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第2章 街に出てみよう
47話 実家
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思わず手に持っていた炭筆を放り投げてしまった。
ユニさんから借りたものだったけど、そんなこと頭に残ってなかった。
「終わったあああああああぁぁぁぁっ!!!!」
開放感から思わず叫んでしまった。
終わった。
ようやく終わったんだ。
ついさっき最後の一枚を積み上げた書類の山を見ているとしみじみと実感が湧いてくる。
これで……これで数字地獄ともお別れだ。
手伝いを始めてからもう何日が経っただろう?思い出したくもない。
しかし、しかし、何を見ても数字に見えてくる日々はこれで終わるのだ。
全体としてはまだもう少しかかりそうだけど、僕の持ち分はこの山で終わりだそうだ。
他の人についても今日中には終わるだろうということだった。
「お疲れさまです」
一足先に持ち分を終わらせて、溜まっていた優先度の低い書類を決裁していたユニさんが顔を上げて笑いかけてくれる。
今日は最終日だということでこれからの打ち合わせも兼ねて、久々にユニさんの執務室で仕事をしてた。
「あ、ごめん、僕なんかたいして手伝ってないのになんかやった感出して」
ちょっと恥ずかしくなりながら、放り投げてしまった炭筆を拾いにいった。
算木が使えない僕は他の人よりだいぶ持ち分を減らしてもらっているので、僕のやったのなんてごくごく一部だ。
それでも、もうしばらくは数字は見たくない感じになってる。
やり遂げた人達は本当にすごいと思う。
「いえいえ、十分助かりましたよ。
それに、ハルが活躍するのはこれからですからね」
そうだった。
領内の税収関係の集計が終わったからには、そのデータを元に表計算アプリで平均や伸び率、他領との比較などいわゆる統計をまとめて分析できるデータを作るのが僕の仕事だ。
もともとは汚職関係の資料を作るだけのはずだったんだけど、表計算アプリで出来ることを説明してたら色々ユニさんやイヴァンさんから要望が出てきて、結局全体的なデータをまとめることになった。
習ってなかった数式とかもタブレットに入ってた情報処理の教材を使ってなんとか作り上げた。
大変だったけど、そっちはパズルを組み立てる感覚でちょっと楽しかった。
数字に追われる毎日の良い息抜きにすらなってた気がする。
「とりあえずデータをまとめるのは明日からになりますから、今日はゆっくり休んでください」
「うん、ありがとう。
ユニさんもあんまり根を詰めないでね」
笑って頷いてくれるけど、ユニさんは真面目だからなぁ。
声に出して返事しなかったところも怪しいし、ちょっと心配。
一休みしたら無理やり休ませに来よう。
本当にダメな時はイヴァンさんがそれとなく止めてくれるから安心して邪魔しに行けるのだ。
そんなこと考えながらちょっと一眠りと思ってベッドに入って……。
結局、夕食も食べずに朝まで眠り続けてしまった。
集計が終わった次の日からデータのまとめをやってた。
始めいくつかの村の分で数式に間違いかないか、イヴァンさんとユニさん、ミゲルくんたち総出で確認してもらった。
結果、大丈夫そうなので、今は僕がひたすら集計したデータを入力している。
今回集計したモノケロス家の影響範囲内のデータを纏めきるのはまだまだ時間がかかりそうだ。
バッテリーが足りるか不安だけど、その件についてはユニさんの方で試してみたいことがあるらしい。
『神殿にあたってみる』とか言ってたけど、どういうことだろう?
