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第1章 戦国の大海原 1567年7月~
第六話 一騎打ち
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「其方らも、こやつの仲間か。」
男はゆっくりと立ち上がる。
「見たことのない召し物だな。其方ら、織田の人間では無いな。一体何者だ?」
喉が渇く。声が出なかった。お社から見ればここは死角である。助けを呼ぶことは出来ない。
にげなきゃ
にげなきゃ、しぬ
「皆逃げろ!!」
その瞬間、遠藤は地面に落ちてある石を拾い、男に投げる。石は彼の頭に直撃する。男は頭を抑える。突然のことに達志は戸惑うが、遠藤が達志の腕を掴み、叫ぶ。
「何ぼぉっとしてんだ!行くぞ‼︎」
「遠藤っ......!」
清重達は遠藤に引っ張られるようにお社の方へ走り出す。男は目をゆっくり開き、彼らの背中を確認する。一部が右目に当たり視界がぼやけているが、恐らく一時的なものだ。
「......まあ、良いだろう。」
笑みを浮かべる男の頭からは、どくどくと赤い血が流れていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
お社に戻った達志達は、息を切らしながら眠っている生徒達を叩き起こす。恐らく男(かれ)は直ぐにでもここにやって来る。それまでに、何処かに逃げてしまった方が良い。
「先生!鹿島先生‼︎起きてください‼︎」
「ん......ぁ?清重?何でお前ここに......」
「お願いします!早く起きてください!でないと......!」
長い夢を見ていた気がする。眠りから覚めたばかりで意識が朦朧としている鹿島は、徐々に自分の周りの状況を理解し始める。昨日何があったのか。すべてを思い出したその時、彼は目を見開く。
「そうだ!元に......元に戻ってないのか!?」
達志は首を横に振り、鹿島の腕をつかむ。
「説明は後です!とにかく来てください!!」
達志は腕を引っ張り、お社の裏側へと向かう。達志と鹿島が向かう先には、既に多くの生徒が集まっていた。
「これで全員か......」
遠藤が人数を確認する。生徒たちは何があって逃げることになったのかを伝えられていないため、戸惑っているようだ。
「......みんな聞いてくれ。今吉先生が殺された。」
「っっ!?」
遠藤の言葉に全員がざわつく。そう言われて、ようやく今吉がこの場にいないと気付く者もいた。
「殺したのは日本刀を持った武士のような出で立ちの男。恐らく、もうじきこのお社にやって来る。だからその前にこの神社から逃げる。分かったか?」
「やっぱり言っただろ......俺の話は本当だったんだよ。」
落ち着いている山本はそう言って遠藤を見る。
「なぁ遠藤、仮に逃げたところで、俺たちはどこに向かえばいい?」
どこに向かう?そんなこと、何も考えていない。誰にも助けを呼べない状況で、全員が住めるほどの大きな空き家を借り、全員が飯を食べられる場所など、山を下りた山本にも分かるはずがなかった。
それでも、今はあの男が来る前に逃げるしかない。
「とにかく今は、山を下りる!話はそれからだ!!」
「校長先生、私が背負いましょう。」
鹿島の言葉に校長は有難うと頷き、鹿島はそのまま校長をおぶる。
「よし!行きますよ!田渕先生......先生?」
田渕は正気を吸い取られたように立っていた。まだ寝ぼけているのだろうか、起きてからずっとあのような様子だ。
「せんせいっ!行きますよ!!」
「あ......ああ、すまない......」
田渕は何を考えていたのか。それは彼にしか分からないこと。
その場にいる全員が山を下り始めた、その時だった。
鹿島はある違和感(・・・)を感じていた。
何かが、ない。
「すまない!先に行っててくれ!!」
鹿島はそう言って、校長を背負ったまま引き返し始める。
