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「優愛、どうして写真を撮っておかないんだ」

 式場と提携しているドレスショップから向かった、家族経営のこぢんまりとしたイタリアンレストラン。合流後早々に衣裳合わせの話題になると、パパは眉間にシワを寄せて残念そうに言った。

 南イタリアの大衆食堂をイメージしたという店内は、オレンジ色の照明が温かな雰囲気で、雑然と置かれたインテリアがむしろ居心地が良い。以前から事あるごとに、事がなくても、家族でよく利用していた。
 夕食の時間にはまだ少し早く、店内にはわたしたちの他に、大学生くらいの若い男女が一組いるだけ。平日だからということもあるのだろう。

「ごめんなさい。見とれてつい忘れちゃって」

 テーブルの向かい側から、わたしは肩をすくめてみせる。パパのことを忘れていた、とは言えない。
 撮った写真を見せることを止められていたのは、遣史くんに対してだけだ。そのことをわたしが思い出したのは、姉が自宅に向けて運転するミニバンの車内でだった。

 わたしは時々、自分でも愕然とするくらい抜けている。

 自宅へ帰る道すがら、パパに電話をかけたのはママだ。今終わって帰るところだと伝えると、パパのほうから、じゃあ例の店で落ち合って食事しよう、と言い出した。
 ちょうど仕事が一段落ついたところだったらしいけど、それは言い訳で、わたしが撮ったであろう姉の美しい姿を、早く見たくてたまらなかったのだ。
 ママは二つ返事でその話に乗った。
 衣裳合わせが何時に終わるかわからなかったので、お手伝いさんには休みを与えていた。今から食事の準備をするのは面倒だと思っていたに違いない。

「優愛が見とれるほどきれいだったんなら、ぜひ見たかったよ」

 パパは肩を落として、ため息をついた。恰幅のいいワイシャツの肩は、直滑降ができそうな撫で肩になってしまっている。

「ごめんなさい」

 わたしはますますうなだれる。
 隣に座る姉が、ケタケタ、と笑った。

「わたしが、遣史には見せないでってきつく止めたせいよ。優愛の思考回路は単純だから、そうしたらもう、撮らない頭になっちゃったの」
「回路が単純て……」

 フォローになっていない。そんなことを言うなら、写真撮らないのってあの場で教えてくれたらよかったのに、と思うけど、忘れたことは確かだし、一度に二つのことを考えられない不器用な脳みそであることも本当なので、言い返せない。

「どうして遣史くんに見せないんだい?」
「それは、びっくりさせたいって言うか……」

 パパの鋭い突っ込みに、とたんに姉の歯切れが悪くなる。それを見て、パパもその思惑に気がついたらしい。それ以上問い詰めることはなく、「おやおや」と楽しそうに言うだけに留めた。

「いいじゃないの。あとのお楽しみで」

 パパの横で、ママがそう言って赤ワインをあおった。すでに目がとろんとしている。
 ママは、お酒が嫌いではないけど強くない。普段は微アルコールのカクテルをせいぜいグラス二杯程度なのに、お代わりを頼もうと店員を呼ぶママもまた、嬉しくてたまらないのだ。
 娘がお嫁に行くためのドレスを選ぶだなんて、それに付き合えるなんて、母親として、妹のわたしより感慨深いものがあったに違いない。
 そう考えると、もうその辺にしたら、と止めることがしのびない。

「そうだなぁ。先延ばしにしたほうが、感動が倍増するか」

 パパも同じ思いなんだろう。ママのオーダーを止めなかった。

 写真のことがうやむやになった安堵と、幸せな気持ちを抱えて、わたしは大好きなオムライスを頬張った。たっぷりのデミグラスソースとふわふわの卵は、いつ食べても魅惑的な味わいでわたしを幸せにする。
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