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第1章 異世界で暮らそう
28話 絶望
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泣き崩れている僕をよそににわかにお医者さんたちが慌ただしく動き出す。
「どうしました?」
珍しく、いや、僕が屋敷に来てからはじめてイヴァンさんが早足になってユニさんの周りに集まるお医者さんたちに向かっていった。
その様子にユニさんになにか良くないことが起こったと分かり、溢れていた涙が一気に止まる。
ユニさんに駆け寄りたいけれど、足に力が入らずに立ち上がることすら出来ない。
根拠なんてなにもないけれど、僕が入ってきてすぐに安定していたはずのユニさんの容態が悪くなったことで、僕が近寄るのはユニさんに良くないと思ってしまった。
……もしかしたら、もう笑いかけてくれなくなるかもしれないユニさんを見たくなかっただけかもしれない。
僕が立ち上がれずにいると、お医者さんとなにやら話していたイヴァンさんがいつもの足取りで戻ってくる。
イヴァンさんに体中につけられた魔具を確認していたお医者さんたちも、今は落ち着いた様子なので最悪のことにはならなかったようだ。
「お騒がせいたしました。
どうやら、坊ちゃまにつけられた魔具のひとつが壊れたようでございました」
「え?それって大変なことなんじゃ……」
今のユニさんは魔具のお陰で生きているって言ってたのにそれが壊れたっていうのに平然としているイヴァンさんやお医者さんたちが不思議に思える。
本当にユニさんを助ける気があるんだろうか?
「もともと気休め程度につけていた古く弱い魔具でしたので生命維持には全く問題もないそうでございます。
もちろん少しでも魔具がほしい現状では気に留めなくとも良いこととは到底言えませんが、少なくともご心配いただくような事態ではございません」
イヴァンさんの言葉を聞いて少しホッとする。
それと同時に、イヴァンさんを疑うほど余裕のなくなっている自分が情けなくなる。
「サクラハラ様もまだお疲れのご様子。
今しばらくお部屋にてお休みになられましてはいかがでしょうか」
「そんなっ!?
僕は大丈夫ですからユニさんと一緒にいさせてくださいっ!」
自分にはなにも出来ないのは分かってる。
もしもの時ユニさんを看取る覚悟すらないのもさっき分かった。
それでも、僕はユニさんのそばにいたかった。
「サクラハラ様、大変申し訳ございませんが今はなんの根拠も無いと言えども坊ちゃまに悪影響を与える恐れのあることは極力排除致さねばなりません。
今少し容態が改善されましたら状況も変わりますので、今は何卒ご理解の程をお願いいたしたく存じます」
イヴァンさんの言葉に、頭から氷水をかけられたような気分になる。
イヴァンさんも、僕と同じことを考えている。
僕が来たから魔具に異常が出たんじゃないかと考えている。
確かになんの根拠もないことだけど、得体の知れない異世界人なんだからなにが起こっても不思議じゃないと考えておかしくはない。
だって他ならぬ僕自身がそう考えてしまっているんだから。
たち上がって部屋から出ていこうとするけれど、足に力が入らずにヨロヨロとよろめいてしまう。
そんな僕の様子を見たイヴァンさんが、パンパンと手をたたく。
「お呼びでしょうか?」
イヴァンさんの合図を聞いて、入ってきた兵士?さん――金的を蹴り上げちゃった兵士?さんだった――が室内をはばかるように小声で言う。
「サクラハラ様がお帰りです。
お部屋までご案内させていただいてください」
「はっ、承知いたしました」
ちらっと僕を一瞥した兵士?さんがイヴァンさんに敬礼を返したあと、僕に肩を貸してくれる。
「あ、ありがどうございます」
あんなコトしたのに、手間までかけて申し訳ない。
「あ、あの、イヴァンさん。
ミゲルくんとメファートくんの様子を見に行ってはダメでしょうか?」
寝込んでる二人のところに僕が行ったってなにが出来るわけじゃないけど、今は誰かよく知っている人の顔を見ていたかった。
