48 / 140
第2章 街に出てみよう
39話 奴隷商
しおりを挟む
昨日と同じ僕とアッキーとアレクさんの三人で、奴隷商のお店の前まで来ている。
「ハル、エル、モノケロス卿からの注意は忘れていないな」
僕に確認してくるアレクさん。
「交渉担当はアレクさん。
僕とエルはできるだけ黙ってる」
他にも色々あったけど、基本はこれだ。
僕たち要るのかな?と思ったけど、奴隷を買う時に主人となる人間が居ることは思った以上に大事なんだそうな。
一応買う買わないの決定権も僕にあることになっている。
アッキーは前と同じく護衛兼アドバイザーだ。
いつもありがとう。
今日はいっぱいお礼するからね。
「よし、では行くぞ」
歩き出すアレクさんに続いていく僕とアッキー。
さあ、僕の男爵としての初仕事。
使用人の獲得だ。
奴隷商という響きからは思いつかないほど明るい受付で、モノケロス子爵家……ユニさんちとして奴隷を買いに来たと告げる。
店先に奴隷の一人もいないんだけど、本当にここは奴隷商なんだろうか?
受付のお姉さんに案内されて、店の奥に入っていくと廊下の先に着飾ったカエルさんがいた。
ああ、いや、あれはカエル人さんか。
「これはこれは、なんでもモノケロス子爵様からのご用命とか。
ありがたいことでございます。
私は、当商会の会長ポパピエルセムミス・ミルトニスフヒと申します」
「ポパ……?」
ごめん、アレクさん、こっち見られても僕も聞き取れなかった。
このポパ……さん、名前も驚いたけど、これでこの人普通の人間だ。
カエルにしか見えないのに……。
いや、人の容姿をとやかくいうのは失礼か。
ただ、そんな容姿なので年が全然分からない。
頭は禿げ上がってるし声からしてもかなりの年に聞こえるんだけど肌艶だけなら若く見えるし……。
「覚えづらい名前でございましょう?
私もこればかりは親を恨んでおります。
どうぞ、気軽に奴隷商、とお呼びくださいませ」
そう言って優雅に一礼をする奴隷商さん。
今まで見た誰よりも優雅な仕草だった。
「さあさあ、大事なお客様をこんなところに立たせておくわけには参りません。
どうぞ、この部屋の中でお寛ぎになってお待ち下さい」
奴隷商さんはかたわらのドアを開くと僕たちを中に招き入れてくれる。
中はひと目でお金がかかっているのが分かるのに悪趣味な感じが全くしない不思議な部屋だった。
下手するとユニさんの家にあるものより高価に見える調度品が置いてあるのに、全体としての雰囲気は清廉ですらある。
「それでは、このお部屋で少々お寛ぎくださいませ」
そう言うと、奴隷商さんは部屋に入らないままドアを閉めてしまう。
「……なんか色々と呆気にとられちゃったけど、僕たちまだ要件伝えてないよね?」
「あ、ああ、そういえばそうだな。
すまん、俺も雰囲気に飲まれてしまった」
なんか化かされでもしたかのような顔をしているアレクさん。
多分僕もそんな顔をしていると思う。
「まあ、敵意は一切なかったし、イヴァン坊から聞いてた流れでもある。
ここはあやつがどう出てくるか見ていればよかろう」
アッキーだけが泰然としてソファに座ってテーブルに置かれてたワインを飲んでいる。
「ほぉ、アルキーノ産とは、一見の者にここまでのものを出すか」
アッキーはちょっと驚いたあと、ワインを飲み干して2杯目をついでいる。
良いものだったのかな?酔っ払わないようにね。
まあ、とりあえずもうこうなったらなるようにしかならない。
緊張しててもしょうがないからのんびり奴隷商さんが来るのを待とう。
アッキーの隣りに座ってこれまたテーブルの上に置かれてたお菓子を食べた。
うっまっ!?
なにこれっ!?ヨハンナさんのお菓子より美味しいお菓子初めて食べたっ!
