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第1章 異世界で暮らそう
30話 貸し借り
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イヴァンさんから説明を受けたエルフはソファに座ったまま、腕を組んで黙り込んでしまった。
さっきまでのはなんだったんだっていうくらい、重い雰囲気が執務室に満ちている。
「……ユニ坊も間の抜けた事になったものだな。
イヴァン坊、お前が居てそれか」
「返す言葉もございません」
深々と頭を下げるイヴァンさん。
たしかに、ユニさんの見通しが甘くて起きた事故だ。
自業自得と言われたら返す言葉はない。
原因、と言うか元凶である僕としても、耳が痛い。
あの場に居た全員が未知のものに対する警戒が足りなかった。
「まあ、とはいえ、この異世界から来たとかいうリア充がお前らの考えの及ばない程のものであったのも確かだろう。
分かった。我の所有する魔具も貸し与えよう」
なるほど、イヴァンさんはこいつに……なんか真面目な顔して隣りに座って僕のお尻を撫でだしたこいつに、ユニさんの治療に使う魔具を借りようと思っていたのか。
そういうことなら、お尻のひとつやふたつ我慢しよう。
「その代わり、対価として……」
「違います」
なんか要求しようとしたエルフを遮るイヴァンさん。
え?違うの?
ならこいつ殴っていい?
拳を握りしめた僕の腕にまたミゲルくんがしがみつく。
どいてミゲルくん、こいつ殴れない。
「本題はこれからでございます」
とうとう内股を撫でだしてきたこいつをとりあえず殴らせてほしい。
話はそれからにしよう。
――――――
ミゲルくんになだめられて、大人しくソファに座り直す。
とりあえずエルフは手をつねるだけで許すことにした。
いまエルフは向かいのソファに一人で座って涙目で赤くなった手の甲に息を吹きかけている。
「まず、ここからの話は内密の話としていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
ソファの横に立つイヴァンさんの言葉にうなずく僕とミゲルくん。
「よかろう」
エルフも偉そうにだけど頷く。
「では、ここからはこちらのミゲル・シヴ・レム・ノイラート様からお話しいただきます」
ミゲルくん?
イヴァンさんから紹介を受けたミゲルくんがエルフに一礼する。
「ミゲルと申します。
貴顕にお目にかかる機会を得られたこと、大変光栄に思います」
「前置きは良いからとっとと本題に入るがよい」
かしこまっているミゲルくんを一蹴するエルフ。
「童貞のくせに偉そうだぞ……」
小声でだけでしっかり聞こえるように言うと、ちょっと涙目になるエルフ。
厳密にいえば僕もまだ童貞だけど黙っておこう。
そんな僕らに構わず、ミゲルくんは真剣な、必死とも見える真剣な顔のまま話を続ける。
「では、本題に入らせていただきます」
ミゲルくんはそう言って、一拍、覚悟を決めるように溜めを作る。
「私は他人の魔力を回復する能力を持っています」
え?
「ほぉ?」
とたんに興味深そうな顔になるエルフ。
僕も食いつかんばかりの勢いでミゲルくんを見つめてしまっている。
今までそんな能力を持っている人がいるなんて誰も言っていなかった。
エルフの反応からしてもかなり珍しいのだろう。
そんな希少能力を持った人が今ここに居てくれたっ!
これでユニさんは助かるっ!
ミゲルくんが嘘をついているとかは一切頭に浮かばなかった。
「それはどのような能力だ?」
「ただ近くにいるだけで、相手の魔力を回復することが出来ます」
「それにいつ気づいた?」
「幼少時、旅の魔法使いの魔力枯渇を癒やした際に気づきました」
「その魔法使いは?」
「癒やされたとの自覚なくそのまま去りましたので、行方は知れません」
「なぜ今まで黙っていた?」
「情けない話ですが、希少な能力のため知られるのが恐ろしくなっておりました」
「それがなぜ今になって公言しようと思った?」
「大恩あるモノケロス卿がこのような事となり、いても立ってもいられず」
尋問のように問い詰めているエルフに、ミゲルくんは淀みなく答えていく。
「イヴァン坊、わかったぞ。
我にこの詐欺師の話の真偽を確かめろというのだなっ!?」
「いえ違います」
自信満々の顔で立ち上がり言うエルフだったけど、イヴァンさんにあっさりと否定されてつんのめっている。
やーいやーい、ミゲルくんを詐欺師とか言うからだ。
「魔力回復の話が本当なのは確定しております」
ミゲルくんと二人で執務室で話している時に確認とかは済ませていたのかな?
