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【天界1】

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「どういうわけか、お前が担当する魂は、回収に一筋縄でいかないことが多いけど。今回もそうだと限らないだろ?」
「確かにその通りです」

 指示された場所に回収に向かってみれば、危篤状態の新刊はこの世とあの世を行ったりきたりして、結局その場で一週間も待たされたり、記録する事柄が一冊におさまらず、天界と人間界を二往復したり、なんてことが、そう何回もあったのではたまらない。

「なら、とりあえず行ってこいよ。ハズレを引く確率は2分の1だけど、アタリを引く確率だって同じ2分の1だぜ」
「魂をアタリだのハズレだのでたとえないでください。不謹慎ですよ」
「あいかわらずクソ面倒くせぇやつだな」

「おや。またもめているのかい? 今回は何が原因なの」

 歌うような声に振り返る。
 しなやかな金色の長髪に、蒼く透き通った瞳を持つ男性が、笑みを浮かべてそこに立っていた。腕には、何冊もの本を積み重ねて抱えている。

「ウリエル様!」

 同僚はその場でぴしっと背筋を伸ばして直立した。なんなら敬礼までしそうである。

「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ。たいしたことではありません。お客様、本日もまた大量ですね」
「あぁ、前回購入した分を、この前の出張で読み尽くしてしまったものでね。再び仕入れにきたわけさ」
「おい、76番」

 同僚がカウンターから腕を伸ばして、マントのてっぺん、しかも耳の部分を引っ張ってきた。頭が後ろに傾く。

「いつも注意してるだろ。馴れ馴れしいんだよ。相手がどなたなのか、ちゃんとわかってるのか」
「もちろんではないですか。智天使ちてんしのウリエル様です」

 同僚は、顔を真っ赤にした、かどうかはわからないが、鼻息を荒くして怒る。

「お前……それだけじゃないだろ。この天界のNo.2だぞ。大天使様の次に偉いお方なんだ。俺たち記録保管庫のスタッフごときが気軽に話しかけていいお方じゃ」
「はははは。いいんだよ、32番」

 ウリエルは快活に笑いながら、持っていた本のタワーを机上に置いた。淡いラベンダー色のスーツの肘が、目の前でゆるやかに伸縮した。

「しかし」
「僕は、ここに本を購入しに訪れる天使のうちの、一人にすぎない。それに、気軽に話しかけてもらったほうが嬉しいんだ」
「だそうですよ」
「お前は黙ってさっさと出向しゅっこうしろ」

 突き放すようにして、同僚がマントから手を離した。

「これから出向かい」
「ええ」

 パソコンに向かいはじめた同僚に睨みをきかせつつ、マントを整える。身なりのきちんと感は大事だ。

「またいろいろとお話をうかがいたかったのに、残念です」
「話なら、いつでもできるさ」

 ウリエルの笑みは、いつだって柔らかい。喜んでいるようにも、憂いているようにも見える。その不思議な表情を、不思議と思わない程度には、彼のことを知っていた。

「ウリエル様をダシに担当を代わってもらおうって魂胆だったら、甘いぞ」

 同僚がチクリと言葉で刺してくる。

「違いますよ。もう出向でむく心がまえはできています」
「じゃあ、早く行けって。魂が迷子になったら困るだろ」
「……迷子になるだけなら、いいのですが」
「は?」
「いえ」

 同僚に修繕を引き継ぐと、ウリエルに向かい、「すみません。わたくしはこれで失礼いたします」と深く一礼する。それから、出入り口のほうへ身体を回転させた。同僚が、少し離れたところにいた別の同僚に、レジを依頼するのを後頭部で聞く。

「気をつけて」
「はい。ありがとうございます」

 ウリエルの気遣いにこたえるべく、振り返る。
 カウンターの前に立つ、痩身の背の高い紳士は、穏やかに微笑んでいる。その背中に、膝の後ろまで届く、見事な二つの白い翼が揺れていた。

 ここに保管されている書籍を購入していくお客は、彼のような天使たちだ。彼らは彼らで任されている仕事が別にあり、その作業にここの書籍はなくてはならない。極端に言うと、彼らのためにこの記録保管庫はある、と言ってもいい。

 机上の本の背表紙を、そっと盗み見る。
 すべて子供の本。いつものことだ。ウリエルは、子供の魂の本しか購入しない。
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