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【人間界1】
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「わたし、死んでるの?」
「ええ、理論上は」
「わたし、死んだの?」
「ええ、ええ、亡くなりましたとも。おそらく、魂が身体のどこかに引っかかっているのでしょう。なので、さっさと外に追い出しちゃっていただけませんか」
面倒臭くなってそう答えると、少女はのけぞった。
「なんか投げやり! そんでもって他人任せ!」
「しかたありません。このようなケースが、そうそう起こるものではありません。こちらとしても手に余っているのです」
ため息をつきつつ、再び書籍に目をやる。こちらの準備はとうに整っているのだが、魂が身体から頭を出す気配すらない。さて、どうしたものか。
さらに文句を浴びせてくるかと思いきや、少女は急に声のトーンを落とした。
「そっか……わたし、本当に死んじゃったんだ」
顔を上げる。
お湯の中に揺らぐ赤色を眺めているのか、やや下を向いたその横顔には、寂しさが漂っている。
「ご愁傷様です」
「これで、よかったんだよね。生きていたって、辛いだけだし」
「素晴らしい。その意気です。えいっと魂を押し出しましょう」
「なんだろう。いちいち気にさわる」
少女はこちらを睨んできた。
「わたくしは、きちんと職務をまっとうしたいだけです」
「ねぇ」
「なんでしょう」
「わたし、死んでるんでしょ?」
「その通りです」
「なんで喋れるの?」
「わかりません」
そう答えるほかなかった。
身体には命が尽きた反応が現れているのに、なぜわずかにでも動けて、喋れるのか。それがどれくらい持続するのか、永遠にこのままなのか。何もわからないというのが、正直なところだった。わからないから、その場その場でできる対応をするしかない。
「たぶんさ」
少女は急に目を輝かせる。
「わたしの無念? 未練? そういうのを伝えるためなんじゃない?」
「はぁ」
「わたしが人生に絶望して自ら死を選んだってことは、あなたにはもうわかってるのよね?」
「そうですね。状況証拠があからさまなので」
「で、あなたは死神じゃないんでしょ?」
「ええ、そうです」
「それってつまり、わたしは心残りを話して、それを聞いてくれるためにあなたが」
「違いますね」
「はやっ」
「わたくしは本の仕入れにやってきただけです」
「その本って、わたしがなるんでしょ? それはつまり、わたしのことが書いてある本ってことでしょ?」
「そうですが、そうではありません」
「どういうこと?」
「第一何ですか、心残りとは」
本日何度目になるかわからないため息をついた。すぐには作業に入れなさそうだ。こんなことをしている場合ではないのだが、しかたなく書籍を閉じる。
「だから、わたしがこういうことをするに至った理由とか、それまでに、どれだけ辛くて悲しい目に遭ったかとか」
「ミジンコほども興味ありません」
「おいこら、ネッコ」
「わたくしは、辛いことから逃げるためだけに死を選ぶという考え方が、大嫌いです」
少女が、切りつけられたかのような表情をした。
「亡くなってしまってから、辛かった思いを訴えてどうするのです。その辛さは、誰かに伝えるなら、生きているうちでなければ意味がありません。違いますか?」
それは持論だが、自身の哲学でもある。
少女は瞳を揺らしたあとで、そっぽを向いた。歯を食いしばる。
「……何も、知らないくせに」
「ええ、知りません」
我々は、新刊の人生について何も知らされない。知ろうともしない。我々がここですることは、魂の回収だけ。同情もお説教も範疇外なのだ。ただ、今回はいつもと違うので、少しばかり気負う必要がある。残業みたいなものだ。
「やり直しましょう」
「は?」
少女が怪訝な目を向ける。
「本になるとは、新しく生まれ変わるための前準備のようなものなのです。生まれ変わって、人生をやり直しましょう」
「ええ、理論上は」
「わたし、死んだの?」
「ええ、ええ、亡くなりましたとも。おそらく、魂が身体のどこかに引っかかっているのでしょう。なので、さっさと外に追い出しちゃっていただけませんか」
面倒臭くなってそう答えると、少女はのけぞった。
「なんか投げやり! そんでもって他人任せ!」
「しかたありません。このようなケースが、そうそう起こるものではありません。こちらとしても手に余っているのです」
ため息をつきつつ、再び書籍に目をやる。こちらの準備はとうに整っているのだが、魂が身体から頭を出す気配すらない。さて、どうしたものか。
さらに文句を浴びせてくるかと思いきや、少女は急に声のトーンを落とした。
「そっか……わたし、本当に死んじゃったんだ」
顔を上げる。
お湯の中に揺らぐ赤色を眺めているのか、やや下を向いたその横顔には、寂しさが漂っている。
「ご愁傷様です」
「これで、よかったんだよね。生きていたって、辛いだけだし」
「素晴らしい。その意気です。えいっと魂を押し出しましょう」
「なんだろう。いちいち気にさわる」
少女はこちらを睨んできた。
「わたくしは、きちんと職務をまっとうしたいだけです」
「ねぇ」
「なんでしょう」
「わたし、死んでるんでしょ?」
「その通りです」
「なんで喋れるの?」
「わかりません」
そう答えるほかなかった。
身体には命が尽きた反応が現れているのに、なぜわずかにでも動けて、喋れるのか。それがどれくらい持続するのか、永遠にこのままなのか。何もわからないというのが、正直なところだった。わからないから、その場その場でできる対応をするしかない。
「たぶんさ」
少女は急に目を輝かせる。
「わたしの無念? 未練? そういうのを伝えるためなんじゃない?」
「はぁ」
「わたしが人生に絶望して自ら死を選んだってことは、あなたにはもうわかってるのよね?」
「そうですね。状況証拠があからさまなので」
「で、あなたは死神じゃないんでしょ?」
「ええ、そうです」
「それってつまり、わたしは心残りを話して、それを聞いてくれるためにあなたが」
「違いますね」
「はやっ」
「わたくしは本の仕入れにやってきただけです」
「その本って、わたしがなるんでしょ? それはつまり、わたしのことが書いてある本ってことでしょ?」
「そうですが、そうではありません」
「どういうこと?」
「第一何ですか、心残りとは」
本日何度目になるかわからないため息をついた。すぐには作業に入れなさそうだ。こんなことをしている場合ではないのだが、しかたなく書籍を閉じる。
「だから、わたしがこういうことをするに至った理由とか、それまでに、どれだけ辛くて悲しい目に遭ったかとか」
「ミジンコほども興味ありません」
「おいこら、ネッコ」
「わたくしは、辛いことから逃げるためだけに死を選ぶという考え方が、大嫌いです」
少女が、切りつけられたかのような表情をした。
「亡くなってしまってから、辛かった思いを訴えてどうするのです。その辛さは、誰かに伝えるなら、生きているうちでなければ意味がありません。違いますか?」
それは持論だが、自身の哲学でもある。
少女は瞳を揺らしたあとで、そっぽを向いた。歯を食いしばる。
「……何も、知らないくせに」
「ええ、知りません」
我々は、新刊の人生について何も知らされない。知ろうともしない。我々がここですることは、魂の回収だけ。同情もお説教も範疇外なのだ。ただ、今回はいつもと違うので、少しばかり気負う必要がある。残業みたいなものだ。
「やり直しましょう」
「は?」
少女が怪訝な目を向ける。
「本になるとは、新しく生まれ変わるための前準備のようなものなのです。生まれ変わって、人生をやり直しましょう」
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