夢中で食べてたらすぐに無くなってしまったので、2つ目を手に取る。
アレクさんはそんな僕らのことを呆れた目で見ていた。
――――――
僕はお菓子を、アッキーはワインを食べ飲み尽くしそうになる辺りで、部屋の奥にあったドアが開く。
あんなところにドアあったんだ。
部屋の奥、一段高くなったところにあるドアから奴隷商さんが入って来た。
「さあさあ、皆様、お待たせいたしました。
まずは当商会が誇る商品のご紹介から始めさせていただきたいと思います」
奴隷商さんはそう言うと優雅な仕草でこちらに一礼をして、ドアの方へ合図を送る。
露出の多い服に身を包んだお姉さんが、手枷と足枷をはめられた男の人を連れてくる。
多分アレクさんと同じくらいの年の筋肉質の金髪の美形さんで、露出のやたら多い下着だけをつけていて……なんていうか裸よりエロい。
「こちらは、隣国でも名のしれた剣士でその強さと美しさは吟遊詩人に広く歌われております。
此度の戦役で剣士隊の隊長となっていた所を我軍に捕縛されました。
こちら、金貨500枚となっております」
500枚というと……5千万っ!?高っ!?
剣士さんに続いてやはり手枷足枷をされた、赤髪の少年が連れてこられる。
やっぱり際どい下着を着た、ユニさんやアッキーと並べるレベルの美形さんでなんか股間を強調するようなポーズで立ってる。
ていうか、勃ってる。でっかい。
あ、アレクさん、うへぇって顔してる。
眼福とか思っててごめんなさい。
「こちらも隣国産でございます。
齢まだ17才にして流した浮名は数知れず、泣かした男女は数知れずの強者でございます。
捕虜にした際には取り返すために千の女剣士が突撃を敢行したそうでございます。
こちら、金貨400枚となります」
流石に千人は大げさに言ってるんだろうけど、本当でも不思議じゃないほどの美貌だ。
更に続いて、今度は傷跡だらけの体をした髭面のおじさんが連れてこられる。
最初の人以上に筋骨隆々で、この人も半裸だけどなんて言うかまともな腰布だ。
「こちらは、隣国でバーサーカーと呼ばれ味方からも恐れられた剣士でございます。
その腕前は並の剣士10人が一斉に向かってきても物ともせず、剣を振るえば岩をも砕くほどだとか。
こちら、金貨200枚となります」
その堂々とした立ち姿は、なんの心得もない僕ですら強いんだということがひと目で分かった。
護衛かなんかとして買うのかな?
続いて入ってきたのは、おお、ウサ耳の獣人さんだ。
かなりちっちゃな可愛らしい子で僕よりだいぶ年下に見える。
この子はこの子でまた際どい下着を着てる。
「さて、こちらはラビィ種の男性です。
奴隷として出回るのも珍しいですが、さらに珍しいのはその年齢。
無粋ですので詳細は申しませんが、その年齢に似合わぬラビィ種特有の性豪さはご主人さま自らお確かめくださいませ。
こちら、金貨300枚となります」
なんか潤んだ目で見つめられると買いたくなってくるからやめてほしい。
アレクさんはさらに、うへぇだ。
最後に連れてこられたのは、なんていうか普通の子だった。
いや、まあ確かに金髪碧眼の整った顔立ちはしているんだけど、先の3人を見たあとだとまあ普通だ。
筋肉にしたって僕とたいして変わらないくらいの普通の子に見える。
それこそ年齢も僕とたいして変わらなさそうだ。
着ている服も普通の腰布だ。
「さて、こちらにおわしますは、隣国でも豊領として知られるシャンルイス公爵領のご領主様のご落胤……と噂される少年でございます。
真偽の程は定かではありませんが、公爵家のご血族を奴隷にしてみると言うのもご一興ではございませんでしょうか?