バッテリーのことは僕も気になるし、落ち着いたら詳しく聞いてみよう。
全部終わるのはまだまだ時間がかかるけど、取り急ぎ今回の横領の件で必要なデータは先に集計してユニさんに渡してある。
「これだけはっきりした数字を出せればどれだけ継母がかばおうがスカルドーニ卿を糾弾することが出来ます。
ハル、ありがとうございます。
イヴァン、皆に感謝の言葉を。そして特別手当と休暇を与えてるよう手配してください」
「かしこまりました」
ユニさんの家臣さんたちや使用人さんたち、みんな昼夜もなく頑張ってくれてたからなぁ。
僕もミゲルくんたちにご褒美と休暇をあげることになっている。
今度みんなと相談してみよう。
「さて、では、明日早速本邸に行って継母に話をつけてきます。
さっきも言いましたけど、ハルは念のため家臣の一人としてついてきてください」
横領子爵さんの件については、イヴァンさんの調べによってかばっているのは弟さんではなくお継母さんが主犯だと判明している。
正確にはお継母さんの後ろにいる実家がこの件で恩を着せて、娘さんだかなんだかを子爵さんの家に送り込んで乗っ取ろうと画策してたんだそうな。
子爵さんって言っても、領内に鉱山のあるかなり有力な人で、それで目をつけられたんだろうって言ってた。
横領自体、そのお継母さんの実家からそそのかされた形跡があるらしいって言うから手の込んだことだ。
ということで、明日、本邸……つまりユニさんの実家にいるお継母さんに今回作り上げた横領のはっきりとした証拠を突きつけに行くらしい。
僕はもしもの時に足りないデータを作るためにスマホを持ってついていくことになった。
基本的には大抵のことにはイヴァンさんとユニさんで対応できるので本当に念のためらしいけど。
「うん、わかった。
こんなこと言ったらちょっと不謹慎だけど、ユニさんの実家を見れるの楽しみにしてるよ」
「別に楽しいものじゃないですけどね。
普通の家ですよ」
ウキウキしてるのを隠しきれない僕を見て苦笑気味のユニさん。
僕は本当についていくだけになりそうなので、物見遊山気分だ。
本当はこの機会にお父さんにご挨拶を……とも思ったんだけど、それはそれでまた別の機会にきちんと場を作るって言われた。
改まった場になると緊張するけど、たしかにそれが礼儀だと思う。
ということで、僕の挨拶は無し。
単なる家臣の1人としてついていくことになったので気楽なものだ。
「それじゃ、今日は早めに寝ておいたほうがいいかな。
明日はお昼食べてから出発でいいんだったよね?」
「そうですね。
今日の夕食はそちらにお邪魔するつもりなので、細かいところはその時話しましょう」
ここしばらく本当に忙しくて僕の部屋にユニさんが来るのは大分久しぶりだ。
やばい、テンション上がってきた。
夜を心待ちにしながら執務室をあとにするのだった。
――――――
誰かが僕を揺さぶっている。
今、ユニさんとミゲルくんとの両手に花でイチャついているんだからもう少し夢を見させてほしい。
今僕は愛する恋人2人に両頬にチューされてご満悦なのだ。
「お館サマ、起きてくださいマセ。
着きましてございマス」
なんか耳元でツヴァイくんのささやき声がする。
ツヴァイくん、着いたってどこに……?
…………。
慌てて飛び起きた。
馬車の壁に頭をぶつけそうになるのをドライくんに抱きとめられた。
「ごめん、ありがとう。
ツヴァイも起こしてくれてありがとうね」
馬車に乗ってユニさんのお屋敷を出たまでは覚えてるのに、馬車の揺れが心地よくてすぐ寝ちゃったみたいだ。
昨日久しぶりだからってユニさんとイチャつきすぎた。
朝から眠くてやばいなぁとは思ってたけど、案の定寝てしまったみたいだ。
「お館サマ、こちらをどうゾ」
馬車の向かいに座っていた小さなノインくんが濡れたタオルを渡してくれた。
なにかと思ってたら、自分の口元を指差さしてる。
……うわっ、よだれ垂れてる、恥ずかしい。
幸いミゲルくんたち総出で着せてくれたおめかし服には垂れていないようだ。
ミゲルくんたち抜きで着替えられるとは思えないから、助かった。
今回の僕のお供はドラゴニュート5兄弟だ。
ミゲルくんたちは顔を知られてる可能性が高いし、ヴィンターさんは奴隷だから連れてくるわけにもいかないらしい。
それならツヴァイくんたちもダメなんじゃないかって思ったんだけど、『念のため』ってユニさんに言われて護衛としてついてきてもらうことになった。
それも1人いたら一緒だからって兄弟全員でだ。
ちょっと過保護な気がするけど、僕自身世間知らずで危なっかしい自覚はあるので仕方ないと思う。
「「お館サマお手ヲ」」
両側からフィーアくんとゼクスくんに手を取ってもらって馬車から降りる。
僕たちの馬車が停まっている広場の先に立派な庭が広がっている。
そしてその先に白亜の館があった。
ぱっと見ユニさんのお屋敷よりふた周りは大きく見える。
まだ新しいのか、それとも常にきれいに磨き上げているのか真っ白な壁が陽の光を受けて輝かんばかりだ。
王様からもらったって言ってたし、お金かかってるんだろうなぁ……。
僕たちの周りにはたくさんの馬車が停まっているけど、打ち合わせどおりその中にユニさんの馬車はない。
ユニさんはイヴァンさんと従士の人たちと一緒に直接屋敷に行っているはずだ。
ここにいるのは僕とツヴァイくんたちと……。
「ハル様、こちらでございます」
ユニさんの従士で僕が玉々を蹴り上げちゃったルキアンさんだ。
鎧を着ていないルキアンさんは初めて見たけど、茶髪の爽やかなイケメンさんだった。
ユニさんちでは珍しい普通の人間さんだ。
年は僕とアレクさんの間くらいかな?
