Peacheee!

朋藤チルヲ

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【翌日】

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「あ、ごめんなさい。話を巻き戻しますが」

 桃香はふと、先の虎丸のセリフで引っかかった事柄があったのを思い出す。せっかくだから、昔話のついでに尋ねてみようと思った。ずっと気になっていたことでもあるので、いい機会だ。

「虎丸さんて、おいくつなんですか? わたし、てっきり十代かと……でも、大学の受験」

 披露してくれたエピソードが、今年に起きたことだとは思えない。二人が出会ってまだ一ヶ月にも満たないなんて、そんなはずはないだろう。一年前の出来事だとしても、虎丸はもう成人している計算になる。

「あぁ」

 虎丸は不満げな声を出した。

「いつも若く見られるんですよね。僕、もう二十五ですよ」
「二十五歳!」

 さすがに驚いた。虎丸の少年チックな顔つきなら、高校生って言われたとしても、たぶん疑わない。それなのに、まさか自分と二つしか違わないとは。

「あ、ごめんなさい。あんまり嬉しくないですよね」

 桃香はすぐさま謝る。
 女性なら、若いと言われて喜ぶ人は多いだろう。男性でも、嫌な気持ちになる人ばかりではないと思うけど、屈辱的に捉えられてしまう人もいる。

「いいんですよ、慣れてますから。生まれつきの顔面が幼いんで、これは僕のさだめなのです。それより桃ちゃん、またそうやってすぐ謝る」

 笑って自虐混じりに返してくれていた虎丸だけど、後半で叱るような表情と口調になる。

「あ、ごめんなさい」
「ほらまた」

 指摘されて、また謝りそうになって、桃香は慌てて口元を押さえた。

「しおらしさが可愛くはありますけどね。桃ちゃんは自分を卑下しすぎなんです。そんな必要ないのに」
「うん、そうだ。虎丸の『桃ちゃん』にはあいかわらず腹立つが、言うことはもっとも」

 日下も同意する。

「でも」
「でもじゃねぇの。いじめられていたから? んなの、桃香ちゃんに原因がねぇことは、今の桃香ちゃんを見てたらわかる。桃香ちゃんはちゃんと、その、素敵だから。大丈夫」

 そんなことない、と言いたくなる桃香でも、真っ赤な顔で言ってくれる日下の気持ちを思うと、口を閉じるしかない。
 それに、本当は、全部納得できるわけではないにしろ、そうやって言ってくれる人が一人でもいることは、素直に嬉しい。例え他の誰もがそう思ってくれないとしても、日下一人がそう信じてくれているのなら、桃香にとってそれこそが重要だと思えた。

「その癖、徐々に直していきましょうね!」

 自分よりずっと歳が下の子に言われたのなら、それでも、反抗する気持ちがちょっとは湧いたかもしれない。でも、そこまで変わらないと判明した虎丸に言われると、素直に聞き入れるどころか、こうべを垂れてしまう桃香だ。
 その反面、かなり救われる。
 徐々に。そののんびりさが許されるほど、自分はこの空気感の中に、好きなだけいていい存在なのだと言われているようで。

 未来にこんな日がくるのだと、中学生の自分のところに行って教えてあげたい。

「しかし師匠、やるじゃないですか。女性の扱いがなってないなぁと呆れていましたが、さっきのセリフはすごくカッコよかったですよ」
「恋人に使う言葉じゃない、とか言っていたくせによ」

 日下は悪態をついてみせるけど、やはりまんざらではなさそうだ。

「これからも大事なことは、ああやってちゃんと面と向かって言ってあげてくださいね」
「お前に言われるまでもねぇ」

 どっちが師匠で弟子なのかわからないような、二人のやり取りがおかしくて、桃香はクスクスと笑みを漏らしてしまう。

「カッコいいついでに、アレ、渡したらどうですか?」
「ぅあ、そだ!」

 日下は新しいシュークリームに手を伸ばしかけたけど、虎丸に促されて、箱の横に置かれたウェットティッシュに目的を変える。急いで指先をぬぐって立ち上がると、足をもつれさせるようにして、バタバタと作業用デスクへ向かう。何かを取りにいったようだ。