「お師匠様にはその魔力回復の能力が坊ちゃまに悪い影響を与えないかを確認していただきたいと思っております」
……どういう事?
――――――
イヴァンさんが人払いをしたという廊下に出る。
確かにここからはだいぶ離れている階段のあたりに従士さんの姿が見えるけど、執務室前にいたはずのルキアンさんも寝室前の二人の姿が見えない。
イヴァンさんの先導で寝室の中に入ると、あれだけいたお医者さんもみんな居なくなっていた。
「サクラハラ様とノイラート様はひとまずこちらでお待ち下さい」
寝室に入ってすぐのところで待っているように言われる。
下手に近寄るなってことだな。
「……お師匠様、なにか不審な点でも?」
気づけばエルフがキョロキョロと部屋の中を見回している。
「いや……確かに我々がこの部屋に入った途端に部屋の中のマナの濃度が上がった。
その小僧の話もあながち与太話ではなさそうだな」
そう言うと、エルフはズカズカとユニさんの方に近寄っていく。
あまりに無造作なその足取りになんか変なことやらかさないか不安になる。
まあイヴァンさんがついているから大丈夫だと思うけど……。
エルフはユニさんのベッドのそばに立つと、ユニさんの体や身にまとった魔具に触れてなにかを確認している。
「イヴァン坊、使用中に壊れた魔具は?」
「ございます」
イヴァンさんが差し出した魔具には見覚えがあった。
たしか僕が最初ここに来た時に壊れたと言っていた魔具だ。
「ふんっ、吸収量が多すぎて放出が間に合わずにパンクしたな。
いや、吸収というより無理矢理詰め込まれたといったほうが良いか」
エルフはその魔具を一通り調べ尽くすとポイッと投げ捨ててしまう。
「おい、小僧、ゆっくりとこっちに近づいてこい」
「サクラハラ様、ノイラート様、ゆっくりとこちらへ」
エルフが呼んだのはミゲルくんだけだけど、怯えた様子のミゲルくんが僕の腕を掴んではなさないので僕も一緒についていく。
前のことが不安だけど、イヴァンさんは僕も呼んでくれてたし大丈夫だろう。
「よし、そこで止まれ」
数歩歩いて近づいたところでエルフから制止の声がかかる。
エルフはユニさんから垂れる紐状の魔道具を膝をついて手にとってじっと見ている。
「よし、小僧だけこちらに近づいてこい」
紐から視線をそらさずにミゲルくんを呼ぶエルフ。
ミゲルくんは一瞬躊躇したあと、僕の腕を掴んだまま足を前に踏み出す。
「もう一度言うぞ、『小僧だけ』近づいてこい。
守れないならもうこの茶番はやめだ。
つまらん茶番を仕組んだ罪を償ってもらって、我は帰る」
「……あぁ……」
ミゲルくんは絶望感に満ちた声を漏らすと、僕の腕を離して、震える足を一歩踏み出す。
そのまま、一歩一歩とゆっくり近づいていき……とうとうエルフのもと、つまりユニさんの直ぐ側ににたどり着いた。
「よし、次はそっちのリア充だ。
ゆっくりと、本当にゆっくりと近づいてこい。
止まれと言ったらすぐに止まれ」
ミゲルくんと違って僕にはやたらと注文をつけてくるエルフ。
注文通り、ゆっくりと、抜き足差足のようにしながら近づいていく。
「よしっそこで止まれ」
三歩程歩いたところで、エルフに言われ足を止める。
なんかエルフの持っている紐の光が強くなっている?
