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クリスマスおでん
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大通りを駆け、葵を探した。
葵はまだ幼い。暗い場所や人気のない場所には、怖がって近づかないはずだ。ましてや知らない場所になど足を向けないだろう。そう予想をつけて、葵に馴染みがある場所を覗いていく。
「ここにもいませんね」
「次、スーパーのほうも探してみよう」
しかしどこにも、葵の姿は見つけられなかった。見当をつけた場所は探し尽くし、芽衣と叶恵は途方に暮れた。
「あの、もしかしてさっきからスマホ鳴ってますか?」
叶恵が言った。
「あ、ほんとだ」
芽衣は慌ててコートのポケットからスマホを取り出す。と同時に、着信は途切れた。画面には、着信を知らせるメッセージがずらりと表示されている。今まで走りづめで、スマホを見ている余裕がなかった。
着信はすべて、バイト先の中華料理店からだった。その数から察するに、かなり緊急の用事だろう。芽衣は急いで折り返した。
「もしもし、大原です。すみません、今まで着信気付かなくて――」
電話に出たのは、和美だった。
「ああ、芽衣ちゃん? 良かったつながって。今ね、芽衣ちゃんを訪ねて、お店に女の子が来てるんだけど……」
芽衣と叶恵が駆けつけたとき、葵は店の奥で店長夫妻に挟まれて座っていた。小さく肩をすぼめ、うつむいている。
「店の前をずっとうろうろしている子がいるって、常連さんが気付いてね。声をかけたら、芽衣ちゃんに会いに来たっていうものだから……」
和美が説明した。
「すみません。妹がご迷惑をおかけしました」
叶恵が店長夫妻に頭を下げる。
「あなたがお兄さんね」
和美が言った。
さっきの電話で、芽衣は叶恵と葵のことを、店長夫妻に説明していた。
「なあに、気にするな。妹さんが見つかって良かった。それでいいんだよ」
と店長が優しく叶恵の肩に手をおいた。
「俺とこいつは店のほうにいるから、ゆっくり妹さんの話聞いてやりなさい。何かあったら遠慮なく声かけてな」
「外、寒かったでしょう。今温かいお茶淹れるからね」
店長夫妻が席を外すと、叶恵はそっと妹の前にしゃがみこんだ。
「葵、こんな時間に、何も言わずに家を出て行っちゃだめだろう。すごく心配したんだ。葵にもしものことがあったら、兄ちゃんも、芽衣さんも、みんな悲しい」
「……ごめんなさい」
葵は小さくつぶやいた後で、堪えていたものを吐き出すようにしゃくり上げた。
「でもね、葵どうしても芽衣ちゃんに会いたかったの。会って、クリスマスパーティーに来てほしいってお願いするつもりだったの。ここに来れば、芽衣ちゃんに会えると思って……」
芽衣は以前葵の前で、中華料理店でバイトしていると口にしたことがあった。その際「いつか食べに来てね」と、店の場所をおおまかに説明している。葵はそのときの記憶を頼りに、ここまで辿りついたらしい。
「クリスマスは大好きな人と過ごす日なんでしょ? じゃあ芽衣ちゃんが一緒じゃないパーティーなんて、変だよ」
「葵ちゃん……」
「だって葵、芽衣ちゃん大好きなんだもん。葵とお兄ちゃんと芽衣ちゃんの三人で、パーティーやりたいんだもん」
葵は涙をいっぱいに湛えた目で、まっすぐ芽衣を見つめた。
芽衣はそっと葵に歩み寄った。
「ごめんね、葵ちゃん。やっぱりわたしも、葵ちゃんとクリスマス過ごしたいな。わたし、パーティー行ってもいいかな? 葵ちゃん、わたしと一緒にクリスマス過ごしてくれるかな?」
「え? 来てくれるの?」
「うん」
「だけど芽衣ちゃん、用事があるんじゃ……」
「ううん、大丈夫だよ。ごめんね、約束したのに、やっぱりパーティー行けないなんて言って。わたし、葵ちゃんをすごく傷つけたね」
