穂に出でにけり

shingorou

文字の大きさ
上 下
1 / 1

穂に出でにけり

しおりを挟む
 秋の風に吹かれて、すすきが重たげに穂を垂らしながら揺れている。
 陽の光を浴びた金色の光景を懐かしそうに見つめながら、泰時は今は亡き人のことを思い出していた。
 和田との戦で、時の将軍実朝の心を慰めようと、泰時の他、北条時房、三浦義村、結城朝光、内藤知親など歌道に通じた家臣達が供をして、秋の草花を見に氷取沢に散策へ出かけた時のことであった。
「御台にも見せてあげたいなあ」
 そう呟きながら、実朝は、歌を口ずさんだ。
 秋風になびくすすきの穂には出でず心乱れてものを思ふかな
 秋風になびくすすきの穂はやがて人目につくほど伸びていく。自分の思いはそのように表には出ないけれども、心乱れて物思いにふけっていることだ。
 泰時は、年下の将軍をからかうように言葉を返した。
「なにをおっしゃることやら。仲の良いご夫婦であられるのですから、御所様の御台様への思いはすでに人目に出ているではありませんか。ここは、露深く忍びしものをしのすすき穂に出でにける我が思ひかな、深く隠していたつもりでもすすきの穂のように思いが出てしまった、そんなところではありませんか」
「これは一本取られたな」
 実朝は、泰時の答えにはにかむような笑みを見せた。
 多情だった父や兄とは異なり、実朝は生涯御台所だけを一途に愛した。
 仲睦まじい将軍夫妻の姿を多くの者達が微笑ましく見守っていた。
 御台所だけに向けられる実朝の純情。
 その姿が泰時にはあまりにもまぶしく、そして切なかった。
 深く忍ぶつもりだったけれど、表には出していたつもりだったのですよ、私は。
 あなた様は、最後まで私の思いにはお気づきにはなられませんでしたけれど。
 誰よりも、お慕いし、愛おしく思っておりました、右大臣様……。
 金色の穂を揺らしながら秋風がそっと泰時の頬を優しく撫でた。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

散華

shingorou
歴史・時代
謀反人として散った若者への哀悼の念 ※実朝の首、公暁の首の行方については、完全に捏造しています。ご了承ください。

源氏断絶

shingorou
歴史・時代
第213回歴創版日本史ワンドロワンライ、お題「親政」で書いたもの。 源実朝と公暁の最期の話です。

恐妻と愛妻は紙一重

shingorou
歴史・時代
ピクシブにも同じものをアップしています。帰蝶様に頭が上がらない信長公の話です。

歌語り

月夜野 すみれ
歴史・時代
日本の昔話を歌物語にしてみました。 一話完結の短編です。 カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

【完結】斎宮異聞

黄永るり
歴史・時代
平安時代・三条天皇の時代に斎宮に選定された当子内親王の初恋物語。 第8回歴史・時代小説大賞「奨励賞」受賞作品。

椿散る時

和之
歴史・時代
長州の女と新撰組隊士の恋に沖田の剣が決着をつける。

I will kill you, must go on.

モトコ
歴史・時代
吾妻鏡の記事をもとにした、江間四郎(北条義時)がタイムループするだけの話。ちょっと雰囲気はブロマンス。

春暁に紅緋の華散る ~はるあかつきにくれなひのはなちる~

ささゆき細雪
歴史・時代
払暁に生まれた女児は鎌倉を滅ぼす……鶴岡八幡宮で神託を受けた二代将軍源頼家は産み落とされた女児を御家人のひとりである三浦義村の娘とし、彼の息子を自分の子だと偽り、育てることにした。 ふたりは乳兄妹として、幼いころから秘密を共有していた。 ときは建保六年。 十八歳になった三浦家の姫君、唯子は神託のせいで周囲からはいきおくれの忌み姫と呼ばれてはいるものの、穏やかに暮らしている。ひとなみに恋もしているが、相手は三代将軍源実朝、血の繋がりを持つ叔父で、けして結ばれてはならないひとである。 また、元服して三浦義唯という名を持ちながらも公暁として生きる少年は、御台所の祖母政子の命によって鎌倉へ戻り、鶴岡八幡宮の別当となった。だが、未だに剃髪しない彼を周囲は不審に思い、還俗して唯子を妻に迎えるのではないか、将軍位を狙っているのではないかと憶測を絶やさない。 噂を聞いた唯子は真相を確かめに公暁を訪ねるも、逆に求婚されて…… 鎌倉を滅ぼすと予言された少女を巡り、義理の父子が火花を散らす。 顔に牡丹の緋色の花を持つときの将軍に叶わぬ恋をした唯子が選んだ未来とは?

処理中です...