こちら、金貨100枚となります」
今までの本人たちも売り込むぞって感じだった奴隷さんたちと違って、最後の子だけは悲しそうな顔をして俯いている。
なんていうか、本当に普通の子だ。
この子が貴族の子供『かも』っていうだけで金貨100枚、一般奴隷さん二人分っていうのはぼったくりな気がする。
「さて、ここまでが当商会がお客様にオススメする自慢の逸品たちでございます。
お気に召しましたるものはおりましたでしょうか?」
これで終わりと優雅に一礼する奴隷商さん。
「では、最後の子をもらおうか」
僕たちを従わせた主人っぽくソファの真ん中に座ったアレクさんの声を聞いて怯えた顔をする最後の子。
ここまではイヴァンさんに教えられたとおりだ。
イヴァンさん曰く、一見の客には最初に奴隷商さんの方で売りつけたい奴隷を見せてくるだろうから、その中の一番安い奴隷でいいから買うようにと言われている。
値段が合わなかったり、買いたいと思えない奴隷ばかりだったら一度帰ってくるように言われてたけど、最後の子ならいいやと思った。
奴隷は奴隷でも色んな用途があって、一般奴隷はだいたい金貨50枚から、剣闘奴隷や兵士なんかの危険なことをさせられる奴隷は金貨100枚から、そして、その……エッチなことが出来るのはだいたい金貨200枚からと決まっているらしい。
売買契約時に決められた用途以外で使うと罰せられるらしいので、一般奴隷を買ってそっち用にとかは一応出来なくなっているらしい。
他の人はいくらでも買い手はつくだろうけど、最後の子はとても剣闘とか出来るようには見えないし、一般奴隷としてあの普通さで普通の奴隷の倍じゃ相当なもの好きしか買わないと思う。
ここは、金貨50枚は奴隷商さんへの顔見せ代と思うことにしよう。
「おおっ、これはありがとうございますっ!
すぐに契約の準備を整えますので少々お待ちくださいませ」
大げさに頭を下げる奴隷商さん。
明らかに過剰演出なのに嫌味に見えないから不思議だ。
5人の奴隷も帰っていったし、顔見せはすんだからここからは本題だ。
決められた通りにアレクさんが「そういえばリザードマンの奴隷を仕入れたと聞いたのだが」と言って本題に入る。
「さて、そろそろつまらん芝居はやめて腹を割って話そうではないか」
はずだったのに、アッキーがなんかいい出した。
「ちょっ、ア……エルっ、交渉はアレクさんに任せないとっ」
アレクさん越しにアッキーの袖を引っ張って小声で注意する。
「お前ら気づかんかったのか?
このノーマル堅物やユニ坊に紹介するには奴隷の選定がおかしかったろうが」
へ?奴隷の選定?
思わずアレクさんと顔を見合わせてしまう。
えーっと、まず筋肉ムキムキの美形さんが来て、次に美少年来て、ムキムキおじさん来て、ウサギのエロ少年来て、最後に普通の少年。
………………あ、女の人がいない、っていうか基本的に僕向けだ。
そういや、アレクさんずっと『うへぇ』って顔してたなぁ。
アレクさんも気づいたみたいで、ピンときたって顔してる。
アッキーはすごいドヤ顔だ。
下等種がとか思ってそう。
「下等種が」
てか言われた。
「こやつは何も知らない顔をしておいて全て調べ済みということよ。
のぉ?ポパピエルセムミス」
すげぇ、アッキーこの人の名前覚えてる。
「ご明察のとおりでございます、高貴なる方」
この場合の『高貴なる方』っていうのは貴族じゃなくって、エルフってことだろう。
アッキーのこともバレバレか。
すごいな、この奴隷商さん。
ほへーと奴隷商さんの顔見てたら、なんか苦笑された。
なんでっ!?
「そこまで調べ済みなら我らの求めるものも分かっておろう。
さっさと連れてくるがよい」
「承知いたしました。
しかし、まずは自慢の商品をお見せするのも仕事のうち。
しかも、あの商品たちとは全く言葉が通じず、商品の状態もよろしくなく、下手にご紹介しては当商会の恥となるかと思いまして」
「構わぬから連れてこい」
有無を言わさぬアッキーに、奴隷商さんはいつもの優雅な一礼をする。
そしてパンパンと大きく2回手を叩くとドアが開いて手枷足枷をつけたリザードマンさんたちが屈強な男の人たちに引きずられてきた。
昨日は元気に叫んでいた人も今はぐったりとしている。
昨日から元気のなかった4人はもはや生きているのかすら分からない。
たった一日でこんなに……なにをやったんだ?
思わず奴隷商を睨みつけてしまう。
しかし、奴隷商はそよ風でも吹いたかのように表情ひとつ変えずに一礼する。
「誤解なきように弁明させていただきますが、この商品たちの惨状、私共がなにかいたしましたわけではございません。
しかし、この商品たちはすでに絶望しきってしまっており飲食を受け付けようといたしません。
当方でも無理矢理にでも食べさせようとしたのですが、終いには吐いてしまうようになり廃棄を考えていたところでございます」
そうだったのか……。
廃棄っていうのは引っかかるけど、それなら奴隷商さんに悪いところはないと思う。
「早とちりして、ごめんなさい」
睨みつけてしまったことを侘びて、奴隷商さんに頭を下げる。
また苦笑された。
だからなんでっ!?
