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第1章 策士、俺 (1543年 4月〜)

第二話 過去と、今

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 今思えば、其れは突然のことだった。

 あの日、大手企業の広告宣伝用イラストコンペを来週に控えていた俺は、夜遅くまでパソコンと格闘。その後上司との飲みに参加し、気づけば終電にどうにか間に合うかくらいの時間になってしまった。

 終電から家に辿り着いた俺は、外に面する非常階段を登る。
 エレベーターの無いアパートの四階までの道のりは、泥酔状態の人間には辛い。
 頭が痛い。飲みすぎてしまったのか、帰り道で激しい吐き気に襲われ、何度も道端に吐いてしまった。

 無事家に辿り着いた俺は、シャワーを浴びる。
 酔い覚ましのウーロン茶を一飲み、ぷはっと飲みさながらの声をあげた。
 
 「次のニュースです、〇〇県✕✕市に住む男性が、自宅で息を引き取って……」

 時刻は既に二時を回っている。
 この時間はどのテレビ局もニュースしか映さない。
 ただ箱の中で男が単調な声を発しながら、原稿を読み上げる映像が続く。
 
 それにしても眠い。いや、急に睡魔が差してきたという方が正しい。既に目前の映像が霞んで見えるほどに、俺の瞼は閉じかけている。
 
 「明日も早いし、寝よ......」
 俺はそのままベッドに倒れこみ、明日終わらせるべき仕事を一つ一つ確認する。
 暫く、うとうとと夢現を彷徨う。


 朦朧とした意識の中で、俺は音を聞く。
 男達の咆哮に似た声と金属音。
 やはり、連勤続きのせいで疲れているみたいだ。
 そう思いながら、俺はゆっくりと目を閉じる。
 


 その瞬間、辺りから音が消えた。





 
 (……ん?)

 俺が目を覚ましたのは、見知らぬ部屋。
 いや、目を覚ましたと言っても、目を開けていた訳ではない。

 畳の臭い。妙な寝苦しさ。
 どう考えても、俺の部屋ではなかった。
 「……っ!?」


 俺は跳ね起きる。
 その途端、左目に妙な違和感を覚えた。
 (まぶし……っ)
 左目の視界が白く発光しており、俺は耐えられず手で覆った。




 「おぉ、御目覚めか。晴幸殿」

 後方から聞き覚えの無い男の声、その方を向く俺は、男の立ち姿に目を丸くした。
 衣は着物、頭は月代さかやき。まるで時代劇に見るような出で立ち。

 「如何いたした?」
 なんだ、ここはどこだ、お前は誰だ?
 様々な疑問と憶測が脳裏をよぎる中、問い掛けに応えようとした俺は、口を押える。

 声が違う。いつもより格段に低く、図太い。
 それに、口元のざらざらとした感触。
 昨日、髭は剃った筈だった。
 おかしい。やはり何かおかしい。

 俺はおぼつかない足取りで
 側の障子を開ける。

 かがみ
 かがみはどこだ


 「晴幸殿!?」
 男の言葉に耳を貸す余裕は無く、俺は見覚えのない庭の池(水面みなも)に顔を映す。



 「なんじゃ......これ......」
 俺は無精髭を生やし、目元に大きな傷のある、むさ苦しい男になっていた。

 




 市は賑わいを見せる。
 俺は、色取り取りの店を見ては、笑顔を見せる若殿の後ろを歩く。
 歩きながら、俺は当時を思い返す。

 初めは元の時代に戻る事ばかりを考えていた。
 原因が分からない以上、高い場所から飛び降りてみたり、
 試行錯誤を重ねてみるしか無かったが、結論戻ることは叶わなかった。

 《標準語で話そうとしても、口に出せば勝手に武士語に変換されてしまう。》
 そのような奇々怪界な出来事の連続にどうしようもなくなった俺は、持っていた短刀で死のうともした。
 今思えば、《死ねば元の時代に戻れるかもしれない》と考えるほどに、
 俺の精神は追いやられていたのかもしれない。

