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初デートでクレープ 前編
(1)
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ロングホームルームがはじまろうという教室。
芽衣と葉子は前後の席に座り、おしゃべりをしていた。葉子は今朝からなんとなく、芽衣の元気がないことを気にかけていた。理由を尋ねると、バイト先である中華料理店が長期休業することになったのだと、芽衣は告げた。
「じゃあ芽衣、しばらくは放課後、バイトないんだ?」
「うん、そうなの。店長がぎっくり腰になっちゃって……」
「そっか、それは心配だね」
葉子は芽衣が日頃から、店長夫妻に良くしてもらっているのを話に聞いて知っていた。
「芽衣は、大丈夫なの?」
「ん? わたしは大丈夫だよ」
「いや、その……夜ごはんは……?」
「うん。バイトがないから、当分は家で食べるよ」
葉子は、芽衣が放課後にバイトをはじめた理由を、なんとなく察していた。
芽衣がバイトをはじめたのは、ひとりぼっちの家で夕飯を食べるのが寂しかったからだ。
芽衣の家は両親共に仕事が忙しく、家族が揃うことなど滅多にないという。そこで芽衣は、まかない付きのバイトを探したんじゃないか。まかないを夕飯代わりにすれば、家でひとりぼっち、寂しく食事しないで済むと考えたのだ。
芽衣の心情としては、一生懸命働いてくれている両親に、「寂しいからもっと家にいて」などとは言いづらいのだろう。
「平気?」
葉子は窺うように尋ねた。
「やだ、葉子ってば心配性だなあ。子どもじゃないんだから、ひとりでごはんくらい食べられるよ。もう慣れたものだって」
「ごめんね。うちも弟が受験生でなかったら、毎日だって芽衣のこと夕食に呼ぶのに。うちのママ、芽衣のこと気に入ってるからさ」
「そんな気を使わなくていいよ。わたしの夜ごはんより、弟くんの受験のほうが全然大事だし。あ、だけどまた近いうち、葉子んとこのおばさんには会いたいな。おばさんの作るコロッケ、わたし大好き」
「ママに伝えておくよ。すごい喜ぶと思う」
そのとき、前方の扉が開いて、担任が入って来た。
担任はクラス委員を指名して、これから文化祭実行委員の選出と、クラスの出し物について話し合うよう指示する。
黒板のほうを向いていた葉子は、くるりと振り返って、芽衣に話しかけた。
「いいこと思いついちゃったんだけど」
「何?」
「文化祭実行委員、芽衣がやってみれば?」
「わたしが?」
「そう。バイトが休みなら、放課後は時間あるでしょう? 実行委員の特権って、知ってる?」
葉子はふふんと鼻を鳴らし、胸を反らした。
「なんと実行委員は、すべての模擬店が出す料理を事前に試食できるのです」
「試食!」芽衣の目がきらりと光る。
「まあ一応その試食っていうのは、調理過程や衛生面、材料の仕入れなどに問題がないかっていう、調査が名目ではあるんだけど」
「責任重大だ」
「だけどそのぶん、すべての模擬店の品が食べられる。しばらくバイト先でまかないが食べられないぶん、放課後は実行委員として模擬店の試食で焼きそば、たこ焼き、アメリカンドッグに肉まん、じゃがバター、かき氷……」
芽衣が唾を呑む音が、聞こえてきた。葉子は思わず吹き出す。
「どう? 興味湧いてきたでしょう?」
「うん。わたし、やる。実行委員、立候補してみる!」
同じ頃、一年A組の教室でも、文化祭についての話し合いがなされていた。
「では、実行委員を二名選出したいと思います。誰かやってくれる人、いますか? 自薦他薦は問いません」
クラス委員が教室中を眺め渡しながら、尋ねた。生徒たちは互いの動向を窺い合い、そわそわと視線を動かす。実行委員となれば、放課後の自由が潰されること必至だ。なるべくなら引き受けたくないという思いはみんな同じだった。
絡み合う生徒たちの視線を切り裂くように、すっと、ひとりの手があがる。
クラス委員が挙手した者の名前を呼んだ。「佐々木さん」
「はい」
佐々木美桜が席から立ち上がる。
「わたし、立候補します」
凛とした声で言った。
「他に誰か立候補したい人、いませんかー?」
問いかけるが、今度は誰の手もあがらなかった。