今日見た他の従士さんたちよりかなり若い。
今日はルキアンさんが僕たちの案内をしてくれることになっている。
男としてありえないことをやってしまった相手なので、申し訳ないというかなんというか逆らい辛い人だ。
まあ、そもそも逆らう気はないけど、イヴァンさんの人選は流石だと思う。
素直にルキアンさんについて馬車溜まりから離れていく。
そこかしこに雑談している人とかその人の警護らしき人とかがいるけど、これはみんなユニさんのお父さんに挨拶や陳情なんかに来た人たちらしい。
ユニさんはもちろん、モノケロス家と繋がりのある人や身分の高い人はもっと別のところに案内されるんだそうな。
僕は今回念のため一般客に紛れてこっちで降りることになった。
今日の計画としては、ユニさんがお継母さんと弟さんに挨拶をしたあと、お継母さんと弟さんを引き離して、弟さんを引き止めてる間にお継母さんに直接証拠を叩きつけることになっている。
そして、お継母さん、ひいてはその実家に子爵さんをかばうのを諦めさせてから、お父さんに子爵さんの横領について報告するっていう流れだ。
僕の出番は基本的にはお継母さんがなにか言い逃れをした時にデータの追加や説明をする係で、もしそうなった時にはユニさんについていった従士の人が呼びに来てくれることになっている。
そのまま出番がなかった時も、一応お継母さんと弟さんとの会談の際に家臣の一人としてユニさんの後ろに控えていることになっているので、その時にやっぱり誰かが呼びに来てくれるんだそうだ。
それまでは一般客は入ってこれないお屋敷の庭で待機していることになってる。
ルキアンさんについて、人目につかないところから庭に入っていく。
庭は高い垣根で馬車溜まりとは視線が遮られていた。
これなら誰かに見られることもないと、ちょっとホッとする。
馬車溜まりには色んな種族の人がごった返していたけど、流石にツヴァイくんたちは人目を引いてたからなぁ。
僕を他の人の視線から隠すようにしていたツヴァイくんたちもちょっと離れていく。
ツヴァイくんたち自身が注目を集めていたお陰もあって、僕自身は全くと言っていいほど視線を感じなかった。
「ハル様、あちらに見えます東屋でお待ちくださいませ」
ルキアンさんが指し示す方には白い小さな建物があって、そこが話に聞いていた僕の待機場所のようだ。
僕はユニさんに呼ばれるまでここで暇をつぶしてればいいらしい。
もしこのお屋敷の使用人さんとかが近寄ってきてもルキアンさんが追い払ってくれることになっている。
気楽に考えながらルキアンさんについて行ってたら、東屋側の垣根の影から剣を腰に下げた馬耳の人が出てきた。
ルキアンさんの表情に緊張が走る。
ツヴァイくんとドライくんが僕を隠すようにスッと僕の前に出てきた。
出てきた人も僕たちに気づいていたわけではないらしく、こっちを見て驚いていた。
「何者だっ!?」
出てきた人は腰に下げた剣に手をかけると、大きく誰何の声を上げた。
まだ他にも東屋の周りにいたようで、辺りが慌ただしくなってくる。
あっという間に10人くらいになった剣を持った人たちは、僕たちと東屋を遮るようにして剣に手をかけてこちらを睨みつけている。
なんか今にも剣を抜いて飛びかかってきそうな雰囲気だ。
その後ろには使用人さんらしき女の人も何人かいて、かなりの人数が東屋にいたみたいだ。
ルキアンさんは緊張した顔をしているし、ツヴァイくんたちも僕を守るような立ち位置になってる。
「お待ち下さいっ!
