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7 隠された過去
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「驚くなかれ、実はあのデザートイーグルの中に、実弾を装填することはない」
白衣姿の先生は、驚くなかれと言いつつ、さもわたしに驚いて欲しいと言わんばかりの表情で詰め寄った。とても生き生きとしている。さっきまで死体だったことが嘘みたい。
わたしは首をかしげた。
「そうてんって?」
とたんに先生はゲンナリした表情を浮かべる。
「……弾を込めることだよ」
「ふうん」
そんな顔をされたって、とわたしは唇を尖らせる。一般的な女子高生の日常に、「弾を込める」なんて会話も場面も登場しない。
「実を言うと、火薬も使わないんだ」
「え?」
さすがにそれにはビックリした。銃器に疎いわたしだって、弾を放つための火薬が必要なことくらいはわかるのだ。
「じゃあ、どうやって撃つの?」
先生はパッと顔を明るくする。勝ち誇ったようにニヤリと笑った。
「あのデザートイーグルで放つのは、弾じゃない。『気』だ」
あのとんでもなく疲れた夜から二週間後。わたしはクリニックにいた。例によって、第三診察室。
わたしにとっては清純を奪われたいわくつきの部屋のわけで、本来ならば足を踏み入れたくなんかない。でも、クリニックに勤めている先生によって、使う診察室は決まっているのだそうだ。誠先生は、第三診察室。
自宅を出たのは、午後六時を過ぎていた。クリニックの予約が七時だったから、それに間に合うように。
クリニックの診療時間は、夜八時まで。七時が最終の予約時間らしい。日付は聞いていても時間までは教えてもらっていなかったので、面倒だけどクリニックに電話をかけて訊いたら、受付のお姉さんが説明してくれた。
冬だったら、辺りの景色はすでにすっかり夜の色だっただろうけど、五月の半ばの今日は、まだまだ太陽が頑張っていた。でも、帰る頃にはしっかり暗い。制服の胸ポケットに、ペンタイプのLEDライトを忍ばせた。
何をしていたわけでもないのに、二週間はあっという間に過ぎた。
その間に、わたしはどこも何も変わっていない。あいかわらず学校にも行けていない。スマホはむっつりと黙ったままだ。ゴールデンウィークが終わって、世の中は通常運転を始めたっていうのに、まるでわたしだけが別の世界に取り残されたみたい。
リビングのソファーでただグデグデと一日をやり過ごすわたしに、ママは怒って掃除機で吸おうとしても、前みたいに学校へ行けとは言わなくなった。
それはたぶん、神名先生のおかげだ。
先生はあんなアンポンタンだけど、クリニックの院長先生の息子で、やっぱりお医者様だから、一応信用がある。その先生が夜遅くまで時間を使って、一生懸命わたしをカウンセリングしてくれることが、親として嬉しいみたい。
実際は、まともなカウンセリングなんて一度もしてもらっていないけど。
あとは、先生がママの予想をはるかに超えたイケメンだったこともある。
先生からのプロポーズなんて、勢いと冗談に決まっているのに、ママは本気にしてしまった。超イケメンのお義母さんになれると感動して、わたしに卒業と同時に嫁に行け、と言う始末。
パパはと言うと、あの日から夜な夜な庭に出て、五寸釘を打っている。
第三診察室。もう二度と訪れるもんかと誓ったその部屋のドア。深呼吸を二回繰り返したあと、意を決して開けたわたしは瞬時に後悔したのだった。
ノブを回して開けると、そこには死体が落ちていた。
淡いピンク色の白衣を羽織った、グレーに青いメッシュを入れた髪の、自称ピチピチ二十四歳イケメン揃いの蟹座O型有能カウンセラーが、うつ伏せに床に転がって事切れていた。右手の指がダイイングメッセージを記す途中だった。
「……何してるんですか?」
訊いてやるのもバカらしいと思ったけど、そうしないことには話が続かない予感があったから、しかたない。
すると、死体から地の底を這うような低いうなり声が返ってきた。
「……犯人の目星がつかない。これでは、名探偵にヒントを残してやれない」
やっぱりこなければよかった。
「密室殺人事件でも起きましたか」
「この頃ずっと腹の具合がおかしいんだよ……甘奈と別れてすぐから、なんだか重いような気がしていたけど、今朝は立っているのも辛いほどで」
「なんだ、お腹壊してるだけか。だめですよ。落ちてるものなんて拾って食べちゃ」
「落ちてるものは基本食べない! 落とした場合は、三秒以内だったら食うけど」
「なにその三秒ルール。てか、基本って。そこは絶対って言って欲しい」
「下してる感じとはまた違うんだよ……なんか、釘でも刺し込まれたみたいな」
「釘」
そのワードにピンとくるものがあったけど、黙っておいた。何でも正直に話すことが正しいわけではないと思う。
「……今日一日、なんとか死ぬ思いで診察をやり通した」
「んーじゃあ、辛そうなので今日はわたし帰ります。お大事に-」
わたしはくるっと方向転換して、ドアに向き直った。その右足首を、名探偵へメッセージを残すのを諦めた指が、ガシッと掴んできた。
今度は悲鳴なんて上げなかった。どうせそうくるだろうって思っていたから。振り返り、わたしを引き留めたものの依然として動けないでいる先生を見下ろした。
「……甘奈、お前、元から話を聞くつもりなんかなかっただろ。この前の診察代だけ払って、さっさと帰る算段だったな……?」
お気楽な先生も、体調不良だと人並みにネガティブ発想になるらしい。
「そんなことないです。少しくらいは興味あったし。でも、立ってるのも辛いくらいお腹痛いんじゃ、しかたないじゃないですか」
「少しくらいって……なんて冷たいんだ」
床に突っ伏したまま、先生はさめざめと泣き出した。
「あ、お金は受付で払っておきますね」
足を振って、まとわりついたゴミでも払うような感じで先生の手を振りほどこうとしたら、もう片方の手が伸びてきて、左の足首も拘束してきた。応戦する暇もなく、ハイソックスに包まれたふくらはぎ、スカートとよじ登ってきて、とうとう伸ばした腕でもってわたしの肩を掴み、顔を上げた。
「甘奈!」
「ひぃいいい!」
まるでゾンビだ。
「金なんかで、オレの体調が回復するか! こんな時こその甘奈だ! さぁ今すぐ熱いキッスをして、オレをこの悶絶腹痛地獄から引き上げるのだ!」
「ふはぁあああ!?」
「胃腸系の薬って大概苦いし、効くまでに時間かかるだろ! 甘奈とのキッスは即効性あるし、何よりオレが気持ちいい!」
じりじりと迫ってくる血走った目。
「ぎゃあああ! 意味わかんない変態!」
わたしは身体を揺すって、なんとか振り払おうとした。そうなると、指をグッと猛禽類の爪みたいにして、先生はますます強くしがみついてきた。
「はっ……待てよ」
見開いた目は、急に何かを思い立ったよう。どうせロクでもないことに決まっていて、その推測は当たった。
「キッス一つであれだけ元気になるんだ。もしもオレと甘奈が合体したら……オレは無敵になれるんじゃないか……?」
わたしは青ざめた。
「……せ、先生が、お腹が痛すぎてよりおかしなことに。お、襲われる……誰か、誰かきてぇえええ!!」
結論。助けがくることはなかった。他の先生たちは、みんなそれぞれ受け持ちの患者さんの対応に忙しいのだ。
しかしながら、わたしがそばにあった丸椅子で、先生の頭をカチ割ったことにより、わたしの貞操は無事守られたのでした。
痛みが痛みを凌駕したのか、ようやく冷静になり、なおかつ絶好調になった先生によって、この前の話の続きが語られ始めて、今に至る。
「思えば、オレにとって甘奈が必要な理由を、まだきちんと説明できてなかったんだよな。そりゃあ、キッスを拒まれるわけだよ」
決してそれだけが理由ではない。
「話が飛びましたよ、先生。ちゃんとさっきの『気』の話から、順を追って説明お願いします」
診察室で二人、椅子に座って向き合っている。無音声ではたから見ただけなら、誰の目にも、至って普通にカウンセラーとカウンセリングを受ける患者にしか見えないと思う。
「マガジンには、神様の神聖なパワーである『気』が込められているんだ。マガジン……わかるか? 弾倉な。弾を込める部分」
先生は自身の手でピストルの形を作り、折り曲げた三本の指の辺りを差し示した。
うんうん、とわたしはうなずく。
「『気』ってオレたちは呼んでるけど、磁力とかに近いかもしれないな」
「磁力?」
「磁場、磁力。パワースポットに行って、なんか元気になって帰ってきたとか、マグネット式の湿布薬で肩こりが治ったとか」
「はぁ」
「場所や物から発せられる目に見えない効力が、人間の身体に働きかけることがある。肩こりはちょっと違うけど、そういったものの中には、科学では証明できない事例もある。それは、神様の力なんだ」
そう話す先生は、これまでと別人みたいな穏やかな表情。神様という言葉とその表情がセットになった時、この人は曲がりなりにも神社を護る人なんだなって実感する。
「オレのデザートイーグルでぶっ放すのは、その『気』。発砲にも『気』を使う。でも、そっちはオレ自身の生体エネルギーなんだ。ここまでいいか?」
「生体エネルギー?」
「まぁ、なんだ、わかりやすく言えば、カロリー?」
首をかしげるわたしに、先生は顔をしかめてみせながらも、わかりやすい事柄に例えて説明してくれた。わたしがド素人だと、先生もようやく理解してくれたらしい。おかげで、なんとなくだけど飲み込めてくる。でも、わからないことはまだたくさんある。
「目に見えないって、ちゃんと当たったのわかるの? 飛んでいくのも見えなくない?」
実弾を使わないって、先生は言った。それって、わたしが知っているクレヨンの先っぽみたいな形の弾は、撃っても出ていかないってことだよね? それだと外れたってわからないし、『気』なんてホワッとしたものが、オバケにどれほどのダメージを与えるのかも微妙。
それに、撃たれた人は平気なの? 取り憑かれたほうの人。本体。
先生は感心したように目をみはった。
「いいとこに気づいたじゃんか」
「そうなの?」
「もちろん、『気』は見た目には空気同然だから、そのままじゃ飛ぶ様子はわからない」
「だよね」
「何かで覆ってやらないと、ターゲットに届く前に霧散しちまうし」
「だめじゃん」
「だから、氷で覆ってやるんだ。氷なら、いろいろと都合がいい」
「氷?」
それは、意外な答え。
「氷って、撃つ前に溶けちゃわないの?」
そろそろ季節的に暑くなってきていたこともあって、わたしの脳裏にはかき氷のイメージが浮かんだ。ブルーハワイの爽やかな青色。
冷房の効いた部屋の中でだって、かき氷は食べている間にもどんどん溶けていく。それを、エアコンのない炎天下で持ち歩くこともあるわけなのだから、あっという間に水になってしまうと思うのだけど。
先生は、なぜか突然にバンザイ。
「実はね! スタンバってる間にも、オレは自分の『気』をものしゅっごい集中し続けているんだじょ!」
「うわぁ、油断した! 肝心なところでバカっぽい! 内容がちっとも頭に入ってこないよぉ!」
「集中した『気』をデザートイーグルに送って、氷が溶ける時間を調節しているんだじょ! 撃った直後に溶けるようにね! さすれば、人体には無害な『気』だけを邪霊にブチ込められるし、証拠も残らないんだじょ! 神名家の人間はそういうこともできるんだじょ! しゅごいでちょ!」
「わかったわかった!」
呆れるを通り越して、ひたすら気色悪い。
「つまり、一匹の邪霊を祓うために、オレはものすごくカロリーを使って、ものすごく疲れるってこと」
「何事もなかったように普通に戻れるところがすごいね、先生」
「だから、撃てる回数も一発が限界。精神力的にも、体力的にもな」
「ふうん……」
「あっちは一発くらいでは治まんないから安心して。なんたって若いから」
「何の話?」
先生は咳払いした。
「……理屈としてわかるんだけど」
わたしは思い返して不思議になる。
「でも、わたしが見た時の先生はいつも、そんなに疲れ切ってなくない?」
路地を歩いていた先生の手に、あの銃は握られていた。いかにも使おうとしていた感じで、そうなると、中には氷の弾が入っていたってことになる。
でも、先生は普通だった。ヘトヘトに疲れ切っているようには見えなかった。理屈通りなら、先生はあの瞬間にも、神経と体力をすり減らして『気』というやつを集中していたはずなのに。
「それはな、甘奈」
先生はガシッとわたしの両方の肩を掴んで、真剣な目をずいっと寄せてきた。
「甘奈とキッスすると、どういう作用なのか、オレのHPが回復するんだ」
「ふぁ?」
「いや、回復するなんてもんじゃない。倍増する、倍々マシマシになるんだよ!」
「えぇえええ!? じゃ、じゃあ先生が言ってた元気になるって……」
「そう! 甘奈とキッスしたオレは、あっという間に受けたダメージを無にできるし、これまで以上の身体能力を発揮できるってわけ!」
そう言って天井高く両手を広げる先生は、そのまま病院の屋根を通り抜けて、飛んでいってしまいそうなほどに幸福感いっぱい。そのかたわらで、わたしは椅子に腰かけたまま、ショックで青ざめて意識が遠のきかけていた。
わたしとのチューが、先生のパワーを増強する。パワーアップさせる。それが、わたしが先生と関わっていく義務? このアンポンタンが、わたしに執着する理由?