「では、女子の実行委員は佐々木さんにお願いします」
教室のあちこちから、拍手が起こる。
美桜以外の女子はみんな、あからさまにほっとした顔をしていた。
「次に男子の実行委員ですが――」
「はい」
立ったままの美桜が、もう一度手をあげた。
「佐々木さん?」
クラス委員が不思議そうな顔で尋ねる。
美桜はにこりと微笑み、発言した。
「実行委員になった身として、わたしのほうから推薦してもいいですか?」
そうして、叶恵の席へ顔を向けた。
「わたし、柴村くんを男子の実行委員に推薦します」
放課後になると早速、各クラスの文化祭実行委員で、顔合わせが行われることになった。
芽衣は顔合わせ場所である、多目的室に向かう。
他に立候補者はなく、芽衣はすんなりと実行委員に決まった。男子のほうの実行委員は、柳沼という賑やかでノリのいい生徒だ。
並んで廊下を歩きながら、芽衣は柳沼に尋ねた。
「柳沼くんはどうして実行委員やろうと思ったの?」
柳沼も芽衣と同じく、立候補で委員に決まった。
「俺、去年も実行委員やってんだわ」
柳沼は答え、テンポよく続けた。
「大変だったけど、すっげえ楽しかったんだ。みんなで一つの目標に向かって頑張るって、俺好きなんだよ。それに基本、俺ってお祭り男だからさ。こういうのはどんどん参加していこうぜってスタンス。だから今年も立候補したってわけ。大原ちゃんも何か委員の仕事でわからないことあったら、どんどん頼ってよ。経験者としてサポートしますぜ」
柳沼の口調が面白くて、芽衣は笑みを漏らした。柳沼にならい、冗談めかして答える。
「はい、頼りにしてますよ、経験者さん」
それから表情を引き締め、
「よろしくね、柳沼くん」
と改めてあいさつした。
(だけど、いくら柳沼くんが経験者とはいえ、わたしだって実行委員だもん。責任を持って、委員の仕事に向き合わなくちゃね)
立候補のきっかけは模擬店の試食目当てだった。だけど任されたからには最後までしっかり働いて、少しでもいい文化祭を作り上げたい。
決意を固め、芽衣は多目的室の扉を開ける。
「あ……」
そこに、叶恵がいた。
「芽衣さん!」
芽衣の顔を見つけた叶恵が、駆け寄って来た。
「もしかして芽衣さんも実行委員に?」
「そう。思い切って立候補しちゃった。叶恵くんも実行委員なんだね」
「はい。家で葵が待っているから、放課後は遅くまで残れないけど、そのぶん佐々木さんがフォローするって言ってくれたので、引き受けました」
「佐々木さん?」
「もうひとりの実行委員です」
「へえ、そうなんだ? 親切な人とペアになれて良かったね。じゃあこれから一緒に委員の仕事頑張ろうね」
叶恵と立ち話をはじめた芽衣に、柳沼が手ぶりで「先に席着いてるから」と伝える。芽衣はかるくうなずいてみせた。
「じゃあ叶恵くん、わたしもそろそろ席着くね」
「そうですね。もうだいたいどこのクラスも集まったみたいですし」
芽衣は叶恵と離れ、柳沼の隣の席に着く。すると柳沼が、肘で芽衣の腕を小突いた。
「ん?」
「今大原ちゃんが話してたのって、一年の柴村くんだよね。通称、王子」
「うん」
「大原ちゃんと柴村くんが仲いいって噂は、本当だったんだ。確か、少し前に教室で横井がぐちぐち言ってたよね?」
「あ、う、うん……」
「実際のところどうなの? 二人、付き合ってるの?」
「まさか。全然そんなんじゃないよ」
芽衣は両手を振って否定した。
「そうだよね。大原ちゃんと柴村くんが……ってなんか違う気がしたんだよ。しっくりこないっていうか」
柳沼はそう言った後で、
「あ、そうか、忘れてた。大原ちゃんて今、B組の伊崎と付き合ってるんだったね。悪い、変なこと訊いて」
と、気まずそうに頭をかく。
「だめだな俺。男のくせにおしゃべりだとか、一言多いだとか言われるんだ。大原ちゃんも俺がもし余計なこと言ったら、遠慮なく怒っていいからね」
「ううん、大丈夫」
芽衣はぎこちなく笑み浮かべた。
柳沼が一切の悪気なく言っているのがわかった。だからなおのこと、ショックだった。
いつだってその他大勢に含まれてしまう地味な自分と、誰の目にもとまる「王子様」な叶恵。
例えば自分と叶恵が身を寄せ合い歩いていたとしても、周りはきっと恋人同士とは思わないだろう。