「大丈夫だよ。葵、平気だよ。芽衣ちゃんがパーティー来れるようになって、すごく嬉しい」
まだ涙の残った顔で、葵はにんまりと笑う。
たまらず、芽衣は葵を抱きしめた。葵の髪やコートには、夜の気配が染みついている。触れた肩は驚くほど小さい。こんなに幼い子がたったひとりで、暗く寒い夜道をやって来たのだ。自分に会いたいという思いだけで、ここまで。そして、自分のことを好きだと伝えてくれた。
恐れずに好きという気持ちを表現する葵の姿に、芽衣の心は打たれた。
(わたしも、葵ちゃんのようになれたらいいな)
今はまだ、この気持ちを伝えられるほどの勇気はない。だけど少なくとも、叶恵を好きだという気持ちにだけは正直であろう。叶恵を好きになった自分に、自信を持とう。
芽衣は葵の耳元で、そっと囁いた。「わたしね、ちょっと弱気になってたんだ」
「弱気?」
きょとんとして、葵が訊き返す。
「自分に自信がなかったの」
でもね、と言って、芽衣は葵の目を覗きこんだ。「これからは大丈夫だよ。葵ちゃんにいっぱい勇気をもらったからね」
和美の淹れてくれたお茶を飲んでいると、店の扉が開く音がした。外の冷たい空気が吹きこんでくる。
「こんばんは」
と、藤代の声がした。
「柴村葵がこちらでお世話になっていると、連絡もらったのですが……」
店長が出ていき、すぐに藤代と詩織を連れて戻ってきた。
「ああ良かった。葵ちゃんが無事で」
二人は葵の顔を見ると、心底ほっとした顔になった。
「ごめんなさい陽太にい、詩織さん。ここまで来てもらって……」
叶恵が頭を下げる。
「いいや、葵ちゃんの顔を見るまでは、安心できないからね」
藤代がそう言うと、その横で詩織が同意するようにうなずき、微笑んだ。
改めて店長夫妻に謝罪と礼を述べ、芽衣たちは帰路についた。
叶恵に背負われているうち、葵は寝息を立てはじめた。
「葵ちゃん、お兄ちゃんの背中で安心して、眠くなっちゃったのね」
詩織が言う。
「叶恵、背中によだれ垂らされてるぞ」
藤代が笑い声を上げた。
今まで、藤代と詩織は一緒に葵を探していたという。芽衣はそこで改めて、二人が知り合いだったことを不思議に思った。さっきまでは葵を探すのに必死で、疑問を挟んでいる余裕がなかった。
芽衣の顔色を読んだらしく、叶恵が説明する。
「詩織さんは陽太にいの彼女なんです。その縁で俺は、詩織さんに家庭教師してもらってたんですよ」
「え? 彼女……?」
芽衣の中で、断片的だったものがつながる。
少し前に藤代から、恋人が留学から帰ってきたばかりと聞いていた。その恋人というのが、詩織だったのだ。
「それで、あの……」
叶恵が気まずそうに切り出した。
「……俺、陽太にいと詩織さんの邪魔しちゃったよね? デート中だったのに、葵がいなくなったって電話しちゃって……」
対して、藤代と詩織は顔を見合わせ、にやりと笑う。
詩織は着けていたベージュ色の手袋をとって、顔の横に左手を掲げた。薬指には、指輪が光っている。
「大丈夫よ。プロポーズは終えた後だったから」
すました顔で、詩織は言った。
「プ、プロポーズ!?」
芽衣は驚き、調子はずれの声を上げた。
藤代が照れ臭そうに頭を掻いて、
「まあ、俺と詩織も付き合って長いからな。そろそろちゃんとしようと思って」
一方、詩織はちょっとはしゃいだ様子で、
「ということでわたしと陽ちゃん、来年結婚しまーす」
と宣言する。
叶恵は元々、プロポーズの件を知っていたのだろう。さほど驚いた様子もなく、
「おめでとう陽太にい、詩織さん」
「あ、あの……おめでとうございます」
少し遅れて、芽衣は言った。
「ありがとう」と詩織は微笑んでくれた。
「ねえ芽衣さん、指輪、見てくれる?」
「いいんですか?」
「見せびらかしたいんだよ。付き合ってやって、芽衣ちゃん」
藤代が口を挟んだ。
「うるさいなあ」
