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【一週間前】
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「あ、大丈夫です? お連れの方、泡ふいて倒れられましたけど」
本マグロでも屋根に降ってきたかのような音に振り向けば、玄関に立った桃香の隣で、沙羅がたたきの上にバッタリと仰向けに倒れ込んでいた。白目をむいている。
エレベーターに乗りやってきた、最上階の一室。その玄関の扉が開けられると、そこには、アウトロー映画の世界が広がっていた。
金髪、白髪は当たり前。ド派手な赤や紫色のスーツを着用した、いかにも夜のお仕事に勤しむ感じの男や、特攻服で床に座り込んでいる男もいる。その数、ざっと見た感じ、四十畳ほどのワンフロアに二十人弱。
扉を開けたとたん、彼らが一斉にこちらを振り返り、視線で刺し貫いてきた。
沙羅もそれなりに心の準備はしていたものの、インターホンから聞こえてきた声が丁寧な若者のものだったので、油断してしまったんだろう。
「わたしを死守するって、言ってくれていたんですけどね」
「はぁ~。そのわりには、なかなか早かったですね。お客様の中では、トップスリーに入る耐久時間の短さです。気付けをお持ちしましょうか?」
玄関マットの上から、目をパチパチさせながら沙羅の様子を覗き込む少年は、まだ十代に見えた。それにしては、口調も態度も大人びている。
「ありがとうございます。お願いします。えぇと……」
今日のインタビューの相手は、桃香と同じ二十七歳だったはず。結婚していてもおかしくはない年齢だけど、彼の子供にしては大きい。
「あ、僕、ここの主の弟子みたいなものです。虎丸って言います」
桃香の疑問をすばやく察知したようで、少年はニコッと笑って言った。
「お弟子さん?」
「うんとね、技の継承とかではないんですけど。師匠って呼ばせてもらっているんで」
「師匠」
「人生の師匠って言うんですかね。僕が勝手に押しかけて、今は、身の回りのお世話を全般的にやらせてもらっています。あ、どうぞ中へ」
モコモコとしたエメラルドグリーンのスリッパを提供され、桃香はお礼を言ってからスプリングコートを脱ぎ、室内に足を踏み入れた。
虎丸はさかさかと動き回る。桃香の手からコートを預かり、ハンガーにかける。イタズラされるといけないから、と別室に持っていった。その足で気付け薬を取りに行ったらしく、戻ってきた時には手に香水サイズの小瓶。度数がバカ高いアルコールだという。
「あれ? だめですね」
沙羅は気付けを施しても反応がない。
さすがに心配になって、真っ白なその顔色をまじまじと窺う桃香に、虎丸は明るく笑いかけた。
「まぁ、でも、こういうケースも珍しいことではないんで。疲れが溜まっていると効きにくい場合もありますから。安静にしていれば、じきに気がつかれますよ」
「可愛いねぇ、お姉ちゃん。オレとワンナイトパコリンコしようよ」
「フランクフルトはお好き? ジューシーなメガトンサイズをペロペロ味わったあとに、一発ぶち込まれてみない?」
「お客様に無礼ですよ。あとで師匠にボコられても知りませんからね」
若い飼育員が運転するクロスカントリー車で、飢えた猛獣たちがうろつくサバンナを通り抜けている気分だ。所々に置かれた観葉植物の鉢植えが、絶妙にサファリ感を醸し出している。
虎丸に先導され、桃香は奥のフロアへ通された。
そこで、大きな窓から射し込む太陽光を、ツンツンと立った金髪と広い背中に受けてデスクで作業するその人と、桃香は初めて対面した。
「師匠。アポのあったお客様です」
虎丸に声をかけられ、猫背気味で没頭していたその人物は、のそりと頭を上げる。椅子を回転させて、身体ごと桃香のほうを振り返った。
バタフライナイフの切っ先のような、鋭い目つき。ピンと吊り上がった薄い眉毛は、昆虫の触角を思わせる。ひらがなの「へ」の字に曲がった唇。
威圧感を絵に描くと、こうなるだろうなっていう見本のような顔つき。
迫力があるのは、顔の作りだけではない。
赤と白のダボダボのスポーツウェアに包まれた身体の後ろには、青い炎が燃え盛っているかのよう。少しでも触れたら、指先から灰にされてしまうことも叶いそうなオーラだ。
背も高い。百六十センチの桃香が見上げてしまう身長であることは、椅子に座った状態でもたやすく見て取れた。
このアウトローな世界に君臨する、ラスボスで間違いなかった。
しかしながら、今の今まで動かしていたその両手には、ピンク色のビーズと小花のドライフラワーが愛らしい、フェミニンなピアスが揺れている。
目当ての人物だと確信した桃香は、丁寧に頭を下げた。