「鹿島先生!?」遠藤は鹿島が元の道を戻っていくのを見て、思わず叫ぶ。先に行くか待つかを考えたが、彼は歯を食いしばり、生徒たちの方に向かって再び叫んだ。
「お前たちは先に行っててくれ!山本!先導を頼んだ!!」遠藤はそう言って引き返し始める。達志は彼らのことが心配になり、遠藤が見えなくなったところで、引き返すことに決めた。
「すぐ戻って来いよ……!」
山本の言葉に達志は頷く。彼は走り始めた。
達志は息が上がる。胸が苦しい。足が重い。しかし、歯を食いしばって走り続ける。
何でこんな目に合わなければいけないんだろう。
俺たち、何か悪いことでもしたのかな。
〈これはきっと、俺たちに対する罰なのかもしれない。〉
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「はぁ......はぁ......」鹿島は一度も止まることなく登ってきた。元自衛官の彼にとって、人を抱えながら山道を走ることなど、何度も経験済みだ。
「は、早いですね鹿島先生......それにしても、どうして戻ってきたんですか......?」
鹿島はお社の裏に向かう。そこは和尚さんが埋められている場所。やはり、違和感の正体はここだ。田渕は歯を食いしばり、地を掘り始める。
「な......!?何してるんですか!?」
鹿島は無心で掘り続け、手を止めた。
「......なん......で......?」
遠藤がお社の裏へたどり着く。地面にしゃがんでいる鹿島の背中を見て、そこが死んだ和尚さんが埋められている場所だと勘づく。「鹿島先生......?」遠藤が恐る恐る話しかけると、鹿島は地面を見ながら言った。
「消えた......」
遠藤ははっとして彼の前に出来た穴を見る。そこには何かがいた形跡も何もなかった。
「ここに和尚さんを埋めたんですか......?」
鹿島は頷く。そこにいたはずの和尚さんが、跡形もなく消えてしまった。人間が一日で跡形もなく腐敗してしまうわけがない。仮に腐敗したとしても、骨や服くらいは残っている筈だ。だとしたら和尚さんは生きていた?それはない。前日鹿島は脈を確認し、ぴくりとも動かなくなってしまっていたことを確認済みだ。もちろん誰かが掘った形跡もない。
「......何なんだ......俺たちが一体何したってんだよ......!訳わかんねえよ......もう......」
鹿島は拳で地を叩き、叫ぶ。遠藤は何も言うことは出来なかった。
そこに達志がやって来る。後ろから達志を追いかけてやって来た生徒たちもいた。状況が分からない達志は、何があったのか遠藤に尋ねる。しかし遠藤は答えなかった。鹿島ははあと息をついて立ち上がる。そして、笑顔で言った
「......すまなかったな。もう下りよう。」
「見つけたぞ。」
その時、皆の心臓が大きく鼓動を打ち始める。ゆっくりと振り返ると、そこには
「あ......あぁ......」
先ほどの男が立っていた。
「貴様、よくもやってくれたな。」男は遠藤を見て、不敵な笑みを浮かべている。まるでこの状況を楽しんでいるかのように。
「う......うぁぁぁあぁぁ!!!」
生徒の中の一人が、よろけながら立ち上がり、山の中へと逃げる。その様を見た男は、フンと鼻を鳴らす。
「......まあ、一人くらい良いだろう。」
男は達志たちに刀を向ける。その刃は鋭く鈍く光っている。達志は恐怖で力が入らず、その場にへたり込む。達体中から出てくる汗が止まらない。達志はぐっと歯を食いしばる。
「拙者はな、お館様より残党も含め、戦後には皆殺してこいと申し付けられておるのだ。」
「俺たちを......殺すのか......?」
「そういうことじゃ。分かるだろう、ここで死んでもらうだけでよい。あの男のようにな。」
そう言うと、男は品定めをするかのように達志たちを眺める。
「......よし、其方からだ。」
男はそう言って清重の隣の生徒を選ぶ。その生徒は目を丸くし、徐々に呼吸が荒くなる。その生徒は逃げようと後ずさりをするが、男は彼の制服をがっと掴み、思い切り地面に押さえつける。
