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「お。何だよ、おれの部屋にいたのか」
シャワーを浴びて戻ってきた兄貴が、ドアを開けるなり言った。バスタオルで濡れた髪を乱暴に拭いている。ラフなTシャツ姿なのに、顔が良いから決まって見える。
「新刊が読みたくて」
僕は適当なことを返した。少年向けの月刊誌で連載されている、人気漫画の続きが新しく発売されたことは、ちょうどいい言い訳になった。
座り込んで漫画を読む僕のすぐそばにはローテーブルがあり、兄貴のスマートフォンが無造作に置かれている。僕はそれを意識して見ないようにする。
「今からデートでしょ?」
「おう」
兄貴は、デートの前に必ずシャワーを浴びる。相手と会ったらすぐにホテルに行くからで、だったらそこで浴びればいいのではと思うのだが、兄貴いわく、着いたらすぐに抱き合いたいのだそう。シャワーを浴びる時間も惜しいらしい。
我が兄貴ながら、そのスケベな性分に呆れてしまうけど、これはチャンスになるのでは? と僕は常々思っていた。
兄貴は風呂場にスマートフォンを持っていかない。その隙に、兄貴のふりをして彼女とやり取りできるかもしれない。あわよくば、僕の存在を知ってもらえるかもしれない。
僕は、もうずいぶん以前から、個人的に彼女と話してみたい、と願っていた。
しかし、兄貴のデートの予定日と僕の休日がうまく重なることがなかったから、タイミングが得られなかった。
今日はやっと巡ってきた、またとない機会だったのだ。
「やめればいいのに。不倫なんて。誰も悲しいだけだ」
兄貴が別れた恋人とヨリを戻したと言ってきたのは、マッチングサイトに登録してから、わりとすぐのことだった。
「ははは」
肯定も否定もしない。その理由が、兄貴が手に入れられない恋人を真剣に愛しているから、ということを僕は知っている。
「何か、きてたか?」
ローテーブルの上のスマートフォンに視線を落として、兄貴は訊いてきた。
「え? いや」
僕はドギマギしながら答える。チラリと、視線だけでそれを見やった。
「そっか」
兄貴はバサバサと服を着替えて、ドライヤーで髪を乾かし、サッと身仕度を整える。そのまま部屋を出ていこうとした。
「スマホ、忘れてるよ」
僕がそれを手に取り、兄貴のほうに差し出すと、ノブに手をかけたままの兄貴は驚くことを口にした。
「置いていく」
「は?」
「彼女と会ってる間は、時間に縛られたくない。かっこいいだろ」
兄貴はニヤリと笑った。
「何言ってるんだよ。不便じゃんか」
「ばかだな。昔はスマホなんてなかった。それでもちゃんと待ち合わせできたんだぞ」
「知ってるよ、そんなこと」
「たまにはいい」
なんだかチグハグな会話のあと、兄貴は本当にスマートフォンを置いて出ていってしまった。
兄貴が出ていったドアを呆然と見つめて、僕は、まさか、と思った。まさか、兄貴は気づいているんだろうか?
いや、そんなはずはない。僕はかぶりを振る。
それから、兄貴のスマートフォンを胸元に引き寄せる。高揚感と言うより、押し潰されそうな不安にさいなまれながら、再び画面をタップした。
指が震えていた。
シャワーを浴びて戻ってきた兄貴が、ドアを開けるなり言った。バスタオルで濡れた髪を乱暴に拭いている。ラフなTシャツ姿なのに、顔が良いから決まって見える。
「新刊が読みたくて」
僕は適当なことを返した。少年向けの月刊誌で連載されている、人気漫画の続きが新しく発売されたことは、ちょうどいい言い訳になった。
座り込んで漫画を読む僕のすぐそばにはローテーブルがあり、兄貴のスマートフォンが無造作に置かれている。僕はそれを意識して見ないようにする。
「今からデートでしょ?」
「おう」
兄貴は、デートの前に必ずシャワーを浴びる。相手と会ったらすぐにホテルに行くからで、だったらそこで浴びればいいのではと思うのだが、兄貴いわく、着いたらすぐに抱き合いたいのだそう。シャワーを浴びる時間も惜しいらしい。
我が兄貴ながら、そのスケベな性分に呆れてしまうけど、これはチャンスになるのでは? と僕は常々思っていた。
兄貴は風呂場にスマートフォンを持っていかない。その隙に、兄貴のふりをして彼女とやり取りできるかもしれない。あわよくば、僕の存在を知ってもらえるかもしれない。
僕は、もうずいぶん以前から、個人的に彼女と話してみたい、と願っていた。
しかし、兄貴のデートの予定日と僕の休日がうまく重なることがなかったから、タイミングが得られなかった。
今日はやっと巡ってきた、またとない機会だったのだ。
「やめればいいのに。不倫なんて。誰も悲しいだけだ」
兄貴が別れた恋人とヨリを戻したと言ってきたのは、マッチングサイトに登録してから、わりとすぐのことだった。
「ははは」
肯定も否定もしない。その理由が、兄貴が手に入れられない恋人を真剣に愛しているから、ということを僕は知っている。
「何か、きてたか?」
ローテーブルの上のスマートフォンに視線を落として、兄貴は訊いてきた。
「え? いや」
僕はドギマギしながら答える。チラリと、視線だけでそれを見やった。
「そっか」
兄貴はバサバサと服を着替えて、ドライヤーで髪を乾かし、サッと身仕度を整える。そのまま部屋を出ていこうとした。
「スマホ、忘れてるよ」
僕がそれを手に取り、兄貴のほうに差し出すと、ノブに手をかけたままの兄貴は驚くことを口にした。
「置いていく」
「は?」
「彼女と会ってる間は、時間に縛られたくない。かっこいいだろ」
兄貴はニヤリと笑った。
「何言ってるんだよ。不便じゃんか」
「ばかだな。昔はスマホなんてなかった。それでもちゃんと待ち合わせできたんだぞ」
「知ってるよ、そんなこと」
「たまにはいい」
なんだかチグハグな会話のあと、兄貴は本当にスマートフォンを置いて出ていってしまった。
兄貴が出ていったドアを呆然と見つめて、僕は、まさか、と思った。まさか、兄貴は気づいているんだろうか?
いや、そんなはずはない。僕はかぶりを振る。
それから、兄貴のスマートフォンを胸元に引き寄せる。高揚感と言うより、押し潰されそうな不安にさいなまれながら、再び画面をタップした。
指が震えていた。
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