「わかっただろ? オレに甘奈が必要な理由が。だからさ、オレは甘奈をスカウトしたいんだよ」
「すかうと?」
わたしは頭をフラフラさせながら、訊き返した。
「そ! オレのパートナーとなって、一緒に邪霊討伐を手伝って欲しいの! 甘奈の役目は簡単! 常にオレと行動を共にして、オレにキッスすることでオレの『気』を絶えず高めて欲しい!」
「お・こ・と・わ・り・し・ま・す!!」
断固拒否。覚醒したわたしは、その部屋をあとにしようと立ち上がった。
「ま、待てよ」
慌てた先生がドアの前に先回りして、両手を広げてわたしを通せんぼする。
「嫌だよ、そんなの! 冗談じゃない! わたしの唇を何だと思ってるのぉ!」
あまりに軽々しい扱い。悲しくなってくる。
「ちちちちち違うって。オレは別に、単なるビジネスパートナーとして甘奈を必要としてるわけでもなくて。甘奈とのキッスが気に入ったってのは本当で」
「うわわわわ、どっちにしても嫌だ! 気持ち悪い!」
駆け上る寒気に、わたしは自分で自分の腕をさする。
その言葉に、先生は思った以上に傷ついたみたいだ。それまで尊大な態度だったくせに、急に怯んだ。
「き、気持ち悪いって……こんなにイケメンなのに」
「顔がどうこうじゃないの! 中身! 初対面でいきなり唇を奪ってきて、気に入ったって束縛しようとしてきて、男性として、ううん、人間としてどうかしてるよ!」
ブチ切れて涙目のわたしに圧されながらも、先生はモゴモゴと口を動かした。
「だ、だって、お母さんが……」
また、『お母さん』。ハタチをっとくに超えた成人のマザコンとか、いくら顔はイケメンだって、目も当てられない。
「もう帰る! 失礼します!」
先生を力任せに押しのけてでも、無理やり診察室を出ようとしたところ、背後でカチャリと物音がした。
「誠、具合はどうだ?」
部屋の奥、本棚の横にある扉が開いて、院長先生が顔を出した。
院長先生は誠先生のお父さん。息子がずっと体調不良で、今日はすこぶる最悪なコンディションにあることも当然知っている。自分の本日の診察が終了したタイミングで、心配で様子を見にきたんだと思う。
まるでそれを見計らったみたいに、先生はその場に倒れ伏した。
「甘奈が……キッスしてくれないからだじょ」
そう、ダイイングメッセージを残して。
今の今までピンピンしていたくせに、今さら自分の体調の悪さを思い出したっていうの? んなアホな。
床で大の字になった息子を見て、院長先生は有名な絵画さながらの叫び出しそうな顔に。素早くかたわらに駆け寄って、滝のような涙を流しながら、先生の身体をゆさゆさと揺すった。
「誠ぉ! 死ぬな! わたしを残して死なないでくれぇええ!」
「……大丈夫だと思いますけど」
ちゃんと見ていた? 今の今までしゃんと立って動いていましたが。
「甘奈ちゃん! 誠が動かないよぉ! 死ぬなって言ってやってくれ、どうかそばにきて祈ってやってくれぇ!」
「遠慮します。できれば、そのまま静かになって欲しいので」
救急車を呼ぶっていう選択肢はないんだ。改めて院長先生もどこか変だ。
そこにやってきたのは、受付のお姉さん。院長先生が出てきたドアから、肩から上だけを覗かせた。
「院長先生ェ、もうちょっとォ、声のボリュームを落としてくださいますゥ? 新規の患者さんがややザワザワしてらしてるのでェ」
おそらく、どの部屋にも入り口の他に別のドアがあって、同じ通路に繋がっているんだ。その通路を使って、スタッフはどの部屋にも行き来できる。
「方波見さん、だって誠がぁ」
「放っておけばァ、すぐに復活しますってェ。とりあえず受付で預かっておきますゥ」
仮にも院長子息なのに、もはや物扱い。こういうことには手慣れているらしい。知れば知るほど、とんでもないクリニックだ。
方波見さんとやらはズカズカと部屋に入ってくるなり、スレンダーな身体でひょいと先生を肩に担ぎ上げる。そして、スタスタと出ていった。
パタンとドアが閉じられると、院長先生はおもむろに立ち上がり、さっきまで誠先生が座っていた椅子に腰を下ろした。何事もなかったかのように、デスクの上に放置されていたカルテを手に取る。
「よし、では残りの診察時間は、わたしが受け持つことにしよう。担当の誠があれでは、診察は無理だろうからね」
「へ? ……あ、大丈夫なんですか? 誠先生」
体調がどうという意味ではなくて、荷物となって運ばれたことに対してだけど。
「あぁ、大丈夫だろう。だてに厳しい修行を積んでいないからね」
「はぁ」
院長先生は満面の笑み。じゃあ、どうしてあんなに取り乱したのデスカ。
「修行、ですか?」
やっとまともなカウンセリングが受けられるのかと思うと、わたしは素直に丸椅子に座っていた。
「あ、そういう話はまだ聞いていないんだね。まぁ、それはおいおい話していくとして」
院長先生はわたしのカルテに目を通し、たちまち眉根を寄せる。
「そうか。甘奈ちゃんは失恋しちゃったのか。それで不登校に。辛かったね」
そうだ。うっかり忘れそうになるけど、わたしは失恋がきっかけで不登校になった。また学校に行けるメンタルを復活させるために、このクリニックに通うことになったのだった。ここまできて、ようやく本来の目的が果たせる。
「辛かった話を、誰かに話してみたことはあるかい? お友達とか。お父さんには難しいだろうけど、お母さんとか」
院長先生はゆっくりと、こちらのテンポを窺うように訊いてくれる。
わたしは申し訳ない気持ちに似た思いで、首を振った。
友達とはしばらく連絡を取っていないし、ママにはフラれた経緯は話したけど、鬱々とした心の闇までは言っていない。娘が学校に行けないだけでガッカリしているはずだし、さらに余計な心配させたくない。
「そうかぁ。もし話したいことがあれば、オジサンだけど、わたしでよければ聞くからね? 甘奈ちゃんが話したいと思ったタイミングでいいから」
院長先生の話し方は、やんわりだ。声も温かい。こうやって向かい合っていると、心に抱えた全部を吐き出してしまってもいいかな、と思えてしまう。
コレが本当のカウンセリングなんだよなぁ、としみじみ感動した。誠先生との時間がどれだけ異常だったのかが、改めてよくわかる。
だけど。
わたしの壊れかけのハートを癒やしてもらえる機会が、やっと訪れたっていうのに、この時、わたしの意識は別のことに引っ張られていた。
「あのぅ……修行って何ですか?」
奇妙だし悔しいけど、誠先生の厳しい修行とやらの話のほうが、自分のカウンセリングより気になってしかたない。それを解消しないことには、落ち着いて話もできない。
それを聞くと、院長先生はくいっと口角を上げた。
「おや。何だかんだ言っても、誠のことが気になるのかい」
「ち、違いま……!」
顔がボッと瞬間的に熱くなって、思わず椅子から立ち上がりかける。腰をちょっと浮かせたところで我に返ると、勢いは途切れてしまい、失速するみたいにしてまた椅子に沈んだ。
気になっているのは事実だ。でも、それは恋愛感情とか、そういうものじゃない。絶対。
「修行の話の前に一つ訊きたいんだけど、甘奈ちゃんは正直、誠のことどう思ってる?」
院長先生は笑顔を崩さずに尋ねてきた。
「救いようのないおバカだと思ってます」
「……うん。当人の親を目の前にして臆しない答えが返ってきたことに、甘奈ちゃんの秘められた度胸の良さに感心しつつ、この子にカウンセリングの必要性はあるのだろうかと、疑問を抱き始めたよ」
苦笑いを浮かべつつ、院長先生は自分の白衣の胸ポケットに手を差し入れた。
取り出してきたのは、黒い革製のケース。名刺入れだ。わたしは高校生だから持っていないけど、パパが似たようなものをセレクトショップで買っていたことがあるから、知っている。
もちろん院長先生は、わたしに改まって自己紹介したいわけじゃない。それはわかっていたけど、中から引っ張り出されたものが一枚の写真だったことには、少し驚いた。院長先生はそれをわたしに差し出す。
手に取ってみる。元々は、もっと大きいサイズだったんだろうと思う。名刺入れに収まるように、小さくカットされていた。
写っているのは、男の子だ。
小学校の低学年くらい。いかにもやんちゃな男の子っぽい、半袖のTシャツに半パン。カメラを向けられているのに、なぜか顔は怒っていた。
わたしはハッと気づいた。
「これ……誠先生?」
身体をやや斜めにした感じで立っているその子の後ろには、神社がある。見覚えのある建物、賽銭箱。でも、正体に気づけた理由は、それだけじゃない。
何度も出し入れしたのか、少しヨレヨレした小さな写真からでも、その顔の作りが半端じゃなく整っていることは一目瞭然。そして何より、その子の髪の色はグレーだった。
ううん、違う。白だ。雪のような真っ白。
「……誠先生、あの髪の色、まさか地毛なんですか?」
わたしはマジマジとその髪を見つめてしまう。ずっと意図的に染めたものだと思い込んでいた。まさか、こんな幼い頃からこんな色だったなんて。
院長先生も写真を覗き込むようにしている。
「まさか。地毛じゃない。元々は普通に黒かったよ」
「え?」
わたしは顔を上げる。すぐそこに院長先生の優しそうな顔があった。
「神名家に伝わるデザートイーグル。あの神銃が放つ弾は、『気』なんだ」
「あ、はい。誠先生から聞きました」
院長先生は身体を引きながらうなずく。
「わたしたちは『神弾』って呼んでいる。神名家のご先祖様っていうのは、稲荷神社の神様に仕えていた狐だったっていう話が伝わっていてね」
「キツネ!?」
元はキツネ!? 誠先生のご先祖は人間じゃなくてキツネ!?
