婚約指輪は甘くていいよ~学園王子と大食い彼女~

未由季

文字の大きさ
上 下
20 / 39
初デートでクレープ 前編

(5)

しおりを挟む
 何日かが過ぎ、芽衣はいつものように放課後、柳沼と連れ立ってステージ作りの現場に向かった。今日は多目的室に集まり、ステージに飾る小物の製作だ。

「模擬店チェックもすべて終了したし、こっからはステージ作りに本腰入れてく感じかなあ」
 渡り廊下を歩きながら、柳沼が言う。

「まだ雑務が残ってるよ」
「ああ、そんなもの仕事のうちに入らないよ」
 前年度も実行委員を経験している柳沼は、余裕の表情だ。

「そういえば大原ちゃん、料理部の模擬店て結局どうなったの?」
「うん、パウンドケーキの他に、クレープも販売することになったよ」
「おお、やるねえ」
「柳沼くんも是非売り上げに協力してって、葉子言ってた」
「協力ね、するする! あ、でもクレープかあ……、俺、甘いものってあんまり得意じゃないんだよね」
「大丈夫。料理部が販売するのは、ピリ辛ホットドッグ風クレープだから」
「何それ、名前聞いただけですっげぇうまそうなんだけど」
「やった、柳沼くん食いついた」
 芽衣は小さくガッツポーズをした。一応メニュー考案に携わった身として、客の反応は気になるところだ。
「俺、絶対買いにいくわ」
 柳沼にそう言ってもらえ、芽衣は嬉しくなった。

 多目的室が近づくと、中から歓声が漏れ聞こえてきた。
(なんだろう、また先生から差し入れがあったのかな)
 呑気に構えながら、多目的室の扉を開ける。飛び込んできた光景を前に、芽衣の表情は固まった。

 ホワイトボードの前のスペースに、委員たちの人だかりができている。その中心にいるのは、叶恵と美桜だ。二人は以前芽衣が見せてもらったデザイン画そのままの恰好をしていた。

「お、司会の衣装、ついにお披露目だな」
 柳沼が言う。
「やっぱあの二人、さまになるなあ」

 衣装姿の叶恵と美桜は、どこか別世界の人のように見えた。
 人だかりの中から、声が上がる。
「そうやって二人並んでると、王子と姫みたいだねー」

 その瞬間、急に叶恵が遠い存在に思えてきて、芽衣は戸惑った。
(本当だ、叶恵くんと美桜ちゃん、すごく似合ってる……)
 二人から、そっと目をそらす。

 人だかりの中で、「キャッ」と誰かが短い悲鳴を上げた。
「美桜ちゃん……!」
「大丈夫?」

 視線を戻すと、美桜が床にへたりこんでいるのが見えた。真っ白な顔をして、とても辛そうだ。

「大丈夫です。ちょっとふらっとしただけですから」美桜が言う。「ただの貧血です……」

「どうしよう、保健室行く?」
「その前に衣装着替えないと」
 などと周囲がざわつく中、叶恵が美桜を抱きかかえた。
「俺が保健室まで運びます。誰か佐々木さんの着替え持って来てください」

 そうして衣装のまま、多目的室を出ていった。その後を、美桜の着替えを持った女子生徒が追う。
 残された面々は、今の出来事について口々に感想を言い合った。大半は美桜を心配する声だったが、中には叶恵の意外な一面に、色めき立つ者もいた。

「柴村くん、見た目だけじゃなくて行動までイケメン……!」
「さっきのは王子と姫というより、ナイトと姫って感じだったねえ」
「いいなあ、わたしも柴村くんにお姫さま抱っこされたーい」