「柴村くんとはただの友達だから……」
自分で「友達」と強調しておいて、芽衣の心はちくりと痛んだ。
顔合わせの後で、すでに三年生の中から選出されていた、文化祭実行委員長が前に出た。
今後の流れについて一通り説明をはじめる。その後で、
「今年の文化祭の目玉は、ベストカップルコンテストです。例年行われているイベントですが、今年は趣向を変えて、服飾デザイン科と協力して開催することになりました」
と発表した。
委員たちがざわついた。
芽衣の隣で柳沼が、「そういえばうちの学校、そんな学科もあったな……」とつぶやく。
服飾デザイン科の生徒は別校舎で学んでいるため、芽衣たち普通科の生徒とはほとんど交流がない状態だ。
「協力って、具体的には?」
委員のうちのひとりが質問した。
「コンテストにエントリーしたカップルには、当日ステージに登場してもらうわけですが、その際、服飾デザイン科製作の衣装を着てもらいます。さらに今年のステージにはランウェイを作り、エントリーカップルにはそこを歩いてもらいます。つまりこのイベントは、ベストカップルコンテストであり、ファッションショーでもあるのです」
委員長が得意げに鼻の穴を膨らませる。
委員長の言葉に、三年の実行委員がうんうんとうなずいた。どうやらこのイベントは、彼らが事前に企画していたものだったらしい。
「すごーい、盛り上がりそう」
「だけどランウェイ作るのってやっぱり、委員の仕事だろ? 大変じゃないのか」
「みんなでやればなんとかなるよ」
「ファッションショーなんてこの辺の学校どこもやってないし、話題になること間違いなしじゃない?」
「衣装ってどんなのかな? ドレス? すごい楽しみー」
話を聞いたほとんどの者が、イベントに前向きな姿勢を見せた。
「それではコンテストの司会を担当するペアを、委員の中から決めたいと思います」
委員長が言う。
その後行われたクジで、一年A組の委員が司会役に決まった。
(あ、叶恵くんのクラスだ)
叶恵の席に顔を向けようとして、芽衣は視界の端に見かけない顔をとらえた。
(もしかして、服飾デザイン科の人かな?)
その生徒二人は、盛り上がる教室の中で、居心地悪そうに身を硬くしていた。
芽衣と葉子は前後の席に座り、おしゃべりをしていた。葉子は今朝からなんとなく、芽衣の元気がないことを気にかけていた。理由を尋ねると、バイト先である中華料理店が長期休業することになったのだと、芽衣は告げた。
「じゃあ芽衣、しばらくは放課後、バイトないんだ?」
「うん、そうなの。店長がぎっくり腰になっちゃって……」
「そっか、それは心配だね」
葉子は芽衣が日頃から、店長夫妻に良くしてもらっているのを話に聞いて知っていた。
「芽衣は、大丈夫なの?」
「ん? わたしは大丈夫だよ」
「いや、その……夜ごはんは……?」
「うん。バイトがないから、当分は家で食べるよ」
葉子は、芽衣が放課後にバイトをはじめた理由を、なんとなく察していた。
芽衣がバイトをはじめたのは、ひとりぼっちの家で夕飯を食べるのが寂しかったからだ。
芽衣の家は両親共に仕事が忙しく、家族が揃うことなど滅多にないという。そこで芽衣は、まかない付きのバイトを探したんじゃないか。まかないを夕飯代わりにすれば、家でひとりぼっち、寂しく食事しないで済むと考えたのだ。
芽衣の心情としては、一生懸命働いてくれている両親に、「寂しいからもっと家にいて」などとは言いづらいのだろう。
「平気?」
葉子は窺うように尋ねた。
「やだ、葉子ってば心配性だなあ。子どもじゃないんだから、ひとりでごはんくらい食べられるよ。もう慣れたものだって」
「ごめんね。うちも弟が受験生でなかったら、毎日だって芽衣のこと夕食に呼ぶのに。うちのママ、芽衣のこと気に入ってるからさ」
「そんな気を使わなくていいよ。わたしの夜ごはんより、弟くんの受験のほうが全然大事だし。あ、だけどまた近いうち、葉子んとこのおばさんには会いたいな。おばさんの作るコロッケ、わたし大好き」
「ママに伝えておくよ。すごい喜ぶと思う」
そのとき、前方の扉が開いて、担任が入って来た。
担任はクラス委員を指名して、これから文化祭実行委員の選出と、クラスの出し物について話し合うよう指示する。