「みなしごだったのを神様に拾われて、共に人間界に降りて願いを千個叶える手伝いをしたとか……まぁ、その話は長くなるから置いておくとして……神弾を放つために必要なものも、『気』なんだ」
何その言い伝え。めっちゃ気になる。
「自分の生体エネルギー……ですよね?」
誠先生に聞いた話を思い出しながら、わたしは言った。
「撃つまでの間も、ものすごく集中してて疲れるって聞きました」
「そうなんだ。誠はあんなふうだからね。簡単にやっているように見えるだろう? でも、そこまでになるのには、命を削るような修行が必須なんだよ」
そうか。そこで修行の話と結びつくんだ。
「こんな子供の頃から毎日毎日、あらゆる武道の練習を重ねた。技の会得だけが目的ではなく、精神力を鍛えるためにもね」
わたしは再び写真に目を落とす。そこにいる誠先生は幼い。でも、こちらを凜と見据える瞳には、言い表せない強さが滲んでいる。
わたしは武道なんて習っていないから、その厳しさがどんなものかわからない。ただ、この子の表情は、わたしが知る子供たちの表情とぜんぜん違う。
ふと気づく。
「もしかして……髪の色は、厳しい修行が原因で?」
院長先生は正解とも不正解とも言わずに、ただ弱々しい笑みを浮かべた。
「尋常ではない怖い思いをして、一晩で髪が脱色してしまった、なんて話を聞いたことはないかな?」
「え?」
「神経にものすごく負荷がかかると、そういう現象が稀に起こるんだ。誠の場合はそこまで急激に、ではなかったけどね。修行を始めて徐々に色素が薄くなっていって。この頃にはこの有り様」
誠先生の髪色の理由にも、わたしはショックを受けたけど、もっと心臓に直接的な衝撃を受けたのは、院長先生の次の一言だった。
「『気』を使い続ける限り、誠の髪の色は戻らない。それだけ強いストレスがかかるんだよ」
わたしは声が出なかった。
脳裏に浮かぶ、誠先生の白っぽい髪。
色が抜けただけなら、写真の中の誠先生のように白髪のままだろうから、おそらく今は少しカラーを乗せている。青メッシュもあとから入れたんだ。
初めて見てド肝を抜かれた、あの当たり前じゃない髪の色。それが、今日まで続いているっていうこと。それは、誠先生の当たり前なんて到底言えない緊張感が、ずっと継続中だっていうこと。
こうしている瞬間にも、誠先生の精神は確実に削られていっている。
「それって……身体は、大丈夫なんですか?」
精神を削ることは、命を削ることにはならないの?
「そのための修行だよ」
その点に関しては問題ないよ、と言うように院長先生は微笑んだ。ホッとしたのも束の間、白い眉毛を曲げて表情を曇らせる。
「ただ、誠が髪を染めるのを嫌がったから、学校には理由を話して、特別に許可を貰っていたんだ。あの当時のカラーリング剤は品質がまだ良くなくてね。染めたことは一目瞭然だ。それが嫌だったんだろう。でも、同級生やその親には話せないし、そのせいで誠はずいぶんいじめられた。一時期、口もきけなくなるほど傷ついてね」
「いじめられていたんですか……?」
信じられない。あの陽気な誠先生が、そんな暗い過去を背負っていたなんて。
「親としてもカウンセラーとしても、あんなにふがいないことはなかった」
「そんな辛い思いしてまで……修行なんてやめちゃえばよかったのに……」
無責任な言葉だってわかっている。それぞれの家庭には、それぞれの事情がある。でも、誠先生の運命が、あまりにも過酷すぎて。
院長先生は少し黙った。言うべきか言わないでおくべきか、考えていたのかもしれない。やがて、口を開いた。
「気づいていたかな? 誠には、母親がいない」
「え……?」
いない?
「この前、たまたま留守だったとかじゃなくて……」
院長先生は首を左右に振る。
「召されてしまったんだよ。亡くなったんだ」
わたしの胸には、また鈍い痛みが走った。
「誠の母親は美しい女性だった。わたしにとっても自慢の奥さんだったよ。でも、誠が小学校に入ってすぐ。その写真を撮って間もなくだ」
わたしは写真に目を落とす。
誠先生のお母さんは亡くなってしまった。それも、誠先生がこんな幼い時に。
病気で? それとも事故? ううん、原因が何だってあまり重要じゃない。揺るがない真実は、誠先生も院長先生も愛する家族を失ってしまったってこと。
わたしの家は、パパもママも健在。めちゃくちゃ健康体。でも、人の運命ってわからない。事故なんて突発的だし、明日突然に大切な人を失ってしまう可能性は、誰もゼロじゃないんだ。
わたしがその立場になったら、あんなふうに笑えるだろうか。
「邪霊の話はこの前したよね」
院長先生が、急に話の方向を変えた。
「え? あ、はい」
神名家の人が天命を受けて祓うモノ。それが、誠先生のお母さんの話とどう繋がるんだろう?
「誠の母親はね、邪霊に取り込まれてしまったんだ」
わたしは、その言葉の意味をすぐに飲み込めなかった。何の反応もできない。
「我々は、言うなれば『気』を注ぎ込むことで邪霊を祓う。向こうはね、人間の『気』を食らうんだ」
『気』を食らう? 誠先生のお母さんは、邪霊に取り込まれた?
