天界魂管理局記録保管庫~死神書店~

朋藤チルヲ

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【人間界7】

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「想像か」

 それについては、男は返事をしなかった。照れ臭いのだろう。

「あんたはこうやって俺と普通に話ができて、それは人間のことに詳しいからなんだろうなって思うけど、他の仲間もそうなのか?」
「人間と話をする機会がありませんので、会話については何とも言えませんが。ただ我々は、きっとあなたがたが思っている以上に、人間に関心がありますよ。人間そのものに、と言うより、その文化や食べ物などについてですが」
「へえ、そうなのか」
「花の種を採取してきて咲かせてみたり、特殊なルートで特産物を取り寄せたり」
「マジか」
「マジです」

 きっとそれらは、本当は知的好奇心などではない。
 我々は人間界に、人間に憧れているのだ。我々の世界にはないものを、美しいものを、人間はたくさん持っているから。

「中でもわたくしは、同僚たちよりも突出して勉強家だという自負があります」
「なるほどな」

 男が噴き出す。カロンを鰹一匹で撃退した場面を思い出したのかもしれない。
 そのあとで、空を見上げた。

「あんたみたいな不思議なイキモンだって、そうやって想像できるのになあ」

 晴れた空に、男の言葉はぽっかりと浮かぶようだ。

「お辛いですね」
「なぁ。仕事から帰ってきてさ、見つけるんだぜ。子供がぐったりと倒れてるのを。あの子の親の気持ちを思ったら、たまらないよな」
「あなたですよ」
「俺が?」

 男は目をしばたたく。立ち止まった。

「お子様を、ご家族を遺していくことは、とてもお辛いでしょう」

 初めてその顔から、表情が失われるのを目の当たりにした。
 おそらく、そうでもしないと、さすがに感情をセーブできないのだ。泣き崩れるところなど、見かけは小さなケモノの、得体の知れないイキモノになど見せたくはないのだろう。

 我々は魂を運ぶが、人間たちに死の運命を運ぶことはない。それでも、そんな顔を見ると、ひどく胸が詰まるものだと知った。男が善良な人間だからに違いない。

「我々を、恨んでいることでしょうね」

 恨んでいないわけがない。
 その決定をおこなっているのは別の機関とはいえ、同じ天界の者。

 この世界に、人間は星の数ほどもいる。
 非情な運命を背負うのは、なにも男でなければいけないことはない。
 取り立てて悪いことなどしていないのに、どうして選ばれるのか、と。もっとふさわしい人間が他にいるのではないか、と。いくら殊勝な男とはいえ、そう訴えずにはいられないはず。
 それなのに、責めるどころか、笑いかけられる強さはどこからくるのか。

「何を言っているんだよ」

 男に表情が戻る。でもそれは、先程と同じ、何かがほどけるかのような弱い笑顔だ。諦めが漂っている、とも表現できた。

「俺が死んだ理由に、あんたらは無関係だって言っていたじゃないか」
「わたくしどもの部署は、確かに、関わっていないのですが」
「恨んでねぇって、別に」
「いいのですよ。素直な思いをおっしゃっても。告げ口しようとも思いませんし、それで転生先に影響があるわけでもありませんし」

 吐き出すことで、わずかでも気持ちが軽くなればいい。新刊に対して、こんな思いを抱く日がくるとは思わなかった。
 それを聞いたから、ということではないのだろうが、男は初めて愚痴のようなものをこぼした。

「そりゃあさ、なんで俺なんだよ、とは思うよ。なんで酒飲んで運転していやがるんだ、法律知らねぇのかって、突っこんできた車の運転手を怒鳴りつけたくもあるし」

 それでも、顔はあいかわらず笑っている。

「でも、時間は戻らないじゃんか」
「そうですが」
「だから、俺は許すんだ」
「許す……?」何を?

「家族とか、大切な人たちのために、俺はもう生きられない。そんな俺を、俺は許す。諦めるんじゃないぜ。許してやるんだ」

 それは、思いもしない言葉だった。目が冴える。

「それが……あなたにとっての、正しさですか?」
「正しさ? ああ、うん。まぁ、そうなんかな。よくわからねぇけど」

 照れた笑いに、男のこれまでの生き様を見た気がした。
 最初からそんなふうに割り切れるわけなどない。苦しんだり、泣いたり、つまずいたり、転んだり。人が生きる道は、決して平坦ではないから。そうして傷ついて、誰かをののしり、打ちのめして、気がついたのだ。

 気がつかないままの人間もいる。だけど、男はそうではなかった。

 もちろん、辛くないわけはない。強がりの部分だって、少なからずあるはずだ。それを見せない男は、本当の意味での強さを知っているのだろう。

 なんて質の高い魂を持つ人間なのだろうか。

「それをさ、あなたはいつも諦めがいいんだから、なんて笑いながら言われたら、やってられないっつうの」
「奥様ですね」

 男が口をへの字に曲げて言うものだから、笑みがこぼれてしまう。

「だから、あんたも許してやったらいいよ」
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