我々はユニコロメド様家中のもの。
決して怪しいものではございませんっ!」
ルキアンさんがユニさんの名前を出してこの場を収めようとする。
極力、僕たちがここにいることは内密にって話だったけどこうなってしまったら仕方ない。
僕になにか出来るわけじゃないので、ここはルキアンさんに任せるしかない。
「ほぉ、兄上の家中のものがなぜこんなところに居るんだ?」
ルキアンさんの言葉を聞いてざわめく人たちの後ろから黒い人が出てきた。
短い黒髪に黒い瞳、黒い馬耳をしたユニさんに少し似てる超絶美少年さんで、服装も全体的に黒っぽい。
肌もよく日に焼けていて、全体的に黒っぽい印象の中でその額から生えている角だけが真っ白だった。
「こ、これはスレイフルド様」
その子を見たルキアンさんが慌てて地面に膝をつく。
僕もルキアンさんに合わせて跪くと、ツヴァイくんたちも跪いてくれた。
空気読める子たちで僕嬉しい。
兄上って言ってたし、この子が噂のユニさんの弟さんなんだろう。
なんかすごいヤンチャって感じがする。
「知らぬこととは言え、ご無礼をばいたしました」
「よい、俺も母上に内緒で来ているからな。
それで、お前たちはなぜここに?」
腕を組んで鷹揚に頷く弟くん。
なんだろう?ユニさんと違ってなんか偉そうに見える。
顔の角度とかそういうのがいけないんだと思う。
上目使いでチラチラ見てたら、目が合いそうになったので慌てて目を伏せる。
「はっ!この者が気分が悪くなったと言うので、外の空気を吸いに出ておりました。
直ちに去りますのでなにとぞご寛恕の程を」
事前の打ち合わせ通りに説明をするルキアンさん。
使用人たちに出会った場合はこれで済むはずなんだけど、この弟くんが見逃してくれるかな?
なんかユニさんの家臣とか聞いたら嫌がらせしてきそうな雰囲気がある。
ルキアンさんからもなんか一か八かって雰囲気を感じる。
「ほぉ、その者がな。
ずいぶんと護衛もつけて兄上も過保護なものだな。
おい、お前、名はなんて言う」
うわぁ、やっぱり目をつけられた。
どうしたもんかなぁ……。
ユニさんから借りたものだったけど、そんなこと頭に残ってなかった。
「終わったあああああああぁぁぁぁっ!!!!」
開放感から思わず叫んでしまった。
終わった。
ようやく終わったんだ。
ついさっき最後の一枚を積み上げた書類の山を見ているとしみじみと実感が湧いてくる。
これで……これで数字地獄ともお別れだ。
手伝いを始めてからもう何日が経っただろう?思い出したくもない。
しかし、しかし、何を見ても数字に見えてくる日々はこれで終わるのだ。
全体としてはまだもう少しかかりそうだけど、僕の持ち分はこの山で終わりだそうだ。
他の人についても今日中には終わるだろうということだった。
「お疲れさまです」
一足先に持ち分を終わらせて、溜まっていた優先度の低い書類を決裁していたユニさんが顔を上げて笑いかけてくれる。
今日は最終日だということでこれからの打ち合わせも兼ねて、久々にユニさんの執務室で仕事をしてた。
「あ、ごめん、僕なんかたいして手伝ってないのになんかやった感出して」
ちょっと恥ずかしくなりながら、放り投げてしまった炭筆を拾いにいった。
算木が使えない僕は他の人よりだいぶ持ち分を減らしてもらっているので、僕のやったのなんてごくごく一部だ。
それでも、もうしばらくは数字は見たくない感じになってる。
やり遂げた人達は本当にすごいと思う。
「いえいえ、十分助かりましたよ。
それに、ハルが活躍するのはこれからですからね」
そうだった。
領内の税収関係の集計が終わったからには、そのデータを元に表計算アプリで平均や伸び率、他領との比較などいわゆる統計をまとめて分析できるデータを作るのが僕の仕事だ。
もともとは汚職関係の資料を作るだけのはずだったんだけど、表計算アプリで出来ることを説明してたら色々ユニさんやイヴァンさんから要望が出てきて、結局全体的なデータをまとめることになった。
習ってなかった数式とかもタブレットに入ってた情報処理の教材を使ってなんとか作り上げた。
大変だったけど、そっちはパズルを組み立てる感覚でちょっと楽しかった。
数字に追われる毎日の良い息抜きにすらなってた気がする。
「とりあえずデータをまとめるのは明日からになりますから、今日はゆっくり休んでください」
「うん、ありがとう。
ユニさんもあんまり根を詰めないでね」
笑って頷いてくれるけど、ユニさんは真面目だからなぁ。
声に出して返事しなかったところも怪しいし、ちょっと心配。
一休みしたら無理やり休ませに来よう。
本当にダメな時はイヴァンさんがそれとなく止めてくれるから安心して邪魔しに行けるのだ。
そんなこと考えながらちょっと一眠りと思ってベッドに入って……。
結局、夕食も食べずに朝まで眠り続けてしまった。
集計が終わった次の日からデータのまとめをやってた。
始めいくつかの村の分で数式に間違いかないか、イヴァンさんとユニさん、ミゲルくんたち総出で確認してもらった。
結果、大丈夫そうなので、今は僕がひたすら集計したデータを入力している。
今回集計したモノケロス家の影響範囲内のデータを纏めきるのはまだまだ時間がかかりそうだ。
バッテリーが足りるか不安だけど、その件についてはユニさんの方で試してみたいことがあるらしい。
『神殿にあたってみる』とか言ってたけど、どういうことだろう?
