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第4話
そうしてわたしはストーカーを確保する
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再び深く息を吸って、細く長く吐く。
よし、と気合いを入れて、その番号をタップした。
辺りはすっかり暗くなり、田舎都市の繁華街にも、それなりにネオンが灯る。
背の低い街路樹を反対側にのぞむようにして、歩道の建物が並ぶほうへ身体を寄せる。無視されるかもと覚悟しつつ、呼び出し音を喉が詰まるような思いで聞く。
「……はい。一ノ瀬ですが」
出た。よかった。
窺うようなトーンなのは、きっと見知らぬ番号だからだ。
「あ、わたし、多恵子です」
「多恵子ちゃん?」
「あ、あの、お店に電話して、どうしてもって訊き出したんです」
「ど、どうかしましたか?」
心配させてしまったことを申し訳ないと思いつつ、変わらない態度にほっとした。
一ノ瀬さんの声量はかなり抑えられたひそひそ声だけど、谷中さんの読み通り、店内にいるんだろう。
「えっと、わたし」
何から伝えよう。
伝えたいことは、両腕に抱え切れないほどたくさんある気もするし、たった一言のような気もする。
とりあえず、謝らないと。
「一ノ瀬さん、ごめんなさい」
「え?」
「やっちゃんが、あんなひどいこと……わたしも」
思い返すと、声が震えてしまう。
「大丈夫ですよ。大丈夫。本当のことだから。泣かないでください」
「やっちゃんには、もう会いません」
「え?」
「わかったから」
その言葉に、反応はなかった。意味がわからないのかもしれない。向こう側で、返事を考えあぐねている雰囲気がある。
「もしかしたら、一ノ瀬さんは知っているかもだけど。しょっちゅう怒られたり、ドタキャンされたりして。でもわたし、悲しいとか寂しいって思ったことなかった」
まだ、何も言わない。
「褒められたくて必死だったけど、それだけだったのかなって思う」
「どうして、僕にそれを……?」
どうして。
その答えを、自分の中に拾いにいく。ついさっき見えたものだけど、見えているから、手に取ることは簡単。
「一ノ瀬さんに会えないことは、悲しいって、寂しいって思うから」
このまま、きっともう会えない。それは自分が蒔いた種だから、しかたがない。
でも、それを思うと身体が凍りつきそうに寂しい。心臓がばらばらになりそうに悲しい。
やっちゃんと一緒にいる間、こんな気持ちになったことなかった。
相手が自分のストーカーだってことを考えると、おかしいけど。
ストーカーが一ノ瀬さんでよかった。今は、そう思う。
「顔を見て、最後にもう一度ちゃんと謝りたい」
迷惑だろうな。でも、これで最後だから。わがままを聞いて欲しい。
「そこまで行くので、一ノ瀬さん……今、どこにいますか?」
尋ねてしまってから、しまった、と青くなった。こんなふうに訊いて、やっちゃんに怒られたばかりだ。
後悔したのも束の間。
「ここです!」
ずぼおっ! と、この時期でも元気な緑色の生け垣から、一ノ瀬さんの上半身が飛び出した。
「一ノ瀬さん! え、もしかして、ずっとそばにいたの?」
「うわわわわ! ち、違います! 一旦離れたんですけど、どうしても気になって……」
「き、気づかなかった……恐るべし、ストーカー術」
「ごごごごめんなさい、ごめんなさい。気持ち悪いですよね。だめですよね、こんな男」
必死にぺこぺこ謝る一ノ瀬さん。
呆気に取られる。そのあと、爆笑した。
「ううん! ぜんぜん、大好きです!」
人の目もかまわず、生け垣に向かって走った。わたしのストーカーを捕まえる。
(fin)
よし、と気合いを入れて、その番号をタップした。
辺りはすっかり暗くなり、田舎都市の繁華街にも、それなりにネオンが灯る。
背の低い街路樹を反対側にのぞむようにして、歩道の建物が並ぶほうへ身体を寄せる。無視されるかもと覚悟しつつ、呼び出し音を喉が詰まるような思いで聞く。
「……はい。一ノ瀬ですが」
出た。よかった。
窺うようなトーンなのは、きっと見知らぬ番号だからだ。
「あ、わたし、多恵子です」
「多恵子ちゃん?」
「あ、あの、お店に電話して、どうしてもって訊き出したんです」
「ど、どうかしましたか?」
心配させてしまったことを申し訳ないと思いつつ、変わらない態度にほっとした。
一ノ瀬さんの声量はかなり抑えられたひそひそ声だけど、谷中さんの読み通り、店内にいるんだろう。
「えっと、わたし」
何から伝えよう。
伝えたいことは、両腕に抱え切れないほどたくさんある気もするし、たった一言のような気もする。
とりあえず、謝らないと。
「一ノ瀬さん、ごめんなさい」
「え?」
「やっちゃんが、あんなひどいこと……わたしも」
思い返すと、声が震えてしまう。
「大丈夫ですよ。大丈夫。本当のことだから。泣かないでください」
「やっちゃんには、もう会いません」
「え?」
「わかったから」
その言葉に、反応はなかった。意味がわからないのかもしれない。向こう側で、返事を考えあぐねている雰囲気がある。
「もしかしたら、一ノ瀬さんは知っているかもだけど。しょっちゅう怒られたり、ドタキャンされたりして。でもわたし、悲しいとか寂しいって思ったことなかった」
まだ、何も言わない。
「褒められたくて必死だったけど、それだけだったのかなって思う」
「どうして、僕にそれを……?」
どうして。
その答えを、自分の中に拾いにいく。ついさっき見えたものだけど、見えているから、手に取ることは簡単。
「一ノ瀬さんに会えないことは、悲しいって、寂しいって思うから」
このまま、きっともう会えない。それは自分が蒔いた種だから、しかたがない。
でも、それを思うと身体が凍りつきそうに寂しい。心臓がばらばらになりそうに悲しい。
やっちゃんと一緒にいる間、こんな気持ちになったことなかった。
相手が自分のストーカーだってことを考えると、おかしいけど。
ストーカーが一ノ瀬さんでよかった。今は、そう思う。
「顔を見て、最後にもう一度ちゃんと謝りたい」
迷惑だろうな。でも、これで最後だから。わがままを聞いて欲しい。
「そこまで行くので、一ノ瀬さん……今、どこにいますか?」
尋ねてしまってから、しまった、と青くなった。こんなふうに訊いて、やっちゃんに怒られたばかりだ。
後悔したのも束の間。
「ここです!」
ずぼおっ! と、この時期でも元気な緑色の生け垣から、一ノ瀬さんの上半身が飛び出した。
「一ノ瀬さん! え、もしかして、ずっとそばにいたの?」
「うわわわわ! ち、違います! 一旦離れたんですけど、どうしても気になって……」
「き、気づかなかった……恐るべし、ストーカー術」
「ごごごごめんなさい、ごめんなさい。気持ち悪いですよね。だめですよね、こんな男」
必死にぺこぺこ謝る一ノ瀬さん。
呆気に取られる。そのあと、爆笑した。
「ううん! ぜんぜん、大好きです!」
人の目もかまわず、生け垣に向かって走った。わたしのストーカーを捕まえる。
(fin)
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