僕の声が聞こえたのか、昨日叫んでたリザードマンさんが顔を上げる。
「オオっ、お前……イヤ、貴方は昨日ノ……頼ム……弟たちダケデモ……ドウカ、ドウカ……」
リザードマンさんが涙を流しながら必死で頭を下げている。
「これこの通り言葉も一切通じぬ商品たちです。
通訳ができるものから探さねばならず費用がかさむばかりの商品たちでございます。
出来ることと言ったら、痛めつけて体に教え込むことのみでしょうが、この体でそれに耐えられるか」
奴隷商さんの言葉にカチンと来た。
「この人たちのことはいくらであっても僕が買い取りますっ!」
なんか涙止まんない。
いくらでもとか言っちゃったけど、もういいや。
アレクさんも焦った顔してるけど知ったことか。
……足りなかったら分割とか出来るかな?
「オオッ……オオッ……ありがトウ……ありがトウ……」
リザードマンさんが崩れ落ちて、頭を床に叩きつけるように頭を下げてる。
ああっ、落ち着いて。せっかく助かったのに死んじゃうから落ち着いて。
「おや?雰囲気が伝わりましたかな?
まるで貴方様のお言葉が伝わったかのような……」
「余計な詮索はせぬがいい。
で、こやつらは全部でいくらだ?」
そうだそうだいくらなんだっ!?
分割はできますかっ!?
「左様ですな。
もう廃棄寸前でございますし、当方の品質管理不足ということで、それぞれ金貨1枚ずつでいかがでしょうか?」
はぇ?
「えっと……全員で金貨5枚ですか?」
「左様でございます。
こうなってしまってはもはや商品とはなりません。
当商会の不手際でございまして、値をつけるのも恥ずかしい限りではございますが、私も商人。
無料ご奉仕とはまいりませんので最安値である金貨1枚とさせていただきました。
ご不満かとは思いますが、なにとぞご寛恕の程を」
そう言って、今までで一番大げさにまるで劇のように深々と礼をする奴隷商さん。
「……えっと、分かりました、金貨5枚で買い取ります……」
なんか拍子抜けした。
「ハル、エル、モノケロス卿からの注意は忘れていないな」
僕に確認してくるアレクさん。
「交渉担当はアレクさん。
僕とエルはできるだけ黙ってる」
他にも色々あったけど、基本はこれだ。
僕たち要るのかな?と思ったけど、奴隷を買う時に主人となる人間が居ることは思った以上に大事なんだそうな。
一応買う買わないの決定権も僕にあることになっている。
アッキーは前と同じく護衛兼アドバイザーだ。
いつもありがとう。
今日はいっぱいお礼するからね。
「よし、では行くぞ」
歩き出すアレクさんに続いていく僕とアッキー。
さあ、僕の男爵としての初仕事。
使用人の獲得だ。
奴隷商という響きからは思いつかないほど明るい受付で、モノケロス子爵家……ユニさんちとして奴隷を買いに来たと告げる。
店先に奴隷の一人もいないんだけど、本当にここは奴隷商なんだろうか?
受付のお姉さんに案内されて、店の奥に入っていくと廊下の先に着飾ったカエルさんがいた。
ああ、いや、あれはカエル人さんか。
「これはこれは、なんでもモノケロス子爵様からのご用命とか。
ありがたいことでございます。
私は、当商会の会長ポパピエルセムミス・ミルトニスフヒと申します」
「ポパ……?」
ごめん、アレクさん、こっち見られても僕も聞き取れなかった。
このポパ……さん、名前も驚いたけど、これでこの人普通の人間だ。
カエルにしか見えないのに……。
いや、人の容姿をとやかくいうのは失礼か。
ただ、そんな容姿なので年が全然分からない。
頭は禿げ上がってるし声からしてもかなりの年に聞こえるんだけど肌艶だけなら若く見えるし……。
「覚えづらい名前でございましょう?
