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桃香は駅前のロータリーに立っていた。
駅までは、出版社から歩いて十分かからない程度。気温も湿度も高い夏や、逆に凍えるような冬には朝だろうが夕方だろうが辛いけど、麗らかな春はどの時間帯に歩いても、散歩気分でちょうどいい。
駅は横に長く、五階建て。
一階はロータリーと駐車場、二階に改札があり、三階から五階まではアパレルショップやバラエティショップ、飲食店が入る商業施設になっている。屋上には毎年夏の時期に、イタリアンバル風のビアガーデンがオープンした。
ショッピングには時々訪れていた桃香だけど、ビアガーデンに挑戦したことはなかった。
今の出版社に桃香が就職したのは、昨年末。
その直後から意気投合した沙羅が、次の夏には一緒にビアガーデンに行こうと誘ってくれた。それを、桃香はずっと心待ちにしている。
「えぇと、そろそろ退散したほうがいいかと思われます」
手に持ったスマホを確認しながらの桃香のセリフに、目の前の二人組の男たちは揃って噴き出した。
「思われます!」
どこがどうツボに入ったのか知らないが、語尾を真似てまた笑う。
つい数分前に声をかけられただけの、見ず知らずの他人に笑いを与える気はまるでない。警告をしたつもりなのに、と桃香は珍しく困っていた。
ロータリーは上から見たなら、さながら巨大なオメガ記号だ。
頭の丸い部分に沿うように、タクシーが数台、一定の間隔を空けて停車している。
中央はバスターミナル。開いた足の間から出たり入ったりを繰り返すバスは、せっせと巣に食糧を運び入れてはまた出ていく、勤勉な働き蟻のようにも見えた。
桃香が立っていたのは、ちょうどオメガのてっぺん。
日が長くなったおかげで、午後六時を過ぎても空はまだ明るいが、平日だからなのか、駅前のロータリーを歩く人は多くない。それでも、暇を持て余して女性を物色しようとする輩はいるらしい。
男たちはスーツ姿で、桃香よりは年下のようだけど、新社会人特有の初々しさはなかった。
「何か、武道の経験はおありですか?」
「ぶどう? ブドウ?」
で、またゲラゲラ。
箸が転がってもおかしい年頃の女の子でも、おそらくそこまで過敏に笑わないのではないだろうか。
「確認したんです。見た限りでは、腕力が強そうな印象ではないので」
「えぇ? 失礼だなぁ。じゃあ、試してみる?」
二人組のうちの、髪をラフにまとめたほうが桃香の手首を取ってきた。
「あ、ごめんなさい。もう手遅れです」
「え?」
男たちの後ろ、停車中のタクシーとタクシーの間に、のっそりと顔を出す白いスポーツセダンの鼻先が、正面を向いた桃香にはよく見えていた。
「……オレの連れに」
運転席側のドアがおもむろに開いたかと思うと、すぐに日下が、肩を並べた男たちの背後に現れた。
「何か用か……?」
「ひぃっ!」
口角は上がっているのに、三白眼は一ミリも笑っていない。それが、自分たちよりはるかに高い位置から見下ろしている。加えて、金色のラインが入った黒ジャージ。胸には咆哮する獅子の刺繍。金髪。
男たちが、日下という人物を知っていたかどうかは定かではないけど、相当にヤバい人間だと解釈したことは確か。一目散に逃げ出した。
慌てふためくスーツの後ろ姿が駅ビルの中に消えると、今し方の威圧はどこへやら、日下はちょっとの距離をつんのめるようにして、桃香に歩み寄ってきた。
「もももももも桃香ちゃん! 大丈夫? 何もされてないか?」
「はい。間もなく到着されることがわかっていましたし。痛い目に遭う可能性はあの方たちのほうが高いので、そっちを心配していました」
「なんて優しい……女神か」
「慰謝料とか請求されたら、面倒じゃないですか。ほら。アメコミ怪人の皮を着ていると、便利なこともありますよね」
「えっと、ごめん。……後半どうゆうこと?」