院長先生がわたしに向かって手を差し出したので、わたしは茫然としたまま、その手のひらに写真を返す。その写真を名刺入れにしまいながら、院長先生は話を続けた。
「取り込まれた人間は、意識を乗っ取られてしまう。正常な判断ができなくなり、欲望に支配されたり、憎悪に乗っ取られたりしてしまうんだ」
わたしは、サラリーマンの男性を思い出していた。確かに、まともじゃなかった。
「意識を乗っ取られるということはね、『気』を吸い取られるということなんだ。吸い取られて、本体はみるみるやつれていく」
「え?」
「医者に診せたって治療はできない。何せ、科学的にメカニズムを解明できないからね。わたしも誠も、なんとか助けようと努力した。でも、及ばなかった」
「……邪霊に取り憑かれると、死んじゃうこともあるんですか?」
わたしは、ようやくそれだけを訊いた。
院長先生は深くうなずく。
「放っておけば、確実に」
かもしれないとか、可能性の話じゃないんだ。退治しないと、その先に必ず死が待っている。
そこで初めて、わたしは邪霊というものの本当の恐ろしさを知った。取り込まれる、という言葉が差す本当の意味も。バカっぽいふりして、誠先生がどんな怖いものに向かい合っているのかも。
「ゆくゆくはどうせ引き継ぐのに、あの子がそれを早めたいって言い出したのは、母親が取り込まれてしまったからだ。あの子は母親が大好きでね。幼い身体にはきつい修行を耐えてでも、自分の手で救い出したかったんだろう」
その気持ちは、特に大きな病気もケガもしたことのないママを持つわたしでも、わかってあげられる。子供って、そういうものだ。
「母親がいよいよだって時でも、あの子は諦めようとしなかったな。わたしなんかはもう、彼女の手を強く握ることしかできなかったのに。最後まで『気』を注入し続けて、泣きながら邪霊と対峙した。意識を失って倒れるまで」
院長先生は右手を握って、膝の上に乗せていた。そのこぶしに力がこもったのを、わたしは見ないふりをする。
「わたしが引退を決めたのは、その時なんだ」
誠先生がデザートイーグルを引き継いで、厳しい修行を始めたのは、すべて大好きなお母さんのため。どうにかして守りたかった。それが叶わなかったことを知った時、誠先生はどんな気持ちだったんだろう。
まだまだずっと、大好きな人と、一緒に笑い合いたかったのに。
「でも、今となっては後悔しているよ。どんなに修行を続けたいって言われても、髪の色が変化してきた時点で辞めさせるべきだったんじゃないかって」
院長先生が悔いを吐き出す前で、わたしはポロポロと涙をこぼし始めていた。
「甘奈ちゃん……」
「ごめ、ごめんなさい。わたし……」
すごく胸が痛い。悲しい。悔しい。切ない。申し訳ない気持ち。
院長先生に辛い話をさせてしまったことも。誠先生の髪の色は、ただモテたくてカッコつけて染めているだけだって思っていたことも。大変な過去を経験してきて、それでも明るく笑っている誠先生に、バカバカ言ってしまったことも。いっぱい殴ってしまったことも。全部謝りたい。
院長先生は優しく笑った。
「本当に優しい子なんだなぁ、甘奈ちゃん」
「違います……優しくなんかないです」
タオルを取り出そうとスクールバッグを漁りながら、鼻をグズグズすするわたしの正面で、院長先生はゆっくり首を振る。
「いやいや、優しい。甘奈ちゃんだけではなく、ここを頼ってくる患者さんたちのほとんどは、みんな優しすぎるんだ。それはその人間の財産だとわたしは考えるけど、だからこそ気をつけないといけない部分もある」
「え?」
結局タオルが見つからず、指で涙と鼻水を拭うわたしの肩に、院長先生が手を乗せた。
「誠はまだ、母親を失った傷が癒えていない。底抜けの明るさは、その証だとわたしは思うんだ」
「うん……どうなのかな。え?」
なんだか雲行きが怪しい。
「甘奈ちゃんみたいな優しい子がそばにいたら、誠はどれだけ救われるか。甘奈ちゃん、誠をサポートしてやってくれないかな」
「いや、あの……それは」
誠先生を見直したところは、少なからずある。でも、それはまた話が違う。邪霊の怖さを思い知った今は、なおさら誠先生のパートナーなんて無理。
「誠は見てくれよりずっと根性も勇気もある。男気も。見目だって悪くないだろう?」
院長先生はぐいぐい顔で詰め寄ってくる。
「何が不満なんだい?」
頭の中身。と言いたいところを、ぐっと我慢して。
「いや、あの、気をつけないといけないって、いったいどういう……?」
いやらしい意味ではないほうでも、身の安全が保証できない邪霊討伐のバディより、そっちの件がよほど気になるんですけど。
「それを話したら、誠の嫁になってくれるかい?」
「一億歩譲ってビジネスパートナーになったとしても、嫁にはなりません」
「パートナーになってくれる可能性がないわけではないんだね」
「ズバ抜けたポジティブシンキングは父親譲りだったのか」
「それはね、わたしがこのメンタルクリニックを開業したことに関係がある」
「え? あ、お話始まってるんですね? ビックリした」
このクリニックを経由して、ハッピーな性格が息子に伝染でもしたのかと思っちゃった。それが事実だったら、通院しているわたしだって危ない。
「さっきも言った通り、メンタルクリニックを訪ねてくる患者さんは、心根の優しい人たちが多いんだ」
「この距離のまま話すんですか?」
「繊細すぎるがゆえに、人一倍傷つきやすいんだね」
「スルーですね。そういうとこも誠先生そっくり」
院長先生の話に、納得できる部分はある。でも、実際に患者となっている身では、うなずくことが憚れてしまう。うぬぼれているみたいで恥ずかしい。
「そして、困ったことに、邪霊はそうやって心が弱ってしまった人間の隙をついて入り込むことに長けているんだよ」
「え」
「つまり、邪霊をいち早く見つけるためには、メンタルクリニックは格好の場なんだ」
「なんと」
「カウンセラーを目指すわたしが、神名神社の巫女だった誠の母親と出会ったのは、運命のお導き、いや、稲荷狐様のお導きだと感じたよ」
「お母さん、巫女さんだったんですか!」
ということは、院長先生はお婿さん。誠先生は神名家直系の子孫ということ。
それと同時に、わたしはすべてを察する。青くなる。
「もしや……わたしも取り込まれる危険があるってことですか?」
「いかにも」
院長先生は目一杯の同情を込めた目でうなずいた。
「そんな……」
わたしなんてカステラメンタルなのに。もしかしたら、クリニックに通う誰よりも取り込まれやすいんじゃ?
「大丈夫!」
院長先生はそう叫んで、さらに濃いめの顔を寄せてきた。
「誠の力を舐めちゃいけないよ! 血を吐くような修行を耐え抜いた実績もさることながら、あの子は百年に一度の逸材と言われているんだ!」
「え。それ、誰が言ってるんです?」
邪霊討伐コミュニティとかあるのかな。
「わたしと、おばあちゃん!」
「身内!」
「いかに隙アリアリの甘奈ちゃんでも、誠のそばにいれば、オートマチックに安全!」
「隙があるのは自覚してるけど、他の人に認定されると腹が立つ!」
「しかも甘奈ちゃんは、もう一踏ん張りしたい時に、疲れた身体を回復させる力があるって言うじゃないか」
「人をエナジードリンクみたいに言わんといてください!」
「誠の嫁になるべくして生まれてきたと言えよう! ほら、嫁にきたいよね!」
「いやいやいや! どうしてそう飛躍するかな!」
「え? 飛んでいきたいほど? 誠の嫁にきたいって?」
「マ・ジ・か!!」
突然、奥のドアを蹴破り、意識を失って退場していたはずの誠先生が現れた。息子の嫁にと不毛ながらも懸命に勧誘してくれていた父親の首に、恩知らずな手刀をブチかましたかと思うと、わたしの上にのしかかる。
院長先生は白目をむいてデスクに寄りかかる。舌をだらんと垂らした。
「甘奈! ようやくオレの求婚を受け入れる気になったか! 気が変わらないうちに、さぁ式を挙げよう! 初夜を迎えよう! 初めての朝には何が飲みたい!? やっぱり定番のコーヒーか!? 愛のスコールか濃いめのカルピスか!?」
「どぅわぁあああ!! どこから突っ込んだらいいのぉ!? とりあえずそこをどけぇえええ!!」
丸椅子には背もたれがないから、誠先生の身体を正面から受け止める形のわたしは、大きく背中を反らしている。前側の車輪が浮いて引っくり返るのを防ごうと顎を引いたら、誠先生の下半身が目に入った。
なぜか半開きの『社会の窓』。チラッと覗く黄色地に赤べこ。
「ぎゃあああ!! 見えてる見えてる!! しかも、なんて柄なんだよぉ!!」
「え? いやん。これは、アレだ。その、大人の事情」
誠先生はサッと離れると、わたしに背中を向ける。モゴモゴと歯切れ悪く言いながら、お腹を抱え込むような姿勢で窓をクローズ。
意味がわからぬ。
何にせよ、どいてくれてよかったと安堵のため息をつくと、奥のドアから次に方波見さんが現れた。
方波見さんは切れ長の目をしていて、どちらかと言うとツンと冷たい印象。そんな雰囲気のまま、誠先生を見てニタリと口角だけを上げるものだから、若い男性の精気を奪う、そういう妖怪が実際にいるかは定かじゃないけど、とにかく異形のものじみて見えた。
「誠先生ェ、逃げないでェ。せっかく介抱してあげてるのにィ」
誠先生は両方の肩を弾ませて戦慄する。
「うわわわわわ! もう大丈夫です!」
「なァんだァ、残念。もうちょっとォ、じっくり診てあげたかったのにィ」
オレンジベージュのリップの端をチロチロと舐める赤い舌が、方波見さんを捕食者っぽく見せ出した。
「勘弁してぇ!」
わたしに対しては最初から偉そうな態度だった誠先生は、方波見さんにはまるで逆らえないみたい。わたしの背後に素早く回り込み、隠れる。
「うふふふゥ。若い子ってイキがよくていいわァ。気を失っていてもォ、ソコだけはちゃあんと反応して起き上がるんだからァ」
方波見さんはうっとりした目つきで、爪の長い指をこちらに向けた。その指の先はどういうわけか、わたしの腰付近を指している。
わたしは不思議に思って、後ろで頭を低くしている誠先生をぐりんと振り返った。
「どういうこと?」
誠先生は顔を真っ赤にして、涙目だ。
「それは本当にただの若さデス! 二十代の男子なんて、こすれば大抵起き上がっちゃうもんデス!」
「溜まってるのかもよォ。わたしでよければァ、いつでもお手伝いしてあげるけどォ」
そこまで会話を聞くと、二人が何のことを言っているのか、奥で何が行われていたのか、鈍いわたしでも察してきた。恥ずかしいと言うより、病院という神聖で清潔な場所を土足で踏み荒らすような行為に、嫌悪感で顔を歪める。
すると誠先生が、後ろからわたしの肩をパァン! と小気味いい音をさせて叩いてきた。痺れる痛みに、今度は顔が引きつる。
「大丈夫です! オレの純粋な欲望は、甘奈が一滴も残さずナカに受け止めてくれますから……ドゥングファ!!」
わたしは、その顎の下から容赦を忘れたアッパーをヒットさせてやった。
「やァい、殴られたァ」
両腕を天井に向かって、ワカメさながらにゆらゆら揺らす方波見さんは、妖怪みたい、なんて生易しいものではなく、完全に妖怪。
