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【人間界8】
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男と二人で、その場所に足を踏み入れる。
こちらも手入れが行き届いている。管理する者は、とても几帳面なのだろう。敷き詰められた丸く細かな砂利には、紙くず一つ落ちていない。雑草も顔を出していなかった。
黙っていることがいたたまれず、感想をまじえて言った。
「これは……奥様は、とても落ち着かれて過ごされていることでしょうね」
「だろ……? きれい好き、だからなあ」
「御影石、は、正式な名称に、花という文字が入っています」
墓石に使われることが多い、花崗岩。男が届けることを諦められなかった、花束。そして、清花の名前の一文字。偶然なのだろうが、どこか運命的に思えてしまう。
男が小さく噴き出した。
「あんたは、本当に、いろんなことを知っているな。マジで勉強家、だ」
秩序正しく並んだ墓石。そのうちの一つの前に立ち、そっと花束を置くと、男は笑いかけた。
「……よう。一ヶ月ぶり。変わりは、ないかい?」
はにかんだ笑顔を向けてきたのは、少しの間を置いたあと。
「あなたと違って、歳を取らないのよ、だと」
どうにかこうにか、といった感じではあっても、男の軽口はやはり安堵をくれた。
「毎月、いらしているのですか」
「ああ、月命日に」
「そうでしたか」
「返事をしてくるようでは、うちの奥さんは」
「はい」
「まだ、あんたのとこの本屋で、お世話になっている、みたいだな」
「そのようですね」
男の妻は、すでにこの世にいなかった。
相手が墓地の一角に眠っているのでは、どんなに他人の興味を引く事故であろうと、そのニュースが耳に入るわけがない。事故に巻きこまれたはずの男から、花束が届けられたところで、驚いたり悲しんだりするわけがないのも、当然だった。
「な。驚かないって、言っただろうが」
「ええ」
腑に落ちたけれども、晴れ晴れとはしない種明かしである。
しかも、男が今声をかけたのは、妻にだけ。男の子供はここにはいないのだ。
つまり、その子供はこれから、両親ともがこの世から去った、天涯孤独の身として生きていかなければならない、ということも、自動的にわかってしまった。
親として、子供に先に旅立たれてしまうことは、きっと身を引き裂かれるほど辛い。
だけど、親に遺されてひとりぼっちになってしまう子供だって、辛く、悲しいに決まっている。それを考えると、気分が重くなった。
だからといって、運命は変えられない。
男や妻の代わりに、その子供を支えて、惜しみない愛情をそそいでくれる存在がいるといい。それだけを、切に願う。
「ご病気、でしょうか?」
「いや、病気ではない、けど」
「そうですか」
あまり語りたくない、か。それもそうだ。
妻の年齢だって、男とそう変わらないはず。原因が病気であろうと、事故であろうと、どちらにしろ早すぎる。
死の決定とは、どのような基準でおこなわれているのだろう、と不思議を超えて、やや腹立たしく思えた。
「あなたがあれほど花束を届けることにこだわった理由が、やっと理解できました」
「そう、か」
「毎月の恒例行事では、何がなんでも届けたいですね」
男の妻への愛情は、相手がもうこの世にいなくとも、変わらず深いのだ。
しかし、これで男は目的を果たしたことになる。
いつ魂が出てきてもおかしくはない、と気を引き締めた。
「いや、実は」
「はい?」
「正確に言うと、違う」
「違う?」
男が座りたい、という目くばせをしたので、地べたに尻をつけさせてやった。
バッテリーが切れかけているような身体の重さは感じても、疲れという感覚はないだろう、と認識している。まぁ、それも、想像の域を出ないのだけれど。だから、腰をすえて話したいことがあるのでは、と思った。覚悟を決めた、最期の話だ。
「何が違うのです?」
「月一で、ここにきていることは、本当だけど」
