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第1章 異世界で暮らそう

18話 ご主人さま

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「いや聞いてないって!?」

 叫ぶ僕の前でミゲルくんをはじめとした僕の使用人4人が困り顔で並んでいる。

 4人とも僕の顔を見たりイヴァンさんの顔を見たり隣の子と顔を見合わせたり、早速のイレギュラーな事態にオロオロしてしまっている。

 なんとかしてあげたいけど、僕も状況がイマイチ理解できていない。

 ちょっと、頭を整理しよう。



 ――――――



 ことの始まりはユニさんに案内されて、浴室についたところからだ。

「ここが私用の浴室になります。
 そのうち一人で来ることもあるかもしれませんから場所を覚えておいてくださいね」

 2階に上がって右の一番奥にある僕の部屋から中央にある階段を超えて、反対側の一番奥にあるドア。

 そこがユニさんのお風呂だった。

 お風呂だけじゃなくって、階段から左側はユニさんの寝室とか私室なんかがあって、プライベートエリアである2階の中でも特にプライベートな空間なんだそうな。

 ちょっとだけ寝室や私室も見せてくれたけど、なんていうか凄かった。

 なんかキンキラだった。

「落ち着かないんであんまり好きじゃないんです」

 ってユニさんは苦笑いしてた。

「さあ、イヴァンを待たせてますし、入りましょう」

 お風呂のドアを開けて中に入るユニさんに、続いて入っていく。

 入った先は浴室ではなく脱衣所のような空間だった。

 まあ、それは予想していたからいい。

 さすがにどこの家でもドアを開けたら突然お風呂ってことはなかなかない。

 問題は広さと豪華さだ。

 うちの……日本の家の洗面所と洗濯機が置いてあるような狭い空間とは比べるのもおこがましい。

 旅館の脱衣所並みの広さがある。

 しかも、壁際には意匠の凝った明らかに高そうなタンス?やら鏡付きのテーブル?まで置いてあって……庶民思考の僕からすると、湿気で傷まないのかな?とか心配になってしまう。

「イヴァン、おまたせしました」

 やばい、脱衣所の光景にあっけにとられていた。

 ユニさんが声をかけた先には、イヴァンさんと……その後ろに何故かミゲルくんをはじめとした僕専属の使用人――ユニさん予想――の4人がいた。

 ミゲルくんと目が会って、思わず『さっきはごめん』と言いそうになったけど、ユニさんに『忘れるのがお互いのため』と言われたのを思い出して、なんとか口をつぐむ。

 そんな僕の様子に気づいているのか、他の子が目を伏せている中、ミゲルくんだけはじっと僕のことを見てる。

 すっごい見てる。

 あれ?これ睨まれてね?ってレベルで見てくる。

 これ怒ってるよね?

 明らかに根に持ってるやつだよね?

「ミゲル」

 とうとうイヴァンさんに注意されて、慌てて目を伏せるミゲルくん。

 後ろにいるミゲルくんのことなんて一瞥もしていなかったのにイヴァンさんの視界はどうなっているんだろう?

 注意されたミゲルくんは僕が見ても分かるくらい泣きそうな顔になってしまっている。

 い、いたたまれない……。

 間接的に僕のせいなので申し訳なくて仕方ない。

「イヴァンさん、あの、その子達って……?」

 空気を変えようと、疑問に思っていたことを口に出す。

「はい、昼にもご紹介いたしましたが、こちらよりミゲル、ムーサ、メファート、モレスです。
 本日は、サクラハラ様のご入浴のお手伝いをさせていただきます」

 イヴァンさんの言葉に合わせて、深々と頭を下げる4人。

 入浴の……手伝い?

「いや聞いてないって!?」



 ――――――



 そして冒頭に至るのである。

 驚きの声を上げてイヴァンさんに抗議する僕を見て、4人がオロオロしている。

 申し訳ない気はするけど、こっちも大混乱中なので勘弁してほしい。

 入浴の手伝いってなんだ?

 確かに一番初めは、ユニさんにこの世界のお風呂の使い方を教えてもらったけど、それ以降は一人で入って……一人で……あれ?僕一人でお風呂入ったことない?

 これは自分でびっくり。

 イヴァンさんそれで誤解している?

「あの……僕一人でお風呂は入れますよ?」

「存じ上げております」

 存じ上げられてた。

 ユニさんが隣で少しびっくりした顔して僕を見てるけど、これは放っておこう。

 あれは洗ってもらってるんじゃない。洗わせてあげてるんだ。

 しかし、そうなるとますます意味がわからない。

「えっと……説明を求めます」

「そうですね、私も何故今更ハルに私以外の手伝いが必要なのか分かりません。
 説明を求めます」

 ユニさんも同意して……くれてるのかな?これは。

 ユニさんとも後で話し合いが必要な気がする。

「はい、もちろんご説明させていただきます」

 そう言って、人差し指を立てるイヴァンさん。

「まず第一に、これを期にサクラハラ様には人慣れをしていだたければと考えております」

 人慣れ?