本当に僕は情けない。
「……お二方とも命に関わる状態ではないのでお見舞いなされましても問題ないかと愚考いたします。
ただし、念のため医師が付き添っておりますので、そのものよりなにか指示がございましたら従っていただきますようお願い申し上げます」
イヴァンさんは、少し考えたあと、言外に僕が行っても二人に悪影響はないだろうがもしもの時は医師の指示に従って出ていくようにといった。
「分かりました、お医者さんの指示には必ず従うようにします」
兵士?さんに支えられたままイヴァンさんに頭を下げる。
「……どうか、ユニさんをよろしくお願いします」
絞り出すような声で言う僕にイヴァンさんは黙って深々と頭を垂れるだけだった。
――――――
ミゲルくんとメファートくんは1階の今は使われていない使用人室に寝かされていた。
僕をここまで運んできてくれた兵士?さんはこの屋敷では珍しく人間――ヒューマンと言っていた――のルキアンさんと言って、自分のことをユニさんの従士だと名乗っていた。
従士っていうのは使用人とは別で、イヴァンさんと同じくユニさんの家臣で、今屋敷にいる完全武装な人たちはみんな従士の人なんだそうな。
正直、使用人より家臣のほうが偉い程度にしかいまいちよく分かっていないので、今度誰かに教えてもらおう。
ルキアンさんは僕をここまで運んでくれたあとは、そのままドアの外で警護してくれている。
戻っていいとは散々言ったんだけど、これが仕事だし向こうには代わりのものが来ているはずだからと言って帰ってくれなかった。
僕の見張りの意味もあるのかもしれない。
久々に浮かんだネガティブな考えを頭を振って追い出した。
部屋の中は、僕の日本での部屋と同じくらいの広さで決して広いとはいえないと思う。
その広くもない部屋の中にベッド2つと共用と思われる机とタンス、戸棚が置いてあってそれで部屋はいっぱいいっぱいだった。
前聞いた話では、ミゲルくんたちは4人部屋らしいけどどうなっているんだろう?
この部屋にある唯一の椅子……机付属の椅子にはお医者さんに座ってもらっている。
はじめは僕を座らせようとしてくれたんだけど、ただでさえ邪魔をして申し訳ないので無理矢理座ってもらった。
申し訳無さそうに椅子に座っているので、あんまり長居しないで早く帰ろうと思う。
僕は今、ミゲルくんの寝かされているベッドに腰掛けてその癖っ毛な金髪を撫でている。
本当はメファートくんの頭も撫でたいんだけど、ユニさんと同じ魔力枯渇状態で意識を失っているメファートくんに触れてなにか悪いことが起こるのが怖くて触れられない。
お医者さんいわく、ミゲルくんも魔力枯渇を起こしてはいたらしいけど、意識を失っているのは溺れたのが原因で、それも処置が早かったおかげで後遺症とかもないはずなのでもうしばらくしたら目を覚ますだろう、ということだった。
総魔力量の多いメファートくんは魔力枯渇が原因で意識を失ってしまっているので、魔力がある程度回復するまで……恐らく明日の朝くらいまではなにをしても目を覚まさないらしい。
でも、ユニさんと違って生命力を使ったわけではないので、安静にして寝ていれば自然と目を覚ますと言っていた。
……それから先が気分が悪くて辛いらしいけど……。
でも、穏やかに寝息を立てている二人の顔を見ているとすごく安心する。
邪魔にしかならないから早く出ていかないととは思うんだけど、二人の穏やかな顔を見ていたくてどうにも腰を上げる気になりない。
なんやかんや理由をつけてもう一時間位こうしてしまっている。
お医者さんはいい迷惑だろう。
これじゃいけないと思ったところで、ムーサくんとモレスくんの顔が頭に浮かぶ。
そういえばあの二人はどうしているんだろう?
姿は見えないけど、特になにがあったって話は聞かないし、あの二人の元気な姿でも見て癒やされようか。
「んっ……」
そう思って、腰を上げかけたところでミゲルくんの口から小さく声が漏れた。
慌ててミゲルくんの顔を凝視すると、眉間のあたりがピクピクと動いてゆっくりと目が開く。
「先生っ!ミゲルくんがっ!