男は墓石を見ながら語り出す。こちらの質問に答えている、と言うより、自分の説明を妻に確認してもらっているかのようだ。
「はい」
「花は、ここではなくて」
こちらも手入れが行き届いている。管理する者は、とても几帳面なのだろう。敷き詰められた丸く細かな砂利には、紙くず一つ落ちていない。雑草も顔を出していなかった。
黙っていることがいたたまれず、感想をまじえて言った。
「これは……奥様は、とても落ち着かれて過ごされていることでしょうね」
「だろ……? きれい好き、だからなあ」
「御影石、は、正式な名称に、花という文字が入っています」
墓石に使われることが多い、花崗岩。男が届けることを諦められなかった、花束。そして、清花の名前の一文字。偶然なのだろうが、どこか運命的に思えてしまう。
男が小さく噴き出した。
「あんたは、本当に、いろんなことを知っているな。マジで勉強家、だ」
秩序正しく並んだ墓石。そのうちの一つの前に立ち、そっと花束を置くと、男は笑いかけた。
「……よう。一ヶ月ぶり。変わりは、ないかい?」
はにかんだ笑顔を向けてきたのは、少しの間を置いたあと。
「あなたと違って、歳を取らないのよ、だと」
どうにかこうにか、といった感じではあっても、男の軽口はやはり安堵をくれた。
「毎月、いらしているのですか」
「ああ、月命日に」
「そうでしたか」
「返事をしてくるようでは、うちの奥さんは」
「はい」
「まだ、あんたのとこの本屋で、お世話になっている、みたいだな」
「そのようですね」
男の妻は、すでにこの世にいなかった。
相手が墓地の一角に眠っているのでは、どんなに他人の興味を引く事故であろうと、そのニュースが耳に入るわけがない。事故に巻きこまれたはずの男から、花束が届けられたところで、驚いたり悲しんだりするわけがないのも、当然だった。
「な。驚かないって、言っただろうが」
「ええ」
腑に落ちたけれども、晴れ晴れとはしない種明かしである。
しかも、男が今声をかけたのは、妻にだけ。男の子供はここにはいないのだ。
つまり、その子供はこれから、両親ともがこの世から去った、天涯孤独の身として生きていかなければならない、ということも、自動的にわかってしまった。
親として、子供に先に旅立たれてしまうことは、きっと身を引き裂かれるほど辛い。
だけど、親に遺されてひとりぼっちになってしまう子供だって、辛く、悲しいに決まっている。それを考えると、気分が重くなった。
だからといって、運命は変えられない。
男や妻の代わりに、その子供を支えて、惜しみない愛情をそそいでくれる存在がいるといい。それだけを、切に願う。
「ご病気、でしょうか?」
「いや、病気ではない、けど」
「そうですか」
あまり語りたくない、か。それもそうだ。
妻の年齢だって、男とそう変わらないはず。原因が病気であろうと、事故であろうと、どちらにしろ早すぎる。
死の決定とは、どのような基準でおこなわれているのだろう、と不思議を超えて、やや腹立たしく思えた。
「あなたがあれほど花束を届けることにこだわった理由が、やっと理解できました」
「そう、か」
「毎月の恒例行事では、何がなんでも届けたいですね」
男の妻への愛情は、相手がもうこの世にいなくとも、変わらず深いのだ。
しかし、これで男は目的を果たしたことになる。
いつ魂が出てきてもおかしくはない、と気を引き締めた。
「いや、実は」
「はい?」
「正確に言うと、違う」
「違う?」
男が座りたい、という目くばせをしたので、地べたに尻をつけさせてやった。
バッテリーが切れかけているような身体の重さは感じても、疲れという感覚はないだろう、と認識している。まぁ、それも、想像の域を出ないのだけれど。だから、腰をすえて話したいことがあるのでは、と思った。覚悟を決めた、最期の話だ。
「何が違うのです?」
「月一で、ここにきていることは、本当だけど」
男は墓石を見ながら語り出す。こちらの質問に答えている、と言うより、自分の説明を妻に確認してもらっているかのようだ。
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