私もこればかりは親を恨んでおります。
どうぞ、気軽に奴隷商、とお呼びくださいませ」
そう言って優雅に一礼をする奴隷商さん。
今まで見た誰よりも優雅な仕草だった。
「さあさあ、大事なお客様をこんなところに立たせておくわけには参りません。
どうぞ、この部屋の中でお寛ぎになってお待ち下さい」
奴隷商さんはかたわらのドアを開くと僕たちを中に招き入れてくれる。
中はひと目でお金がかかっているのが分かるのに悪趣味な感じが全くしない不思議な部屋だった。
下手するとユニさんの家にあるものより高価に見える調度品が置いてあるのに、全体としての雰囲気は清廉ですらある。
「それでは、このお部屋で少々お寛ぎくださいませ」
そう言うと、奴隷商さんは部屋に入らないままドアを閉めてしまう。
「……なんか色々と呆気にとられちゃったけど、僕たちまだ要件伝えてないよね?」
「あ、ああ、そういえばそうだな。
すまん、俺も雰囲気に飲まれてしまった」
なんか化かされでもしたかのような顔をしているアレクさん。
多分僕もそんな顔をしていると思う。
「まあ、敵意は一切なかったし、イヴァン坊から聞いてた流れでもある。
ここはあやつがどう出てくるか見ていればよかろう」
アッキーだけが泰然としてソファに座ってテーブルに置かれてたワインを飲んでいる。
「ほぉ、アルキーノ産とは、一見の者にここまでのものを出すか」
アッキーはちょっと驚いたあと、ワインを飲み干して2杯目をついでいる。
良いものだったのかな?酔っ払わないようにね。
まあ、とりあえずもうこうなったらなるようにしかならない。
緊張しててもしょうがないからのんびり奴隷商さんが来るのを待とう。
アッキーの隣りに座ってこれまたテーブルの上に置かれてたお菓子を食べた。
うっまっ!?
なにこれっ!?ヨハンナさんのお菓子より美味しいお菓子初めて食べたっ!
夢中で食べてたらすぐに無くなってしまったので、2つ目を手に取る。
アレクさんはそんな僕らのことを呆れた目で見ていた。
――――――
僕はお菓子を、アッキーはワインを食べ飲み尽くしそうになる辺りで、部屋の奥にあったドアが開く。
あんなところにドアあったんだ。
部屋の奥、一段高くなったところにあるドアから奴隷商さんが入って来た。
「さあさあ、皆様、お待たせいたしました。
まずは当商会が誇る商品のご紹介から始めさせていただきたいと思います」
奴隷商さんはそう言うと優雅な仕草でこちらに一礼をして、ドアの方へ合図を送る。
露出の多い服に身を包んだお姉さんが、手枷と足枷をはめられた男の人を連れてくる。
多分アレクさんと同じくらいの年の筋肉質の金髪の美形さんで、露出のやたら多い下着だけをつけていて……なんていうか裸よりエロい。
「こちらは、隣国でも名のしれた剣士でその強さと美しさは吟遊詩人に広く歌われております。
此度の戦役で剣士隊の隊長となっていた所を我軍に捕縛されました。
こちら、金貨500枚となっております」
500枚というと……5千万っ!?高っ!?
剣士さんに続いてやはり手枷足枷をされた、赤髪の少年が連れてこられる。
やっぱり際どい下着を着た、ユニさんやアッキーと並べるレベルの美形さんでなんか股間を強調するようなポーズで立ってる。
ていうか、勃ってる。でっかい。
あ、アレクさん、うへぇって顔してる。
眼福とか思っててごめんなさい。
「こちらも隣国産でございます。
齢まだ17才にして流した浮名は数知れず、泣かした男女は数知れずの強者でございます。
捕虜にした際には取り返すために千の女剣士が突撃を敢行したそうでございます。
こちら、金貨400枚となります」
流石に千人は大げさに言ってるんだろうけど、本当でも不思議じゃないほどの美貌だ。
更に続いて、今度は傷跡だらけの体をした髭面のおじさんが連れてこられる。
最初の人以上に筋骨隆々で、この人も半裸だけどなんて言うかまともな腰布だ。
「こちらは、隣国でバーサーカーと呼ばれ味方からも恐れられた剣士でございます。
その腕前は並の剣士10人が一斉に向かってきても物ともせず、剣を振るえば岩をも砕くほどだとか。
こちら、金貨200枚となります」
その堂々とした立ち姿は、なんの心得もない僕ですら強いんだということがひと目で分かった。
護衛かなんかとして買うのかな?
