えども、県をまたぐようなものだ。(尾張は現在の愛知県、美濃は現在の岐阜県に位置している。)一体何十キロ離れているのだろうか。ただひとつ言えるのは、そう簡単にたどり着ける場所ではないということくらいだ。
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赤坂に見送られ、三人は以前行った城とは逆方向に歩き始める。
「清重、遠藤。ひとつ訊ねる。以前城へ向かった折に、森殿と何を話していたのだ?」
「あ、あぁ、それはぁ......」
三鷹とは未来から来たこと以外、大した話をしていなかった為、俺達は返答に窮してしまう。
「言えぬとはまさか、いやらしい事か?」
「は!?」
秀吉はにやりと笑う。
「ここだけの話じゃが、あのお方はな、酒を飲むことをよく拒むのだ。それには訳があっての、酒に酔うとよくいやらしい話をし出すのだ。妻とあのような事やこのような事を......」
秀吉は二人からの尖った視線を感じ、ごほんと咳払いをする。
「......ふざけは止そう。話せない事ならばそれとして良い。いやなに、酒を飲む時以外あの方は無愛想ゆえ、相手を知らぬ筈の其方らを部屋に呼び、何やら話しているなどと聞いて、少々驚いたものでな。」
(無愛想?)
三鷹さんのあの笑顔を見る限り、無愛想という言葉は似合わない。
しかし、確かに信長と対面した際も、彼は一度も笑顔を見せることなく、あの場でじっと座っていた。
「秀吉さん、三鷹さ……あぁいや、森様が笑っている所って、見たことありますか?」
「そりゃ何度かあるが、酒を飲む時くらいじゃな。」
やはり彼は隠しているのかもしれない。自分の人格を。彼は本当に森可成として生きているんだと、改めて実感する。
(でもやっぱり、お酒の力には勝てないんだなぁ。)
《濁酒》と呼ばれる戦国時代のお酒はアルコール度数が低いと言われている。(ちなみに濁酒は今の日本酒の原型となっている。)しかしそのせいか一気に飲んでしまう為、酔って理性を失ってしまうのだろう。
「そうじゃ。美濃に着けば、美味い酒を其方らにも振舞ってやろう。」
「え、でも、俺ら未成年なんで......」
「みせいねん?」
この時代に未成年という言葉はない。〈元服〉すれば幾つでも立派な大人である。子供でも普通に酒を飲む時代だ。俺はそのことに気づき、苦笑いを浮かべるのだった。
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「さて、今宵はここらで休むとするか。」
辺りは既に暗くなり始めている。ここまで約十時間以上森の中を歩き続けた俺と遠藤は疲労困憊で、その場にへたり込んでしまった。その様子を見た秀吉は苦笑する。
「何じゃ、もう疲れ切っておるのか?全く頼りないのぉ。」
歩くことも立派な移動手段だったこの時代の人間は本当に逞たくましい。車や自転車が主な移動手段だった俺達は、既に足が棒の様になってしまっているが、秀吉とその御付きの者は今まで何もなかったかの様に元気だ。
「秀吉さん......いったいあとどれくらいで着くんですか......?」
「もうじきだ。明日の昼頃には着くはずじゃ。」
俺と遠藤は驚いた。県をまたぐとなればもっと時間がかかるものだと思っていたが、案外早く着くものだと分かり、安堵する。
「飯にする。皆、支度せよ。」
秀吉の掛け声に、御付きの者がぞろぞろと動き出し、木を集め、火打ち石と火種を取り出して火を起こし始める。俺達は棒を屋敷から持ち出した魚に刺し、火に炙る。俺は呆けるように目の前に揺らめく火を眺めていた。パチパチという音が不思議と心に安らぎを与えてくれる。
「ほれ、清重、早よ食べねば無くなってしまうぞ。」
秀吉の声によって俺は現実に引き戻される。遠藤や御付きの者達は芯の部分まで焼けた魚を美味そうに食べている。俺も秀吉が差し出した魚を受け取り、一口食べる。それは頬が落ちるほどに美味かった。
「うまいか?」秀吉の言葉に大きく頷く。秀吉と俺達の距離がより縮んだ気がして、少し嬉しかった。
「秀吉さん。冬の寒い日に織田様の草履を温めたというのは本当ですか?」
「なっ、何故そのようなことを知っておるのだ!?」
「い、いえ、昔聞いたことがあって。」
秀吉は驚いている。未来の日本では有名な話だと言いたかったが、それは出来ない。「拙者は案外他国でも知られておるのだろうか」と小言が聞こえ、俺は笑いをこらえていた。
「達志、なんでお前そんなこと知ってんだ?」
「え!?お前知らないのか!?」
突然の大声に全員の目が俺に向く。俺は恥ずかしくなった。いや、それよりも遠藤があれほど有名な話を知らないことへの驚きの方が勝ってしまっていた。
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辺りはすっかり暗くなり、蝉や蛙の鳴き声がより高尚に感じられる。御付きの者達は木にすがったり地に臥せたり、思い思いの体制で眠りにつく。俺も眠りについていたが、ふと目を覚ます。
(トイレ......)