方波見さんの後ろ、開いたままのドアから、次にフラフラと姿を現したのは、花井先生。誰かに用事があってやってきたのだろうけど、なんだか自由なクリニックである。
みんな仕事はどうしたと不審に思ったら、デスク上にあるデジタル時計が表示する時間は、とうに診察終了のそれを過ぎていた。
ここに揃ったお三方よりは、花井先生はずっと常識人なはず。きっといさめて、この場を収拾してくれると信じていたのに、どうも様子がおかしい。
「わたしのピーナッツバターがないの……」
花井先生は、大事に取っておいたおやつのケーキの行方を探す小さな女の子みたいに、人差し指をくわえている。
「わたしのピーナッツバターが……」
「冷蔵庫じゃないんですかァ?」
一応対応はするものの、方波見さんは面倒臭そうだ。
「わたしの……わたしのピーナッツバター……」
花井先生はとうとうクスンクスンと鼻を鳴らし始める。
「あァ、はいはいィ! 切れちゃったのならァ、コンビニに買いにいきましょうねェ」
肩を震わせる花井先生の背中を押すようにして、方波見さんはドアから受付の方向へと消えていった。
あとに残されたわたしは、イケナイモノを見てしまったような気分にさいなまれる。
「……な、なんだか怖くて突っ込めなかったけど、ピーナッツバターって?」
誠先生に問いかけるつもりで振り向いたそこに、うつ伏せの死体が転がっていた。そうだった、わたしがのしたんだった。院長先生はあいかわらず椅子の上で動かないし、どうしたもんかと思っていたら、死体が喋った。
「……花井先生はピーナッツバターが主食なんだ」
「わぁ! 意識あるじゃん、ビックリしたぁ」
誠先生はむっくりと起き上がる。
「すげぇ優秀な薬剤師兼カウンセラーなんだけどな。ピーナッツバターをうっかり切らすと、いろいろな機能に支障が出るというか」
「これでも目一杯言葉を選んで言うけど、このクリニックはクセのある人たちばかりが集まってるなおい」
「診療時間も過ぎたことだし、帰るか。甘奈」
わたしのほとんど悪口とも言える言葉を華麗にスルーし、誠先生は白衣についた埃を手でパンパンと払った。
「本当、回復早いですよね。それも修行の成果ですか」
感心と嫌みの中間くらいのニュアンスを込めて訊く。
修行の話を知っているわたしは、きっと自分の過去のことも聞いたんだろうとわかったらしく、誠先生はウンザリと顔をしかめた。
「聞いたのか。余計な話しなくていいのに。まぁ、それだけが理由でもないんだけど」
そう言って、チラリと鬱陶しそうに院長先生を見る。その視線が針になって刺したわけでもないだろうけど、ぐったりしていた院長先生が現世に舞い戻ってきた。デスクに寄りかかっていた身体をガバッと起こす。
「ハッ、わたしは今まで何を……?」
「院長、今日の診療は終了しましたよ」
「あ、そんな時間か。これはいかん」
院長先生はデジタル時計を見て、さらに自分の腕時計まで確認して、慌てて本棚の横のドアから診察室を出ていった。
わたしは首をかしげる。
「それだけじゃない?」
「その話はまたあとで」
誠先生は急に忙しない素振りで、肩から白衣を下ろしながら、院長先生のあとを追ってドアをくぐっていった。クリニック自体の営業は終わっても、何かと仕事があるのかも。
「次のご予約もォ、二週間後でよろしいですかァ?」
受付の前。素知らぬ顔で淡々と業務をこなす方波見さんを、わたしは狭い窓口の外から睨む。ついさっきまで、ここで下品なことをしていたくせに。
「別に、もう今日でおしまいでもいいんですけど」
誠先生がわたしの担当である限り、どうせ二週間後も、バディにしつこく誘われるだけで診察時間を終えるに決まっている。わたしが望むカウンセリングを受けられないなら、これからもここに通う意味はあんまりない。
花井先生の姿が見えないけど、コンビニに行ったのかな。大丈夫かな、あんなんで。
そうやってわたしが少々反抗的になったところで、慣れているのか、方波見さんはまったく動じない。こちらに顔を上げることもなく言った。
「お薬が出てますのでねェ。服用を続けてェ、二週間程度で初めて効果が現れるんですゥ。経過を観察しませんとォ。先生ェ、説明なさりましたよねェ?」
ちょっぴり上からの物言いに、わたしはムッとする。
「聞いてません」
「あなたァ、ご病気なんですよォ。先生は二週間分の処方箋しかお出ししていませんしィ。お薬続けないとォ、どんどん悪化してしまいますよォ?」
この人に病気って言われると、無性にムカムカするの何でだろう。
「先生ってどっちですか」
口調はつっけんどんになったとはいえ、その質問に特別深い意味はなかった。誠先生がわたしの担当だけど、今日実質的に診てくれたのは院長先生だったから。純粋にどっちの指示なのかなって、少し疑問に思っただけ。
すると、それまで手元のカルテか何かを見ながら喋っていた方波見さんが、ふっと視線を上げた。透明なアクリル板を挟んで、目と目が合うと、バチッと火花が散った気がした。方波見さんは余裕たっぷりの笑みを見せる。
「担当は、誠先生でしょゥ?」
「わかってます」
「よかったじゃないですかァ。とっても人気のある先生なんですよォ。特に女性にィ。きれいなお顔ですものねェ」
「顔で診察するわけじゃないですし」
「イケメンはァ、全世界の女性の共有財産ですよねェ」
何だかな。話が通じないな。わたしはムカムカのピークを超えて、イライラしてきた。
「はいィ、処方箋ですゥ。薬局に寄ってからお帰りくださいねェ」
方波見さんは一枚の紙をペラリと差し出す。わたしが渋々と手を伸ばしたところで、薄目を開けた妖怪顔でニタリと微笑んだ。
「キスくらいでェ、誠先生が自分のモノになったと勘違いしないことねェ。この小便臭い小娘がァ」
ゾゾゾ、と腕に鳥肌が駆け上る。
「わ、わたし、誠先生を自分のモノだなんて思ったこと一度も」
「はいはいィ、忙しいのでェ」
方波見さんは、言いたいことはすべて言ったとばかりに、シッシッ、とわたしを手で払った。
白衣姿の先生は、驚くなかれと言いつつ、さもわたしに驚いて欲しいと言わんばかりの表情で詰め寄った。とても生き生きとしている。さっきまで死体だったことが嘘みたい。
わたしは首をかしげた。
「そうてんって?」
とたんに先生はゲンナリした表情を浮かべる。
「……弾を込めることだよ」
「ふうん」
そんな顔をされたって、とわたしは唇を尖らせる。一般的な女子高生の日常に、「弾を込める」なんて会話も場面も登場しない。
「実を言うと、火薬も使わないんだ」
「え?」
さすがにそれにはビックリした。銃器に疎いわたしだって、弾を放つための火薬が必要なことくらいはわかるのだ。
「じゃあ、どうやって撃つの?」
先生はパッと顔を明るくする。勝ち誇ったようにニヤリと笑った。
「あのデザートイーグルで放つのは、弾じゃない。『気』だ」
あのとんでもなく疲れた夜から二週間後。わたしはクリニックにいた。例によって、第三診察室。
わたしにとっては清純を奪われたいわくつきの部屋のわけで、本来ならば足を踏み入れたくなんかない。でも、クリニックに勤めている先生によって、使う診察室は決まっているのだそうだ。誠先生は、第三診察室。
自宅を出たのは、午後六時を過ぎていた。クリニックの予約が七時だったから、それに間に合うように。
クリニックの診療時間は、夜八時まで。七時が最終の予約時間らしい。日付は聞いていても時間までは教えてもらっていなかったので、面倒だけどクリニックに電話をかけて訊いたら、受付のお姉さんが説明してくれた。
冬だったら、辺りの景色はすでにすっかり夜の色だっただろうけど、五月の半ばの今日は、まだまだ太陽が頑張っていた。でも、帰る頃にはしっかり暗い。制服の胸ポケットに、ペンタイプのLEDライトを忍ばせた。
何をしていたわけでもないのに、二週間はあっという間に過ぎた。
その間に、わたしはどこも何も変わっていない。あいかわらず学校にも行けていない。スマホはむっつりと黙ったままだ。ゴールデンウィークが終わって、世の中は通常運転を始めたっていうのに、まるでわたしだけが別の世界に取り残されたみたい。
リビングのソファーでただグデグデと一日をやり過ごすわたしに、ママは怒って掃除機で吸おうとしても、前みたいに学校へ行けとは言わなくなった。
それはたぶん、神名先生のおかげだ。
先生はあんなアンポンタンだけど、クリニックの院長先生の息子で、やっぱりお医者様だから、一応信用がある。その先生が夜遅くまで時間を使って、一生懸命わたしをカウンセリングしてくれることが、親として嬉しいみたい。
実際は、まともなカウンセリングなんて一度もしてもらっていないけど。
あとは、先生がママの予想をはるかに超えたイケメンだったこともある。
先生からのプロポーズなんて、勢いと冗談に決まっているのに、ママは本気にしてしまった。超イケメンのお義母さんになれると感動して、わたしに卒業と同時に嫁に行け、と言う始末。
パパはと言うと、あの日から夜な夜な庭に出て、五寸釘を打っている。
第三診察室。もう二度と訪れるもんかと誓ったその部屋のドア。深呼吸を二回繰り返したあと、意を決して開けたわたしは瞬時に後悔したのだった。
ノブを回して開けると、そこには死体が落ちていた。
淡いピンク色の白衣を羽織った、グレーに青いメッシュを入れた髪の、自称ピチピチ二十四歳イケメン揃いの蟹座O型有能カウンセラーが、うつ伏せに床に転がって事切れていた。右手の指がダイイングメッセージを記す途中だった。
「……何してるんですか?」
訊いてやるのもバカらしいと思ったけど、そうしないことには話が続かない予感があったから、しかたない。
すると、死体から地の底を這うような低いうなり声が返ってきた。
「……犯人の目星がつかない。これでは、名探偵にヒントを残してやれない」
やっぱりこなければよかった。
「密室殺人事件でも起きましたか」
「この頃ずっと腹の具合がおかしいんだよ……甘奈と別れてすぐから、なんだか重いような気がしていたけど、今朝は立っているのも辛いほどで」
「なんだ、お腹壊してるだけか。だめですよ。落ちてるものなんて拾って食べちゃ」
「落ちてるものは基本食べない! 落とした場合は、三秒以内だったら食うけど」
「なにその三秒ルール。てか、基本って。そこは絶対って言って欲しい」
「下してる感じとはまた違うんだよ……なんか、釘でも刺し込まれたみたいな」
「釘」
そのワードにピンとくるものがあったけど、黙っておいた。何でも正直に話すことが正しいわけではないと思う。
「……今日一日、なんとか死ぬ思いで診察をやり通した」
「んーじゃあ、辛そうなので今日はわたし帰ります。お大事に-」
わたしはくるっと方向転換して、ドアに向き直った。その右足首を、名探偵へメッセージを残すのを諦めた指が、ガシッと掴んできた。
今度は悲鳴なんて上げなかった。どうせそうくるだろうって思っていたから。振り返り、わたしを引き留めたものの依然として動けないでいる先生を見下ろした。
「……甘奈、お前、元から話を聞くつもりなんかなかっただろ。この前の診察代だけ払って、さっさと帰る算段だったな……?」