駅までは、出版社から歩いて十分かからない程度。気温も湿度も高い夏や、逆に凍えるような冬には朝だろうが夕方だろうが辛いけど、麗らかな春はどの時間帯に歩いても、散歩気分でちょうどいい。
駅は横に長く、五階建て。
一階はロータリーと駐車場、二階に改札があり、三階から五階まではアパレルショップやバラエティショップ、飲食店が入る商業施設になっている。屋上には毎年夏の時期に、イタリアンバル風のビアガーデンがオープンした。
ショッピングには時々訪れていた桃香だけど、ビアガーデンに挑戦したことはなかった。
今の出版社に桃香が就職したのは、昨年末。
その直後から意気投合した沙羅が、次の夏には一緒にビアガーデンに行こうと誘ってくれた。それを、桃香はずっと心待ちにしている。
「えぇと、そろそろ退散したほうがいいかと思われます」
手に持ったスマホを確認しながらの桃香のセリフに、目の前の二人組の男たちは揃って噴き出した。
「思われます!」
どこがどうツボに入ったのか知らないが、語尾を真似てまた笑う。
つい数分前に声をかけられただけの、見ず知らずの他人に笑いを与える気はまるでない。警告をしたつもりなのに、と桃香は珍しく困っていた。
ロータリーは上から見たなら、さながら巨大なオメガ記号だ。
頭の丸い部分に沿うように、タクシーが数台、一定の間隔を空けて停車している。
中央はバスターミナル。開いた足の間から出たり入ったりを繰り返すバスは、せっせと巣に食糧を運び入れてはまた出ていく、勤勉な働き蟻のようにも見えた。
桃香が立っていたのは、ちょうどオメガのてっぺん。
日が長くなったおかげで、午後六時を過ぎても空はまだ明るいが、平日だからなのか、駅前のロータリーを歩く人は多くない。それでも、暇を持て余して女性を物色しようとする輩はいるらしい。
男たちはスーツ姿で、桃香よりは年下のようだけど、新社会人特有の初々しさはなかった。
「何か、武道の経験はおありですか?」
「ぶどう? ブドウ?」
で、またゲラゲラ。
箸が転がってもおかしい年頃の女の子でも、おそらくそこまで過敏に笑わないのではないだろうか。
「確認したんです。見た限りでは、腕力が強そうな印象ではないので」
「えぇ? 失礼だなぁ。じゃあ、試してみる?」
二人組のうちの、髪をラフにまとめたほうが桃香の手首を取ってきた。
「あ、ごめんなさい。もう手遅れです」
「え?」
男たちの後ろ、停車中のタクシーとタクシーの間に、のっそりと顔を出す白いスポーツセダンの鼻先が、正面を向いた桃香にはよく見えていた。
「……オレの連れに」
運転席側のドアがおもむろに開いたかと思うと、すぐに日下が、肩を並べた男たちの背後に現れた。
「何か用か……?」
「ひぃっ!」
口角は上がっているのに、三白眼は一ミリも笑っていない。それが、自分たちよりはるかに高い位置から見下ろしている。加えて、金色のラインが入った黒ジャージ。胸には咆哮する獅子の刺繍。金髪。
男たちが、日下という人物を知っていたかどうかは定かではないけど、相当にヤバい人間だと解釈したことは確か。一目散に逃げ出した。
慌てふためくスーツの後ろ姿が駅ビルの中に消えると、今し方の威圧はどこへやら、日下はちょっとの距離をつんのめるようにして、桃香に歩み寄ってきた。
「もももももも桃香ちゃん! 大丈夫? 何もされてないか?」
「はい。間もなく到着されることがわかっていましたし。痛い目に遭う可能性はあの方たちのほうが高いので、そっちを心配していました」
「なんて優しい……女神か」
「慰謝料とか請求されたら、面倒じゃないですか。ほら。アメコミ怪人の皮を着ていると、便利なこともありますよね」
「えっと、ごめん。……後半どうゆうこと?」
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