天界魂管理局記録保管庫~死神書店~

朋藤チルヲ

文字の大きさ
上 下
51 / 56
【天界2】

1

しおりを挟む
「ここだと思ったよ」

 春の風のような穏やかで優しげな声に振り返れば、ベンチの後ろに、ウリエルが立っていた。

「あ。申し訳ございません」

 持っていた湯飲みを板の上にじかに置き、立ち上がる。深々と頭を下げた。

「バタバタして、お礼を申し上げることを、すっかり後回しにしてしまいました。その節は、大変お世話になりました」

 あれから、丸一日が経っていた。

「いいんだよ。お礼など。あれも仕事の一貫だ」

 白紙の書の配達などをさせられたというのに、ウリエルは寛容だ。あんなもの、この天界で二番目の位を持つ彼の仕事のわけがない。

「いいえ。こういうことは、きちんとしなければいけません。本来でしたら、左遷されてもおかしくないのですから」

 それをまぬがれた裏に、当人の口利きがあっただろうことは、想像にたやすい。

「本来、耳を地べたにこすりつけてお礼を申し上げなければならないのは、32番のやつです。何を考えているのやら。頭がいかれているとしか思えません」

 ウリエルに対して馴れ馴れしすぎる、と怒っていたのは、彼のほうではないか。それなのに、まるでメール便のような役割を頼むだなんて。

「助かったことは確かですが、第一あれは、保管庫側の不手際です」

 その尻拭いをウリエルにさせるとは、なんたる無礼。
 あのあと記録保管庫に戻り、諸々の作業に一旦ケリがついたところで、しっかり礼儀を通したのかと問い詰めた。本人は心配するなと答えたが、怪しいものである。

「はははは。76番はあいかわらず厳しい」
「礼節を重んじる、とおっしゃってください」
「もう休憩は終わりかい?」
「あ、いえ」

 湯飲みに視線を落とす。新芽色の煎茶が、まだ半分ほどを満たしている。できるだけゆっくり、のんびりと飲み干したあとに、職場に戻ればいいかと考えていた。

「では、僕もここで少し休んでいこう。隣、いいかい?」
「え」

 噴き出してしまう。
「おうかがいを立てられたことなど、初めてです」

 小さな花壇には、ガーベラが咲いていた。天に向かってバンザイをしているかのような、花びらの鮮やかな黄色と、きっぱりと緑色の葉とのコントラストが美しい。

「32番を責めないでやっておくれ。書を届けさせてほしいと言い出したのは、僕のほうなんだ」
「そうなのですか?」

 そんなこと、同僚は匂わせもしなかった。

「かなり困っていたようだからね」
「しかし」
「他に方法がないとはいえ、二つ返事で了承したわけではないよ。彼だってわきまえているさ。だけども、僕の申し出を断れる立場でもない」

 それはそうか、と思う。
 事態は急を要していたこともあるし、ウリエルの話が本当で、苦しまぎれに申し出を受け入れたのなら、同僚に悪いことをしてしまった。
 ウリエルは微笑む。

「いつも頑張ってくれている君たちのために、僕だって役に立ちたい」
「ウリエル様」
「僕が出向いたことは、結果から見てもよかったんじゃないかな」

 その言葉に、ウリエルが舞い降りたあの瞬間の、清花の表情を思い出す。
 白紙の書を運んできたのが、記録保管庫の別のスタッフだったとしても、おそらく彼女はもう転生をためらわなかっただろう。とはいえ、ウリエルとの思いがけない出会いが、あともう一つの後押しとなったことは間違いない。

「ウリエル様は」
「うん?」
「何もかも、わかっていらっしゃったのですか?」

 彼女が転生を拒んでいた理由。本当に怖がっていたもの。自分が出向くことによるメリットと、そのための最適なタイミングまでも、前もって。
 曖昧な言葉での問いかけに、ウリエルはただ凪のような笑みを浮かべるだけだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

シムヌテイ骨董店

藤和
ライト文芸
とある骨董店と、そこに訪れる人々の話。 日常物の短編連作です。長編の箸休めにどうぞ。

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ぼくたちのたぬきち物語

アポロ
ライト文芸
一章にエピソード①〜⑩をまとめました。大人のための童話風ライト文芸として書きましたが、小学生でも読めます。 どの章から読みはじめても大丈夫です。 挿絵はアポロの友人・絵描きのひろ生さん提供。 アポロとたぬきちの見守り隊長、いつもありがとう。 初稿はnoteにて2021年夏〜22年冬、「こたぬきたぬきち、町へゆく」のタイトルで連載していました。 この思い入れのある作品を、全編加筆修正してアルファポリスに投稿します。 🍀一章│①〜⑩のあらすじ🍀 たぬきちは、化け狸の子です。 生まれてはじめて変化の術に成功し、ちょっとおしゃれなかわいい少年にうまく化けました。やったね。 たぬきちは、人生ではじめて山から町へ行くのです。(はい、人生です) 現在行方不明の父さんたぬき・ぽんたから教えてもらった記憶を頼りに、憧れの町の「映画館」を目指します。 さて無事にたどり着けるかどうか。 旅にハプニングはつきものです。 少年たぬきちの小さな冒険を、ぜひ見守ってあげてください。 届けたいのは、ささやかな感動です。 心を込め込め書きました。 あなたにも、届け。

すこやか食堂のゆかいな人々

山いい奈
ライト文芸
貧血体質で悩まされている、常盤みのり。 母親が栄養学の本を読みながらごはんを作ってくれているのを見て、みのりも興味を持った。 心を癒し、食べるもので健康になれる様な食堂を開きたい。それがみのりの目標になっていた。 短大で栄養学を学び、専門学校でお料理を学び、体調を見ながら日本料理店でのアルバイトに励み、お料理教室で技を鍛えて来た。 そしてみのりは、両親や幼なじみ、お料理教室の先生、テナントビルのオーナーの力を借りて、すこやか食堂をオープンする。 一癖も二癖もある周りの人々やお客さまに囲まれて、みのりは奮闘する。 やがて、それはみのりの家族の問題に繋がっていく。 じんわりと、だがほっこりと心暖まる物語。

狗神巡礼ものがたり

唄うたい
ライト文芸
「早苗さん、これだけは信じていて。 俺達は“何があっても貴女を護る”。」 ーーー 「犬居家」は先祖代々続く風習として 守り神である「狗神様」に 十年に一度、生贄を献げてきました。 犬居家の血を引きながら 女中として冷遇されていた娘・早苗は、 本家の娘の身代わりとして 狗神様への生贄に選ばれます。 早苗の前に現れた山犬の神使・仁雷と義嵐は、 生贄の試練として、 三つの聖地を巡礼するよう命じます。 早苗は神使達に導かれるまま、 狗神様の守る広い山々を巡る 旅に出ることとなりました。 ●他サイトでも公開しています。

【完結】20-1(ナインティーン)

木村竜史
ライト文芸
そう遠くない未来。 巨大な隕石が地球に落ちることが確定した世界に二十歳を迎えることなく地球と運命を共にすることになった少年少女達の最後の日々。 諦観と願望と憤怒と愛情を抱えた彼らは、最後の瞬間に何を成し、何を思うのか。 「俺は」「私は」「僕は」「あたし」は、大人になれずに死んでいく。 『20-1』それは、決して大人になることのない、子供達の叫び声。

処理中です...