見間違えかな?レベルだけどそんな気がする。
「もう一歩だけ近づいてこい」
指示に従って、もう一歩足を踏みたしたところで、紐が一度瞬いたあと光が消える。
「もう決まりだな」
立ち上がるエルフと、その横で腰を抜かしたように座り込むミゲルくん。
エルフがそんなミゲルくんを見てニヤニヤしながら口を開く。
「謀りきれると思ったか?」
その言葉に怒りは感じない。
別に今までエルフがなにか強そうなことをやったってわけじゃない。
体なんて僕よりずっと小さくて華奢だし、細い首なんて僕でも簡単に折れちゃいそうだ。
こんなのに恐怖を感じるのなんておかしいと思うし、実際別に怖くなんてまったくない。
ただ、ミゲルくんは死ぬんだろうなぁという実感だけがあった。
「……私は謀ってなどおりません」
この期に及んで嘘を貫き通そうとするミゲルくん。
なにやっちゃってんのかなぁ、この子は。
大したことはやんないし、危ないこともしないって言ったのに。
「お師匠様。
彼の計画を知りながら止めなかったのは私の罪でございます。
どうか、罰ならば私めに」
イヴァンさんもかばってくれるけど、死体が2つになる未来しか見えない。
こうなっちゃったらもう仕方ないなぁ……。
出来れば、へたり込んで俯いてしまっているミゲルくんと、エルフの前に片膝をついてかしこまっているイヴァンさんの前に出たいところだけど、僕が近づくのは良くないみたいなのでここで膝をつく。
言い終わるまで生きていると良いなぁ。
エルフさんに向かって膝をつくと、床に正座をして手を床につけ、頭を下げて額を床に押しつける。
いわゆる土下座だ。
この世界の礼儀作法を知らない僕は、これ以上の謝罪の形を知らない。
「こちらのミゲルは私の使用人です。
使用人の罪は主たる私の罪。
罰ならばどうぞ私にお願いいたします」
まだ頭が繋がっているので、このまま続けよう。
「ミゲルの嘘自体、私の身を案じてのこと。
そうである以上、その嘘に付き合ってくれたイヴァンさんの罪も私の罪といえます。
何卒、その罪も私にお与えくださいますよう、お願いいたします」
……まだ生きてるな。
ならもうひとつ欲張っておこう。
「最後に、私を罰する前にどうか、ユニさんを助けさせてください。
その後でしたら如何様にされても文句は言いません」
さあ、言いたいことは全て言い切ったぞ。
あとはもう好きにすればいいさ。
最悪三人とも命はないか、うまくすれば僕一人で済むかもしれない。
……僕なんて無視してミゲルくんとイヴァンさんが死ぬとか一番ありそうだなぁ。
まあ何にせよあとはこの化け物の気まぐれ次第だ。
「ふたつだ」
「は?」
「小僧の命とイヴァン坊の命で貸し2つ、それで勘弁してやろう」
貸し?そんなのでいいの?
「それを罰としていただけるのであれば、如何様にでも」
「なりません」
話はまとまったと思ったら、イヴァンさんに止められた。
いや、この化け物にしてはかなりゆるい罰だと思うよ?
「以前、借りを支払わされた者は人が変わるような実験の実験台とされ……今はもう昔の面影すら見いだせなくなっております。
お師匠様に借りを作ってはなりません」
……おーう、ごめん、僕が甘かった。
思ったよりエグいことになりそう。
とは言え、二人が死ぬよりはマシかなぁ?
なんかユニさんも助けてくれそうな流れだし。
「お師匠様、私の持っている49個の貸し。
それと引き換えでいかがでしょう?」
「イヴァンさんっ!?そんな事しなくっていいって」
「お気になさいますな、サクラハラ様。
もとよりこのつもりでございましたし、もしサクラハラ様に罪をかぶっていただいたなどと知れれば坊ちゃまに首を切られてしまいます」
なるほど、もともと安全策を考えて一枚噛んでくれてたのか。
むしろ変な横槍を入れて、イヴァンさんの計画を崩しちゃったかな?
「借りは48個だった気がするが、まあ良いだろう。
イヴァン坊の持っている貸し全てと引き換えにリア充の借りをひとつ消してやろう」
ニヤニヤとご満悦そうにしながら言うエルフ。
48対1とかレートがえげつない。
こいつ始めっからこれ狙ってたな。
「なら、ボクの首と引き換えにご主人さまの借りをひとつ消してくださいっ!
どうか、どうかっ!」
「ミゲル、黙ってて」
馬鹿なことを言い出したミゲルくんを制する。
そんな事したらなんにも意味なくなっちゃうでしょうが。
「僕の借り1で確定でっ!