俺は立ち上がり、森の奥の方へと向かう。着物のためまだ慣れていないが、どうにか用を足すことができ、帰ろうと一歩踏み出したとき、俺は気づく。
何かが来る。
草むらからガサガサと音がする。その音がだんだんと大きくなっているのを感じ、急いで皆の所へ戻ろうとする。
その時、背後に気配を感じた俺は振り返った。
男が刀を振り上げていたのだ。
「うぁあっ!!」俺は間一髪その攻撃を避け、逃げようと走り出す。しかし直ぐに何か大きなものにぶつかり尻餅を付いてしまう。恐る恐る見上げると、そこにも同じような格好をした男がいた。すると四方八方の草むらから男達が次々と現れる。
いつの間にか、俺は囲まれてしまっていた。
「髪の毛をくれぇ」
男達がおぼつかない足取りで近づいてくる。刀が月の光によって妖しく光っている。光を失ったその目は、達志の目をしっかりと捉えている。
心臓が、大きく鼓動を打つ。
「髪をぉぉぉ......かみをくれぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
俺は一人の男に押し倒され、男達はそのまま地面に倒れた達志の上に馬乗りになる。達志は暴れ、男の腹を蹴るがビクともせず、むしろその男は目をかっと開き、不気味な笑みを浮かべていた。
男はそのまま小刀を振り上げ、俺はもう駄目だと目を瞑った。
「うぁああぁあああああ!!!」
そして悲痛な叫びをあげた
その時ー
「ぐぇ」
振り下ろされた小刀の刃先が俺の顔の前で止まる。すると突然目の前の男の首から血が吹き出し、男は倒れ、刀が俺の顔の横を通り、地面に突き刺さった。俺は理解が追い付かなかった。
「清重っ!無事か!?」
「ひでよしさん......!!」
そこには秀吉が刀を持って立っていた。その刀は鮮血に染まっている。
「どけぇきさまぁぁぁ!!」
一人の男が怒り狂ったように秀吉に襲い掛かる。秀吉は俺を後ろに下がらせ、刀を構える。
「一人とは全く、舐められたもんだな。」
彼の見せるその目は、鋭く光っていた。まるで、初めて出会ったあの時のように。
秀吉は男の襲撃を刀ではじき、一瞬のうちに男の背後に回り込んだ。
「っ!?」
「其方には悪いが、こやつを殺される訳にはいかぬのだ。」
秀吉は男を背後から切りつける。大量の血をまき散らし、秀吉は男の返り血を浴びる。
それを見た男たちは同時に秀吉に襲い掛かるが、それにも関わらず冷静に相手の手を防ぎ、次々となぎ倒してゆく。
「さてと、あと何人だ。」
秀吉は袖で汗を拭く。辺りが暗くてよく見えない。秀吉は目を細めた、その時だった。
「......っ!?」
秀吉は後ろから捕らえられ、思い切り腹を蹴られる。
「ぐはぁあっっ!!」
秀吉はその場に膝をつく。俺は突然のことに目を丸くした。
「ククク......見事な抗いだな。さぁ、死ぬがいい。」
男は秀吉の首に刃を付けるが、動きを止めた。
彼ひでよしは、笑みを浮かべていたのだ。
「つまらぬのう。そんなものか。」
そう言った瞬間、目の前の男は倒れる。その後、ゆっくりと秀吉を捉えていた男の手が離れ、倒れた。二本の小太刀が、彼の両手で光っていた。
「捕らえて貰えたお陰で隙が出来たな。」
残ったただ一人の男は彼を恐れ逃げようとするが、秀吉はその男を捕まえ、喚く男を御構い無しに斬りつけた。俺はその光景を呆然と見ていた。
最後の一人を斬りつけた秀吉は、その男が地に倒れるのを見て、刀の血を振り落とし鞘にしまう。月の光に照らされたその姿は、妙に美しく、そしてどこか妖しかった。
「秀吉さん……どうしてここが……?」
「起きていたからな。これで分かっただろう。我らはいつ襲われるかもわからぬ。いつ何時も己の身を守らねばならぬのだ。」
俺は体中の力が抜ける。その様子を見て、秀吉は苦笑いを浮かべた。
「何だ、こんなことで力が抜けるとは、情けないのぉ。拙者と斬り合おうたときと全く違うではないか。」
そう言って血をぬぐい、俺を背負って、皆が眠っている場所へ歩き出す。
「ありがとう......ございます......」
「先程も言っただろう。役目を終えるまで、其方を殺す訳にはいかぬのだ。」
俺は秀吉の背中に寄りかかる。細身の様に見えてごつごつとしていて、くっついているだけで安心できた。
「清重。これでもむやみに人を斬ったと言えるか?」
俺は黙り込んでしまう。その様子を感じ取った秀吉はそうかと言った。
怖かった。俺はぎゅっと秀吉の肩を掴む。微かに震えているのが分かった秀吉は、笑う。
「其方はもっと、強くならねばいかぬな。」
秀吉は皆のいるところにたどり着くと、俺を背中から落ろす。
「今宵も明日に備えよ。眠れず歩けずでは困るからな。」
そう言って秀吉は再び元の場所に戻り、目を閉じる。
彼は今も、ずっと起きているのだろうか。
秀吉は皆の安全の為に、自分のことを犠牲にしてくれている。それが何よりもありがたかった。
「少しは寝たほうがいいですよ」とだけでも伝えたかったのだが、守られた身である以上、そう口に出すことは出来なかった。
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明くる日、太陽が真南に上った時、俺達はついにたどり着く。
「ここが......美濃......」
俺と遠藤は、ほぉっと息を吐く。
現在の岐阜県にある美濃国。達志たちは、一日にして二十五里、約百キロの道を歩き、そこへたどり着いたのだった。
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