Peacheee!

朋藤チルヲ

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【翌日】

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 そこまで話してしまうと、もう隠すことなど何もなかった。桃香の舌は饒舌になる。

「だから、界士くんが昨日、わたしのことを聞き分けがいいって言った時、すごく怖くなりました」
「怖く……?」

 うつむいている桃香には、日下の表情は窺えない。でも、その声には戸惑いと、ショックが滲んでいるように、桃香の耳には聴こえた。
 傷ついて当然だ。日下は別に桃香を侮蔑したわけでも何でもない。むしろ褒め言葉として使ったことは、桃香自身よくわかっている。

「わたし的には、無理している自覚がないんです。もう染みついてしまって。でも、もし、界士くんの目にはそう映っているんだとしたら」

 淡々と話してきた桃香だけど、そこでかすかに語調が震えた。

「……怖かったんです。界士くんに、嫌われ者の、本当のわたしがバレてしまうかもしれないって」

 仕事もプライベートも、まるで上手ではない。それが、本来の自分。
 年齢を重ねて、仕事をして経験を積んで、場の空気を読んでリップサービスもできるようになった。だけど、根本的な人格というものは変わらない。
 今でも友達は少ないし、積極的に新しい出会いを増やそうという気がそもそも薄い。

 初めての相手と向かい合う瞬間は、いつだって怖い。あの時語ったその言葉は、ハッタリでも想像でもなく、紛れもない、桃香の心の叫び。他人から疎まれる怖さを身をもって知っているからこそ、慎重になり、臆病になる。
 桃香の中には、孤立した教室の中で、じっとただ時間が過ぎるのを耐えて待つ、あの頃の桃香がいまだに居座っているのだ。

 いつどんな時でも、他人の喜ぶことを何より優先して見つけてきた桃香ではあるけど、他人が嬉しそうな顔をしてくれると自身も嬉しいのは、本当だった。ほっとした。
 だけど、言い換えればそれは、他人に好かれようと必死に頑張って、無理をしていることに他ならないのかもしれない。
 そのことを、日下にだけは悟られたくなかった。

「桃ちゃん……」

 虎丸の声は、かける言葉に迷って、とりあえず吐き出したといった感じだ。
 日下からは息遣いさえ聞こえない。呆れているのか、幻滅しているのか。

「ごめんなさい。あの時、経験もないくせに、偉そうなこと言ってしまいました」
「何言っているんですか。桃ちゃん、そのあとの取材、テキパキやっていましたよ。初めてなら、むしろすごいことじゃないですか」
「無我夢中だっただけです。頼みの綱の沙羅さんは気を失っていましたし。失敗はできませんから」

 仕事としても、人間としても。

「でも、もしそのことで、お二人の中に、わたしに対して良いイメージが出来上がってしまったのなら、それも謝らないといけません」
「桃ちゃんは素敵ですよ。若干天然ですけど。それも引っくるめて可愛い」
「そんなことありません。あ、天然は認めます。不本意ではありますが」
「認めるんだ」
「わたしは、本当に不出来な人間です。欠陥品です」
「何でそんなに自分を卑下するんですか。そんなこと思うわけないですよ。師匠だって」

「虎丸」

 日下の低い声が、虎丸を牽制した。


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