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【人間界6】
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「大丈夫ですか?」
「……ちくしょう。自分の意思に身体がついてこないってのは、なかなかしんどいな」
「休みながら、と言いたいところですが」
「わかってるって。そんな時間あったら、先へ進んだほうがいいもんな」
休憩を取ったところで、腐敗の進行は止まらない。男の身体の辛さは、これ以上重くなることはあっても、軽くなることはないのだ。
男自身、そのことをよくわかっているようで、よっ、と掛け声をかけて立ち上がる。
「よし、まだ動ける。急ごう」
口ぶりは勇ましいが、息も絶え絶えといったところ。
この状態では、想定よりずっと時間がかかると考えたほうが妥当だろう。間に合わない確率のほうが高い。男もそれを感じていることだろうが、めげることなく、足を前へ前へと踏み出していく。
魂がかろうじて留まっているだけの死体であるにもかかわらず、さらにこれだけのダメージを受けた身体のどこに、これほどのパワーが残っているのだろう。
そうまでして花束を届けることは、男にとって、何の意味があるのだろうか。そして、その相手とはいったい。
「何か、気がまぎれる話でもしてくれよ」
「話ですか?」
「そうだな、あんたの話がいい」
「わたくしの?」
「あんたの仕事の話だよ。今思い返すとさ、俺、あんたがどういう部署で、どんな仕事をして給料を貰ってるのか、詳しく知らないんだよな」
「わたくしの仕事の話ですか」
目をしばたたく。変なことに興味を持つ人間だ。
まぁ、男以外の人間がどうなのか、今までこうして新刊と言葉をかわすことなどなかったから、わからないけれども。
「それはタブーとか言うなよな。いいじゃないか。なんたって、俺たちは社畜仲間なんだし」
苦しそうに眉間にシワを寄せながらも、はは、と男は快活に笑った。
「わたくしは、書店のスタッフである、とお伝えしました」
「だろ? それくらいしか聞いていないんだって」
「それ以上、聞きたいことが何かございますか」
「まぁ、書店スタッフの仕事って言ったら、本を仕入れて売る、がおおまかな仕事だろうと思うけどさ。あんたの場合、人間の魂を運ぶって大役もあるわけだろ? そんな話、めったに聞けるもんじゃないじゃんか」
「まぁ、そうでしょうね」
「運ぶ先は天国だって言っていたよな。天国が本当にあるんだってのも、相当な驚きだけどよ」
「天国ではありません。天界です」
「細かいやつだな。どっちだって同じことだろ。それで、人間の魂と本屋と、どういう関係があるんだ?」
鼻から諦めの息を抜いた。潔い反面、しつこいところのある男だ。
別に、仕事の内容を教えたところで、これからの作業に差しさわりがあるわけではない。ここで聞いた内容は、清花の場合と同様、生まれ変わればすべて忘れてしまうのだ。
「お亡くなりになられた人間の魂は、みな書籍になるのです」
「へぇー、人間は死んだら本になるのか」
「ええ。これです」
身体をひねり、脇に挟んだ状態のまま、書籍を男に示してみせる。
「ずっとそうして持ってるよな」
「大事なものなので。これをなくしたら、始末書では済まされません」
一時的にでも手放してしまったことを思い返して、今さらながら肝がひやっとする。男がすばやく拾って手渡してくれたことに、改めて感謝の思いが湧いた。
「人間は誰も、俺やあのガキの場合も、その本に魂が吸収されるってわけ?」
「吸収、というのとは少し異なりますが」
どのように説明したら伝わりやすいだろうか、と思い悩む。
「まぁいいや。とにかく魂がその本になって、で、あんたがそうやって持って天界まで運ぶわけだな」
「その通りです」
「死んだ人間のを全部? すごい数じゃないか」
「ええ。毎日どころか毎秒、人間はどこかで亡くなっていますからね」
「そうだろ?」
「スタッフはわたくしだけではありませんし、書店も天界に一箇所ではないのです」
「あぁ、なるほど。何々支店、みたいな感じか」
「そうですね」
話しはじめると、これはこれで面白いものだな、と思った。
天界で自分の仕事や転生のシステムについて語ることなど、当たり前のことだが一度もなく、新鮮だ。
「天界の本屋、つまりあんたの職場には、人間の魂の本がずらりと並んで、売られているってわけか」
「ええ。広大と言うほどの店舗面積ではありませんが、なかなかに壮観なものです」
ここまでは、ざっとだけども、清花にも教えた。
「売られているからには、それを買いにくる客がいるんだよな」
「ええ、そうです」
「買われて減っていかないと、人間はどんどん死ぬわけだし、店がパンクしちまうもんな」
「そこは人間界の書店と同じですね。仕入れるばかりでは、商品が溢れてしまいます」
「人間の本屋の場合は、仕入れをストップさせりゃいい話だけどな」
男は笑う。
「そちらさんでは、そうは行かないだろ?」
「そうですね。彼女にもお話しましたが、我々は、人間の死についての決定権は持っていませんので。調整なんてできません」
「死の決定権てやつは、また別部署の仕事か」
男は苦々しげな表情をする。
自分の事故死を決定した何者かが存在する、ということを知り、さすがに怒り出すかと思ったが、予想に反した。諦めがいいとはよく言われているようだが、こういう時には殊勝である。
「ええ。別部署、と言うより、別機関と言ったほうが正しいかと。我々の部署が所属するのは魂管理局ですが、局内にそういった部署はありませんので」
「会社がまるきり違うってことね」
「そういうことになりますね。購入しに訪れる方々もまた、我々とは異なり、局に所属してはいませんが、局の本部から仕事を任されています」
「転生のジャッジだな」
「よく覚えておられましたね」