バッテリーのことは僕も気になるし、落ち着いたら詳しく聞いてみよう。
全部終わるのはまだまだ時間がかかるけど、取り急ぎ今回の横領の件で必要なデータは先に集計してユニさんに渡してある。
「これだけはっきりした数字を出せればどれだけ継母がかばおうがスカルドーニ卿を糾弾することが出来ます。
ハル、ありがとうございます。
イヴァン、皆に感謝の言葉を。そして特別手当と休暇を与えてるよう手配してください」
「かしこまりました」
ユニさんの家臣さんたちや使用人さんたち、みんな昼夜もなく頑張ってくれてたからなぁ。
僕もミゲルくんたちにご褒美と休暇をあげることになっている。
今度みんなと相談してみよう。
「さて、では、明日早速本邸に行って継母に話をつけてきます。
さっきも言いましたけど、ハルは念のため家臣の一人としてついてきてください」
横領子爵さんの件については、イヴァンさんの調べによってかばっているのは弟さんではなくお継母さんが主犯だと判明している。
正確にはお継母さんの後ろにいる実家がこの件で恩を着せて、娘さんだかなんだかを子爵さんの家に送り込んで乗っ取ろうと画策してたんだそうな。
子爵さんって言っても、領内に鉱山のあるかなり有力な人で、それで目をつけられたんだろうって言ってた。
横領自体、そのお継母さんの実家からそそのかされた形跡があるらしいって言うから手の込んだことだ。
ということで、明日、本邸……つまりユニさんの実家にいるお継母さんに今回作り上げた横領のはっきりとした証拠を突きつけに行くらしい。
僕はもしもの時に足りないデータを作るためにスマホを持ってついていくことになった。
基本的には大抵のことにはイヴァンさんとユニさんで対応できるので本当に念のためらしいけど。
「うん、わかった。
こんなこと言ったらちょっと不謹慎だけど、ユニさんの実家を見れるの楽しみにしてるよ」
「別に楽しいものじゃないですけどね。
普通の家ですよ」
ウキウキしてるのを隠しきれない僕を見て苦笑気味のユニさん。
僕は本当についていくだけになりそうなので、物見遊山気分だ。
本当はこの機会にお父さんにご挨拶を……とも思ったんだけど、それはそれでまた別の機会にきちんと場を作るって言われた。
改まった場になると緊張するけど、たしかにそれが礼儀だと思う。
ということで、僕の挨拶は無し。
単なる家臣の1人としてついていくことになったので気楽なものだ。
「それじゃ、今日は早めに寝ておいたほうがいいかな。
明日はお昼食べてから出発でいいんだったよね?」
「そうですね。
今日の夕食はそちらにお邪魔するつもりなので、細かいところはその時話しましょう」
ここしばらく本当に忙しくて僕の部屋にユニさんが来るのは大分久しぶりだ。
やばい、テンション上がってきた。
夜を心待ちにしながら執務室をあとにするのだった。
――――――
誰かが僕を揺さぶっている。
今、ユニさんとミゲルくんとの両手に花でイチャついているんだからもう少し夢を見させてほしい。
今僕は愛する恋人2人に両頬にチューされてご満悦なのだ。
「お館サマ、起きてくださいマセ。
着きましてございマス」
なんか耳元でツヴァイくんのささやき声がする。
ツヴァイくん、着いたってどこに……?