「アレ?」
「師匠が今朝元気がなかった、本当の理由です」

 虎丸は意味深に目配せしてくるけど、意味がわからない。首をかしげる桃香のところに、向かった時の慌ただしさのまま、日下はものの数秒で戻ってきた。

「こ、これ」

 床に正座して差し出してきた手の指の先には、イヤリングが揺れていた。

 主張の強いピンクに、淡く優しい印象のピンク。大小様々なサイズのクリアカラーのビーズ。カットが複雑なのか、蛍光灯と窓の外からの太陽光を反射して、きらびやかに輝いている。繊細なテグスは縦に長く三本、光はそこかしこに散りばめられてきらめいていた。

 それは、まるで砂浜に打ち寄せる透明な波の先端に、風で運ばれてきた桃の花びらが漂っているかのよう。

「きれい……」

 桃香は、日下の指がつまむそれをしげしげと眺めて、感嘆のため息をついた。
 日下の手作りであることは疑いようがなく、彼のハンドメイドの腕はやっぱり本物だ、と改めて感心してしまう。

「桃香ちゃん、耳たぶきれいなままだから、イヤリングのほうがいいと思って」
「わたしに、ですか?」

 自分のために用意されたのだと知って、桃香は驚いて目線を上げる。その先で出会うはずの日下の目線は、照れているのか指先にばかり注がれていて、ぶつかり合わない。

「うん。桃香ちゃんをイメージして作ってみた。一晩で一から考えて作ったから、そこまで凝った仕上がりじゃなくて悪ぃんだけど」
「師匠ってば、桃ちゃんと気まずくなってモヤモヤして眠れなくて、朝までずっとそれを作っていたんですって」

 虎丸が笑いながら説明する。

「え、そんな」
「別に、それが大きな理由じゃねぇよ。完徹なんて、商品を作ってたら珍しいことじゃねぇし。気にしなくて大丈夫」

 受け取れと、日下がイヤリングを前へ前へと差し出すから、桃香はしかたなく両方の手のひらを広げる。
 受け止めたそれは軽く優しい感触で、まるで羽毛のようだと思った。フラミンゴの羽根には触れたことがないけど、こんなふうに柔らかいだろうか。

「こんな素敵なイヤリング……あ、ならわたし、お金払います」
「いいんだって。こう言うとなんだけど、あまり金かかってねぇし」
「材料費の問題じゃありません。界士くんの労力がかかっています」

 自分にはゼロから物を創り出す才能がない。だからこそ、その大変さがわかる。いくらくらい支払えば釣り合うだろう。
 ハンドメイドのフリマサイトで、日下の作品はどれも千円前後で販売されていた。倍以上の値段をつける出品者も多い中、はっきり言って破格だ。

 クオリティーは素人が作ったものとは思えない高さで、しかも今回は、自分のために寝る時間を割いて仕上げてくれたのだ。サイトで提示されている金額と同程度では、申し訳なさすぎる。
 仕事用のトートバッグとは違うハンドバッグを探り、財布を取り出そうとするけど、片手だからもたついてしまう。そもそも財布の中に、現金がいくら入っていただろうか。

「本当にいいんだって。遅れたけど、誕生日プレゼントのつもりだから」
「それなら、なおさら、ありがとうの一言だけでは済ませられません」

 二つ折りの財布を掴んだ桃香の手首を、日下の熱い手のひらが押さえた。反射的に顔を上げた桃香に、日下は真剣な眼差しで言う。

「オレが贈りたいの。桃香ちゃんがこの世に生まれてきてくれたことが、オレはすげぇ嬉しくて、オレが祝いたいんだよ」


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