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第3章 学園に通おう

76話 商談

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 ソファに座り直して、奴隷商さんと商談開始。

 バナくんは僕の膝の上だ。

 泣いているバナくんを放っておけないので抱っこして連れてきたんだけど、足枷は従業員さんが運んでくれた。

 ありがとう。

 バナくんは今、僕の胸に顔を押し付けてシクシク泣いている。

「まず最初に、偉そうなこと言っておいてなんなんですけど、僕あんまりお金持ってないですよ?
 紹介してくれたのは嬉しいですけど、僕に買えるんですか?バナくん」

 こういう話はあんまりしたくないけど、バナくん可愛いし、『特殊性』を考えればかなり高値で売れるんじゃ……。

「正直なお話をいたしますと、この商品の扱いには当店も苦慮しておりまして。
 それなりにお勉強させていただきますので、ぜひ買い取っていただけないかと思っております」

「ぶっちゃけ、具体的にはおいくら位でしょう?」

「商品本体代金として、金貨50枚ではいかがでしょうか?
 ちなみに、三種奴隷の場合基本的に最低金貨200枚からはじまり、上は青天井でございますのでだいぶお勉強させていただいております」

 ず、ずいぶん値下がりしたな。

 犯罪奴隷の場合安くなるって言ってたから、そのせいかな?

「本来でしたら、この見目麗しさと従順……と申しますか、有り体に申しまして、逆らうことのできない臆病な性格。
 そしてラビィ種としての『特殊性』と『人懐っこさ』。
 それらを加味いたしますと、最低金貨1000枚、犯罪奴隷ということで半額といたしましても金貨500枚でお売りしても恥じることのない商品かと思います」

 ニコニコしながら言う奴隷商さん。

 これ全部セールストークの可能性はあるけど、普通の一種奴隷さんが平均金貨50枚らしいから同じ金額のバナくんが破格の価格なのは間違いないだろう。

「そこからさらに、この商品の『事情』を鑑みて半額の金貨250枚。
 さらに、サクラハラ様価格として5分の1の金貨50枚が最終的なお値段でございます」

 サクラハラ様価格ってなんだ。

「なんでそんなに安くなるんですか?」

 いくら色々『事情』があるとはいえ、金貨500枚が一気に金貨50枚、流石に安くなりすぎだ。

 僕の質問を聞いた奴隷商さんは、ずっと浮かべていたニコニコ顔を消して真剣な、少し沈んだようにも見える表情で口を開く。

「高く売れる商品には、それと比例して危険がつきまといます」

 奴隷商さんは今まで聞いたことのない重い声でそう言うと、なにか苦いものを洗い流すようにひとくち紅茶を飲む。

「有能すぎる奴隷を買ったため奴隷に乗っ取られてしまった家。
 強すぎる奴隷を手に入れたがために殺人に取り憑かれてしまった領主。
 世にも珍しい種族を奴隷としたために品性を地に落とした貴族。
 長いことこの商売をいたしておりますと、他にも多くの不幸な取引をしてしまったことがございます」

 そこで1度言葉を区切って、僕の胸で泣き続けているバナくんをジッと見つめる奴隷商さん。

「そして、愛らしい奴隷と出会ってしまったばかりに自分を含めて周り全てを不幸にするもの。
 これがまた多いんでございます」

 苦笑を、疲れたようにも見える深い苦笑を浮かべて奴隷商さんは僕を見る。

「これは単なる私の勘でございますが、この商品にはそんな商品たちと同じものを感じてしまうのです」

 最後に困ったものですね、といった感じに笑いかけてくる。

 いやいやいやいや。

「そんなもの僕に紹介してこないでくださいよっ!?」

 思わず大声をあげてしまった僕を、バナくんはびくっとしたあと涙目のまま見上げてくる。

「ああっ、いや、バナを買うのを止めるとかそういうことじゃなくってねっ!?」

 不安そうなバナくんの顔を見ると、なんとかしてあげなきゃという気になってしまう。

「主さま」

「お館サマ」

 なんとかバナくんのご機嫌を取ろうとあたふたしていたら、左右から僕の愛する人たちが声をかけてきた。

「ツヴァイが拗ねますよ」

「ムーサが拗ねマスよ」

 い、いや、これはそういうのじゃないから……。

 あ、はい……気をつけます。

 はい、後で2人とも可愛がります。

 望むところです。

 2人に左右から詰め寄られてタジタジになっている僕の情けない姿を奴隷商さんが笑顔で見てる。

「サクラハラ様なら安心してお売り出来ます」

 なんでっ!?

「お買い上げいただいた奴隷全てに手を出してもなお秩序を保っているお方など、寡聞にして存じ上げませんでした」

 バレてるっ!?

 僕の犯罪バレちゃってるっ!?

「あ、いや、その、それは……」

「はっはっはっは、商品が不幸でなければよいのです」

 み、見逃してもらえたのかな?

 いや、みんなを不幸にしたら訴えるぞという脅しだろうか?

 大丈夫、それは全力で頑張る。

 ただ、ひとつだけ言いたいけど、まだゼクスくんとノインくんには手出してない。

 いや、手出さなくても大事にするけどね?