お気楽な先生も、体調不良だと人並みにネガティブ発想になるらしい。
「そんなことないです。少しくらいは興味あったし。でも、立ってるのも辛いくらいお腹痛いんじゃ、しかたないじゃないですか」
「少しくらいって……なんて冷たいんだ」
床に突っ伏したまま、先生はさめざめと泣き出した。
「あ、お金は受付で払っておきますね」
足を振って、まとわりついたゴミでも払うような感じで先生の手を振りほどこうとしたら、もう片方の手が伸びてきて、左の足首も拘束してきた。応戦する暇もなく、ハイソックスに包まれたふくらはぎ、スカートとよじ登ってきて、とうとう伸ばした腕でもってわたしの肩を掴み、顔を上げた。
「甘奈!」
「ひぃいいい!」
まるでゾンビだ。
「金なんかで、オレの体調が回復するか! こんな時こその甘奈だ! さぁ今すぐ熱いキッスをして、オレをこの悶絶腹痛地獄から引き上げるのだ!」
「ふはぁあああ!?」
「胃腸系の薬って大概苦いし、効くまでに時間かかるだろ! 甘奈とのキッスは即効性あるし、何よりオレが気持ちいい!」
じりじりと迫ってくる血走った目。
「ぎゃあああ! 意味わかんない変態!」
わたしは身体を揺すって、なんとか振り払おうとした。そうなると、指をグッと猛禽類の爪みたいにして、先生はますます強くしがみついてきた。
「はっ……待てよ」
見開いた目は、急に何かを思い立ったよう。どうせロクでもないことに決まっていて、その推測は当たった。
「キッス一つであれだけ元気になるんだ。もしもオレと甘奈が合体したら……オレは無敵になれるんじゃないか……?」
わたしは青ざめた。
「……せ、先生が、お腹が痛すぎてよりおかしなことに。お、襲われる……誰か、誰かきてぇえええ!!」
結論。助けがくることはなかった。他の先生たちは、みんなそれぞれ受け持ちの患者さんの対応に忙しいのだ。
しかしながら、わたしがそばにあった丸椅子で、先生の頭をカチ割ったことにより、わたしの貞操は無事守られたのでした。
痛みが痛みを凌駕したのか、ようやく冷静になり、なおかつ絶好調になった先生によって、この前の話の続きが語られ始めて、今に至る。
「思えば、オレにとって甘奈が必要な理由を、まだきちんと説明できてなかったんだよな。そりゃあ、キッスを拒まれるわけだよ」
決してそれだけが理由ではない。
「話が飛びましたよ、先生。ちゃんとさっきの『気』の話から、順を追って説明お願いします」
診察室で二人、椅子に座って向き合っている。無音声ではたから見ただけなら、誰の目にも、至って普通にカウンセラーとカウンセリングを受ける患者にしか見えないと思う。
「マガジンには、神様の神聖なパワーである『気』が込められているんだ。マガジン……わかるか? 弾倉な。弾を込める部分」
先生は自身の手でピストルの形を作り、折り曲げた三本の指の辺りを差し示した。
うんうん、とわたしはうなずく。
「『気』ってオレたちは呼んでるけど、磁力とかに近いかもしれないな」
「磁力?」
「磁場、磁力。パワースポットに行って、なんか元気になって帰ってきたとか、マグネット式の湿布薬で肩こりが治ったとか」
「はぁ」
「場所や物から発せられる目に見えない効力が、人間の身体に働きかけることがある。肩こりはちょっと違うけど、そういったものの中には、科学では証明できない事例もある。それは、神様の力なんだ」
そう話す先生は、これまでと別人みたいな穏やかな表情。神様という言葉とその表情がセットになった時、この人は曲がりなりにも神社を護る人なんだなって実感する。
「オレのデザートイーグルでぶっ放すのは、その『気』。発砲にも『気』を使う。でも、そっちはオレ自身の生体エネルギーなんだ。ここまでいいか?」
「生体エネルギー?」
「まぁ、なんだ、わかりやすく言えば、カロリー?」
首をかしげるわたしに、先生は顔をしかめてみせながらも、わかりやすい事柄に例えて説明してくれた。わたしがド素人だと、先生もようやく理解してくれたらしい。おかげで、なんとなくだけど飲み込めてくる。でも、わからないことはまだたくさんある。
「目に見えないって、ちゃんと当たったのわかるの? 飛んでいくのも見えなくない?」
実弾を使わないって、先生は言った。それって、わたしが知っているクレヨンの先っぽみたいな形の弾は、撃っても出ていかないってことだよね? それだと外れたってわからないし、『気』なんてホワッとしたものが、オバケにどれほどのダメージを与えるのかも微妙。
それに、撃たれた人は平気なの? 取り憑かれたほうの人。本体。
先生は感心したように目をみはった。
「いいとこに気づいたじゃんか」
「そうなの?」
「もちろん、『気』は見た目には空気同然だから、そのままじゃ飛ぶ様子はわからない」
「だよね」
「何かで覆ってやらないと、ターゲットに届く前に霧散しちまうし」
「だめじゃん」
「だから、氷で覆ってやるんだ。氷なら、いろいろと都合がいい」
「氷?」
それは、意外な答え。
「氷って、撃つ前に溶けちゃわないの?」
そろそろ季節的に暑くなってきていたこともあって、わたしの脳裏にはかき氷のイメージが浮かんだ。ブルーハワイの爽やかな青色。
冷房の効いた部屋の中でだって、かき氷は食べている間にもどんどん溶けていく。それを、エアコンのない炎天下で持ち歩くこともあるわけなのだから、あっという間に水になってしまうと思うのだけど。
先生は、なぜか突然にバンザイ。
「実はね! スタンバってる間にも、オレは自分の『気』をものしゅっごい集中し続けているんだじょ!」
「うわぁ、油断した! 肝心なところでバカっぽい! 内容がちっとも頭に入ってこないよぉ!」
「集中した『気』をデザートイーグルに送って、氷が溶ける時間を調節しているんだじょ! 撃った直後に溶けるようにね! さすれば、人体には無害な『気』だけを邪霊にブチ込められるし、証拠も残らないんだじょ! 神名家の人間はそういうこともできるんだじょ! しゅごいでちょ!」
「わかったわかった!」
呆れるを通り越して、ひたすら気色悪い。
「つまり、一匹の邪霊を祓うために、オレはものすごくカロリーを使って、ものすごく疲れるってこと」
「何事もなかったように普通に戻れるところがすごいね、先生」
「だから、撃てる回数も一発が限界。精神力的にも、体力的にもな」
「ふうん……」
「あっちは一発くらいでは治まんないから安心して。なんたって若いから」
「何の話?」
先生は咳払いした。
「……理屈としてわかるんだけど」
わたしは思い返して不思議になる。
「でも、わたしが見た時の先生はいつも、そんなに疲れ切ってなくない?」
路地を歩いていた先生の手に、あの銃は握られていた。いかにも使おうとしていた感じで、そうなると、中には氷の弾が入っていたってことになる。
でも、先生は普通だった。ヘトヘトに疲れ切っているようには見えなかった。理屈通りなら、先生はあの瞬間にも、神経と体力をすり減らして『気』というやつを集中していたはずなのに。
「それはな、甘奈」
先生はガシッとわたしの両方の肩を掴んで、真剣な目をずいっと寄せてきた。
「甘奈とキッスすると、どういう作用なのか、オレのHPが回復するんだ」
「ふぁ?」
「いや、回復するなんてもんじゃない。倍増する、倍々マシマシになるんだよ!」
「えぇえええ!? じゃ、じゃあ先生が言ってた元気になるって……」
「そう! 甘奈とキッスしたオレは、あっという間に受けたダメージを無にできるし、これまで以上の身体能力を発揮できるってわけ!」
そう言って天井高く両手を広げる先生は、そのまま病院の屋根を通り抜けて、飛んでいってしまいそうなほどに幸福感いっぱい。そのかたわらで、わたしは椅子に腰かけたまま、ショックで青ざめて意識が遠のきかけていた。
わたしとのチューが、先生のパワーを増強する。パワーアップさせる。それが、わたしが先生と関わっていく義務? このアンポンタンが、わたしに執着する理由?
「わかっただろ? オレに甘奈が必要な理由が。だからさ、オレは甘奈をスカウトしたいんだよ」
「すかうと?」
わたしは頭をフラフラさせながら、訊き返した。
「そ! オレのパートナーとなって、一緒に邪霊討伐を手伝って欲しいの! 甘奈の役目は簡単! 常にオレと行動を共にして、オレにキッスすることでオレの『気』を絶えず高めて欲しい!」
「お・こ・と・わ・り・し・ま・す!!」
断固拒否。覚醒したわたしは、その部屋をあとにしようと立ち上がった。
「ま、待てよ」
慌てた先生がドアの前に先回りして、両手を広げてわたしを通せんぼする。
「嫌だよ、そんなの! 冗談じゃない! わたしの唇を何だと思ってるのぉ!」
あまりに軽々しい扱い。悲しくなってくる。
「ちちちちち違うって。オレは別に、単なるビジネスパートナーとして甘奈を必要としてるわけでもなくて。甘奈とのキッスが気に入ったってのは本当で」
「うわわわわ、どっちにしても嫌だ! 気持ち悪い!」
駆け上る寒気に、わたしは自分で自分の腕をさする。
その言葉に、先生は思った以上に傷ついたみたいだ。それまで尊大な態度だったくせに、急に怯んだ。
「き、気持ち悪いって……こんなにイケメンなのに」
「顔がどうこうじゃないの! 中身! 初対面でいきなり唇を奪ってきて、気に入ったって束縛しようとしてきて、男性として、ううん、人間としてどうかしてるよ!」
ブチ切れて涙目のわたしに圧されながらも、先生はモゴモゴと口を動かした。
「だ、だって、お母さんが……」
また、『お母さん』。ハタチをっとくに超えた成人のマザコンとか、いくら顔はイケメンだって、目も当てられない。
「もう帰る! 失礼します!」
先生を力任せに押しのけてでも、無理やり診察室を出ようとしたところ、背後でカチャリと物音がした。
「誠、具合はどうだ?」
部屋の奥、本棚の横にある扉が開いて、院長先生が顔を出した。
院長先生は誠先生のお父さん。息子がずっと体調不良で、今日はすこぶる最悪なコンディションにあることも当然知っている。自分の本日の診察が終了したタイミングで、心配で様子を見にきたんだと思う。
まるでそれを見計らったみたいに、先生はその場に倒れ伏した。
「甘奈が……キッスしてくれないからだじょ」
そう、ダイイングメッセージを残して。
今の今までピンピンしていたくせに、今さら自分の体調の悪さを思い出したっていうの? んなアホな。
床で大の字になった息子を見て、院長先生は有名な絵画さながらの叫び出しそうな顔に。素早くかたわらに駆け寄って、滝のような涙を流しながら、先生の身体をゆさゆさと揺すった。
「誠ぉ! 死ぬな! わたしを残して死なないでくれぇええ!」
「……大丈夫だと思いますけど」
ちゃんと見ていた? 今の今までしゃんと立って動いていましたが。
「甘奈ちゃん! 誠が動かないよぉ! 死ぬなって言ってやってくれ、どうかそばにきて祈ってやってくれぇ!」
「遠慮します。できれば、そのまま静かになって欲しいので」
救急車を呼ぶっていう選択肢はないんだ。改めて院長先生もどこか変だ。
そこにやってきたのは、受付のお姉さん。院長先生が出てきたドアから、肩から上だけを覗かせた。