それで確定でお願いしますっ!」
「うむ、よかろう」
エルフは満足そうに頷いたのだった。
ここまで全てこいつの思惑通りな気がしてならない。
ほんと、こいつ嫌い。
さっきまでのはなんだったんだっていうくらい、重い雰囲気が執務室に満ちている。
「……ユニ坊も間の抜けた事になったものだな。
イヴァン坊、お前が居てそれか」
「返す言葉もございません」
深々と頭を下げるイヴァンさん。
たしかに、ユニさんの見通しが甘くて起きた事故だ。
自業自得と言われたら返す言葉はない。
原因、と言うか元凶である僕としても、耳が痛い。
あの場に居た全員が未知のものに対する警戒が足りなかった。
「まあ、とはいえ、この異世界から来たとかいうリア充がお前らの考えの及ばない程のものであったのも確かだろう。
分かった。我の所有する魔具も貸し与えよう」
なるほど、イヴァンさんはこいつに……なんか真面目な顔して隣りに座って僕のお尻を撫でだしたこいつに、ユニさんの治療に使う魔具を借りようと思っていたのか。
そういうことなら、お尻のひとつやふたつ我慢しよう。
「その代わり、対価として……」
「違います」
なんか要求しようとしたエルフを遮るイヴァンさん。
え?違うの?
ならこいつ殴っていい?
拳を握りしめた僕の腕にまたミゲルくんがしがみつく。
どいてミゲルくん、こいつ殴れない。
「本題はこれからでございます」
とうとう内股を撫でだしてきたこいつをとりあえず殴らせてほしい。
話はそれからにしよう。
――――――
ミゲルくんになだめられて、大人しくソファに座り直す。
とりあえずエルフは手をつねるだけで許すことにした。
いまエルフは向かいのソファに一人で座って涙目で赤くなった手の甲に息を吹きかけている。
「まず、ここからの話は内密の話としていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
ソファの横に立つイヴァンさんの言葉にうなずく僕とミゲルくん。
「よかろう」
エルフも偉そうにだけど頷く。
「では、ここからはこちらのミゲル・シヴ・レム・ノイラート様からお話しいただきます」
ミゲルくん?
イヴァンさんから紹介を受けたミゲルくんがエルフに一礼する。
「ミゲルと申します。
貴顕にお目にかかる機会を得られたこと、大変光栄に思います」
「前置きは良いからとっとと本題に入るがよい」
かしこまっているミゲルくんを一蹴するエルフ。
「童貞のくせに偉そうだぞ……」
小声でだけでしっかり聞こえるように言うと、ちょっと涙目になるエルフ。
厳密にいえば僕もまだ童貞だけど黙っておこう。
そんな僕らに構わず、ミゲルくんは真剣な、必死とも見える真剣な顔のまま話を続ける。
「では、本題に入らせていただきます」
ミゲルくんはそう言って、一拍、覚悟を決めるように溜めを作る。
「私は他人の魔力を回復する能力を持っています」
え?
「ほぉ?」
とたんに興味深そうな顔になるエルフ。
僕も食いつかんばかりの勢いでミゲルくんを見つめてしまっている。
今までそんな能力を持っている人がいるなんて誰も言っていなかった。
エルフの反応からしてもかなり珍しいのだろう。
そんな希少能力を持った人が今ここに居てくれたっ!
これでユニさんは助かるっ!
ミゲルくんが嘘をついているとかは一切頭に浮かばなかった。
「それはどのような能力だ?」
「ただ近くにいるだけで、相手の魔力を回復することが出来ます」
「それにいつ気づいた?」
「幼少時、旅の魔法使いの魔力枯渇を癒やした際に気づきました」
「その魔法使いは?」
「癒やされたとの自覚なくそのまま去りましたので、行方は知れません」
「なぜ今まで黙っていた?」
「情けない話ですが、希少な能力のため知られるのが恐ろしくなっておりました」
「それがなぜ今になって公言しようと思った?」
「大恩あるモノケロス卿がこのような事となり、いても立ってもいられず」
尋問のように問い詰めているエルフに、ミゲルくんは淀みなく答えていく。
「イヴァン坊、わかったぞ。
我にこの詐欺師の話の真偽を確かめろというのだなっ!?」
「いえ違います」
自信満々の顔で立ち上がり言うエルフだったけど、イヴァンさんにあっさりと否定されてつんのめっている。
やーいやーい、ミゲルくんを詐欺師とか言うからだ。
「魔力回復の話が本当なのは確定しております」
ミゲルくんと二人で執務室で話している時に確認とかは済ませていたのかな?