…………。
慌てて飛び起きた。
馬車の壁に頭をぶつけそうになるのをドライくんに抱きとめられた。
「ごめん、ありがとう。
ツヴァイも起こしてくれてありがとうね」
馬車に乗ってユニさんのお屋敷を出たまでは覚えてるのに、馬車の揺れが心地よくてすぐ寝ちゃったみたいだ。
昨日久しぶりだからってユニさんとイチャつきすぎた。
朝から眠くてやばいなぁとは思ってたけど、案の定寝てしまったみたいだ。
「お館サマ、こちらをどうゾ」
馬車の向かいに座っていた小さなノインくんが濡れたタオルを渡してくれた。
なにかと思ってたら、自分の口元を指差さしてる。
……うわっ、よだれ垂れてる、恥ずかしい。
幸いミゲルくんたち総出で着せてくれたおめかし服には垂れていないようだ。
ミゲルくんたち抜きで着替えられるとは思えないから、助かった。
今回の僕のお供はドラゴニュート5兄弟だ。
ミゲルくんたちは顔を知られてる可能性が高いし、ヴィンターさんは奴隷だから連れてくるわけにもいかないらしい。
それならツヴァイくんたちもダメなんじゃないかって思ったんだけど、『念のため』ってユニさんに言われて護衛としてついてきてもらうことになった。
それも1人いたら一緒だからって兄弟全員でだ。
ちょっと過保護な気がするけど、僕自身世間知らずで危なっかしい自覚はあるので仕方ないと思う。
「「お館サマお手ヲ」」
両側からフィーアくんとゼクスくんに手を取ってもらって馬車から降りる。
僕たちの馬車が停まっている広場の先に立派な庭が広がっている。
そしてその先に白亜の館があった。
ぱっと見ユニさんのお屋敷よりふた周りは大きく見える。
まだ新しいのか、それとも常にきれいに磨き上げているのか真っ白な壁が陽の光を受けて輝かんばかりだ。
王様からもらったって言ってたし、お金かかってるんだろうなぁ……。
僕たちの周りにはたくさんの馬車が停まっているけど、打ち合わせどおりその中にユニさんの馬車はない。
ユニさんはイヴァンさんと従士の人たちと一緒に直接屋敷に行っているはずだ。
ここにいるのは僕とツヴァイくんたちと……。
「ハル様、こちらでございます」
ユニさんの従士で僕が玉々を蹴り上げちゃったルキアンさんだ。
鎧を着ていないルキアンさんは初めて見たけど、茶髪の爽やかなイケメンさんだった。
ユニさんちでは珍しい普通の人間さんだ。
年は僕とアレクさんの間くらいかな?
今日見た他の従士さんたちよりかなり若い。
今日はルキアンさんが僕たちの案内をしてくれることになっている。
男としてありえないことをやってしまった相手なので、申し訳ないというかなんというか逆らい辛い人だ。
まあ、そもそも逆らう気はないけど、イヴァンさんの人選は流石だと思う。
素直にルキアンさんについて馬車溜まりから離れていく。
そこかしこに雑談している人とかその人の警護らしき人とかがいるけど、これはみんなユニさんのお父さんに挨拶や陳情なんかに来た人たちらしい。
ユニさんはもちろん、モノケロス家と繋がりのある人や身分の高い人はもっと別のところに案内されるんだそうな。
僕は今回念のため一般客に紛れてこっちで降りることになった。
今日の計画としては、ユニさんがお継母さんと弟さんに挨拶をしたあと、お継母さんと弟さんを引き離して、弟さんを引き止めてる間にお継母さんに直接証拠を叩きつけることになっている。
そして、お継母さん、ひいてはその実家に子爵さんをかばうのを諦めさせてから、お父さんに子爵さんの横領について報告するっていう流れだ。
僕の出番は基本的にはお継母さんがなにか言い逃れをした時にデータの追加や説明をする係で、もしそうなった時にはユニさんについていった従士の人が呼びに来てくれることになっている。
そのまま出番がなかった時も、一応お継母さんと弟さんとの会談の際に家臣の一人としてユニさんの後ろに控えていることになっているので、その時にやっぱり誰かが呼びに来てくれるんだそうだ。
それまでは一般客は入ってこれないお屋敷の庭で待機していることになってる。
ルキアンさんについて、人目につかないところから庭に入っていく。
庭は高い垣根で馬車溜まりとは視線が遮られていた。
これなら誰かに見られることもないと、ちょっとホッとする。
馬車溜まりには色んな種族の人がごった返していたけど、流石にツヴァイくんたちは人目を引いてたからなぁ。