「がぁっ!!」
その生徒はうつ伏せのまま涙ぐむ。地面に叩きつけられた際に生じたあまりの痛みに立つこともできない。男は彼の前にしゃがみ、短刀を取り出す。
「御免。」
「い......っ!いやだぁあっ!やだぁぁぁあ助けてぇぇぇええ!!!!」
生徒は暴れながら泣き叫ぶ。達志は動けなかった。あまりの恐怖に、目の前の出来事をただ見ていることしかできなかった。
いつもそうだ。俺は何もできない。いつも人に頼ってばかりで、自分では何もしない。卑怯な奴だな。
〈お前には遠藤のようなカリスマ性はない。〉
〈清重達志。お前はとんだ弱虫だ。〉
違う
〈傍観者め。〉
違う 違う
〈お前はただの臆病者だ。〉
違う違う違う違う
達志は目をぎゅっと閉じる。
そうなのかもしれない。
でも、そんな自分はもう、嫌だ。
「待て......!!」
男は声のした方を向く。
「......ほう。」
生徒たちが達志の声に目を丸くしている中、達志は必死の形相で、頭を下げる。
「やめてくれ......もう誰も殺さないでくれ......頼む......」
必死だった。男は達志の言葉を聞き、再び笑みを浮かべる。
「其方......この者を助けたいか?」
そう言って男は腰に掛けてある二本の刀を抜き、一本を達志の前へ放り投げる。ガシャッという音に反応するように、達志の頭が上がる。
「ならば機会をやろう。拙者と討ち合え。もし其方が勝てば見逃してやる。しかし、其方が負ければ其方らを殺す。」
「はぁっ!!??」
全員が目を見開く。達志は言われた意味を理解するまでに時間がかかった。
「......死ぬのが怖いか?」男の言葉が遠くで聞こえたような気がする。達志は地面に投げられた刀に目をやる。本物の刀。相手をいとも簡単に殺してしまえる道具。
達志の目の前が徐々に回り始める。身体が震え始める。
「清重っ!!やめろ!!」
遠藤は叫ぶ。しかし、達志には何も聞こえなかった。達志は刀を手に取り、ゆっくりと立ち上がる。刀のずしりとした重さが、達志の身体に染みてゆく。
「......お前を殺せば……みんなを助けてくれるんだな……」
「うむ......」男は自分の刀に手をかけ、立ち上がる。押さえつけられていた生徒は逃げるように遠藤達の元へ向かう。
「やめろ清重!!やめてくれ!!刀を置け!!」
田渕は思わず叫ぶ。達志は皆の方を見て笑顔を浮かべる。しかし田渕は彼の顔が少しひきつっているのを、見逃さなかった。
「ちなみに拙者は其方らの顔を覚えた。もし逃げる者がおれば、拙者はどれだけの時がかかろうとも、其方らを追い、そして殺す。其方らの友が死ぬ様、せいぜいその目に焼き付けるがよいわ。」
そう言うと男は何かを思いついたように天を見上げる。
「......そういえば名乗っておらなかったな。まあこれから殺すものに名乗るなど意味のなきことだが、殺される者の名くらいは覚えて死んでもらわねばな。」男は笑う。
「拙者は織田家家臣、木下藤吉郎秀吉と申す。」
達志は固まる。〈木下藤吉郎秀吉〉。彼の名前に反応する。
かの天下人として名高い、豊臣秀吉。彼の旧姓旧名である。
(この男が、豊臣秀吉......?)
百姓身分だった秀吉は、主君織田信長の下で権威を高め大出世。信長の死後、織田家の権力を奪い、天下人となったと言われる。そんな男が今、目の前に立っている。
やはりそうだ。あの推測は正しかった。
俺たちは、戦国時代にタイムスリップしてしまった。そして、男が言う御館様というのは、織田信長のことを指している。
この世には、警察もいない。簡単に人が死ぬ世界。
もし相手(このおとこ)を殺せたとしても、俺は殺すべきなのだろうか。
この男が本当に秀吉なら、一つの傷で歴史が大きく変わってしまうんじゃないだろうか。
「......では、始めようぞ。」
秀吉は刀を構える。達志は彼の言葉を聞き、構えの姿勢を見せる。
「清重......っ!!」遠藤は歯を食いしばる。こうなってしまえば、もう祈るしかない。
(死ぬな......っ!!清重......!!)