「お師匠様にはその魔力回復の能力が坊ちゃまに悪い影響を与えないかを確認していただきたいと思っております」
……どういう事?
――――――
イヴァンさんが人払いをしたという廊下に出る。
確かにここからはだいぶ離れている階段のあたりに従士さんの姿が見えるけど、執務室前にいたはずのルキアンさんも寝室前の二人の姿が見えない。
イヴァンさんの先導で寝室の中に入ると、あれだけいたお医者さんもみんな居なくなっていた。
「サクラハラ様とノイラート様はひとまずこちらでお待ち下さい」
寝室に入ってすぐのところで待っているように言われる。
下手に近寄るなってことだな。
「……お師匠様、なにか不審な点でも?」
気づけばエルフがキョロキョロと部屋の中を見回している。
「いや……確かに我々がこの部屋に入った途端に部屋の中のマナの濃度が上がった。
その小僧の話もあながち与太話ではなさそうだな」
そう言うと、エルフはズカズカとユニさんの方に近寄っていく。
あまりに無造作なその足取りになんか変なことやらかさないか不安になる。
まあイヴァンさんがついているから大丈夫だと思うけど……。
エルフはユニさんのベッドのそばに立つと、ユニさんの体や身にまとった魔具に触れてなにかを確認している。
「イヴァン坊、使用中に壊れた魔具は?」
「ございます」
イヴァンさんが差し出した魔具には見覚えがあった。
たしか僕が最初ここに来た時に壊れたと言っていた魔具だ。
「ふんっ、吸収量が多すぎて放出が間に合わずにパンクしたな。
いや、吸収というより無理矢理詰め込まれたといったほうが良いか」
エルフはその魔具を一通り調べ尽くすとポイッと投げ捨ててしまう。
「おい、小僧、ゆっくりとこっちに近づいてこい」
「サクラハラ様、ノイラート様、ゆっくりとこちらへ」
エルフが呼んだのはミゲルくんだけだけど、怯えた様子のミゲルくんが僕の腕を掴んではなさないので僕も一緒についていく。
前のことが不安だけど、イヴァンさんは僕も呼んでくれてたし大丈夫だろう。
「よし、そこで止まれ」
数歩歩いて近づいたところでエルフから制止の声がかかる。
エルフはユニさんから垂れる紐状の魔道具を膝をついて手にとってじっと見ている。
「よし、小僧だけこちらに近づいてこい」
紐から視線をそらさずにミゲルくんを呼ぶエルフ。
ミゲルくんは一瞬躊躇したあと、僕の腕を掴んだまま足を前に踏み出す。
「もう一度言うぞ、『小僧だけ』近づいてこい。
守れないならもうこの茶番はやめだ。
つまらん茶番を仕組んだ罪を償ってもらって、我は帰る」
「……あぁ……」
ミゲルくんは絶望感に満ちた声を漏らすと、僕の腕を離して、震える足を一歩踏み出す。
そのまま、一歩一歩とゆっくり近づいていき……とうとうエルフのもと、つまりユニさんの直ぐ側ににたどり着いた。
「よし、次はそっちのリア充だ。
ゆっくりと、本当にゆっくりと近づいてこい。
止まれと言ったらすぐに止まれ」
ミゲルくんと違って僕にはやたらと注文をつけてくるエルフ。
注文通り、ゆっくりと、抜き足差足のようにしながら近づいていく。
「よしっそこで止まれ」
三歩程歩いたところで、エルフに言われ足を止める。
なんかエルフの持っている紐の光が強くなっている?