「日下界士先生、初めまして。フリータウン誌のライター、柳瀬桃香と申します。本日は、貴重なお時間を割いていただき、誠に感謝致します」
本マグロでも屋根に降ってきたかのような音に振り向けば、玄関に立った桃香の隣で、沙羅がたたきの上にバッタリと仰向けに倒れ込んでいた。白目をむいている。
エレベーターに乗りやってきた、最上階の一室。その玄関の扉が開けられると、そこには、アウトロー映画の世界が広がっていた。
金髪、白髪は当たり前。ド派手な赤や紫色のスーツを着用した、いかにも夜のお仕事に勤しむ感じの男や、特攻服で床に座り込んでいる男もいる。その数、ざっと見た感じ、四十畳ほどのワンフロアに二十人弱。
扉を開けたとたん、彼らが一斉にこちらを振り返り、視線で刺し貫いてきた。
沙羅もそれなりに心の準備はしていたものの、インターホンから聞こえてきた声が丁寧な若者のものだったので、油断してしまったんだろう。
「わたしを死守するって、言ってくれていたんですけどね」
「はぁ~。そのわりには、なかなか早かったですね。お客様の中では、トップスリーに入る耐久時間の短さです。気付けをお持ちしましょうか?」
玄関マットの上から、目をパチパチさせながら沙羅の様子を覗き込む少年は、まだ十代に見えた。それにしては、口調も態度も大人びている。
「ありがとうございます。お願いします。えぇと……」
今日のインタビューの相手は、桃香と同じ二十七歳だったはず。結婚していてもおかしくはない年齢だけど、彼の子供にしては大きい。
「あ、僕、ここの主の弟子みたいなものです。虎丸って言います」
桃香の疑問をすばやく察知したようで、少年はニコッと笑って言った。
「お弟子さん?」
「うんとね、技の継承とかではないんですけど。師匠って呼ばせてもらっているんで」
「師匠」
「人生の師匠って言うんですかね。僕が勝手に押しかけて、今は、身の回りのお世話を全般的にやらせてもらっています。あ、どうぞ中へ」
モコモコとしたエメラルドグリーンのスリッパを提供され、桃香はお礼を言ってからスプリングコートを脱ぎ、室内に足を踏み入れた。
虎丸はさかさかと動き回る。桃香の手からコートを預かり、ハンガーにかける。イタズラされるといけないから、と別室に持っていった。その足で気付け薬を取りに行ったらしく、戻ってきた時には手に香水サイズの小瓶。度数がバカ高いアルコールだという。
「あれ? だめですね」
沙羅は気付けを施しても反応がない。
さすがに心配になって、真っ白なその顔色をまじまじと窺う桃香に、虎丸は明るく笑いかけた。
「まぁ、でも、こういうケースも珍しいことではないんで。疲れが溜まっていると効きにくい場合もありますから。安静にしていれば、じきに気がつかれますよ」
「可愛いねぇ、お姉ちゃん。オレとワンナイトパコリンコしようよ」
「フランクフルトはお好き? ジューシーなメガトンサイズをペロペロ味わったあとに、一発ぶち込まれてみない?」
「お客様に無礼ですよ。あとで師匠にボコられても知りませんからね」
若い飼育員が運転するクロスカントリー車で、飢えた猛獣たちがうろつくサバンナを通り抜けている気分だ。所々に置かれた観葉植物の鉢植えが、絶妙にサファリ感を醸し出している。
虎丸に先導され、桃香は奥のフロアへ通された。
そこで、大きな窓から射し込む太陽光を、ツンツンと立った金髪と広い背中に受けてデスクで作業するその人と、桃香は初めて対面した。
「師匠。アポのあったお客様です」
虎丸に声をかけられ、猫背気味で没頭していたその人物は、のそりと頭を上げる。椅子を回転させて、身体ごと桃香のほうを振り返った。
バタフライナイフの切っ先のような、鋭い目つき。ピンと吊り上がった薄い眉毛は、昆虫の触角を思わせる。ひらがなの「へ」の字に曲がった唇。
威圧感を絵に描くと、こうなるだろうなっていう見本のような顔つき。
迫力があるのは、顔の作りだけではない。
赤と白のダボダボのスポーツウェアに包まれた身体の後ろには、青い炎が燃え盛っているかのよう。少しでも触れたら、指先から灰にされてしまうことも叶いそうなオーラだ。
背も高い。百六十センチの桃香が見上げてしまう身長であることは、椅子に座った状態でもたやすく見て取れた。
このアウトローな世界に君臨する、ラスボスで間違いなかった。
しかしながら、今の今まで動かしていたその両手には、ピンク色のビーズと小花のドライフラワーが愛らしい、フェミニンなピアスが揺れている。
目当ての人物だと確信した桃香は、丁寧に頭を下げた。
「日下界士先生、初めまして。フリータウン誌のライター、柳瀬桃香と申します。本日は、貴重なお時間を割いていただき、誠に感謝致します」
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