今、自分は生と死の間に、約十人の命の上に立っている。
達志はゆっくり深呼吸をし。これまでの自分の人生を振り返っていた。
家族、学校の友達、先生、近所の人、それら一つ一つが繋がって、俺のいた世界は出来ていて、そんな窮屈でつまらなかった世界に生きることが出来たのは、本当に幸せなことだったんだな。
達志は歯を食いしばる。この時代に来て初めて死を身近に感じ、初めて生きたいと思うようになった。
俺は生きる。
達志は男を睨み、柄をぐっと握る。
いい顔だ。秀吉はそう呟いて地を蹴った。
「いざ、参る!」
秀吉はその言葉とともに、達志に向けて刀を振り下ろした。
続
男はゆっくりと立ち上がる。
「見たことのない召し物だな。其方ら、織田の人間では無いな。一体何者だ?」
喉が渇く。声が出なかった。お社から見ればここは死角である。助けを呼ぶことは出来ない。
にげなきゃ
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「皆逃げろ!!」
その瞬間、遠藤は地面に落ちてある石を拾い、男に投げる。石は彼の頭に直撃する。男は頭を抑える。突然のことに達志は戸惑うが、遠藤が達志の腕を掴み、叫ぶ。
「何ぼぉっとしてんだ!行くぞ‼︎」
「遠藤っ......!」
清重達は遠藤に引っ張られるようにお社の方へ走り出す。男は目をゆっくり開き、彼らの背中を確認する。一部が右目に当たり視界がぼやけているが、恐らく一時的なものだ。
「......まあ、良いだろう。」
笑みを浮かべる男の頭からは、どくどくと赤い血が流れていた。
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お社に戻った達志達は、息を切らしながら眠っている生徒達を叩き起こす。恐らく男(かれ)は直ぐにでもここにやって来る。それまでに、何処かに逃げてしまった方が良い。
「先生!鹿島先生‼︎起きてください‼︎」
「ん......ぁ?清重?何でお前ここに......」
「お願いします!早く起きてください!でないと......!」
長い夢を見ていた気がする。眠りから覚めたばかりで意識が朦朧としている鹿島は、徐々に自分の周りの状況を理解し始める。昨日何があったのか。すべてを思い出したその時、彼は目を見開く。
「そうだ!元に......元に戻ってないのか!?」
達志は首を横に振り、鹿島の腕をつかむ。
「説明は後です!とにかく来てください!!」
達志は腕を引っ張り、お社の裏側へと向かう。達志と鹿島が向かう先には、既に多くの生徒が集まっていた。
「これで全員か......」
遠藤が人数を確認する。生徒たちは何があって逃げることになったのかを伝えられていないため、戸惑っているようだ。
「......みんな聞いてくれ。今吉先生が殺された。」
「っっ!?」
遠藤の言葉に全員がざわつく。そう言われて、ようやく今吉がこの場にいないと気付く者もいた。
「殺したのは日本刀を持った武士のような出で立ちの男。恐らく、もうじきこのお社にやって来る。だからその前にこの神社から逃げる。分かったか?」
「やっぱり言っただろ......俺の話は本当だったんだよ。」
落ち着いている山本はそう言って遠藤を見る。
「なぁ遠藤、仮に逃げたところで、俺たちはどこに向かえばいい?」
どこに向かう?そんなこと、何も考えていない。誰にも助けを呼べない状況で、全員が住めるほどの大きな空き家を借り、全員が飯を食べられる場所など、山を下りた山本にも分かるはずがなかった。
それでも、今はあの男が来る前に逃げるしかない。
「とにかく今は、山を下りる!話はそれからだ!!」
「校長先生、私が背負いましょう。」
鹿島の言葉に校長は有難うと頷き、鹿島はそのまま校長をおぶる。
「よし!行きますよ!田渕先生......先生?」
田渕は正気を吸い取られたように立っていた。まだ寝ぼけているのだろうか、起きてからずっとあのような様子だ。
「せんせいっ!行きますよ!!」
「あ......ああ、すまない......」
田渕は何を考えていたのか。それは彼にしか分からないこと。
その場にいる全員が山を下り始めた、その時だった。
鹿島はある違和感(・・・)を感じていた。
何かが、ない。
「すまない!先に行っててくれ!!」
鹿島はそう言って、校長を背負ったまま引き返し始める。