婚約者をひと睨みしてから、詩織は芽衣を街灯の下に引っ張っていった。
「ごめんね、芽衣さん」
そこでなぜだか芽衣は、詩織から謝られた。
「え? どうしたんですか?」
「わたしの父の実家、富山なのね。これから帰って、婚約のこととか色々報告するの。その後は留学先に戻って、後半年は日本に戻らないつもり」
「……はい」
話の先が読めず、芽衣は困惑した。
詩織は続ける。
「その前にどうしても葵ちゃんに会っておきたかったのね。わたし、叶恵くんの家庭教師やってたとき、よく葵ちゃんの保育園のお迎えとか行ってたから。久しぶりにあの子の顔を見て、一緒に遊びたかったの。わたしにとって叶恵くんと葵ちゃんは、本当の弟と妹みたいな存在なのよ。それで叶恵くんに頼んで無理して時間作ってもらったんだけど、その後でごはん会のことを知って……」
「ああ」
芽衣はうなずいた。ごはん会が行われるはずだった日、叶恵と詩織、葵の三人が並んで歩いているのを見かけた。あの日ことを、詩織は語っているのだろう。
「わたしの都合で、ごはん会中止にさせちゃってごめんなさいね」
詩織が下唇を噛む。芽衣は慌てて首を振った。
「いえ、そんな、気にしないでください」
三人が一緒にいるのを目撃したときは、確かにショックだった。落ちこみ、悲観的になって、自分の気持ちに蓋をしようとした。
だけどもう、迷わないと決めたんだ。
――わたしは、叶恵くんを好きなことを諦めない。
芽衣は詩織の細い指に目を落とす。
「指輪、よく見てもいいですか?」
「もちろんよ」
街灯に照らされ、薬指の根元がきらりと光った。
「きれい……」芽衣の口から、ため息が洩れる。
「芽衣さんにも結婚式の招待状出すから、叶恵くんと一緒に出席してね」
詩織がこそりと耳打ちしてきた。
「……わたし、昔から叶恵くんのこと見てるから、なんとなくわかるんだ。叶恵くんの心にいるのは、どんな女の子なのか」
「え……?」
訊き返した芽衣に、詩織はにっこりと笑みを返した。
(叶恵くんの心の中にいる、女の子……?)
葵はまだ幼い。暗い場所や人気のない場所には、怖がって近づかないはずだ。ましてや知らない場所になど足を向けないだろう。そう予想をつけて、葵に馴染みがある場所を覗いていく。
「ここにもいませんね」
「次、スーパーのほうも探してみよう」
しかしどこにも、葵の姿は見つけられなかった。見当をつけた場所は探し尽くし、芽衣と叶恵は途方に暮れた。
「あの、もしかしてさっきからスマホ鳴ってますか?」
叶恵が言った。
「あ、ほんとだ」
芽衣は慌ててコートのポケットからスマホを取り出す。と同時に、着信は途切れた。画面には、着信を知らせるメッセージがずらりと表示されている。今まで走りづめで、スマホを見ている余裕がなかった。
着信はすべて、バイト先の中華料理店からだった。その数から察するに、かなり緊急の用事だろう。芽衣は急いで折り返した。
「もしもし、大原です。すみません、今まで着信気付かなくて――」
電話に出たのは、和美だった。
「ああ、芽衣ちゃん? 良かったつながって。今ね、芽衣ちゃんを訪ねて、お店に女の子が来てるんだけど……」
芽衣と叶恵が駆けつけたとき、葵は店の奥で店長夫妻に挟まれて座っていた。小さく肩をすぼめ、うつむいている。
「店の前をずっとうろうろしている子がいるって、常連さんが気付いてね。声をかけたら、芽衣ちゃんに会いに来たっていうものだから……」
和美が説明した。
「すみません。妹がご迷惑をおかけしました」
叶恵が店長夫妻に頭を下げる。
「あなたがお兄さんね」
和美が言った。
さっきの電話で、芽衣は叶恵と葵のことを、店長夫妻に説明していた。
「なあに、気にするな。妹さんが見つかって良かった。それでいいんだよ」
と店長が優しく叶恵の肩に手をおいた。
「俺とこいつは店のほうにいるから、ゆっくり妹さんの話聞いてやりなさい。何かあったら遠慮なく声かけてな」
「外、寒かったでしょう。今温かいお茶淹れるからね」
店長夫妻が席を外すと、叶恵はそっと妹の前にしゃがみこんだ。
「葵、こんな時間に、何も言わずに家を出て行っちゃだめだろう。すごく心配したんだ。葵にもしものことがあったら、兄ちゃんも、芽衣さんも、みんな悲しい」
「……ごめんなさい」
葵は小さくつぶやいた後で、堪えていたものを吐き出すようにしゃくり上げた。
「でもね、葵どうしても芽衣ちゃんに会いたかったの。会って、クリスマスパーティーに来てほしいってお願いするつもりだったの。ここに来れば、芽衣ちゃんに会えると思って……」
芽衣は以前葵の前で、中華料理店でバイトしていると口にしたことがあった。その際「いつか食べに来てね」と、店の場所をおおまかに説明している。葵はそのときの記憶を頼りに、ここまで辿りついたらしい。
「クリスマスは大好きな人と過ごす日なんでしょ? じゃあ芽衣ちゃんが一緒じゃないパーティーなんて、変だよ」
「葵ちゃん……」
「だって葵、芽衣ちゃん大好きなんだもん。葵とお兄ちゃんと芽衣ちゃんの三人で、パーティーやりたいんだもん」
葵は涙をいっぱいに湛えた目で、まっすぐ芽衣を見つめた。
芽衣はそっと葵に歩み寄った。
「ごめんね、葵ちゃん。やっぱりわたしも、葵ちゃんとクリスマス過ごしたいな。わたし、パーティー行ってもいいかな? 葵ちゃん、わたしと一緒にクリスマス過ごしてくれるかな?」
「え? 来てくれるの?」
「うん」
「だけど芽衣ちゃん、用事があるんじゃ……」
「ううん、大丈夫だよ。ごめんね、約束したのに、やっぱりパーティー行けないなんて言って。わたし、葵ちゃんをすごく傷つけたね」
「大丈夫だよ。葵、平気だよ。芽衣ちゃんがパーティー来れるようになって、すごく嬉しい」
まだ涙の残った顔で、葵はにんまりと笑う。
たまらず、芽衣は葵を抱きしめた。葵の髪やコートには、夜の気配が染みついている。触れた肩は驚くほど小さい。こんなに幼い子がたったひとりで、暗く寒い夜道をやって来たのだ。自分に会いたいという思いだけで、ここまで。そして、自分のことを好きだと伝えてくれた。
恐れずに好きという気持ちを表現する葵の姿に、芽衣の心は打たれた。
(わたしも、葵ちゃんのようになれたらいいな)
今はまだ、この気持ちを伝えられるほどの勇気はない。だけど少なくとも、叶恵を好きだという気持ちにだけは正直であろう。叶恵を好きになった自分に、自信を持とう。
芽衣は葵の耳元で、そっと囁いた。「わたしね、ちょっと弱気になってたんだ」
「弱気?」
きょとんとして、葵が訊き返す。
「自分に自信がなかったの」
でもね、と言って、芽衣は葵の目を覗きこんだ。「これからは大丈夫だよ。葵ちゃんにいっぱい勇気をもらったからね」
和美の淹れてくれたお茶を飲んでいると、店の扉が開く音がした。外の冷たい空気が吹きこんでくる。
「こんばんは」
と、藤代の声がした。
「柴村葵がこちらでお世話になっていると、連絡もらったのですが……」
店長が出ていき、すぐに藤代と詩織を連れて戻ってきた。
「ああ良かった。葵ちゃんが無事で」
二人は葵の顔を見ると、心底ほっとした顔になった。
「ごめんなさい陽太にい、詩織さん。ここまで来てもらって……」
叶恵が頭を下げる。
「いいや、葵ちゃんの顔を見るまでは、安心できないからね」
藤代がそう言うと、その横で詩織が同意するようにうなずき、微笑んだ。
改めて店長夫妻に謝罪と礼を述べ、芽衣たちは帰路についた。
叶恵に背負われているうち、葵は寝息を立てはじめた。
「葵ちゃん、お兄ちゃんの背中で安心して、眠くなっちゃったのね」
詩織が言う。
「叶恵、背中によだれ垂らされてるぞ」
藤代が笑い声を上げた。
今まで、藤代と詩織は一緒に葵を探していたという。芽衣はそこで改めて、二人が知り合いだったことを不思議に思った。さっきまでは葵を探すのに必死で、疑問を挟んでいる余裕がなかった。
芽衣の顔色を読んだらしく、叶恵が説明する。
「詩織さんは陽太にいの彼女なんです。その縁で俺は、詩織さんに家庭教師してもらってたんですよ」
「え? 彼女……?」
芽衣の中で、断片的だったものがつながる。
少し前に藤代から、恋人が留学から帰ってきたばかりと聞いていた。その恋人というのが、詩織だったのだ。
「それで、あの……」
叶恵が気まずそうに切り出した。
「……俺、陽太にいと詩織さんの邪魔しちゃったよね? デート中だったのに、葵がいなくなったって電話しちゃって……」
対して、藤代と詩織は顔を見合わせ、にやりと笑う。
詩織は着けていたベージュ色の手袋をとって、顔の横に左手を掲げた。薬指には、指輪が光っている。
「大丈夫よ。プロポーズは終えた後だったから」
すました顔で、詩織は言った。
「プ、プロポーズ!?」
芽衣は驚き、調子はずれの声を上げた。
藤代が照れ臭そうに頭を掻いて、
「まあ、俺と詩織も付き合って長いからな。そろそろちゃんとしようと思って」
一方、詩織はちょっとはしゃいだ様子で、
「ということでわたしと陽ちゃん、来年結婚しまーす」
と宣言する。
叶恵は元々、プロポーズの件を知っていたのだろう。さほど驚いた様子もなく、
「おめでとう陽太にい、詩織さん」
「あ、あの……おめでとうございます」
少し遅れて、芽衣は言った。
「ありがとう」と詩織は微笑んでくれた。
「ねえ芽衣さん、指輪、見てくれる?」
「いいんですか?」
「見せびらかしたいんだよ。付き合ってやって、芽衣ちゃん」
藤代が口を挟んだ。
「うるさいなあ」
婚約者をひと睨みしてから、詩織は芽衣を街灯の下に引っ張っていった。
「ごめんね、芽衣さん」
そこでなぜだか芽衣は、詩織から謝られた。
「え? どうしたんですか?」
「わたしの父の実家、富山なのね。これから帰って、婚約のこととか色々報告するの。その後は留学先に戻って、後半年は日本に戻らないつもり」
「……はい」
話の先が読めず、芽衣は困惑した。
詩織は続ける。
「その前にどうしても葵ちゃんに会っておきたかったのね。わたし、叶恵くんの家庭教師やってたとき、よく葵ちゃんの保育園のお迎えとか行ってたから。久しぶりにあの子の顔を見て、一緒に遊びたかったの。わたしにとって叶恵くんと葵ちゃんは、本当の弟と妹みたいな存在なのよ。それで叶恵くんに頼んで無理して時間作ってもらったんだけど、その後でごはん会のことを知って……」
「ああ」
芽衣はうなずいた。ごはん会が行われるはずだった日、叶恵と詩織、葵の三人が並んで歩いているのを見かけた。あの日ことを、詩織は語っているのだろう。
「わたしの都合で、ごはん会中止にさせちゃってごめんなさいね」
詩織が下唇を噛む。芽衣は慌てて首を振った。
「いえ、そんな、気にしないでください」
三人が一緒にいるのを目撃したときは、確かにショックだった。落ちこみ、悲観的になって、自分の気持ちに蓋をしようとした。
だけどもう、迷わないと決めたんだ。
――わたしは、叶恵くんを好きなことを諦めない。
芽衣は詩織の細い指に目を落とす。
「指輪、よく見てもいいですか?」
「もちろんよ」
街灯に照らされ、薬指の根元がきらりと光った。
「きれい……」芽衣の口から、ため息が洩れる。
「芽衣さんにも結婚式の招待状出すから、叶恵くんと一緒に出席してね」
詩織がこそりと耳打ちしてきた。
「……わたし、昔から叶恵くんのこと見てるから、なんとなくわかるんだ。叶恵くんの心にいるのは、どんな女の子なのか」
「え……?」
訊き返した芽衣に、詩織はにっこりと笑みを返した。
(叶恵くんの心の中にいる、女の子……?)
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