見間違えかな?レベルだけどそんな気がする。
「もう一歩だけ近づいてこい」
指示に従って、もう一歩足を踏みたしたところで、紐が一度瞬いたあと光が消える。
「もう決まりだな」
立ち上がるエルフと、その横で腰を抜かしたように座り込むミゲルくん。
エルフがそんなミゲルくんを見てニヤニヤしながら口を開く。
「謀りきれると思ったか?」
その言葉に怒りは感じない。
別に今までエルフがなにか強そうなことをやったってわけじゃない。
体なんて僕よりずっと小さくて華奢だし、細い首なんて僕でも簡単に折れちゃいそうだ。
こんなのに恐怖を感じるのなんておかしいと思うし、実際別に怖くなんてまったくない。
ただ、ミゲルくんは死ぬんだろうなぁという実感だけがあった。
「……私は謀ってなどおりません」
この期に及んで嘘を貫き通そうとするミゲルくん。
なにやっちゃってんのかなぁ、この子は。
大したことはやんないし、危ないこともしないって言ったのに。
「お師匠様。
彼の計画を知りながら止めなかったのは私の罪でございます。
どうか、罰ならば私めに」
イヴァンさんもかばってくれるけど、死体が2つになる未来しか見えない。
こうなっちゃったらもう仕方ないなぁ……。
出来れば、へたり込んで俯いてしまっているミゲルくんと、エルフの前に片膝をついてかしこまっているイヴァンさんの前に出たいところだけど、僕が近づくのは良くないみたいなのでここで膝をつく。
言い終わるまで生きていると良いなぁ。
エルフさんに向かって膝をつくと、床に正座をして手を床につけ、頭を下げて額を床に押しつける。
いわゆる土下座だ。
この世界の礼儀作法を知らない僕は、これ以上の謝罪の形を知らない。
「こちらのミゲルは私の使用人です。
使用人の罪は主たる私の罪。
罰ならばどうぞ私にお願いいたします」
まだ頭が繋がっているので、このまま続けよう。
「ミゲルの嘘自体、私の身を案じてのこと。
そうである以上、その嘘に付き合ってくれたイヴァンさんの罪も私の罪といえます。
何卒、その罪も私にお与えくださいますよう、お願いいたします」
……まだ生きてるな。
ならもうひとつ欲張っておこう。
「最後に、私を罰する前にどうか、ユニさんを助けさせてください。
その後でしたら如何様にされても文句は言いません」
さあ、言いたいことは全て言い切ったぞ。
あとはもう好きにすればいいさ。
最悪三人とも命はないか、うまくすれば僕一人で済むかもしれない。
……僕なんて無視してミゲルくんとイヴァンさんが死ぬとか一番ありそうだなぁ。
まあ何にせよあとはこの化け物の気まぐれ次第だ。
「ふたつだ」
「は?」
「小僧の命とイヴァン坊の命で貸し2つ、それで勘弁してやろう」
貸し?そんなのでいいの?
「それを罰としていただけるのであれば、如何様にでも」
「なりません」
話はまとまったと思ったら、イヴァンさんに止められた。
いや、この化け物にしてはかなりゆるい罰だと思うよ?
「以前、借りを支払わされた者は人が変わるような実験の実験台とされ……今はもう昔の面影すら見いだせなくなっております。
お師匠様に借りを作ってはなりません」
……おーう、ごめん、僕が甘かった。
思ったよりエグいことになりそう。
とは言え、二人が死ぬよりはマシかなぁ?
なんかユニさんも助けてくれそうな流れだし。
「お師匠様、私の持っている49個の貸し。
それと引き換えでいかがでしょう?」
「イヴァンさんっ!?そんな事しなくっていいって」
「お気になさいますな、サクラハラ様。
もとよりこのつもりでございましたし、もしサクラハラ様に罪をかぶっていただいたなどと知れれば坊ちゃまに首を切られてしまいます」
なるほど、もともと安全策を考えて一枚噛んでくれてたのか。
むしろ変な横槍を入れて、イヴァンさんの計画を崩しちゃったかな?
「借りは48個だった気がするが、まあ良いだろう。
イヴァン坊の持っている貸し全てと引き換えにリア充の借りをひとつ消してやろう」
ニヤニヤとご満悦そうにしながら言うエルフ。
48対1とかレートがえげつない。
こいつ始めっからこれ狙ってたな。
「なら、ボクの首と引き換えにご主人さまの借りをひとつ消してくださいっ!
どうか、どうかっ!」
「ミゲル、黙ってて」
馬鹿なことを言い出したミゲルくんを制する。
そんな事したらなんにも意味なくなっちゃうでしょうが。
「僕の借り1で確定でっ!
それで確定でお願いしますっ!」
「うむ、よかろう」
エルフは満足そうに頷いたのだった。
ここまで全てこいつの思惑通りな気がしてならない。
ほんと、こいつ嫌い。
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幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
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