「院長先生ェ、もうちょっとォ、声のボリュームを落としてくださいますゥ? 新規の患者さんがややザワザワしてらしてるのでェ」
おそらく、どの部屋にも入り口の他に別のドアがあって、同じ通路に繋がっているんだ。その通路を使って、スタッフはどの部屋にも行き来できる。
「方波見さん、だって誠がぁ」
「放っておけばァ、すぐに復活しますってェ。とりあえず受付で預かっておきますゥ」
仮にも院長子息なのに、もはや物扱い。こういうことには手慣れているらしい。知れば知るほど、とんでもないクリニックだ。
方波見さんとやらはズカズカと部屋に入ってくるなり、スレンダーな身体でひょいと先生を肩に担ぎ上げる。そして、スタスタと出ていった。
パタンとドアが閉じられると、院長先生はおもむろに立ち上がり、さっきまで誠先生が座っていた椅子に腰を下ろした。何事もなかったかのように、デスクの上に放置されていたカルテを手に取る。
「よし、では残りの診察時間は、わたしが受け持つことにしよう。担当の誠があれでは、診察は無理だろうからね」
「へ? ……あ、大丈夫なんですか? 誠先生」
体調がどうという意味ではなくて、荷物となって運ばれたことに対してだけど。
「あぁ、大丈夫だろう。だてに厳しい修行を積んでいないからね」
「はぁ」
院長先生は満面の笑み。じゃあ、どうしてあんなに取り乱したのデスカ。
「修行、ですか?」
やっとまともなカウンセリングが受けられるのかと思うと、わたしは素直に丸椅子に座っていた。
「あ、そういう話はまだ聞いていないんだね。まぁ、それはおいおい話していくとして」
院長先生はわたしのカルテに目を通し、たちまち眉根を寄せる。
「そうか。甘奈ちゃんは失恋しちゃったのか。それで不登校に。辛かったね」
そうだ。うっかり忘れそうになるけど、わたしは失恋がきっかけで不登校になった。また学校に行けるメンタルを復活させるために、このクリニックに通うことになったのだった。ここまできて、ようやく本来の目的が果たせる。
「辛かった話を、誰かに話してみたことはあるかい? お友達とか。お父さんには難しいだろうけど、お母さんとか」
院長先生はゆっくりと、こちらのテンポを窺うように訊いてくれる。
わたしは申し訳ない気持ちに似た思いで、首を振った。
友達とはしばらく連絡を取っていないし、ママにはフラれた経緯は話したけど、鬱々とした心の闇までは言っていない。娘が学校に行けないだけでガッカリしているはずだし、さらに余計な心配させたくない。
「そうかぁ。もし話したいことがあれば、オジサンだけど、わたしでよければ聞くからね? 甘奈ちゃんが話したいと思ったタイミングでいいから」
院長先生の話し方は、やんわりだ。声も温かい。こうやって向かい合っていると、心に抱えた全部を吐き出してしまってもいいかな、と思えてしまう。
コレが本当のカウンセリングなんだよなぁ、としみじみ感動した。誠先生との時間がどれだけ異常だったのかが、改めてよくわかる。
だけど。
わたしの壊れかけのハートを癒やしてもらえる機会が、やっと訪れたっていうのに、この時、わたしの意識は別のことに引っ張られていた。
「あのぅ……修行って何ですか?」
奇妙だし悔しいけど、誠先生の厳しい修行とやらの話のほうが、自分のカウンセリングより気になってしかたない。それを解消しないことには、落ち着いて話もできない。
それを聞くと、院長先生はくいっと口角を上げた。
「おや。何だかんだ言っても、誠のことが気になるのかい」
「ち、違いま……!」
顔がボッと瞬間的に熱くなって、思わず椅子から立ち上がりかける。腰をちょっと浮かせたところで我に返ると、勢いは途切れてしまい、失速するみたいにしてまた椅子に沈んだ。
気になっているのは事実だ。でも、それは恋愛感情とか、そういうものじゃない。絶対。
「修行の話の前に一つ訊きたいんだけど、甘奈ちゃんは正直、誠のことどう思ってる?」
院長先生は笑顔を崩さずに尋ねてきた。
「救いようのないおバカだと思ってます」
「……うん。当人の親を目の前にして臆しない答えが返ってきたことに、甘奈ちゃんの秘められた度胸の良さに感心しつつ、この子にカウンセリングの必要性はあるのだろうかと、疑問を抱き始めたよ」
苦笑いを浮かべつつ、院長先生は自分の白衣の胸ポケットに手を差し入れた。
取り出してきたのは、黒い革製のケース。名刺入れだ。わたしは高校生だから持っていないけど、パパが似たようなものをセレクトショップで買っていたことがあるから、知っている。
もちろん院長先生は、わたしに改まって自己紹介したいわけじゃない。それはわかっていたけど、中から引っ張り出されたものが一枚の写真だったことには、少し驚いた。院長先生はそれをわたしに差し出す。
手に取ってみる。元々は、もっと大きいサイズだったんだろうと思う。名刺入れに収まるように、小さくカットされていた。
写っているのは、男の子だ。
小学校の低学年くらい。いかにもやんちゃな男の子っぽい、半袖のTシャツに半パン。カメラを向けられているのに、なぜか顔は怒っていた。
わたしはハッと気づいた。
「これ……誠先生?」
身体をやや斜めにした感じで立っているその子の後ろには、神社がある。見覚えのある建物、賽銭箱。でも、正体に気づけた理由は、それだけじゃない。
何度も出し入れしたのか、少しヨレヨレした小さな写真からでも、その顔の作りが半端じゃなく整っていることは一目瞭然。そして何より、その子の髪の色はグレーだった。
ううん、違う。白だ。雪のような真っ白。
「……誠先生、あの髪の色、まさか地毛なんですか?」
わたしはマジマジとその髪を見つめてしまう。ずっと意図的に染めたものだと思い込んでいた。まさか、こんな幼い頃からこんな色だったなんて。
院長先生も写真を覗き込むようにしている。
「まさか。地毛じゃない。元々は普通に黒かったよ」
「え?」
わたしは顔を上げる。すぐそこに院長先生の優しそうな顔があった。
「神名家に伝わるデザートイーグル。あの神銃が放つ弾は、『気』なんだ」
「あ、はい。誠先生から聞きました」
院長先生は身体を引きながらうなずく。
「わたしたちは『神弾』って呼んでいる。神名家のご先祖様っていうのは、稲荷神社の神様に仕えていた狐だったっていう話が伝わっていてね」
「キツネ!?」
元はキツネ!? 誠先生のご先祖は人間じゃなくてキツネ!?
「みなしごだったのを神様に拾われて、共に人間界に降りて願いを千個叶える手伝いをしたとか……まぁ、その話は長くなるから置いておくとして……神弾を放つために必要なものも、『気』なんだ」
何その言い伝え。めっちゃ気になる。
「自分の生体エネルギー……ですよね?」
誠先生に聞いた話を思い出しながら、わたしは言った。
「撃つまでの間も、ものすごく集中してて疲れるって聞きました」
「そうなんだ。誠はあんなふうだからね。簡単にやっているように見えるだろう? でも、そこまでになるのには、命を削るような修行が必須なんだよ」
そうか。そこで修行の話と結びつくんだ。
「こんな子供の頃から毎日毎日、あらゆる武道の練習を重ねた。技の会得だけが目的ではなく、精神力を鍛えるためにもね」
わたしは再び写真に目を落とす。そこにいる誠先生は幼い。でも、こちらを凜と見据える瞳には、言い表せない強さが滲んでいる。
わたしは武道なんて習っていないから、その厳しさがどんなものかわからない。ただ、この子の表情は、わたしが知る子供たちの表情とぜんぜん違う。
ふと気づく。
「もしかして……髪の色は、厳しい修行が原因で?」
院長先生は正解とも不正解とも言わずに、ただ弱々しい笑みを浮かべた。
「尋常ではない怖い思いをして、一晩で髪が脱色してしまった、なんて話を聞いたことはないかな?」
「え?」
「神経にものすごく負荷がかかると、そういう現象が稀に起こるんだ。誠の場合はそこまで急激に、ではなかったけどね。修行を始めて徐々に色素が薄くなっていって。この頃にはこの有り様」
誠先生の髪色の理由にも、わたしはショックを受けたけど、もっと心臓に直接的な衝撃を受けたのは、院長先生の次の一言だった。
「『気』を使い続ける限り、誠の髪の色は戻らない。それだけ強いストレスがかかるんだよ」
わたしは声が出なかった。
脳裏に浮かぶ、誠先生の白っぽい髪。
色が抜けただけなら、写真の中の誠先生のように白髪のままだろうから、おそらく今は少しカラーを乗せている。青メッシュもあとから入れたんだ。
初めて見てド肝を抜かれた、あの当たり前じゃない髪の色。それが、今日まで続いているっていうこと。それは、誠先生の当たり前なんて到底言えない緊張感が、ずっと継続中だっていうこと。
こうしている瞬間にも、誠先生の精神は確実に削られていっている。
「それって……身体は、大丈夫なんですか?」
精神を削ることは、命を削ることにはならないの?
「そのための修行だよ」
その点に関しては問題ないよ、と言うように院長先生は微笑んだ。ホッとしたのも束の間、白い眉毛を曲げて表情を曇らせる。
「ただ、誠が髪を染めるのを嫌がったから、学校には理由を話して、特別に許可を貰っていたんだ。あの当時のカラーリング剤は品質がまだ良くなくてね。染めたことは一目瞭然だ。それが嫌だったんだろう。でも、同級生やその親には話せないし、そのせいで誠はずいぶんいじめられた。一時期、口もきけなくなるほど傷ついてね」
「いじめられていたんですか……?」
信じられない。あの陽気な誠先生が、そんな暗い過去を背負っていたなんて。
「親としてもカウンセラーとしても、あんなにふがいないことはなかった」
「そんな辛い思いしてまで……修行なんてやめちゃえばよかったのに……」
無責任な言葉だってわかっている。それぞれの家庭には、それぞれの事情がある。でも、誠先生の運命が、あまりにも過酷すぎて。
院長先生は少し黙った。言うべきか言わないでおくべきか、考えていたのかもしれない。やがて、口を開いた。
「気づいていたかな? 誠には、母親がいない」
「え……?」
いない?
「この前、たまたま留守だったとかじゃなくて……」
院長先生は首を左右に振る。
「召されてしまったんだよ。亡くなったんだ」
わたしの胸には、また鈍い痛みが走った。
「誠の母親は美しい女性だった。わたしにとっても自慢の奥さんだったよ。でも、誠が小学校に入ってすぐ。その写真を撮って間もなくだ」
わたしは写真に目を落とす。
誠先生のお母さんは亡くなってしまった。それも、誠先生がこんな幼い時に。
病気で? それとも事故? ううん、原因が何だってあまり重要じゃない。揺るがない真実は、誠先生も院長先生も愛する家族を失ってしまったってこと。
わたしの家は、パパもママも健在。めちゃくちゃ健康体。でも、人の運命ってわからない。事故なんて突発的だし、明日突然に大切な人を失ってしまう可能性は、誰もゼロじゃないんだ。
わたしがその立場になったら、あんなふうに笑えるだろうか。
「邪霊の話はこの前したよね」
院長先生が、急に話の方向を変えた。
「え? あ、はい」
神名家の人が天命を受けて祓うモノ。それが、誠先生のお母さんの話とどう繋がるんだろう?