「鹿島先生!?」遠藤は鹿島が元の道を戻っていくのを見て、思わず叫ぶ。先に行くか待つかを考えたが、彼は歯を食いしばり、生徒たちの方に向かって再び叫んだ。
「お前たちは先に行っててくれ!山本!先導を頼んだ!!」遠藤はそう言って引き返し始める。達志は彼らのことが心配になり、遠藤が見えなくなったところで、引き返すことに決めた。
「すぐ戻って来いよ……!」
山本の言葉に達志は頷く。彼は走り始めた。
達志は息が上がる。胸が苦しい。足が重い。しかし、歯を食いしばって走り続ける。
何でこんな目に合わなければいけないんだろう。
俺たち、何か悪いことでもしたのかな。
〈これはきっと、俺たちに対する罰なのかもしれない。〉
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「はぁ......はぁ......」鹿島は一度も止まることなく登ってきた。元自衛官の彼にとって、人を抱えながら山道を走ることなど、何度も経験済みだ。
「は、早いですね鹿島先生......それにしても、どうして戻ってきたんですか......?」
鹿島はお社の裏に向かう。そこは和尚さんが埋められている場所。やはり、違和感の正体はここだ。田渕は歯を食いしばり、地を掘り始める。
「な......!?何してるんですか!?」
鹿島は無心で掘り続け、手を止めた。
「......なん......で......?」
遠藤がお社の裏へたどり着く。地面にしゃがんでいる鹿島の背中を見て、そこが死んだ和尚さんが埋められている場所だと勘づく。「鹿島先生......?」遠藤が恐る恐る話しかけると、鹿島は地面を見ながら言った。
「消えた......」
遠藤ははっとして彼の前に出来た穴を見る。そこには何かがいた形跡も何もなかった。
「ここに和尚さんを埋めたんですか......?」
鹿島は頷く。そこにいたはずの和尚さんが、跡形もなく消えてしまった。人間が一日で跡形もなく腐敗してしまうわけがない。仮に腐敗したとしても、骨や服くらいは残っている筈だ。だとしたら和尚さんは生きていた?それはない。前日鹿島は脈を確認し、ぴくりとも動かなくなってしまっていたことを確認済みだ。もちろん誰かが掘った形跡もない。
「......何なんだ......俺たちが一体何したってんだよ......!訳わかんねえよ......もう......」
鹿島は拳で地を叩き、叫ぶ。遠藤は何も言うことは出来なかった。
そこに達志がやって来る。後ろから達志を追いかけてやって来た生徒たちもいた。状況が分からない達志は、何があったのか遠藤に尋ねる。しかし遠藤は答えなかった。鹿島ははあと息をついて立ち上がる。そして、笑顔で言った
「......すまなかったな。もう下りよう。」
「見つけたぞ。」
その時、皆の心臓が大きく鼓動を打ち始める。ゆっくりと振り返ると、そこには
「あ......あぁ......」
先ほどの男が立っていた。
「貴様、よくもやってくれたな。」男は遠藤を見て、不敵な笑みを浮かべている。まるでこの状況を楽しんでいるかのように。
「う......うぁぁぁあぁぁ!!!」
生徒の中の一人が、よろけながら立ち上がり、山の中へと逃げる。その様を見た男は、フンと鼻を鳴らす。
「......まあ、一人くらい良いだろう。」
男は達志たちに刀を向ける。その刃は鋭く鈍く光っている。達志は恐怖で力が入らず、その場にへたり込む。達体中から出てくる汗が止まらない。達志はぐっと歯を食いしばる。
「拙者はな、お館様より残党も含め、戦後には皆殺してこいと申し付けられておるのだ。」
「俺たちを......殺すのか......?」
「そういうことじゃ。分かるだろう、ここで死んでもらうだけでよい。あの男のようにな。」
そう言うと、男は品定めをするかのように達志たちを眺める。
「......よし、其方からだ。」
男はそう言って清重の隣の生徒を選ぶ。その生徒は目を丸くし、徐々に呼吸が荒くなる。その生徒は逃げようと後ずさりをするが、男は彼の制服をがっと掴み、思い切り地面に押さえつける。
「がぁっ!!」
その生徒はうつ伏せのまま涙ぐむ。地面に叩きつけられた際に生じたあまりの痛みに立つこともできない。男は彼の前にしゃがみ、短刀を取り出す。
「御免。」
「い......っ!いやだぁあっ!やだぁぁぁあ助けてぇぇぇええ!!!!」
生徒は暴れながら泣き叫ぶ。達志は動けなかった。あまりの恐怖に、目の前の出来事をただ見ていることしかできなかった。