「いっその事この商品につきましても早々にお手つきにしていただいたほうがよろしいかと」

「いや、ダメって言ったじゃん奴隷商さん」

 話の流れ的に手出さないようにとか言うところでしょそこは。

「三種奴隷ですので問題ございません」

 いや、そういうことじゃなくってね。

「ね、年齢のことも有るしさ」

「公式には成人でございますので問題ございません」

「いや、ほら、専門家さんの調査結果とかもあるらしいし……」

 パンパン。

 奴隷商さんが手を鳴らすと、部屋のドアが開いてそこにいた従業員さんが金属製のお皿の上でなにか紙を燃やす。

「そんなものございませんが?」

 お、おおう……。

「え、えっと、全ては自然の流れに任すということで……」

「左様でございますな」

 僕の逃げに頷いてくれる奴隷商さん。

「しかし、ラビィ種は性豪で知られる種族。
 ゆめゆめご油断なされませぬように」

 なんか脅された。

 はっはっはっ、こんな無垢な目で僕を見上げてるバナくんがそんな事するわけ無いでしょう。

 なんかお腹に押し付けられてるけど気にしない。

 半裸のバナくんは目に良すぎるので僕の上着をかけておこう。

 ……頑張る。



 ――――――



 さて、僕は買う気だし、奴隷商さんは何故か売りつける気満々なので商談再開だ。

 僕の全財産は、ユニさんから報酬としてもらった金貨400枚弱。

 他に男爵としての収入も有るらしいけど、それは領地の運営資金も合わせてのものらしいので男爵になる覚悟のできていない僕が勝手に使う訳にはいかない。

 全てユニさんに管理を任せているので僕の全財産はやっぱり手持ちだけだ。

 バナくんの値段は金貨50枚。

 全財産の8分の1。

 バナくんの本来の値段を考えれば安いけど、懐事情からすると痛い出費だ。

 仕事とかは出来ないみたいだし、本当に保護するだけになるからなぁ。

「えっと、僕より良さそうなお客さんがいたりとかは……」

「サクラハラ様が無理でした場合にお声をおかけしようと思っている方はいますが、私といたしましてはサクラハラ様が頭一つ抜けていると考えております」

 話を聞いていたバナくんが不安そうな顔で僕を見つめてる。

 安心してもらえるように優しく笑いかける。

 大丈夫、奴隷商さんがそこまで言うってことは本当に僕が買うのが一番いいんだろうし買うよ。

「ずいぶん安くなっているみたいですけど、奴隷商さんとしてはそれで大丈夫なのですか?」

「おおっ、私のことまで心配してくださるとはなんと慈悲深いっ!」

 大げさな仕草で言う奴隷商さん。

 普通なら嫌味かと思うところだけど、なぜか本気で感激していると思えちゃうのが不思議だ。

「ご心配くださって光栄でございますが、今回は原価割れはいたしておりませんのでご安心ください」

 それを聞いてちょっと気が楽になる。

 謎のサクラハラ様割とかあったからちょっと心配だったんだ。

 しかし、『今回は』ってことは、流石にツヴァイくんたちは原価割れしてたのか。

 1人金貨1枚とかだったからなぁ。

「分かりました。
 金貨50枚でバナくんを買わせていただきます」

「まいどありがとうございます。
 では、すぐに必要書類を整えさせていただきます」

 奴隷商さんはソファから立ち上がって恭しく一礼すると、手をパンパンと2度叩く。

 そのうち前みたいに書類を持った従業員さんが来てくれるんだろう。

「ぼく、おにいちゃんにかわれたの?」

 僕に抱っこされながら、意味が分かっているのか疑問な口調で言うバナくん。

「うん、そうだね。
 でも、酷いことはしないから安心してね?
 そうだ、近いうちにお父さんとお母さんにも連絡取ろうね」

 家に帰れなくても連絡を取るくらいは出来るだろう。

 そう思って言ったんだけど、当のバナくんは不思議そうな顔で僕を見てる。

 ん?なにこの反応?

「主さま、ラビィ種はかなり幼いときから独り立ちするため、親子関係は希薄ということを聞いた覚えがあります」

 え?そうなの?

 ムーサくんの話を奴隷商さんもウンウンと頷いて聞いている。

「そのとおりでございます。
 男女ともに性豪なため子供が生まれてもすぐに次の相手を見つけてしまい、親子で暮らしているという例は稀でございます。
 この商品につきましても、すでに数年前には1人で暮らしていたという話でございました」

「え?それじゃ、帰りたいお家っていうのは……」

「言葉通りの『お家』のことではないかと」

 え、そういう事?

「バナは1人で暮らしてたの?」

 僕の言葉にこくんとうなずくバナくん。

「あー……じゃ、お友だちとか連絡取りたい人いる?」

 話にあった貴族の息子さんとかだと無理だけど、その他だったらなんとかなると思う。

 でも、バナくんはフルフルと首を横に振る。

「おともだちいない」

 言葉でもなんか悲しいこと言われた。

「えっと、バナくん、元いたおうちに帰りたい?」

 さっきはお家帰りたいって言ってたけど、なんか話聞いてるとそんな帰りたそうには見えない。

「……ここいや」

 なるほど、家に帰りたいというより、ここが嫌だったのか。

 まあ、変な格好とかさせられたしなぁ。

「おにいちゃんといっしょがいい」

 そう言って、僕の首のあたりに頭を擦り付けるバナくん。

 フワフワの耳が顔にあたって気持ちいい。

 完全に僕に懐いているようにみえるバナくんがすごいかわいい。

 可愛いけど……これまずい可愛さだな。

 思わずみんなの顔を見ると、奴隷商さんを含めてみんな苦笑いしていた。

 そんな微妙な空気の中、バナくんだけは嬉しそうに僕に頭を擦り付け続けていた。
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