 ちょっと意味がわからない。

「……と、いうと?」

 ユニさんも不思議顔をしているし、思い切って聞いてみる。

「少々失礼な言い方となりますが、サクラハラ様は公的な場においての立ち振舞については概ねそつなくこなされております。
 あとは基本的な礼儀作法や儀礼をお学びになれば社交の場に出ても問題ないかと存じます」

 イヴァンさんの言葉に、うんうんと頷くユニさん。

 付け焼き刃とは言え精一杯やってきたのが評価されてると思うと、僕も嬉しい。

「しかし、プライベートの場においては、僭越ながらまだまだ慣れが必要かと愚考いたします」

「あー……」

 ユニさんもなにか思い当たるような声を出してるけど、僕にはなんのことかいまいちわからない。

 僕がよくわからないという顔をしているのに気づいたイヴァンさんが追加で説明してくれる。

「有り体に申し上げますと、使用人がお世話をさせていただくことに慣れていただきたいと思っております」

「たしかにハルは使用人の目を異常に気にしますからねぇ」

 そんな事言われても……。

 と言うか、それについてはユニさんたちが使用人さんたちを気にしなさすぎだと思う。

 人の目が気になるのは仕方ないじゃないか。

 だからこそ慣れろって言っているのはわかるんだけど……そもそも、お世話をしてもらう立場っていうのがどうもなぁ。

 これには素直に頷けない僕が、反論しようと口を開こうとしたところでイヴァンさんが人差し指に続いて中指を立てる。

「第二に……これはサクラハラ様に対して失礼なことなので坊ちゃまのお叱りを受けてしまうかもしれないのですが……」

 それを聞いたユニさんが眉をピクリと動かす。

 ユニさんに怒られてでもイヴァンさんがやりたいこと……なんだろう?僕にも関係があるみたいだし興味がある。

「ユニさん、僕、その理由聞いてみたい」

 僕の言葉を聞いて、ユニさんは少し黙考したあとイヴァンさんに頷く。

 イヴァンさんはユニさんと僕に一礼してから話を続ける。

「では失礼な話と承知で話を続けさせていだきます。
 私はサクラハラ様にお仕えすることがこの4人、いえ、マリーナを加えた5人にとって得難い経験になると考えております」

 それを聞いてユニさんは少し考えたあと苦笑を浮かべた。

 イヴァンさんがなにをいいたいのか見当がついたようだ。

 僕には相変わらずなんのことかわからない。

「あ、あの、ごめんなさい、どういうことかよくわからないです……」

「イヴァンは、ハルをこの4人の練習台にしようとしているのですよ」

 情けない声を出す僕に、イヴァンさんではなくユニさんが答えてくれた。

 それを聞いたイヴァンさんが僕に深々と頭を下げる。

「坊ちゃまのおっしゃるとおりでございます。
 お叱りを覚悟で包み隠さず申しますと、サクラハラ様は対応に失敗しても坊ちゃまのお怒りを買うという以外なんの影響もない得難い貴人でございます。
 その坊ちゃまのお怒りについても、サクラハラ様ご自身がお宥めいただけることが期待できますので、過度に心配する必要もありません」

 まあ、そう言われるとたしかに。

 限度はあるけど、僕なら使用人さんがなにか失敗しても怒ったりはしないだろう。

 だって、もともとお世話をしてもらえるような立場じゃないんだから。

 下手すると失敗をしたことにすら気づかないこともあるかもしれない。

 それにイヴァンさんの言う通り、もしそのことでユニさんが怒っちゃったら、なんとかなだめようとするだろう。

 だって、さっきも言った通りもともとお世話をしてもらえるような立場じゃないんだから、その僕のために怒られるなんて申し訳なくていたたまれなくなる。

 たしかに僕は実践形式のいい練習台になるだろう。

 イヴァンさんの言葉を聞いて、僕はなるほどと頷いていたけど、ユニさんはちょっと不機嫌そう。

 後でちょっと甘やかしてあげよう……と考えて、ああこういうところかと改めて納得する。

 僕のお世話のためって言われると、いらないって思ってしまうけど、それを含めて使用人さんの、ひいてはユニさんのためになるとなるとやってもいいかな?という気分になる。

 本当にイヴァンさんは人を手のひらの上で転がすのが上手いな。

「第三に」

 『やります』と言おうとしたところで、イヴァンさんが親指を立てる。

 え?まだあるの?