続いて入ってきたのは、おお、ウサ耳の獣人さんだ。
かなりちっちゃな可愛らしい子で僕よりだいぶ年下に見える。
この子はこの子でまた際どい下着を着てる。
「さて、こちらはラビィ種の男性です。
奴隷として出回るのも珍しいですが、さらに珍しいのはその年齢。
無粋ですので詳細は申しませんが、その年齢に似合わぬラビィ種特有の性豪さはご主人さま自らお確かめくださいませ。
こちら、金貨300枚となります」
なんか潤んだ目で見つめられると買いたくなってくるからやめてほしい。
アレクさんはさらに、うへぇだ。
最後に連れてこられたのは、なんていうか普通の子だった。
いや、まあ確かに金髪碧眼の整った顔立ちはしているんだけど、先の3人を見たあとだとまあ普通だ。
筋肉にしたって僕とたいして変わらないくらいの普通の子に見える。
それこそ年齢も僕とたいして変わらなさそうだ。
着ている服も普通の腰布だ。
「さて、こちらにおわしますは、隣国でも豊領として知られるシャンルイス公爵領のご領主様のご落胤……と噂される少年でございます。
真偽の程は定かではありませんが、公爵家のご血族を奴隷にしてみると言うのもご一興ではございませんでしょうか?
こちら、金貨100枚となります」
今までの本人たちも売り込むぞって感じだった奴隷さんたちと違って、最後の子だけは悲しそうな顔をして俯いている。
なんていうか、本当に普通の子だ。
この子が貴族の子供『かも』っていうだけで金貨100枚、一般奴隷さん二人分っていうのはぼったくりな気がする。
「さて、ここまでが当商会がお客様にオススメする自慢の逸品たちでございます。
お気に召しましたるものはおりましたでしょうか?」
これで終わりと優雅に一礼する奴隷商さん。
「では、最後の子をもらおうか」
僕たちを従わせた主人っぽくソファの真ん中に座ったアレクさんの声を聞いて怯えた顔をする最後の子。
ここまではイヴァンさんに教えられたとおりだ。
イヴァンさん曰く、一見の客には最初に奴隷商さんの方で売りつけたい奴隷を見せてくるだろうから、その中の一番安い奴隷でいいから買うようにと言われている。
値段が合わなかったり、買いたいと思えない奴隷ばかりだったら一度帰ってくるように言われてたけど、最後の子ならいいやと思った。
奴隷は奴隷でも色んな用途があって、一般奴隷はだいたい金貨50枚から、剣闘奴隷や兵士なんかの危険なことをさせられる奴隷は金貨100枚から、そして、その……エッチなことが出来るのはだいたい金貨200枚からと決まっているらしい。
売買契約時に決められた用途以外で使うと罰せられるらしいので、一般奴隷を買ってそっち用にとかは一応出来なくなっているらしい。
他の人はいくらでも買い手はつくだろうけど、最後の子はとても剣闘とか出来るようには見えないし、一般奴隷としてあの普通さで普通の奴隷の倍じゃ相当なもの好きしか買わないと思う。
ここは、金貨50枚は奴隷商さんへの顔見せ代と思うことにしよう。
「おおっ、これはありがとうございますっ!
すぐに契約の準備を整えますので少々お待ちくださいませ」
大げさに頭を下げる奴隷商さん。
明らかに過剰演出なのに嫌味に見えないから不思議だ。
5人の奴隷も帰っていったし、顔見せはすんだからここからは本題だ。
決められた通りにアレクさんが「そういえばリザードマンの奴隷を仕入れたと聞いたのだが」と言って本題に入る。
「さて、そろそろつまらん芝居はやめて腹を割って話そうではないか」
はずだったのに、アッキーがなんかいい出した。
「ちょっ、ア……エルっ、交渉はアレクさんに任せないとっ」
アレクさん越しにアッキーの袖を引っ張って小声で注意する。
「お前ら気づかんかったのか?
このノーマル堅物やユニ坊に紹介するには奴隷の選定がおかしかったろうが」
へ?奴隷の選定?