ミゲルくんっ!?ミゲルくんっ!?分かるっ!?僕だよっ!?分かるっ!?」
慌てて先生を呼んでから、ミゲルくんの両手を取って必死で呼びかける。
ボーっとしていた様子だったミゲルくんが、僕の声に気づいてこちらを見てニッコリ笑う。
「ご主人さま、無事だったんだね。
よかった……」
手を取って安堵の涙を流してる僕越しにベッドで寝ているメファートくんが目に入ったみたいで、ミゲルくんが怪訝な顔をする。
「ご主人さま、メファートはどうしたの?」
「ああ、ユニさんたちを守るために限界まで魔法を使って魔力枯渇を起こしたんだって。
魔力枯渇で意識を失っただけで水を飲んだりはしていないらしいから、そのうち目を覚ますってさ。
すごい頑張ったんみたいだから、後で褒めてあげないとね」
「それじゃメファートは大丈夫だね」
お医者さんもそう言ってたし、それはそのとおりなんだけど、なんかミゲルくんの言い方はやけに確信的だ。
ちょっと不思議な感じだけど、ミゲルくんも目を覚ましたばかりで少し混乱しているのかもしれない。
「モノケロス卿やスティグレッツ卿は無事なの?
他に被害は出なかった?」
そういえばあれだけの事だから周りに被害が出ていても不思議じゃない。
ユニさんのことで頭が一杯で全くそんなことにまで考えが及ばなかった。
……本当に情けないな、僕。
「坊ちゃまの迅速な処置のお陰で屋敷の者に被害はありません。
物的な被害は出てしまいましたが大したものではないですよ」
言葉に詰まってしまった僕の代わりに、ミゲルくんの胸に聴診器を当てたりして様子を確認していたお医者さんが教えてくれた。
怪我とかした人はいなかったのか……。
あの水については半分僕のせいな部分もある気がするので、心から安堵する。
なにか壊れてしまったらしいけど、怪我人が出なかっただけでも本当に良かった。
「モノケロス卿たちは?」
「イヴァンさんは無事だよ、変わらずにピンピンしてた……。
ユニさんは……」
ユニさんのことをどこまで伝えて良いのかわからず、また言葉に詰まる。
ミゲルくんは話を漏らしたりするような子ではないと思うけど、侯爵家跡取りであるユニさんの置かれている状況を伝えて良いのかわからない。
そう思って、お医者さんの顔を見るけど、お医者さんは首を傾げて首を振った。
自分には判断できないということだと思う。
僕たちの様子で深刻な事態であるということは聡いミゲルくんにはすぐに分かってしまったんだと思う。
「お願い聞かせて。
多分僕は……ううん、僕が決めなきゃいけないと思うから」
ミゲルくんが決めなきゃいけない?どういうことだろう?
決意に満ちた目で意味のわからないことを言うミゲルくん。
意識が戻ったばかりで錯乱しているわけではないと思うんだけど……。
「お願い。
もし魔力枯渇のことだったら、僕なら助けられるかもしれないから」
「本当にっ!?」
ミゲルくんの言葉に思わず食いついてしまう。
ああ、これじゃユニさんの置かれてる状況がバレバレだ。
「う、うん……多分……ううん、まず間違いなく大丈夫だと思う。
モノケロス卿は今、深刻な魔力枯渇に陥っているんだね?」
ミゲルくんの言葉に、一瞬迷うけど素直に頷く。
僕が頷くのを見たミゲルくんは、深く長くため息をついた。
そしてそのまま黙り込んでしまう。
「……ミゲル?あの……ユニさんを助ける方法っていうのは……」
「うん……。
その前に一つ聞きたいんだけど……」
なぜか答えをはぐらかそうとするミゲルくん。
ミゲルくんがなにを考えているのかわからないけど、こんな深刻な状況でなにを勿体つけてるんだって少しイライラする。
「ご主人さまは、モノケロス卿が居なくなったら死んじゃうよね?」
そんな感情も、ミゲルくんの質問で吹っ飛んでしまう。
なにを言っているんだろう?この子は。
「うん」
そんなの考えるまでもない。
この世界になんの繋がりもない僕にとって、ユニさんだけが唯一の繋がりだ。
イヴァンさんも、それこそミゲルくんも、他のすべてがユニさんを通してできた繋がりだ。
ユニさんはもし目を覚まさなくても僕の事はイヴァンさんに頼んでるらしいけど、ユニさんがいなくなったあとでは僕がそれを信頼できない。
なんでって?
僕はユニさんの家令であるイヴァンさんは知っているけど、そうでないイヴァンさんなんて一切知らない。
そんなもの信頼できるはずがない。
はっきり言ってしまえば、僕はユニさん以外のこの世界そのものを信じることが出来ない。
家族も友達も知っている芸能人すらなにも居ない、僕が生まれたわけでもない世界だ。
言葉が違うどころか、常識も違う。極端な話をすれば感じている感情すら同じかどうかわからない。
魔法?なんだそれは、物理法則はどうした。
そんな世界を信頼できるわけがない。
本音の部分では、僕はユニさんだって信じきれていない。
そんな中で、唯一信頼できたのがユニさんと肌を合わせる心地よさだ。
本当にそれに対して僕とユニさんが感じている感情が同じかなんて分からない。
でも、相手と肌を合わせることへの執着だけは信じられると思った。
この人だけは僕を手放さない。
それだけが僕の唯一の繋がりだ。
それがなくなったら……。
まあ、自分から死ぬつもりはないけど、時間の問題だろうなぁ。
「だよね」
苦笑いするミゲルくんだけど、本当に僕の言いたいことが伝わっているかは分からない。
もっと言えば、この『苦笑い』の意味だって僕の知っているそれとは違うかもしれない。
「こんなことなら恥ずかしいからって夢だなんて思わせなきゃよかったなぁ……」
ミゲルくんが訳のわからないことを言いながら、顔を寄せてきて……。
キスされた。
意味が分からない。
「ボクがご主人さま……ううん、ハルとずっと一緒にいるって言ってもダメ?」
今のキスの意味がわからない僕にはミゲルくんの言葉を信じることは出来ない。
ミゲルくんのことが好きか嫌いかと言ったら、それは間違いなく好きだ。
人間はなにを考えているか本質的には理解できない猫のことだって、心から愛することが出来る。
ミゲルくんは可愛いと思うし、好きだし、そばに居てくれるって言ってくれたのは心から嬉しかった。
「うん、ダメだと思う」
でも、信頼することは出来ない。
少なくとも今はまだ。
「だよねぇ。
あーあ、本当に失敗したなぁ。
こんなことになるんなら主だからって恋敵になんて遠慮するんじゃなかった」
ミゲルくんは大粒の涙を流しながら苦笑いを浮かべてたけど、その意味が僕には分からない。
「じゃ、モノケロス卿を助けに行こっか」
ミゲルくんは涙を拭うと、笑顔でそう言った。
僕はその言葉を信じることに決めた。
「どうしました?」
珍しく、いや、僕が屋敷に来てからはじめてイヴァンさんが早足になってユニさんの周りに集まるお医者さんたちに向かっていった。
その様子にユニさんになにか良くないことが起こったと分かり、溢れていた涙が一気に止まる。
ユニさんに駆け寄りたいけれど、足に力が入らずに立ち上がることすら出来ない。
根拠なんてなにもないけれど、僕が入ってきてすぐに安定していたはずのユニさんの容態が悪くなったことで、僕が近寄るのはユニさんに良くないと思ってしまった。
……もしかしたら、もう笑いかけてくれなくなるかもしれないユニさんを見たくなかっただけかもしれない。
僕が立ち上がれずにいると、お医者さんとなにやら話していたイヴァンさんがいつもの足取りで戻ってくる。
イヴァンさんに体中につけられた魔具を確認していたお医者さんたちも、今は落ち着いた様子なので最悪のことにはならなかったようだ。
「お騒がせいたしました。
どうやら、坊ちゃまにつけられた魔具のひとつが壊れたようでございました」
「え?それって大変なことなんじゃ……」
今のユニさんは魔具のお陰で生きているって言ってたのにそれが壊れたっていうのに平然としているイヴァンさんやお医者さんたちが不思議に思える。
本当にユニさんを助ける気があるんだろうか?
「もともと気休め程度につけていた古く弱い魔具でしたので生命維持には全く問題もないそうでございます。
もちろん少しでも魔具がほしい現状では気に留めなくとも良いこととは到底言えませんが、少なくともご心配いただくような事態ではございません」
イヴァンさんの言葉を聞いて少しホッとする。
それと同時に、イヴァンさんを疑うほど余裕のなくなっている自分が情けなくなる。
「サクラハラ様もまだお疲れのご様子。
今しばらくお部屋にてお休みになられましてはいかがでしょうか」
「そんなっ!?
僕は大丈夫ですからユニさんと一緒にいさせてくださいっ!」
自分にはなにも出来ないのは分かってる。
もしもの時ユニさんを看取る覚悟すらないのもさっき分かった。
それでも、僕はユニさんのそばにいたかった。
「サクラハラ様、大変申し訳ございませんが今はなんの根拠も無いと言えども坊ちゃまに悪影響を与える恐れのあることは極力排除致さねばなりません。
今少し容態が改善されましたら状況も変わりますので、今は何卒ご理解の程をお願いいたしたく存じます」
イヴァンさんの言葉に、頭から氷水をかけられたような気分になる。
イヴァンさんも、僕と同じことを考えている。
僕が来たから魔具に異常が出たんじゃないかと考えている。
確かになんの根拠もないことだけど、得体の知れない異世界人なんだからなにが起こっても不思議じゃないと考えておかしくはない。
だって他ならぬ僕自身がそう考えてしまっているんだから。
たち上がって部屋から出ていこうとするけれど、足に力が入らずにヨロヨロとよろめいてしまう。
そんな僕の様子を見たイヴァンさんが、パンパンと手をたたく。
「お呼びでしょうか?」
イヴァンさんの合図を聞いて、入ってきた兵士?さん――金的を蹴り上げちゃった兵士?さんだった――が室内をはばかるように小声で言う。
「サクラハラ様がお帰りです。
お部屋までご案内させていただいてください」
「はっ、承知いたしました」
ちらっと僕を一瞥した兵士?さんがイヴァンさんに敬礼を返したあと、僕に肩を貸してくれる。
「あ、ありがどうございます」
あんなコトしたのに、手間までかけて申し訳ない。
「あ、あの、イヴァンさん。
ミゲルくんとメファートくんの様子を見に行ってはダメでしょうか?」
寝込んでる二人のところに僕が行ったってなにが出来るわけじゃないけど、今は誰かよく知っている人の顔を見ていたかった。
本当に僕は情けない。
「……お二方とも命に関わる状態ではないのでお見舞いなされましても問題ないかと愚考いたします。
ただし、念のため医師が付き添っておりますので、そのものよりなにか指示がございましたら従っていただきますようお願い申し上げます」
イヴァンさんは、少し考えたあと、言外に僕が行っても二人に悪影響はないだろうがもしもの時は医師の指示に従って出ていくようにといった。
「分かりました、お医者さんの指示には必ず従うようにします」
兵士?さんに支えられたままイヴァンさんに頭を下げる。
「……どうか、ユニさんをよろしくお願いします」
絞り出すような声で言う僕にイヴァンさんは黙って深々と頭を垂れるだけだった。
――――――
ミゲルくんとメファートくんは1階の今は使われていない使用人室に寝かされていた。
僕をここまで運んできてくれた兵士?さんはこの屋敷では珍しく人間――ヒューマンと言っていた――のルキアンさんと言って、自分のことをユニさんの従士だと名乗っていた。
従士っていうのは使用人とは別で、イヴァンさんと同じくユニさんの家臣で、今屋敷にいる完全武装な人たちはみんな従士の人なんだそうな。
正直、使用人より家臣のほうが偉い程度にしかいまいちよく分かっていないので、今度誰かに教えてもらおう。
ルキアンさんは僕をここまで運んでくれたあとは、そのままドアの外で警護してくれている。
戻っていいとは散々言ったんだけど、これが仕事だし向こうには代わりのものが来ているはずだからと言って帰ってくれなかった。
僕の見張りの意味もあるのかもしれない。
久々に浮かんだネガティブな考えを頭を振って追い出した。
部屋の中は、僕の日本での部屋と同じくらいの広さで決して広いとはいえないと思う。
その広くもない部屋の中にベッド2つと共用と思われる机とタンス、戸棚が置いてあってそれで部屋はいっぱいいっぱいだった。
前聞いた話では、ミゲルくんたちは4人部屋らしいけどどうなっているんだろう?
この部屋にある唯一の椅子……机付属の椅子にはお医者さんに座ってもらっている。
はじめは僕を座らせようとしてくれたんだけど、ただでさえ邪魔をして申し訳ないので無理矢理座ってもらった。
申し訳無さそうに椅子に座っているので、あんまり長居しないで早く帰ろうと思う。
僕は今、ミゲルくんの寝かされているベッドに腰掛けてその癖っ毛な金髪を撫でている。
本当はメファートくんの頭も撫でたいんだけど、ユニさんと同じ魔力枯渇状態で意識を失っているメファートくんに触れてなにか悪いことが起こるのが怖くて触れられない。
お医者さんいわく、ミゲルくんも魔力枯渇を起こしてはいたらしいけど、意識を失っているのは溺れたのが原因で、それも処置が早かったおかげで後遺症とかもないはずなのでもうしばらくしたら目を覚ますだろう、ということだった。
総魔力量の多いメファートくんは魔力枯渇が原因で意識を失ってしまっているので、魔力がある程度回復するまで……恐らく明日の朝くらいまではなにをしても目を覚まさないらしい。
でも、ユニさんと違って生命力を使ったわけではないので、安静にして寝ていれば自然と目を覚ますと言っていた。
……それから先が気分が悪くて辛いらしいけど……。
でも、穏やかに寝息を立てている二人の顔を見ているとすごく安心する。
邪魔にしかならないから早く出ていかないととは思うんだけど、二人の穏やかな顔を見ていたくてどうにも腰を上げる気になりない。
なんやかんや理由をつけてもう一時間位こうしてしまっている。
お医者さんはいい迷惑だろう。
これじゃいけないと思ったところで、ムーサくんとモレスくんの顔が頭に浮かぶ。
そういえばあの二人はどうしているんだろう?
姿は見えないけど、特になにがあったって話は聞かないし、あの二人の元気な姿でも見て癒やされようか。
「んっ……」
そう思って、腰を上げかけたところでミゲルくんの口から小さく声が漏れた。
慌ててミゲルくんの顔を凝視すると、眉間のあたりがピクピクと動いてゆっくりと目が開く。
「先生っ!ミゲルくんがっ!
ミゲルくんっ!?ミゲルくんっ!?分かるっ!?僕だよっ!?分かるっ!?」
慌てて先生を呼んでから、ミゲルくんの両手を取って必死で呼びかける。
ボーっとしていた様子だったミゲルくんが、僕の声に気づいてこちらを見てニッコリ笑う。
「ご主人さま、無事だったんだね。
よかった……」
手を取って安堵の涙を流してる僕越しにベッドで寝ているメファートくんが目に入ったみたいで、ミゲルくんが怪訝な顔をする。
「ご主人さま、メファートはどうしたの?」
「ああ、ユニさんたちを守るために限界まで魔法を使って魔力枯渇を起こしたんだって。
魔力枯渇で意識を失っただけで水を飲んだりはしていないらしいから、そのうち目を覚ますってさ。
すごい頑張ったんみたいだから、後で褒めてあげないとね」
「それじゃメファートは大丈夫だね」
お医者さんもそう言ってたし、それはそのとおりなんだけど、なんかミゲルくんの言い方はやけに確信的だ。
ちょっと不思議な感じだけど、ミゲルくんも目を覚ましたばかりで少し混乱しているのかもしれない。
「モノケロス卿やスティグレッツ卿は無事なの?
他に被害は出なかった?」
そういえばあれだけの事だから周りに被害が出ていても不思議じゃない。
ユニさんのことで頭が一杯で全くそんなことにまで考えが及ばなかった。
……本当に情けないな、僕。
「坊ちゃまの迅速な処置のお陰で屋敷の者に被害はありません。
物的な被害は出てしまいましたが大したものではないですよ」
言葉に詰まってしまった僕の代わりに、ミゲルくんの胸に聴診器を当てたりして様子を確認していたお医者さんが教えてくれた。
怪我とかした人はいなかったのか……。
あの水については半分僕のせいな部分もある気がするので、心から安堵する。
なにか壊れてしまったらしいけど、怪我人が出なかっただけでも本当に良かった。
「モノケロス卿たちは?」
「イヴァンさんは無事だよ、変わらずにピンピンしてた……。
ユニさんは……」
ユニさんのことをどこまで伝えて良いのかわからず、また言葉に詰まる。
ミゲルくんは話を漏らしたりするような子ではないと思うけど、侯爵家跡取りであるユニさんの置かれている状況を伝えて良いのかわからない。
そう思って、お医者さんの顔を見るけど、お医者さんは首を傾げて首を振った。
自分には判断できないということだと思う。
僕たちの様子で深刻な事態であるということは聡いミゲルくんにはすぐに分かってしまったんだと思う。
「お願い聞かせて。
多分僕は……ううん、僕が決めなきゃいけないと思うから」
ミゲルくんが決めなきゃいけない?どういうことだろう?
決意に満ちた目で意味のわからないことを言うミゲルくん。
意識が戻ったばかりで錯乱しているわけではないと思うんだけど……。
「お願い。
もし魔力枯渇のことだったら、僕なら助けられるかもしれないから」
「本当にっ!?」
ミゲルくんの言葉に思わず食いついてしまう。
ああ、これじゃユニさんの置かれてる状況がバレバレだ。
「う、うん……多分……ううん、まず間違いなく大丈夫だと思う。
モノケロス卿は今、深刻な魔力枯渇に陥っているんだね?」
ミゲルくんの言葉に、一瞬迷うけど素直に頷く。
僕が頷くのを見たミゲルくんは、深く長くため息をついた。
そしてそのまま黙り込んでしまう。
「……ミゲル?あの……ユニさんを助ける方法っていうのは……」
「うん……。
その前に一つ聞きたいんだけど……」
なぜか答えをはぐらかそうとするミゲルくん。
ミゲルくんがなにを考えているのかわからないけど、こんな深刻な状況でなにを勿体つけてるんだって少しイライラする。
「ご主人さまは、モノケロス卿が居なくなったら死んじゃうよね?」
そんな感情も、ミゲルくんの質問で吹っ飛んでしまう。
なにを言っているんだろう?この子は。
「うん」
そんなの考えるまでもない。
この世界になんの繋がりもない僕にとって、ユニさんだけが唯一の繋がりだ。
イヴァンさんも、それこそミゲルくんも、他のすべてがユニさんを通してできた繋がりだ。
ユニさんはもし目を覚まさなくても僕の事はイヴァンさんに頼んでるらしいけど、ユニさんがいなくなったあとでは僕がそれを信頼できない。
なんでって?
僕はユニさんの家令であるイヴァンさんは知っているけど、そうでないイヴァンさんなんて一切知らない。
そんなもの信頼できるはずがない。
はっきり言ってしまえば、僕はユニさん以外のこの世界そのものを信じることが出来ない。
家族も友達も知っている芸能人すらなにも居ない、僕が生まれたわけでもない世界だ。
言葉が違うどころか、常識も違う。極端な話をすれば感じている感情すら同じかどうかわからない。
魔法?なんだそれは、物理法則はどうした。
そんな世界を信頼できるわけがない。
本音の部分では、僕はユニさんだって信じきれていない。
そんな中で、唯一信頼できたのがユニさんと肌を合わせる心地よさだ。
本当にそれに対して僕とユニさんが感じている感情が同じかなんて分からない。
でも、相手と肌を合わせることへの執着だけは信じられると思った。
この人だけは僕を手放さない。
それだけが僕の唯一の繋がりだ。
それがなくなったら……。
まあ、自分から死ぬつもりはないけど、時間の問題だろうなぁ。
「だよね」
苦笑いするミゲルくんだけど、本当に僕の言いたいことが伝わっているかは分からない。
もっと言えば、この『苦笑い』の意味だって僕の知っているそれとは違うかもしれない。
「こんなことなら恥ずかしいからって夢だなんて思わせなきゃよかったなぁ……」
ミゲルくんが訳のわからないことを言いながら、顔を寄せてきて……。
キスされた。
意味が分からない。
「ボクがご主人さま……ううん、ハルとずっと一緒にいるって言ってもダメ?」
今のキスの意味がわからない僕にはミゲルくんの言葉を信じることは出来ない。
ミゲルくんのことが好きか嫌いかと言ったら、それは間違いなく好きだ。
人間はなにを考えているか本質的には理解できない猫のことだって、心から愛することが出来る。
ミゲルくんは可愛いと思うし、好きだし、そばに居てくれるって言ってくれたのは心から嬉しかった。
「うん、ダメだと思う」
でも、信頼することは出来ない。
少なくとも今はまだ。
「だよねぇ。
あーあ、本当に失敗したなぁ。
こんなことになるんなら主だからって恋敵になんて遠慮するんじゃなかった」
ミゲルくんは大粒の涙を流しながら苦笑いを浮かべてたけど、その意味が僕には分からない。
「じゃ、モノケロス卿を助けに行こっか」
ミゲルくんは涙を拭うと、笑顔でそう言った。
僕はその言葉を信じることに決めた。
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☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
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※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
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【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
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