「ここでサクラハラ様が若い使用人の教育や管理、監督にかかわるということ、そして、それによってサクラハラ様お引き立ての者を作るのは『今後』のことを考えますと、とても有意義であると愚考いたします」

 イヴァンさんの話を聞いて、しばらく思案顔だったユニさんがハッと何かに気づいたような顔をする。

「なるほど、それでまだほとんど影響を受けていない若いものを……。
 いや……それだけじゃないですね。
 ノイラート家、リーベルス家、ハース家にルバッハ商会ですか……イヴァン、考えましたね」

 ユニさんの言葉に恭しく一礼するイヴァンさん。

 さっぱりわからない。

「ハルっ、やりましょうっ!
 絶対ハルのためにもなりますからっ!」

 うん、まあ、使用人の子達のいい経験になるって聞いた時点でやる気だったけど……なんか急にやる気になったユニさんが怖い。

 なんかお母さんのところに『これ絶対あなたのためになるから』って言ってよくわからないものを売りに来たおばさんを思い出す。

「えっと、これ、ユニさんのためにもなるんだよね?」

「はい、もちろんです」

 うん、靄は一切出てないな。

「なら、僕やります。
 ユニさんとその子達のために役に立てるなら僕頑張ってみます」

 ずっと、ただ異世界人と言うだけで庇護してもらうのは後ろめたかった。

 まだなんの役にも立てない僕だけど、少しでもユニさんから受けた恩を返せるのなら頑張りたいと思った。

「一度受けてしまいましたら、これから彼らが独り立ちするまでの間サクラハラ様が彼らの主となります。
 撤回はできませんがよろしいですか?」

 改めてそう言われるとすごく重く感じる。

 もちろん僕に彼らのお給料を払ったりは出来ないから、彼らの実際の主はユニさんのままだ。

 とはいえ、僕もこれからは彼らの人生に関わっていくこととなる。

 仮初めとは言え主として恥ずかしいふるまいは出来ないな。

「はい、彼らが立派に独り立ちできるまで頑張ります」

 僕を踏み台にして、彼らには立派な大人になってほしい。

「ということです。
 今この時より、貴方達の主は正式にサクラハラ様となりました」

「「「「はいっ!」」」」

 イヴァンさんの宣言に、緊張した顔だけど元気に返事をする4人。

 その顔を見て、彼らの力になれるように練習台として頑張ろうって改めて思った。

「あなた方の給金はこれより公妾領より、つまりサクラハラ様より支払われます」

 え?なにそれ、知らない。

「今後の指揮系統はサクラハラ様の直轄となります。
 私からご助言はいたしますが、指示は出せません。
 サクラハラ様のご判断が最上と心得てください」

 なにそれ、怖い。

「さて、ノイラート様、リーベルス様、ハース様、ルバッハ様、皆様に最初のご助言でございます。
 まずは新たな主にご挨拶をさせていただい方がよろしいのではと愚考いたします」

「「「「はいっ!ご助言ありがとうございます、スティグレッツ卿」」」」

 4人揃ってイヴァンさんに頭を下げる。

「……ユニさん、スティグレッツ卿って……」

「ああ、イヴァン・シヴ・スティグレッツ子爵、つまり、イヴァンのことですね」

 イヴァンさん子爵様だったんだぁ。すごいなぁ……。

 わぁ、まわり中貴族様だらけだぁ。

 なんか違う世界の話……にしたい。

 イヴァンさんにお礼をした4人がこちらにやってきて、ユニさんの前……いや、僕の前に横一列に並ぶ。

「「「「サクラハラ様。不肖の身なれど誠心誠意お仕えさせていただきます」」」」

 4人は揃ってそう言うと、深々と頭を下げる。

 ……そして上げない。

「ユニさん、これ僕がなんか言わなきゃいけないやつだよね?
 やっぱり辞めますって言っちゃダメ?」

 小声で一応ユニさんに聞いてみる。

「ダメですね」

「……だよね」

 分かってたけどあがきたかったんだ。

「えっと……無理はしないでね?」

 本当はなにかかっこいいことを言ってあげたほうがいいんだろうけど、頭がついていけてなくてなにも思いつかない。

 こんなご主人さまでごめんね?辞めていいよ?

「「「「はいっ、ありがとうございますっ!」」」」

 当然みんなに僕の心の声は聞こえていない。

 まあこうなってしまったからには仕方ない。

 ……仕方ないのかな?まだなんとかならないかな?

 ………………ならないんだろうなぁ。

 ユニさんのためにもなるという言葉を信じて、頑張っていいご主人さまになろう。

 ……なれるとは思えないなぁ……。
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