思わずアレクさんと顔を見合わせてしまう。
えーっと、まず筋肉ムキムキの美形さんが来て、次に美少年来て、ムキムキおじさん来て、ウサギのエロ少年来て、最後に普通の少年。
………………あ、女の人がいない、っていうか基本的に僕向けだ。
そういや、アレクさんずっと『うへぇ』って顔してたなぁ。
アレクさんも気づいたみたいで、ピンときたって顔してる。
アッキーはすごいドヤ顔だ。
下等種がとか思ってそう。
「下等種が」
てか言われた。
「こやつは何も知らない顔をしておいて全て調べ済みということよ。
のぉ?ポパピエルセムミス」
すげぇ、アッキーこの人の名前覚えてる。
「ご明察のとおりでございます、高貴なる方」
この場合の『高貴なる方』っていうのは貴族じゃなくって、エルフってことだろう。
アッキーのこともバレバレか。
すごいな、この奴隷商さん。
ほへーと奴隷商さんの顔見てたら、なんか苦笑された。
なんでっ!?
「そこまで調べ済みなら我らの求めるものも分かっておろう。
さっさと連れてくるがよい」
「承知いたしました。
しかし、まずは自慢の商品をお見せするのも仕事のうち。
しかも、あの商品たちとは全く言葉が通じず、商品の状態もよろしくなく、下手にご紹介しては当商会の恥となるかと思いまして」
「構わぬから連れてこい」
有無を言わさぬアッキーに、奴隷商さんはいつもの優雅な一礼をする。
そしてパンパンと大きく2回手を叩くとドアが開いて手枷足枷をつけたリザードマンさんたちが屈強な男の人たちに引きずられてきた。
昨日は元気に叫んでいた人も今はぐったりとしている。
昨日から元気のなかった4人はもはや生きているのかすら分からない。
たった一日でこんなに……なにをやったんだ?
思わず奴隷商を睨みつけてしまう。
しかし、奴隷商はそよ風でも吹いたかのように表情ひとつ変えずに一礼する。
「誤解なきように弁明させていただきますが、この商品たちの惨状、私共がなにかいたしましたわけではございません。
しかし、この商品たちはすでに絶望しきってしまっており飲食を受け付けようといたしません。
当方でも無理矢理にでも食べさせようとしたのですが、終いには吐いてしまうようになり廃棄を考えていたところでございます」
そうだったのか……。
廃棄っていうのは引っかかるけど、それなら奴隷商さんに悪いところはないと思う。
「早とちりして、ごめんなさい」
睨みつけてしまったことを侘びて、奴隷商さんに頭を下げる。
また苦笑された。
だからなんでっ!?
僕の声が聞こえたのか、昨日叫んでたリザードマンさんが顔を上げる。
「オオっ、お前……イヤ、貴方は昨日ノ……頼ム……弟たちダケデモ……ドウカ、ドウカ……」
リザードマンさんが涙を流しながら必死で頭を下げている。
「これこの通り言葉も一切通じぬ商品たちです。
通訳ができるものから探さねばならず費用がかさむばかりの商品たちでございます。
出来ることと言ったら、痛めつけて体に教え込むことのみでしょうが、この体でそれに耐えられるか」
奴隷商さんの言葉にカチンと来た。
「この人たちのことはいくらであっても僕が買い取りますっ!」
なんか涙止まんない。
いくらでもとか言っちゃったけど、もういいや。
アレクさんも焦った顔してるけど知ったことか。
……足りなかったら分割とか出来るかな?
「オオッ……オオッ……ありがトウ……ありがトウ……」
リザードマンさんが崩れ落ちて、頭を床に叩きつけるように頭を下げてる。
ああっ、落ち着いて。せっかく助かったのに死んじゃうから落ち着いて。
「おや?雰囲気が伝わりましたかな?
まるで貴方様のお言葉が伝わったかのような……」
「余計な詮索はせぬがいい。
で、こやつらは全部でいくらだ?」
そうだそうだいくらなんだっ!?
分割はできますかっ!?
「左様ですな。
もう廃棄寸前でございますし、当方の品質管理不足ということで、それぞれ金貨1枚ずつでいかがでしょうか?」
はぇ?
「えっと……全員で金貨5枚ですか?」
「左様でございます。
こうなってしまってはもはや商品とはなりません。
当商会の不手際でございまして、値をつけるのも恥ずかしい限りではございますが、私も商人。
無料ご奉仕とはまいりませんので最安値である金貨1枚とさせていただきました。
ご不満かとは思いますが、なにとぞご寛恕の程を」
そう言って、今までで一番大げさにまるで劇のように深々と礼をする奴隷商さん。
「……えっと、分かりました、金貨5枚で買い取ります……」
なんか拍子抜けした。
11
お気に入りに追加
1,085
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!


【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる