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初デートでクレープ 後編
(2)
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空いているベンチを見つけ、芽衣と征太郎は並んで腰を下ろした。
意気揚々と箸をとる。
「じゃがバターおいしい」
買ったばかりのじゃがバターは温かく、ちょうどいい具合にバターが溶けていた。
「こっちの明太マヨ味もうまいぜ」
征太郎が自分のぶんのじゃがいもを、芽衣に差し出す。
一口もらい、芽衣はうっとりと頬をゆるませた。
「本当だ、おいしーい」
クラスの出し物のほうの当番を終えてから、芽衣は征太郎と二人、屋台を食べ歩いていた。
「今日肌寒いから、こういうのすごくおいしく感じるよね。後で向こうの屋台にあった肉まんも食べたいなあ」
「おう、食おうぜ食おうぜ」
そこで征太郎が思い出したように言う。
「そういえば、ステージそろそろはじまるけど、見に行かなくていいのか?」
もうすぐベストカップルコンテストの開催時刻。ステージを作り、タイムスケジュールを組むなど、今日まで芽衣が関わり続けたイベントだ。
「うん、行くよ」
芽衣は身を硬くした。
みんなと力を合わせて作り上げたイベント。当然、本番がどうなるのか気になる。
しかしコンテストを見に行けば、司会役の叶恵と美桜の姿が目に入ってくるだろう。芽衣は、二人が並んでいるところを見たくなかった。見れば、きっとまた心がざわつく。胸が苦しくなる。
王子様とお姫様みたいにお似合いの二人を、直視する勇気がない。
「ステージ混みそうだし、そろそろ移動するか」
征太郎がじゃがバターの入っていたパックを片付けはじめる。
芽衣もベンチから腰を浮かせた。
そのときだった。
「あ、いたいた大原さん!」
三年の文化祭実行委員が、血相を変えて駆け寄って来た。
芽衣はかるく会釈しつつ、
「先輩? どうしたんですか?」
「大変なの! 佐々木さんが行方不明になっちゃって、もうすぐ本番なのに司会役がいなくて困ってるのよ」
「ええ! 美桜ちゃんが?」
「そうなの。それで急なんだけど、大原さん代わりに司会やってくれないかな?」
「え、でも……」
「タイムスケジュール組んだの大原さんだし、コンテストの流れは理解してるでしょ? それに元々台本見ながらの進行だから、問題はないはず」
ここまで走り通しだったらしく、先輩の髪は乱れ、頬は上気し、呼吸は荒くなっている。
「大原さんにしか頼めないの。とにかく、控室に来て」
芽衣は咄嗟に、征太郎を見た。
征太郎は「いいじゃん。俺、観客席から応援してるから」と、芽衣の背中を押す。
「ごめん征太郎。わたし、行ってくるね」
芽衣は先輩とともに駆けだした。
控室に飛びこむと、芽衣に気付いた面々が安堵の色を浮かべた。
「良かった、大原さん見つかったんだ」
「芽衣さん!」
叶恵が駆け寄ってくる。
「すみません、急に司会なんて……」
「ううん、それより美桜ちゃんは?」
「手分けして探したんですけど、まだ見つかってなくて」
「どうしたんだろう」
「俺のせいかもしれません。俺、さっき佐々木さんとちょっと揉めたんで」
「だけど、美桜ちゃんはそんなことで大事な役目を投げ出す子じゃないよ」
芽衣は美桜の発言を覚えていた。一緒に模擬店チェックに向かっていたときだ。
「美桜ちゃん言ってたよね? 委員の仕事に責任持ちたいって」
「じゃあ佐々木さんは今どうして……」
「ねえ、もしかしたら美桜ちゃん――」
その考えが浮かんだ瞬間、芽衣の背筋は寒くなった。
「どこかで倒れていたりしないよね? ほら前にも貧血で倒れたことあったし……」
芽衣の言葉に、集まっていた委員たちの顔が青ざめる。
「よし、ここからはコンテストの進行に携わる者以外は、佐々木さんの捜索にあたろう」
実行委員長が指示を出すと、数人が控室を飛び出していった。
残った面々のうち、さやかと祐奈が芽衣に近づく。
「芽衣ちゃん、これ」
ドレスを差し出した。
「芽衣ちゃんをびっくりさせようと思って、内緒で作ってたの。本当は後夜祭のときにでも着てもらうつもりだったんだけど」
健康的な肌色の芽衣に似合う、オレンジ色のドレスだった。袖と裾には、軽やかな羽飾りがついている。
(すごい、きれい……絵本の世界から飛び出してきたみたいなドレス……)
「わたしのためにドレスを? どうして……」
司会の衣装を完成させるだけでも大変だったはずなのに、二人はいつの間に自分のぶんのドレスまで作っていたのだろう。
「実行委員の中で、わたしたちだけみんなと科が違うでしょう。最初はそれで気遅れてしてたっていうか、なかなかみんなの輪に入っていけなかったの。だから芽衣ちゃんが、普通科もデザイン科も関係ない、みんな仲間だって言ってくれたとき、すごく嬉しかったんだ」
さやかが言った。
祐奈がうなずき、続きを引き継ぐ。
「芽衣ちゃんの言葉があったから、わたしたち今日まで自信を持って頑張れたんだよ。だからこのドレスは、芽衣ちゃんへの感謝の意味で作っていたの。司会をするなら、ぜひこれを着て」
「ありがとう……」
芽衣は丁寧に、ドレスを受け取った。
決意は固まった。
「わたし、これを着て司会やるよ」
美桜は控室の奥、用具置き場に身を隠していた。そこには実行委員たちの会話がよく聞こえてきた。
楽しみにしていたコンテストの司会。
きれいな衣装を着て叶恵と並び、ステージの上でみんなの注目を浴びるはずだった。
だけど、もうそれはできない。叶恵の隣には立てない。
(柴村くん、きっと美桜のこと軽蔑してるよね……)
叶恵と顔を合わせるのが気まずくて、恥ずかしくて、用具置き場に隠れた。そのうちコンテストの開始時刻が迫って来た。いなくなった自分を探して、みんなが騒ぎ出した。どんどん出て行きにくい状況になってきて、美桜は今もまだずるずると用具置き場に居続けている。
(用具置き場って、控室から近すぎるからか、案外誰も探しに入ってこないんだもんな……)
このまま自分が出て行かなかったら、司会はどうなるんだろう。叶恵ひとりでこなすのか、それとも代役を立てるのか。
状況に聞き耳を立てていると、司会の代役候補に芽衣の名前が挙がった。服飾デザイン科の二人が、芽衣のぶんのドレスを用意していたことがわかり、衣装に関する問題は立ち消えた。それが決め手となり、芽衣に代役を頼もうという流れになった。服飾デザイン科の二人は芽衣に親切にしてもらったお礼に、ドレスを作ったのだという。
――嘘でしょう、なんで大原先輩なの!?
美桜はぎりぎりと奥歯を噛んだ。
以前から、叶恵と親しくしている芽衣を憎らしく思っていた。ちょっと困らせてやろうと、嫌がらせを仕掛けたこともあった。食堂でわざとぶつかって、芽衣の着ているワイシャツをカレーで汚したり、叶恵への預かり者を渡さず、こっそり池に捨てたりした。
それなのに相手はこちらの敵意になどまるで気付かず、屈託のない笑顔を向けてくる。
さらに芽衣は、叶恵の前で美桜を庇うような発言をした。
「美桜ちゃんは、そんなことで大事な役目を投げ出す子じゃないよ」
芽衣は美桜の「委員の仕事に責任を持ちたい」という旨の発言を、覚えていたのだ。そして心からそれを信じていた。
(あんな好感度上げるためだけに言った言葉、いちいち真に受けてるなんて、大原先輩ってどんだけ頭お花畑なのよ)
心の中で毒づいてみたけれど、美桜は湧き上がってくる嬉しさを抑えられなかった。
美桜は昔から異性に好かれてきた。そのぶん、同性からの反応は厳しかった。高校に入学してからはうまく立ち回っているので、それなりに友人もできたけれど、中学では何度か女子グループからハブられたりもした。
今まで無条件に自分を肯定してくれた人は、芽衣だけだ。
芽衣にあって、自分には足りないものって、何だろう。
ずっと疑問だった。
どうして叶恵が、芽衣のような地味で冴えない女と親しくしているのか。
今ならその答えがわかる。
模擬店チェックのとき、芽衣は出されたものを幸せそうな顔で口に運んでいた。きちんと完食するのは、食材や作ってくれた人に感謝しているからだった。
友達が悩んでいたら、迷わず力になろうとする。友達のため、共に頭を絞って考える。
文化祭の準備中、孤立している人を見つけたら、積極的に声をかけにいく。
芽衣の視点は、いつだって優しい。
だから叶恵は、芽衣に惹かれているんだ。
――だけど柴村くん自身はまだ、自分の気持ちに気付いていないみたいだったな……。
意気揚々と箸をとる。
「じゃがバターおいしい」
買ったばかりのじゃがバターは温かく、ちょうどいい具合にバターが溶けていた。
「こっちの明太マヨ味もうまいぜ」
征太郎が自分のぶんのじゃがいもを、芽衣に差し出す。
一口もらい、芽衣はうっとりと頬をゆるませた。
「本当だ、おいしーい」
クラスの出し物のほうの当番を終えてから、芽衣は征太郎と二人、屋台を食べ歩いていた。
「今日肌寒いから、こういうのすごくおいしく感じるよね。後で向こうの屋台にあった肉まんも食べたいなあ」
「おう、食おうぜ食おうぜ」
そこで征太郎が思い出したように言う。
「そういえば、ステージそろそろはじまるけど、見に行かなくていいのか?」
もうすぐベストカップルコンテストの開催時刻。ステージを作り、タイムスケジュールを組むなど、今日まで芽衣が関わり続けたイベントだ。
「うん、行くよ」
芽衣は身を硬くした。
みんなと力を合わせて作り上げたイベント。当然、本番がどうなるのか気になる。
しかしコンテストを見に行けば、司会役の叶恵と美桜の姿が目に入ってくるだろう。芽衣は、二人が並んでいるところを見たくなかった。見れば、きっとまた心がざわつく。胸が苦しくなる。
王子様とお姫様みたいにお似合いの二人を、直視する勇気がない。
「ステージ混みそうだし、そろそろ移動するか」
征太郎がじゃがバターの入っていたパックを片付けはじめる。
芽衣もベンチから腰を浮かせた。
そのときだった。
「あ、いたいた大原さん!」
三年の文化祭実行委員が、血相を変えて駆け寄って来た。
芽衣はかるく会釈しつつ、
「先輩? どうしたんですか?」
「大変なの! 佐々木さんが行方不明になっちゃって、もうすぐ本番なのに司会役がいなくて困ってるのよ」
「ええ! 美桜ちゃんが?」
「そうなの。それで急なんだけど、大原さん代わりに司会やってくれないかな?」
「え、でも……」
「タイムスケジュール組んだの大原さんだし、コンテストの流れは理解してるでしょ? それに元々台本見ながらの進行だから、問題はないはず」
ここまで走り通しだったらしく、先輩の髪は乱れ、頬は上気し、呼吸は荒くなっている。
「大原さんにしか頼めないの。とにかく、控室に来て」
芽衣は咄嗟に、征太郎を見た。
征太郎は「いいじゃん。俺、観客席から応援してるから」と、芽衣の背中を押す。
「ごめん征太郎。わたし、行ってくるね」
芽衣は先輩とともに駆けだした。
控室に飛びこむと、芽衣に気付いた面々が安堵の色を浮かべた。
「良かった、大原さん見つかったんだ」
「芽衣さん!」
叶恵が駆け寄ってくる。
「すみません、急に司会なんて……」
「ううん、それより美桜ちゃんは?」
「手分けして探したんですけど、まだ見つかってなくて」
「どうしたんだろう」
「俺のせいかもしれません。俺、さっき佐々木さんとちょっと揉めたんで」
「だけど、美桜ちゃんはそんなことで大事な役目を投げ出す子じゃないよ」
芽衣は美桜の発言を覚えていた。一緒に模擬店チェックに向かっていたときだ。
「美桜ちゃん言ってたよね? 委員の仕事に責任持ちたいって」
「じゃあ佐々木さんは今どうして……」
「ねえ、もしかしたら美桜ちゃん――」
その考えが浮かんだ瞬間、芽衣の背筋は寒くなった。
「どこかで倒れていたりしないよね? ほら前にも貧血で倒れたことあったし……」
芽衣の言葉に、集まっていた委員たちの顔が青ざめる。
「よし、ここからはコンテストの進行に携わる者以外は、佐々木さんの捜索にあたろう」
実行委員長が指示を出すと、数人が控室を飛び出していった。
残った面々のうち、さやかと祐奈が芽衣に近づく。
「芽衣ちゃん、これ」
ドレスを差し出した。
「芽衣ちゃんをびっくりさせようと思って、内緒で作ってたの。本当は後夜祭のときにでも着てもらうつもりだったんだけど」
健康的な肌色の芽衣に似合う、オレンジ色のドレスだった。袖と裾には、軽やかな羽飾りがついている。
(すごい、きれい……絵本の世界から飛び出してきたみたいなドレス……)
「わたしのためにドレスを? どうして……」
司会の衣装を完成させるだけでも大変だったはずなのに、二人はいつの間に自分のぶんのドレスまで作っていたのだろう。
「実行委員の中で、わたしたちだけみんなと科が違うでしょう。最初はそれで気遅れてしてたっていうか、なかなかみんなの輪に入っていけなかったの。だから芽衣ちゃんが、普通科もデザイン科も関係ない、みんな仲間だって言ってくれたとき、すごく嬉しかったんだ」
さやかが言った。
祐奈がうなずき、続きを引き継ぐ。
「芽衣ちゃんの言葉があったから、わたしたち今日まで自信を持って頑張れたんだよ。だからこのドレスは、芽衣ちゃんへの感謝の意味で作っていたの。司会をするなら、ぜひこれを着て」
「ありがとう……」
芽衣は丁寧に、ドレスを受け取った。
決意は固まった。
「わたし、これを着て司会やるよ」
美桜は控室の奥、用具置き場に身を隠していた。そこには実行委員たちの会話がよく聞こえてきた。
楽しみにしていたコンテストの司会。
きれいな衣装を着て叶恵と並び、ステージの上でみんなの注目を浴びるはずだった。
だけど、もうそれはできない。叶恵の隣には立てない。
(柴村くん、きっと美桜のこと軽蔑してるよね……)
叶恵と顔を合わせるのが気まずくて、恥ずかしくて、用具置き場に隠れた。そのうちコンテストの開始時刻が迫って来た。いなくなった自分を探して、みんなが騒ぎ出した。どんどん出て行きにくい状況になってきて、美桜は今もまだずるずると用具置き場に居続けている。
(用具置き場って、控室から近すぎるからか、案外誰も探しに入ってこないんだもんな……)
このまま自分が出て行かなかったら、司会はどうなるんだろう。叶恵ひとりでこなすのか、それとも代役を立てるのか。
状況に聞き耳を立てていると、司会の代役候補に芽衣の名前が挙がった。服飾デザイン科の二人が、芽衣のぶんのドレスを用意していたことがわかり、衣装に関する問題は立ち消えた。それが決め手となり、芽衣に代役を頼もうという流れになった。服飾デザイン科の二人は芽衣に親切にしてもらったお礼に、ドレスを作ったのだという。
――嘘でしょう、なんで大原先輩なの!?
美桜はぎりぎりと奥歯を噛んだ。
以前から、叶恵と親しくしている芽衣を憎らしく思っていた。ちょっと困らせてやろうと、嫌がらせを仕掛けたこともあった。食堂でわざとぶつかって、芽衣の着ているワイシャツをカレーで汚したり、叶恵への預かり者を渡さず、こっそり池に捨てたりした。
それなのに相手はこちらの敵意になどまるで気付かず、屈託のない笑顔を向けてくる。
さらに芽衣は、叶恵の前で美桜を庇うような発言をした。
「美桜ちゃんは、そんなことで大事な役目を投げ出す子じゃないよ」
芽衣は美桜の「委員の仕事に責任を持ちたい」という旨の発言を、覚えていたのだ。そして心からそれを信じていた。
(あんな好感度上げるためだけに言った言葉、いちいち真に受けてるなんて、大原先輩ってどんだけ頭お花畑なのよ)
心の中で毒づいてみたけれど、美桜は湧き上がってくる嬉しさを抑えられなかった。
美桜は昔から異性に好かれてきた。そのぶん、同性からの反応は厳しかった。高校に入学してからはうまく立ち回っているので、それなりに友人もできたけれど、中学では何度か女子グループからハブられたりもした。
今まで無条件に自分を肯定してくれた人は、芽衣だけだ。
芽衣にあって、自分には足りないものって、何だろう。
ずっと疑問だった。
どうして叶恵が、芽衣のような地味で冴えない女と親しくしているのか。
今ならその答えがわかる。
模擬店チェックのとき、芽衣は出されたものを幸せそうな顔で口に運んでいた。きちんと完食するのは、食材や作ってくれた人に感謝しているからだった。
友達が悩んでいたら、迷わず力になろうとする。友達のため、共に頭を絞って考える。
文化祭の準備中、孤立している人を見つけたら、積極的に声をかけにいく。
芽衣の視点は、いつだって優しい。
だから叶恵は、芽衣に惹かれているんだ。
――だけど柴村くん自身はまだ、自分の気持ちに気付いていないみたいだったな……。
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