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【人間界20年後】
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幼い頃から、自分は誰からも信用されていないのではないか、とわけもなく思って、孤独感に打ちひしがれることがたびたびあった。そんな時、誰かと同じ気持ちを抱いていることをふと感じると、嬉しくなった。
「この広い世界に、ひとりぼっちじゃないことを感じたい。他の誰かにも、そう教えてあげたいの」
「わかる気がする」
彼女がうなずいてくれて、ほっとする。許されたような気持ちにもなった。
「でも、多くの人の心を動かすためには、勉強もたっぷり必要ね」
「うん。知識が多いほうが、それだけ誰かと共有できるものも多いって思う」
あれ? とふと思う。
気がついたら自分の中にあった考え方だけど、誰からか教えてもらったことのような気もする。うんと昔に。誰だっただろう。
「偉いね。しっかりしている。で、反対されたから、家出?」
ちらりとうかがうような視線に、どきり、とした。正解! と札をあげそうになる。
核心に触れたかと思えば、彼女は「あー」と声を上げた。
「残念。スムージーが飲み終わりそう」
カップを陽に透けさせながら、さほど残念でもなさそうに言う。そして、そのまま立ち上がった。
「タイムリミットね。もう行くわ」
「え」
「ねぇ、約束。いつか読ませて。あなたの物語」
「え」
同じ言葉しか出てこない。
彼女はにっと口角を上げる。
「思うようにやったらいいって。家出するくらい好きなことなら、他の人間にとやかく言われたところで、どうせ諦められないんだから」
「あ、うん」
なんだか間抜けな返事になる。
「後悔するからやめなさいって、あれ嫌いなんだよね。わたし。後悔するかわからないって言うより、後悔しないと見えないことのほうが、世の中多いんだって」
「後悔しないと、見えない」
「そう。あとはみなまで言わなくても、あなたにはわかるでしょ。このあとやるべきことも」
「やるべきこと」
さっきから、ずっとオウム返しにするばかりだ。だって、すべてが意外すぎて。
「あ、そうだ。やっぱり名刺渡しておく。本が出たら連絡ちょうだい」
再び立ったままハンドバッグをあさり、差し出された一枚の名刺。
女子大学生だって耳にしたことがある、アルファベットが三つ並んだ法人。団体の代表であることにもびっくりだけど、何より驚かされたのは、その下に書かれた名前。
「さやか……さん? 嘘。わたしも、同じ名前なんだけど!」
目を丸くしたあとで、きっぱりとまぶしい夏の空みたいに、彼女は笑った。
その後、会社員との二足のわらじを履いた女流小説家が誕生し、デビュー作であり名のある受賞作となった、天国の書店を舞台にしたファンタジーが、多くの悩める少年少女の魂を救うことになるのだけれど。
それは、まだもう少し未来のお話。
(fin)
「この広い世界に、ひとりぼっちじゃないことを感じたい。他の誰かにも、そう教えてあげたいの」
「わかる気がする」
彼女がうなずいてくれて、ほっとする。許されたような気持ちにもなった。
「でも、多くの人の心を動かすためには、勉強もたっぷり必要ね」
「うん。知識が多いほうが、それだけ誰かと共有できるものも多いって思う」
あれ? とふと思う。
気がついたら自分の中にあった考え方だけど、誰からか教えてもらったことのような気もする。うんと昔に。誰だっただろう。
「偉いね。しっかりしている。で、反対されたから、家出?」
ちらりとうかがうような視線に、どきり、とした。正解! と札をあげそうになる。
核心に触れたかと思えば、彼女は「あー」と声を上げた。
「残念。スムージーが飲み終わりそう」
カップを陽に透けさせながら、さほど残念でもなさそうに言う。そして、そのまま立ち上がった。
「タイムリミットね。もう行くわ」
「え」
「ねぇ、約束。いつか読ませて。あなたの物語」
「え」
同じ言葉しか出てこない。
彼女はにっと口角を上げる。
「思うようにやったらいいって。家出するくらい好きなことなら、他の人間にとやかく言われたところで、どうせ諦められないんだから」
「あ、うん」
なんだか間抜けな返事になる。
「後悔するからやめなさいって、あれ嫌いなんだよね。わたし。後悔するかわからないって言うより、後悔しないと見えないことのほうが、世の中多いんだって」
「後悔しないと、見えない」
「そう。あとはみなまで言わなくても、あなたにはわかるでしょ。このあとやるべきことも」
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「あ、そうだ。やっぱり名刺渡しておく。本が出たら連絡ちょうだい」
再び立ったままハンドバッグをあさり、差し出された一枚の名刺。
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その後、会社員との二足のわらじを履いた女流小説家が誕生し、デビュー作であり名のある受賞作となった、天国の書店を舞台にしたファンタジーが、多くの悩める少年少女の魂を救うことになるのだけれど。
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(fin)
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