黒板のほうを向いていた葉子は、くるりと振り返って、芽衣に話しかけた。
「いいこと思いついちゃったんだけど」
「何?」
「文化祭実行委員、芽衣がやってみれば?」
「わたしが?」
「そう。バイトが休みなら、放課後は時間あるでしょう? 実行委員の特権って、知ってる?」
葉子はふふんと鼻を鳴らし、胸を反らした。
「なんと実行委員は、すべての模擬店が出す料理を事前に試食できるのです」
「試食!」芽衣の目がきらりと光る。
「まあ一応その試食っていうのは、調理過程や衛生面、材料の仕入れなどに問題がないかっていう、調査が名目ではあるんだけど」
「責任重大だ」
「だけどそのぶん、すべての模擬店の品が食べられる。しばらくバイト先でまかないが食べられないぶん、放課後は実行委員として模擬店の試食で焼きそば、たこ焼き、アメリカンドッグに肉まん、じゃがバター、かき氷……」
芽衣が唾を呑む音が、聞こえてきた。葉子は思わず吹き出す。
「どう? 興味湧いてきたでしょう?」
「うん。わたし、やる。実行委員、立候補してみる!」
同じ頃、一年A組の教室でも、文化祭についての話し合いがなされていた。
「では、実行委員を二名選出したいと思います。誰かやってくれる人、いますか? 自薦他薦は問いません」
クラス委員が教室中を眺め渡しながら、尋ねた。生徒たちは互いの動向を窺い合い、そわそわと視線を動かす。実行委員となれば、放課後の自由が潰されること必至だ。なるべくなら引き受けたくないという思いはみんな同じだった。
絡み合う生徒たちの視線を切り裂くように、すっと、ひとりの手があがる。
クラス委員が挙手した者の名前を呼んだ。「佐々木さん」
「はい」
佐々木美桜が席から立ち上がる。
「わたし、立候補します」
凛とした声で言った。
「他に誰か立候補したい人、いませんかー?」
問いかけるが、今度は誰の手もあがらなかった。
「では、女子の実行委員は佐々木さんにお願いします」
教室のあちこちから、拍手が起こる。
美桜以外の女子はみんな、あからさまにほっとした顔をしていた。
「次に男子の実行委員ですが――」
「はい」
立ったままの美桜が、もう一度手をあげた。
「佐々木さん?」
クラス委員が不思議そうな顔で尋ねる。
美桜はにこりと微笑み、発言した。
「実行委員になった身として、わたしのほうから推薦してもいいですか?」
そうして、叶恵の席へ顔を向けた。
「わたし、柴村くんを男子の実行委員に推薦します」
放課後になると早速、各クラスの文化祭実行委員で、顔合わせが行われることになった。
芽衣は顔合わせ場所である、多目的室に向かう。
他に立候補者はなく、芽衣はすんなりと実行委員に決まった。男子のほうの実行委員は、柳沼という賑やかでノリのいい生徒だ。
並んで廊下を歩きながら、芽衣は柳沼に尋ねた。
「柳沼くんはどうして実行委員やろうと思ったの?」
柳沼も芽衣と同じく、立候補で委員に決まった。
「俺、去年も実行委員やってんだわ」
柳沼は答え、テンポよく続けた。
「大変だったけど、すっげえ楽しかったんだ。みんなで一つの目標に向かって頑張るって、俺好きなんだよ。それに基本、俺ってお祭り男だからさ。こういうのはどんどん参加していこうぜってスタンス。だから今年も立候補したってわけ。大原ちゃんも何か委員の仕事でわからないことあったら、どんどん頼ってよ。経験者としてサポートしますぜ」
柳沼の口調が面白くて、芽衣は笑みを漏らした。柳沼にならい、冗談めかして答える。
「はい、頼りにしてますよ、経験者さん」
それから表情を引き締め、
「よろしくね、柳沼くん」
と改めてあいさつした。
(だけど、いくら柳沼くんが経験者とはいえ、わたしだって実行委員だもん。責任を持って、委員の仕事に向き合わなくちゃね)
立候補のきっかけは模擬店の試食目当てだった。だけど任されたからには最後までしっかり働いて、少しでもいい文化祭を作り上げたい。
決意を固め、芽衣は多目的室の扉を開ける。
「あ……」
そこに、叶恵がいた。
「芽衣さん!」
芽衣の顔を見つけた叶恵が、駆け寄って来た。
「もしかして芽衣さんも実行委員に?」
「そう。思い切って立候補しちゃった。叶恵くんも実行委員なんだね」