 日も昇らぬ間、皆が寝静まっている頃に、俺は屋敷を抜け出す。
 出来る限り、誰も自分の顔を知らないであろう場所まで歩いた。
 不意に見つけた河原で刀を取り出し、震える手で首を掻き切ろうとする。
 しかし、間一髪のところで通りすがりの男に止められ、俺は一命を取り留めた。

 あの日の事は、今でも鮮明に覚えている。
 愚かなことだ。死ぬ勇気など、毛頭なかった筈なのに。

 男は肉体的、精神的に疲労困憊だった名も知らぬ俺を屋敷に招き、飯まで作ってくれた。
 情けなかった。泣きたくもなった。だが、涙が出る事は無かった。


 こんな事も今となっては、唯の笑い話である。

 あれから十年。駿河国に住む俺は、若殿とそこそこ幸せな生活を送っている。
 寧ろこの時代で生きるのも、悪くないとも思い始めていた。



 「妙な男じゃ......」


 所々から、俺の姿を見て発してるであろう悪口が聞こえ、俺は少々顔をしかめる。
 そういうのはもう慣れてしまったが、若殿も共に噂されてしまうのは流石に宜しくない。
 だから俺は若殿と外出する際は、離れて歩くことに決めている。
 しかし、若殿はそんな俺を受け入れてくれた。



 《気遣うことは無いです。
  皆分かってないのですよ。
  晴幸殿は、こんなにも優しい御方だというのに。》


 其の言葉に、俺は笑った。
 其れだけで、俺は本当に嬉しかったのだ。



 「櫛、どれがいいかしら」
 「どれでも、好きな物にするといい」

 目と鼻の先で、店主がにやにやとした笑顔を浮かべている。
 早く買ってくれという気持ちが見え見えだ。
 まったく好かない。

 そう思いつつ店主の目を見るや否や、
 俺の脳裏に赤い文字が現れる。


 セントウ  二三一
 セイジ   四五〇
 ザイリョク 八二七


 ......どうでも良いものをまた視てしまった。
 俺はふと目を逸らす。



 俺には、特別な力がある。
 戦闘、政治、財力、その他諸々、
 他人の目を見るだけで、その人の簡単なステータスを視ることができる。
 この能力を、俺は《スキル》と呼んでいる。
 恐らく転生の見返りとして、俺に与えられた能力……なのだと思う。

 それだけではない。
 床につく前に思い浮かべた《其の人》の視点から見た、《其の人》が死ぬ直前の状況を視ることができる、それも俺のスキルである。

 ただ、そのスキルには制約があり、意識的に俺自身の死の状況を視ることは出来ない。
 しかし、今回見た夢での視点は俺。つまり俺の死の状況を表していると思われる。

 此度の事例はかなりイレギュラーだ。実際この様な事は今までなかった。
 偶然見えてしまうということもあるのだろうか。
 それとも、中身の無い、只の夢だったのか。

 
 「晴幸殿っ、これにします!」
 若殿の声に現実に引き戻された俺は、彼女の持つ櫛を見る。
 それは彼女の白い手の中できらきらと輝いていた。
 (あぁ、似合うだろうな)
 晴幸は目を細める。値は想像よりも高かったが、今回ばかりはと奮発した。



 自分自身の夢を見たのは初めてだった。
 もし、あの夢が本当になる日が来た時、俺は何を思うのだろうか。

 櫛を持って笑顔を浮かべる彼女の後ろ姿を見る。
 いつか、離れてしまう時が来る。
 
 やっぱり、離れたくはなかった。
 彼女との生活を、失いたくはない。
 俺にはそれが、何よりも怖かった。




 屋敷に戻ると、玄関に一人の青年が立っていた。
 「......何者じゃ」
 見窄らしい衣を着た男は俺達の存在に気づくと、笑みを浮かべつつ近づく。

 「山本晴幸殿と、お見受けいたしまする」
 「名を名乗らぬか」

 男はにやりと笑い、目の前で立ち止まった。

 「拙者は武田家家臣、板垣信方と申す。
  率直に申し上げる。晴幸殿、どうか我らの許へ、来てくださらぬか」
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