 芽衣は複雑な思いで、叶恵たちが出て行った多目的室の扉を見つめた。
 目の前で人が倒れたら、助ける。
 叶恵のしたことは当たり前のことだ。頭ではそうわかっている。

 ――なのに、どうしてこんなに胸がざわつくんだろう……。



 帰り支度を終え、下駄箱に向かう途中で、征太郎と出くわした。

「お、芽衣。実行委員の仕事は終わったのか?」
「うん。征太郎も今帰り? 今日って部活休みじゃなかったっけ?」
「今日はクラスの出し物の準備」
 
 征太郎のクラスは今、お化け屋敷の準備に追われているのだという。

「んじゃ、そこまで一緒に帰ろうぜ」
「うん」

 征太郎と並んで、昇降口の階段を下りる。遠くに作りかけのステージの様子が見えた。ステージエリアに並ぶ模擬店はどれも、ほぼ完成形といった状態だ。

「文化祭まであと少しだね……」
 芽衣はぽつりと言った。まだはじまってもいないうちから、寂しい気分だ。時間をかけて一生懸命準備をした文化祭も、本番はきっとあっという間に過ぎてしまうだろう。自分が文化祭に深く関われるのは、今年だけかもしれないというのに。

「来年は受験やら何やらで忙しいだろうし、本腰入れて楽しめるのは今年だろうな」
「うん、わたしも同じこと考えてた」
「マジか。じゃあさ、思い出いっぱい作ろうぜ」
「うん」
「まず芽衣にはうちのクラスのお化け屋敷に来てもらって……」
「あ、征太郎、ちゃっかり自分のクラスの営業してるな?」
「それじゃあ俺だって芽衣のクラスの脱出ゲーム、挑戦しに行ってやるよ」
「ありがとう。でもすっごい難しいよ。征太郎ずっと脱出できないかも」
「はあ? 絶対クリアしてやる」

 征太郎はそう言って、顔に力を入れ、鼻の穴をふくらませてみせた。その顔を見て、芽衣は笑いころげた。息が苦しくなるまで笑った。目じりに涙が滲んできた。

「あはは、笑いすぎて涙出てきちゃった」
 そう言いながら、征太郎を見上げた。
 こんな自分を、征太郎はきっとからかうだろうと思った。しかし――、

「……芽衣、何かあったのか?」
 征太郎は真剣な顔で、芽衣の目を覗きこんだ。

「え、何もないよ。どうして?」
「なんかさっきから芽衣、空元気っていうか、無理してる感じしたから」
「なんで……」

 ――なんで征太郎にはわかっちゃうんだろう……。

 芽衣の脳裏に、美桜を抱きかかえて運ぶ、叶恵の姿がちらついた。

「ちょっと、委員の仕事で疲れたのかな。平気だよ」
「そうか?」
「うん。ほら、帰ろう征太郎」

 芽衣は征太郎の先に立って、歩き出した。背中から声が聞こえた。
「なあ芽衣、今度デートしない?」

 芽衣は驚き、振り返る。「え? どうしたの急に。デートって何」

「だから、文化祭んとき時間合わせて、二人で葉子の模擬店行こうぜって話」
「ああ、そういうことね。うん、行こう行こう。売り上げに貢献しなきゃ」

(なんだ、デートなんて紛らわしい言い方するから、勘違いしそうになっちゃったよ……)
 芽衣は内心、ひどく動揺していた。
 そんな芽衣の心を読んだかのように、歩み寄って来た征太郎はぼそりと言う。
「文化祭だって、二人きりで回れば立派なデートだろ?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

可愛い女性の作られ方

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
風邪をひいて倒れた日。 起きたらなぜか、七つ年下の部下が家に。 なんだかわからないまま看病され。 「優里。 おやすみなさい」 額に落ちた唇。 いったいどういうコトデスカー!? 篠崎優里  32歳 独身 3人編成の小さな班の班長さん 周囲から中身がおっさん、といわれる人 自分も女を捨てている × 加久田貴尋 25歳 篠崎さんの部下 有能 仕事、できる もしかして、ハンター……? 7つも年下のハンターに狙われ、どうなる!? ****** 2014年に書いた作品を都合により、ほとんど手をつけずにアップしたものになります。 いろいろあれな部分も多いですが、目をつぶっていただけると嬉しいです。

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...