「会社の歯車をなめんな」
偉そうに言い放つ男はおかしかった。
「……ちくしょう。自分の意思に身体がついてこないってのは、なかなかしんどいな」
「休みながら、と言いたいところですが」
「わかってるって。そんな時間あったら、先へ進んだほうがいいもんな」
休憩を取ったところで、腐敗の進行は止まらない。男の身体の辛さは、これ以上重くなることはあっても、軽くなることはないのだ。
男自身、そのことをよくわかっているようで、よっ、と掛け声をかけて立ち上がる。
「よし、まだ動ける。急ごう」
口ぶりは勇ましいが、息も絶え絶えといったところ。
この状態では、想定よりずっと時間がかかると考えたほうが妥当だろう。間に合わない確率のほうが高い。男もそれを感じていることだろうが、めげることなく、足を前へ前へと踏み出していく。
魂がかろうじて留まっているだけの死体であるにもかかわらず、さらにこれだけのダメージを受けた身体のどこに、これほどのパワーが残っているのだろう。
そうまでして花束を届けることは、男にとって、何の意味があるのだろうか。そして、その相手とはいったい。
「何か、気がまぎれる話でもしてくれよ」
「話ですか?」
「そうだな、あんたの話がいい」
「わたくしの?」
「あんたの仕事の話だよ。今思い返すとさ、俺、あんたがどういう部署で、どんな仕事をして給料を貰ってるのか、詳しく知らないんだよな」
「わたくしの仕事の話ですか」
目をしばたたく。変なことに興味を持つ人間だ。
まぁ、男以外の人間がどうなのか、今までこうして新刊と言葉をかわすことなどなかったから、わからないけれども。
「それはタブーとか言うなよな。いいじゃないか。なんたって、俺たちは社畜仲間なんだし」
苦しそうに眉間にシワを寄せながらも、はは、と男は快活に笑った。
「わたくしは、書店のスタッフである、とお伝えしました」
「だろ? それくらいしか聞いていないんだって」
「それ以上、聞きたいことが何かございますか」
「まぁ、書店スタッフの仕事って言ったら、本を仕入れて売る、がおおまかな仕事だろうと思うけどさ。あんたの場合、人間の魂を運ぶって大役もあるわけだろ? そんな話、めったに聞けるもんじゃないじゃんか」
「まぁ、そうでしょうね」
「運ぶ先は天国だって言っていたよな。天国が本当にあるんだってのも、相当な驚きだけどよ」
「天国ではありません。天界です」
「細かいやつだな。どっちだって同じことだろ。それで、人間の魂と本屋と、どういう関係があるんだ?」
鼻から諦めの息を抜いた。潔い反面、しつこいところのある男だ。
別に、仕事の内容を教えたところで、これからの作業に差しさわりがあるわけではない。ここで聞いた内容は、清花の場合と同様、生まれ変わればすべて忘れてしまうのだ。
「お亡くなりになられた人間の魂は、みな書籍になるのです」
「へぇー、人間は死んだら本になるのか」
「ええ。これです」
身体をひねり、脇に挟んだ状態のまま、書籍を男に示してみせる。
「ずっとそうして持ってるよな」
「大事なものなので。これをなくしたら、始末書では済まされません」
一時的にでも手放してしまったことを思い返して、今さらながら肝がひやっとする。男がすばやく拾って手渡してくれたことに、改めて感謝の思いが湧いた。
「人間は誰も、俺やあのガキの場合も、その本に魂が吸収されるってわけ?」
「吸収、というのとは少し異なりますが」
どのように説明したら伝わりやすいだろうか、と思い悩む。
「まぁいいや。とにかく魂がその本になって、で、あんたがそうやって持って天界まで運ぶわけだな」
「その通りです」
「死んだ人間のを全部? すごい数じゃないか」
「ええ。毎日どころか毎秒、人間はどこかで亡くなっていますからね」
「そうだろ?」
「スタッフはわたくしだけではありませんし、書店も天界に一箇所ではないのです」
「あぁ、なるほど。何々支店、みたいな感じか」
「そうですね」
話しはじめると、これはこれで面白いものだな、と思った。
天界で自分の仕事や転生のシステムについて語ることなど、当たり前のことだが一度もなく、新鮮だ。
「天界の本屋、つまりあんたの職場には、人間の魂の本がずらりと並んで、売られているってわけか」
「ええ。広大と言うほどの店舗面積ではありませんが、なかなかに壮観なものです」
ここまでは、ざっとだけども、清花にも教えた。
「売られているからには、それを買いにくる客がいるんだよな」
「ええ、そうです」
「買われて減っていかないと、人間はどんどん死ぬわけだし、店がパンクしちまうもんな」
「そこは人間界の書店と同じですね。仕入れるばかりでは、商品が溢れてしまいます」
「人間の本屋の場合は、仕入れをストップさせりゃいい話だけどな」
男は笑う。
「そちらさんでは、そうは行かないだろ?」
「そうですね。彼女にもお話しましたが、我々は、人間の死についての決定権は持っていませんので。調整なんてできません」
「死の決定権てやつは、また別部署の仕事か」
男は苦々しげな表情をする。
自分の事故死を決定した何者かが存在する、ということを知り、さすがに怒り出すかと思ったが、予想に反した。諦めがいいとはよく言われているようだが、こういう時には殊勝である。
「ええ。別部署、と言うより、別機関と言ったほうが正しいかと。我々の部署が所属するのは魂管理局ですが、局内にそういった部署はありませんので」
「会社がまるきり違うってことね」
「そういうことになりますね。購入しに訪れる方々もまた、我々とは異なり、局に所属してはいませんが、局の本部から仕事を任されています」
「転生のジャッジだな」
「よく覚えておられましたね」
「会社の歯車をなめんな」
偉そうに言い放つ男はおかしかった。
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