上 下
7 / 56
【人間界1】

2

しおりを挟む
「……死神って、本当にいるんだ」

 瞳と声を震わせて、少女がつぶやいた。

「知らなかった、猫の姿だったなんて……しかも大きい。幼稚園児くらいある……あ、でも、確か黒猫って死の使いとかって」

 聞き捨てならない。

「わたくしは死神などではありません」

 人間界に生息する、小さなケモノに似た姿であるということについて、異論はないが。

「え?」
「あなたがた人間は、我々を誤解しています」

 命が尽きた場に突然、真っ黒なマントに全身をすっぽりと包まれた、二足歩行する大きな黒い猫が現れれば、そう解釈されても致し方ないところはある。
 しかし、正しくは違う。

「我々は、書店のスタッフです」
「あ?」

 少女は戸惑いが上乗せされたからか、怖がっているわりに間抜けな声を出した。
 やれやれ、といったため息を吐き出したあとで、その顔を指さす。

「ご存知ないでしょうが、あなたがたは亡くなったら、一冊の本になるのです」
「ほ、ほん?」
「我々の仕事は、その本の管理と販売。我々がこうしてやってくるのは、言ってしまえば、商品の仕入れにすぎません」

 新刊に正体や目的を明かしたところで、支障はないだろう。今回は少々イレギュラーではあるが、魂を無事に身体から離すことができれば、記憶はすべてリセットされる。

「子供も、学生も、サラリーマンも、老人も、総理大臣も、殺人犯も、みんな同じです。お亡くなりになったら、みんなそれぞれ一冊の本になり、天界の書店に並びます」

 少女は目をせわしなく開閉している。理解が追いついていかないのだ。
 無理もない。
 スタッフが回収に訪れる時には、当人は亡くなっている。派遣されたあとで息を吹き返す魂もなければ、生きている第三者が我々の姿を目にすることもない。
 我々の存在も、その役割も、記録保管庫のことなんてなおさら、誰も知らない。都市伝説とやらで語り継がれたことさえないはずだ。

「つまり、あなたの行き先は、天界にある書店です」

 あとから尋ねられても面倒なので、最初に告げておく。

「ただし、人間の寿命の決定に、我々は一切関わっていません」
 手を下ろす。
「我々は、人間の死を情報として得ることは可能です。しかし、死そのものの決定権は持っていないのです」

 それは事実だ。
 天界にあることは間違いないだろうが、その機関がどこにあって、どういう基準でそれを決めているのか、記録保管庫のスタッフはおろか、魂管理局の本部すら知らないはずだ。いや、知っているのかもしれないが、取り立てて興味もなかった。同僚の言葉を借りれば、そんなことを知らずとも仕事はできる。この件に関しては、まったくもってその通りだ。

「死をつかさどり、運ぶモノを、あなたがたが死神と呼ぶことはけっこうです。そういうやからは実際に存在しますし。ただ」

 小脇に挟んだ書籍の背表紙を、ぽん、と叩いた。

「そんな不吉ななりわいと、我々の崇高な任務を、一緒にしないでいただきたいのです」

 どちらかと言うと、我々は、生命を生み出す側なのだ。

 魂を迎えにやってくるモノを、人間が畏怖や侮蔑の意をこめてそう呼ぶことを、我々も、もちろん天使たちだって知っている。そういった天使たちのごく一部は、我々の回収作業について、ひいては記録保管庫を、影でこう揶揄するのだった。

「死神書店」と。

 それは我々、記録保管庫のスタッフにとって侮辱以外のなにものでもなかった。気にしない同僚もいるが、表向きだ。みんな心の底では自分たちの仕事に誇りを持っている。

 そうだ。だから、一緒にされてはたまったものではない。

 ――――オレも、お前も、人間の魂を導くことに変わりはないだろう。

 いいえ、まったく違う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

地球に奇跡を。-地球で魔法のある生活が、始まりました-

久遠 れんり
ファンタジー
何故か、魔法が使えるようになった世界。 使える人間も、何か下地があるわけではなく、ある日突然使えるようになる。 日本では、銃刀法の拡大解釈で何とか許可制にしようとするが、個人の能力だということで揉め始める。 そんな世界で暮らす、主人公とヒロイン達のドタバタ話し。 主人公は宇宙人としての記憶を持ち、その種族。過去に地球を脱出した種族は敵か味方か? 古来たまに現れては、『天使』と呼ばれた種族たち。 そいつらが騒動の原因を作り、そこから始まった、賢者達の思惑と、過去の因縁。 暴走気味の彼女達と、前世の彼女。 微SFと、微ラブコメ。 何とか、現代ファンタジーに収まってほしい。 そんな話です。 色々設定がありますが、それを過ぎれば、ギルドがあってモンスターを倒す普通の物語になります。 たぶん。

言の葉縛り

紀乃鈴
ライト文芸
 言葉を失った「ぼく」と幼馴染の遥。 小学六年生の二人はいつも通り千代崎賢人――通称おじさんの家で遊んだ後、帰路に就く。 そこで二人は少女が誘拐される現場を目撃する。 報告するも大人たちの頼りにならない対応に、二人は自分たちでこの事件を追いかけようと決心する。

