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【人間界1】
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「……死神って、本当にいるんだ」
瞳と声を震わせて、少女がつぶやいた。
「知らなかった、猫の姿だったなんて……しかも大きい。幼稚園児くらいある……あ、でも、確か黒猫って死の使いとかって」
聞き捨てならない。
「わたくしは死神などではありません」
人間界に生息する、小さなケモノに似た姿であるということについて、異論はないが。
「え?」
「あなたがた人間は、我々を誤解しています」
命が尽きた場に突然、真っ黒なマントに全身をすっぽりと包まれた、二足歩行する大きな黒い猫が現れれば、そう解釈されても致し方ないところはある。
しかし、正しくは違う。
「我々は、書店のスタッフです」
「あ?」
少女は戸惑いが上乗せされたからか、怖がっているわりに間抜けな声を出した。
やれやれ、といったため息を吐き出したあとで、その顔を指さす。
「ご存知ないでしょうが、あなたがたは亡くなったら、一冊の本になるのです」
「ほ、ほん?」
「我々の仕事は、その本の管理と販売。我々がこうしてやってくるのは、言ってしまえば、商品の仕入れにすぎません」
新刊に正体や目的を明かしたところで、支障はないだろう。今回は少々イレギュラーではあるが、魂を無事に身体から離すことができれば、記憶はすべてリセットされる。
「子供も、学生も、サラリーマンも、老人も、総理大臣も、殺人犯も、みんな同じです。お亡くなりになったら、みんなそれぞれ一冊の本になり、天界の書店に並びます」
少女は目をせわしなく開閉している。理解が追いついていかないのだ。
無理もない。
スタッフが回収に訪れる時には、当人は亡くなっている。派遣されたあとで息を吹き返す魂もなければ、生きている第三者が我々の姿を目にすることもない。
我々の存在も、その役割も、記録保管庫のことなんてなおさら、誰も知らない。都市伝説とやらで語り継がれたことさえないはずだ。
「つまり、あなたの行き先は、天界にある書店です」
あとから尋ねられても面倒なので、最初に告げておく。
「ただし、人間の寿命の決定に、我々は一切関わっていません」
手を下ろす。
「我々は、人間の死を情報として得ることは可能です。しかし、死そのものの決定権は持っていないのです」
それは事実だ。
天界にあることは間違いないだろうが、その機関がどこにあって、どういう基準でそれを決めているのか、記録保管庫のスタッフはおろか、魂管理局の本部すら知らないはずだ。いや、知っているのかもしれないが、取り立てて興味もなかった。同僚の言葉を借りれば、そんなことを知らずとも仕事はできる。この件に関しては、まったくもってその通りだ。
「死をつかさどり、運ぶモノを、あなたがたが死神と呼ぶことはけっこうです。そういうやからは実際に存在しますし。ただ」
小脇に挟んだ書籍の背表紙を、ぽん、と叩いた。
「そんな不吉ななりわいと、我々の崇高な任務を、一緒にしないでいただきたいのです」
どちらかと言うと、我々は、生命を生み出す側なのだ。
魂を迎えにやってくるモノを、人間が畏怖や侮蔑の意をこめてそう呼ぶことを、我々も、もちろん天使たちだって知っている。そういった天使たちのごく一部は、我々の回収作業について、ひいては記録保管庫を、影でこう揶揄するのだった。
「死神書店」と。
それは我々、記録保管庫のスタッフにとって侮辱以外のなにものでもなかった。気にしない同僚もいるが、表向きだ。みんな心の底では自分たちの仕事に誇りを持っている。
そうだ。だから、一緒にされてはたまったものではない。
――――オレも、お前も、人間の魂を導くことに変わりはないだろう。
いいえ、まったく違う。
瞳と声を震わせて、少女がつぶやいた。
「知らなかった、猫の姿だったなんて……しかも大きい。幼稚園児くらいある……あ、でも、確か黒猫って死の使いとかって」
聞き捨てならない。
「わたくしは死神などではありません」
人間界に生息する、小さなケモノに似た姿であるということについて、異論はないが。
「え?」
「あなたがた人間は、我々を誤解しています」
命が尽きた場に突然、真っ黒なマントに全身をすっぽりと包まれた、二足歩行する大きな黒い猫が現れれば、そう解釈されても致し方ないところはある。
しかし、正しくは違う。
「我々は、書店のスタッフです」
「あ?」
少女は戸惑いが上乗せされたからか、怖がっているわりに間抜けな声を出した。
やれやれ、といったため息を吐き出したあとで、その顔を指さす。
「ご存知ないでしょうが、あなたがたは亡くなったら、一冊の本になるのです」
「ほ、ほん?」
「我々の仕事は、その本の管理と販売。我々がこうしてやってくるのは、言ってしまえば、商品の仕入れにすぎません」
新刊に正体や目的を明かしたところで、支障はないだろう。今回は少々イレギュラーではあるが、魂を無事に身体から離すことができれば、記憶はすべてリセットされる。
「子供も、学生も、サラリーマンも、老人も、総理大臣も、殺人犯も、みんな同じです。お亡くなりになったら、みんなそれぞれ一冊の本になり、天界の書店に並びます」
少女は目をせわしなく開閉している。理解が追いついていかないのだ。
無理もない。
スタッフが回収に訪れる時には、当人は亡くなっている。派遣されたあとで息を吹き返す魂もなければ、生きている第三者が我々の姿を目にすることもない。
我々の存在も、その役割も、記録保管庫のことなんてなおさら、誰も知らない。都市伝説とやらで語り継がれたことさえないはずだ。
「つまり、あなたの行き先は、天界にある書店です」
あとから尋ねられても面倒なので、最初に告げておく。
「ただし、人間の寿命の決定に、我々は一切関わっていません」
手を下ろす。
「我々は、人間の死を情報として得ることは可能です。しかし、死そのものの決定権は持っていないのです」
それは事実だ。
天界にあることは間違いないだろうが、その機関がどこにあって、どういう基準でそれを決めているのか、記録保管庫のスタッフはおろか、魂管理局の本部すら知らないはずだ。いや、知っているのかもしれないが、取り立てて興味もなかった。同僚の言葉を借りれば、そんなことを知らずとも仕事はできる。この件に関しては、まったくもってその通りだ。
「死をつかさどり、運ぶモノを、あなたがたが死神と呼ぶことはけっこうです。そういうやからは実際に存在しますし。ただ」
小脇に挟んだ書籍の背表紙を、ぽん、と叩いた。
「そんな不吉ななりわいと、我々の崇高な任務を、一緒にしないでいただきたいのです」
どちらかと言うと、我々は、生命を生み出す側なのだ。
魂を迎えにやってくるモノを、人間が畏怖や侮蔑の意をこめてそう呼ぶことを、我々も、もちろん天使たちだって知っている。そういった天使たちのごく一部は、我々の回収作業について、ひいては記録保管庫を、影でこう揶揄するのだった。
「死神書店」と。
それは我々、記録保管庫のスタッフにとって侮辱以外のなにものでもなかった。気にしない同僚もいるが、表向きだ。みんな心の底では自分たちの仕事に誇りを持っている。
そうだ。だから、一緒にされてはたまったものではない。
――――オレも、お前も、人間の魂を導くことに変わりはないだろう。
いいえ、まったく違う。
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