僕を他の人の視線から隠すようにしていたツヴァイくんたちもちょっと離れていく。
ツヴァイくんたち自身が注目を集めていたお陰もあって、僕自身は全くと言っていいほど視線を感じなかった。
「ハル様、あちらに見えます東屋でお待ちくださいませ」
ルキアンさんが指し示す方には白い小さな建物があって、そこが話に聞いていた僕の待機場所のようだ。
僕はユニさんに呼ばれるまでここで暇をつぶしてればいいらしい。
もしこのお屋敷の使用人さんとかが近寄ってきてもルキアンさんが追い払ってくれることになっている。
気楽に考えながらルキアンさんについて行ってたら、東屋側の垣根の影から剣を腰に下げた馬耳の人が出てきた。
ルキアンさんの表情に緊張が走る。
ツヴァイくんとドライくんが僕を隠すようにスッと僕の前に出てきた。
出てきた人も僕たちに気づいていたわけではないらしく、こっちを見て驚いていた。
「何者だっ!?」
出てきた人は腰に下げた剣に手をかけると、大きく誰何の声を上げた。
まだ他にも東屋の周りにいたようで、辺りが慌ただしくなってくる。
あっという間に10人くらいになった剣を持った人たちは、僕たちと東屋を遮るようにして剣に手をかけてこちらを睨みつけている。
なんか今にも剣を抜いて飛びかかってきそうな雰囲気だ。
その後ろには使用人さんらしき女の人も何人かいて、かなりの人数が東屋にいたみたいだ。
ルキアンさんは緊張した顔をしているし、ツヴァイくんたちも僕を守るような立ち位置になってる。
「お待ち下さいっ!
我々はユニコロメド様家中のもの。
決して怪しいものではございませんっ!」
ルキアンさんがユニさんの名前を出してこの場を収めようとする。
極力、僕たちがここにいることは内密にって話だったけどこうなってしまったら仕方ない。
僕になにか出来るわけじゃないので、ここはルキアンさんに任せるしかない。
「ほぉ、兄上の家中のものがなぜこんなところに居るんだ?」
ルキアンさんの言葉を聞いてざわめく人たちの後ろから黒い人が出てきた。
短い黒髪に黒い瞳、黒い馬耳をしたユニさんに少し似てる超絶美少年さんで、服装も全体的に黒っぽい。
肌もよく日に焼けていて、全体的に黒っぽい印象の中でその額から生えている角だけが真っ白だった。
「こ、これはスレイフルド様」
その子を見たルキアンさんが慌てて地面に膝をつく。
僕もルキアンさんに合わせて跪くと、ツヴァイくんたちも跪いてくれた。
空気読める子たちで僕嬉しい。
兄上って言ってたし、この子が噂のユニさんの弟さんなんだろう。
なんかすごいヤンチャって感じがする。
「知らぬこととは言え、ご無礼をばいたしました」
「よい、俺も母上に内緒で来ているからな。
それで、お前たちはなぜここに?」
腕を組んで鷹揚に頷く弟くん。
なんだろう?ユニさんと違ってなんか偉そうに見える。
顔の角度とかそういうのがいけないんだと思う。
上目使いでチラチラ見てたら、目が合いそうになったので慌てて目を伏せる。
「はっ!この者が気分が悪くなったと言うので、外の空気を吸いに出ておりました。
直ちに去りますのでなにとぞご寛恕の程を」
事前の打ち合わせ通りに説明をするルキアンさん。
使用人たちに出会った場合はこれで済むはずなんだけど、この弟くんが見逃してくれるかな?
なんかユニさんの家臣とか聞いたら嫌がらせしてきそうな雰囲気がある。
ルキアンさんからもなんか一か八かって雰囲気を感じる。
「ほぉ、その者がな。
ずいぶんと護衛もつけて兄上も過保護なものだな。
おい、お前、名はなんて言う」
うわぁ、やっぱり目をつけられた。
どうしたもんかなぁ……。
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※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
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そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
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