桜の華 ― *艶やかに舞う* ―

設樂理沙
ライト文芸
水野俊と滝谷桃は社内恋愛で結婚。順風満帆なふたりの結婚生活が 桃の学生時代の友人、淡井恵子の出現で脅かされることになる。 学生時代に恋人に手酷く振られるという経験をした恵子は、友だちの 幸せが妬ましく許せないのだった。恵子は分かっていなかった。 お天道様はちゃんと見てらっしゃる、ということを。人を不幸にして 自分だけが幸せになれるとでも? そう、そのような痛いことを 仕出かしていても、恵子は幸せになれると思っていたのだった。 異動でやってきた新井賢一に好意を持つ恵子……の気持ちは はたして―――彼に届くのだろうか? そしてそんな恵子の様子を密かに、見ている2つの目があった。 夫の俊の裏切りで激しく心を傷付けられた妻の桃が、 夫を許せる日は来るのだろうか? ――――――――――――――――――――――― 2024.6.1~2024.6.5 ぽわんとどんなstoryにしようか、イメージ(30000字くらい)。 執筆開始 2024.6.7~2024.10.5 78400字 番外編2つ ❦イラストは、AI生成画像自作

君が残してくれたものに、私は何を返せるだろう。

加藤やま
恋愛
高校に入学したばかりの森野つばめは、ヤンチャな見た目の陣と出会う。初めはその見た目から陣のことを怖がっていたが、その人柄を知っていくにつれてだんだんと魅かれていく。しかし、陣には人に言っていない秘密があり…

わけありのイケメン捜査官は英国名家の御曹司、潜入先のロンドンで絶縁していた家族が事件に

川喜多アンヌ
ミステリー
あのイケメンが捜査官? 話せば長~いわけありで。 もしあなたの同僚が、潜入捜査官だったら? こんな人がいるんです。 ホークは十四歳で家出した。名門の家も学校も捨てた。以来ずっと偽名で生きている。だから他人に化ける演技は超一流。証券会社に潜入するのは問題ない……のはずだったんだけど――。 なりきり過ぎる捜査官の、どっちが本業かわからない潜入捜査。怒涛のような業務と客に振り回されて、任務を遂行できるのか? そんな中、家族を巻き込む事件に遭遇し……。 リアルなオフィスのあるあるに笑ってください。 主人公は4話目から登場します。表紙は自作です。 主な登場人物 ホーク……米国歳入庁(IRS)特別捜査官である主人公の暗号名。今回潜入中の名前はアラン・キャンベル。恋人の前ではデイヴィッド・コリンズ。 トニー・リナルディ……米国歳入庁の主任特別捜査官。ホークの上司。 メイリード・コリンズ……ワシントンでホークが同棲する恋人。 カルロ・バルディーニ……米国歳入庁捜査局ロンドン支部のリーダー。ホークのロンドンでの上司。 アダム・グリーンバーグ……LB証券でのホークの同僚。欧州株式営業部。 イーサン、ライアン、ルパート、ジョルジオ……同。 パメラ……同。営業アシスタント。 レイチェル・ハリー……同。審査部次長。 エディ・ミケルソン……同。株式部COO。 ハル・タキガワ……同。人事部スタッフ。東京支店のリストラでロンドンに転勤中。 ジェイミー・トールマン……LB証券でのホークの上司。株式営業本部長。 トマシュ・レコフ……ロマネスク海運の社長。ホークの客。 アンドレ・ブルラク……ロマネスク海運の財務担当者。 マリー・ラクロワ……トマシュ・レコフの愛人。ホークの客。 マーク・スチュアート……資産運用会社『セブンオークス』の社長。ホークの叔父。 グレン・スチュアート……マークの息子。

私はゴミ箱の中に住んでいる

アメ
ライト文芸
私の家は、貧乏だった。いつの間にか両親はいなくて、いつの間にか私はどこかのごみ箱に住んでいた。

あの頃のまま、君と眠りたい

光月海愛(コミカライズ配信中★書籍発売中
ライト文芸
美海(みう) 16才。 好きなモノ、 ゲーム全般。 ちょっと昔のアニメ、ゲームキャラ。 チョコレート、ブルーベリー味のガム。 嫌いなモノ、 温めた牛乳、勉強、虫、兄の頭脳、 そして、夜。 こんなに科学も医学も進歩した世の中なのに、私は今夜も睡魔と縁がない。 ーー颯斗(はやと)くん、 君が現れなかったら、私はずっと、夜が大嫌いだったかもしれない。 ※この作品はエブリスタで完結したものを修正して載せていきます。 現在、エブリスタにもアルファポリス公開。

ヴァンパイアと小説家

夜々
ライト文芸
趣味でネットの小説投稿サイトで小説を書いている普通の大学生の「僕」。 話題性も人気もない「僕」の小説を読んで訪ねてきたのは自分を「ヴァンパイア」と紹介する青年だった。 僕の小説のネタになってやるという青年ヴァンパイアとヴァンパイアの小説が書きたい青年小説家(予定)が歩んでいく物語。 *この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 作中に出てくる小説のタイトルなども作者がつけてるものでもしあるかも知れない同名の実在のものとは関係ありません。 *ヴァンパイアx人間のタグがついてますが、特に恋愛物語ではありません。

処理中です...