いつもそうだ。俺は何もできない。いつも人に頼ってばかりで、自分では何もしない。卑怯な奴だな。
〈お前には遠藤のようなカリスマ性はない。〉
〈清重達志。お前はとんだ弱虫だ。〉
違う
〈傍観者め。〉
違う 違う
〈お前はただの臆病者だ。〉
違う違う違う違う
達志は目をぎゅっと閉じる。
そうなのかもしれない。
でも、そんな自分はもう、嫌だ。
「待て......!!」
男は声のした方を向く。
「......ほう。」
生徒たちが達志の声に目を丸くしている中、達志は必死の形相で、頭を下げる。
「やめてくれ......もう誰も殺さないでくれ......頼む......」
必死だった。男は達志の言葉を聞き、再び笑みを浮かべる。
「其方......この者を助けたいか?」
そう言って男は腰に掛けてある二本の刀を抜き、一本を達志の前へ放り投げる。ガシャッという音に反応するように、達志の頭が上がる。
「ならば機会をやろう。拙者と討ち合え。もし其方が勝てば見逃してやる。しかし、其方が負ければ其方らを殺す。」
「はぁっ!!??」
全員が目を見開く。達志は言われた意味を理解するまでに時間がかかった。
「......死ぬのが怖いか?」男の言葉が遠くで聞こえたような気がする。達志は地面に投げられた刀に目をやる。本物の刀。相手をいとも簡単に殺してしまえる道具。
達志の目の前が徐々に回り始める。身体が震え始める。
「清重っ!!やめろ!!」
遠藤は叫ぶ。しかし、達志には何も聞こえなかった。達志は刀を手に取り、ゆっくりと立ち上がる。刀のずしりとした重さが、達志の身体に染みてゆく。
「......お前を殺せば……みんなを助けてくれるんだな……」
「うむ......」男は自分の刀に手をかけ、立ち上がる。押さえつけられていた生徒は逃げるように遠藤達の元へ向かう。
「やめろ清重!!やめてくれ!!刀を置け!!」
田渕は思わず叫ぶ。達志は皆の方を見て笑顔を浮かべる。しかし田渕は彼の顔が少しひきつっているのを、見逃さなかった。
「ちなみに拙者は其方らの顔を覚えた。もし逃げる者がおれば、拙者はどれだけの時がかかろうとも、其方らを追い、そして殺す。其方らの友が死ぬ様、せいぜいその目に焼き付けるがよいわ。」
そう言うと男は何かを思いついたように天を見上げる。
「......そういえば名乗っておらなかったな。まあこれから殺すものに名乗るなど意味のなきことだが、殺される者の名くらいは覚えて死んでもらわねばな。」男は笑う。
「拙者は織田家家臣、木下藤吉郎秀吉と申す。」
達志は固まる。〈木下藤吉郎秀吉〉。彼の名前に反応する。
かの天下人として名高い、豊臣秀吉。彼の旧姓旧名である。
(この男が、豊臣秀吉......?)
百姓身分だった秀吉は、主君織田信長の下で権威を高め大出世。信長の死後、織田家の権力を奪い、天下人となったと言われる。そんな男が今、目の前に立っている。
やはりそうだ。あの推測は正しかった。
俺たちは、戦国時代にタイムスリップしてしまった。そして、男が言う御館様というのは、織田信長のことを指している。
この世には、警察もいない。簡単に人が死ぬ世界。
もし相手(このおとこ)を殺せたとしても、俺は殺すべきなのだろうか。
この男が本当に秀吉なら、一つの傷で歴史が大きく変わってしまうんじゃないだろうか。
「......では、始めようぞ。」
秀吉は刀を構える。達志は彼の言葉を聞き、構えの姿勢を見せる。
「清重......っ!!」遠藤は歯を食いしばる。こうなってしまえば、もう祈るしかない。
(死ぬな......っ!!清重......!!)
今、自分は生と死の間に、約十人の命の上に立っている。
達志はゆっくり深呼吸をし。これまでの自分の人生を振り返っていた。
家族、学校の友達、先生、近所の人、それら一つ一つが繋がって、俺のいた世界は出来ていて、そんな窮屈でつまらなかった世界に生きることが出来たのは、本当に幸せなことだったんだな。
達志は歯を食いしばる。この時代に来て初めて死を身近に感じ、初めて生きたいと思うようになった。
俺は生きる。
達志は男を睨み、柄をぐっと握る。
いい顔だ。秀吉はそう呟いて地を蹴った。
「いざ、参る!」
秀吉はその言葉とともに、達志に向けて刀を振り下ろした。
続
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