「はい。家で葵が待っているから、放課後は遅くまで残れないけど、そのぶん佐々木さんがフォローするって言ってくれたので、引き受けました」
「佐々木さん?」
「もうひとりの実行委員です」
「へえ、そうなんだ? 親切な人とペアになれて良かったね。じゃあこれから一緒に委員の仕事頑張ろうね」
叶恵と立ち話をはじめた芽衣に、柳沼が手ぶりで「先に席着いてるから」と伝える。芽衣はかるくうなずいてみせた。
「じゃあ叶恵くん、わたしもそろそろ席着くね」
「そうですね。もうだいたいどこのクラスも集まったみたいですし」
芽衣は叶恵と離れ、柳沼の隣の席に着く。すると柳沼が、肘で芽衣の腕を小突いた。
「ん?」
「今大原ちゃんが話してたのって、一年の柴村くんだよね。通称、王子」
「うん」
「大原ちゃんと柴村くんが仲いいって噂は、本当だったんだ。確か、少し前に教室で横井がぐちぐち言ってたよね?」
「あ、う、うん……」
「実際のところどうなの? 二人、付き合ってるの?」
「まさか。全然そんなんじゃないよ」
芽衣は両手を振って否定した。
「そうだよね。大原ちゃんと柴村くんが……ってなんか違う気がしたんだよ。しっくりこないっていうか」
柳沼はそう言った後で、
「あ、そうか、忘れてた。大原ちゃんて今、B組の伊崎と付き合ってるんだったね。悪い、変なこと訊いて」
と、気まずそうに頭をかく。
「だめだな俺。男のくせにおしゃべりだとか、一言多いだとか言われるんだ。大原ちゃんも俺がもし余計なこと言ったら、遠慮なく怒っていいからね」
「ううん、大丈夫」
芽衣はぎこちなく笑み浮かべた。
柳沼が一切の悪気なく言っているのがわかった。だからなおのこと、ショックだった。
いつだってその他大勢に含まれてしまう地味な自分と、誰の目にもとまる「王子様」な叶恵。
例えば自分と叶恵が身を寄せ合い歩いていたとしても、周りはきっと恋人同士とは思わないだろう。
「柴村くんとはただの友達だから……」
自分で「友達」と強調しておいて、芽衣の心はちくりと痛んだ。
顔合わせの後で、すでに三年生の中から選出されていた、文化祭実行委員長が前に出た。
今後の流れについて一通り説明をはじめる。その後で、
「今年の文化祭の目玉は、ベストカップルコンテストです。例年行われているイベントですが、今年は趣向を変えて、服飾デザイン科と協力して開催することになりました」
と発表した。
委員たちがざわついた。
芽衣の隣で柳沼が、「そういえばうちの学校、そんな学科もあったな……」とつぶやく。
服飾デザイン科の生徒は別校舎で学んでいるため、芽衣たち普通科の生徒とはほとんど交流がない状態だ。
「協力って、具体的には?」
委員のうちのひとりが質問した。
「コンテストにエントリーしたカップルには、当日ステージに登場してもらうわけですが、その際、服飾デザイン科製作の衣装を着てもらいます。さらに今年のステージにはランウェイを作り、エントリーカップルにはそこを歩いてもらいます。つまりこのイベントは、ベストカップルコンテストであり、ファッションショーでもあるのです」
委員長が得意げに鼻の穴を膨らませる。
委員長の言葉に、三年の実行委員がうんうんとうなずいた。どうやらこのイベントは、彼らが事前に企画していたものだったらしい。
「すごーい、盛り上がりそう」
「だけどランウェイ作るのってやっぱり、委員の仕事だろ? 大変じゃないのか」
「みんなでやればなんとかなるよ」
「ファッションショーなんてこの辺の学校どこもやってないし、話題になること間違いなしじゃない?」
「衣装ってどんなのかな? ドレス? すごい楽しみー」
話を聞いたほとんどの者が、イベントに前向きな姿勢を見せた。
「それではコンテストの司会を担当するペアを、委員の中から決めたいと思います」
委員長が言う。
その後行われたクジで、一年A組の委員が司会役に決まった。
(あ、叶恵くんのクラスだ)
叶恵の席に顔を向けようとして、芽衣は視界の端に見かけない顔をとらえた。
(もしかして、服飾デザイン科の人かな?)
その生徒二人は、盛り上がる教室の中で、居心地悪そうに身を硬くしていた。
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