「誠の母親はね、邪霊に取り込まれてしまったんだ」
わたしは、その言葉の意味をすぐに飲み込めなかった。何の反応もできない。
「我々は、言うなれば『気』を注ぎ込むことで邪霊を祓う。向こうはね、人間の『気』を食らうんだ」
『気』を食らう? 誠先生のお母さんは、邪霊に取り込まれた?
院長先生がわたしに向かって手を差し出したので、わたしは茫然としたまま、その手のひらに写真を返す。その写真を名刺入れにしまいながら、院長先生は話を続けた。
「取り込まれた人間は、意識を乗っ取られてしまう。正常な判断ができなくなり、欲望に支配されたり、憎悪に乗っ取られたりしてしまうんだ」
わたしは、サラリーマンの男性を思い出していた。確かに、まともじゃなかった。
「意識を乗っ取られるということはね、『気』を吸い取られるということなんだ。吸い取られて、本体はみるみるやつれていく」
「え?」
「医者に診せたって治療はできない。何せ、科学的にメカニズムを解明できないからね。わたしも誠も、なんとか助けようと努力した。でも、及ばなかった」
「……邪霊に取り憑かれると、死んじゃうこともあるんですか?」
わたしは、ようやくそれだけを訊いた。
院長先生は深くうなずく。
「放っておけば、確実に」
かもしれないとか、可能性の話じゃないんだ。退治しないと、その先に必ず死が待っている。
そこで初めて、わたしは邪霊というものの本当の恐ろしさを知った。取り込まれる、という言葉が差す本当の意味も。バカっぽいふりして、誠先生がどんな怖いものに向かい合っているのかも。
「ゆくゆくはどうせ引き継ぐのに、あの子がそれを早めたいって言い出したのは、母親が取り込まれてしまったからだ。あの子は母親が大好きでね。幼い身体にはきつい修行を耐えてでも、自分の手で救い出したかったんだろう」
その気持ちは、特に大きな病気もケガもしたことのないママを持つわたしでも、わかってあげられる。子供って、そういうものだ。
「母親がいよいよだって時でも、あの子は諦めようとしなかったな。わたしなんかはもう、彼女の手を強く握ることしかできなかったのに。最後まで『気』を注入し続けて、泣きながら邪霊と対峙した。意識を失って倒れるまで」
院長先生は右手を握って、膝の上に乗せていた。そのこぶしに力がこもったのを、わたしは見ないふりをする。
「わたしが引退を決めたのは、その時なんだ」
誠先生がデザートイーグルを引き継いで、厳しい修行を始めたのは、すべて大好きなお母さんのため。どうにかして守りたかった。それが叶わなかったことを知った時、誠先生はどんな気持ちだったんだろう。
まだまだずっと、大好きな人と、一緒に笑い合いたかったのに。
「でも、今となっては後悔しているよ。どんなに修行を続けたいって言われても、髪の色が変化してきた時点で辞めさせるべきだったんじゃないかって」
院長先生が悔いを吐き出す前で、わたしはポロポロと涙をこぼし始めていた。
「甘奈ちゃん……」
「ごめ、ごめんなさい。わたし……」
すごく胸が痛い。悲しい。悔しい。切ない。申し訳ない気持ち。
院長先生に辛い話をさせてしまったことも。誠先生の髪の色は、ただモテたくてカッコつけて染めているだけだって思っていたことも。大変な過去を経験してきて、それでも明るく笑っている誠先生に、バカバカ言ってしまったことも。いっぱい殴ってしまったことも。全部謝りたい。
院長先生は優しく笑った。
「本当に優しい子なんだなぁ、甘奈ちゃん」
「違います……優しくなんかないです」
タオルを取り出そうとスクールバッグを漁りながら、鼻をグズグズすするわたしの正面で、院長先生はゆっくり首を振る。
「いやいや、優しい。甘奈ちゃんだけではなく、ここを頼ってくる患者さんたちのほとんどは、みんな優しすぎるんだ。それはその人間の財産だとわたしは考えるけど、だからこそ気をつけないといけない部分もある」
「え?」
結局タオルが見つからず、指で涙と鼻水を拭うわたしの肩に、院長先生が手を乗せた。
「誠はまだ、母親を失った傷が癒えていない。底抜けの明るさは、その証だとわたしは思うんだ」
「うん……どうなのかな。え?」
なんだか雲行きが怪しい。
「甘奈ちゃんみたいな優しい子がそばにいたら、誠はどれだけ救われるか。甘奈ちゃん、誠をサポートしてやってくれないかな」
「いや、あの……それは」
誠先生を見直したところは、少なからずある。でも、それはまた話が違う。邪霊の怖さを思い知った今は、なおさら誠先生のパートナーなんて無理。
「誠は見てくれよりずっと根性も勇気もある。男気も。見目だって悪くないだろう?」
院長先生はぐいぐい顔で詰め寄ってくる。
「何が不満なんだい?」
頭の中身。と言いたいところを、ぐっと我慢して。
「いや、あの、気をつけないといけないって、いったいどういう……?」
いやらしい意味ではないほうでも、身の安全が保証できない邪霊討伐のバディより、そっちの件がよほど気になるんですけど。
「それを話したら、誠の嫁になってくれるかい?」
「一億歩譲ってビジネスパートナーになったとしても、嫁にはなりません」
「パートナーになってくれる可能性がないわけではないんだね」
「ズバ抜けたポジティブシンキングは父親譲りだったのか」
「それはね、わたしがこのメンタルクリニックを開業したことに関係がある」
「え? あ、お話始まってるんですね? ビックリした」
このクリニックを経由して、ハッピーな性格が息子に伝染でもしたのかと思っちゃった。それが事実だったら、通院しているわたしだって危ない。
「さっきも言った通り、メンタルクリニックを訪ねてくる患者さんは、心根の優しい人たちが多いんだ」
「この距離のまま話すんですか?」
「繊細すぎるがゆえに、人一倍傷つきやすいんだね」
「スルーですね。そういうとこも誠先生そっくり」
院長先生の話に、納得できる部分はある。でも、実際に患者となっている身では、うなずくことが憚れてしまう。うぬぼれているみたいで恥ずかしい。
「そして、困ったことに、邪霊はそうやって心が弱ってしまった人間の隙をついて入り込むことに長けているんだよ」
「え」
「つまり、邪霊をいち早く見つけるためには、メンタルクリニックは格好の場なんだ」
「なんと」
「カウンセラーを目指すわたしが、神名神社の巫女だった誠の母親と出会ったのは、運命のお導き、いや、稲荷狐様のお導きだと感じたよ」
「お母さん、巫女さんだったんですか!」
ということは、院長先生はお婿さん。誠先生は神名家直系の子孫ということ。
それと同時に、わたしはすべてを察する。青くなる。
「もしや……わたしも取り込まれる危険があるってことですか?」
「いかにも」
院長先生は目一杯の同情を込めた目でうなずいた。
「そんな……」
わたしなんてカステラメンタルなのに。もしかしたら、クリニックに通う誰よりも取り込まれやすいんじゃ?
「大丈夫!」
院長先生はそう叫んで、さらに濃いめの顔を寄せてきた。
「誠の力を舐めちゃいけないよ! 血を吐くような修行を耐え抜いた実績もさることながら、あの子は百年に一度の逸材と言われているんだ!」
「え。それ、誰が言ってるんです?」
邪霊討伐コミュニティとかあるのかな。
「わたしと、おばあちゃん!」
「身内!」
「いかに隙アリアリの甘奈ちゃんでも、誠のそばにいれば、オートマチックに安全!」
「隙があるのは自覚してるけど、他の人に認定されると腹が立つ!」
「しかも甘奈ちゃんは、もう一踏ん張りしたい時に、疲れた身体を回復させる力があるって言うじゃないか」
「人をエナジードリンクみたいに言わんといてください!」
「誠の嫁になるべくして生まれてきたと言えよう! ほら、嫁にきたいよね!」
「いやいやいや! どうしてそう飛躍するかな!」
「え? 飛んでいきたいほど? 誠の嫁にきたいって?」
「マ・ジ・か!!」
突然、奥のドアを蹴破り、意識を失って退場していたはずの誠先生が現れた。息子の嫁にと不毛ながらも懸命に勧誘してくれていた父親の首に、恩知らずな手刀をブチかましたかと思うと、わたしの上にのしかかる。
院長先生は白目をむいてデスクに寄りかかる。舌をだらんと垂らした。
「甘奈! ようやくオレの求婚を受け入れる気になったか! 気が変わらないうちに、さぁ式を挙げよう! 初夜を迎えよう! 初めての朝には何が飲みたい!? やっぱり定番のコーヒーか!? 愛のスコールか濃いめのカルピスか!?」
「どぅわぁあああ!! どこから突っ込んだらいいのぉ!? とりあえずそこをどけぇえええ!!」
丸椅子には背もたれがないから、誠先生の身体を正面から受け止める形のわたしは、大きく背中を反らしている。前側の車輪が浮いて引っくり返るのを防ごうと顎を引いたら、誠先生の下半身が目に入った。
なぜか半開きの『社会の窓』。チラッと覗く黄色地に赤べこ。
「ぎゃあああ!! 見えてる見えてる!! しかも、なんて柄なんだよぉ!!」
「え? いやん。これは、アレだ。その、大人の事情」
誠先生はサッと離れると、わたしに背中を向ける。モゴモゴと歯切れ悪く言いながら、お腹を抱え込むような姿勢で窓をクローズ。
意味がわからぬ。
何にせよ、どいてくれてよかったと安堵のため息をつくと、奥のドアから次に方波見さんが現れた。
方波見さんは切れ長の目をしていて、どちらかと言うとツンと冷たい印象。そんな雰囲気のまま、誠先生を見てニタリと口角だけを上げるものだから、若い男性の精気を奪う、そういう妖怪が実際にいるかは定かじゃないけど、とにかく異形のものじみて見えた。
「誠先生ェ、逃げないでェ。せっかく介抱してあげてるのにィ」
誠先生は両方の肩を弾ませて戦慄する。
「うわわわわわ! もう大丈夫です!」
「なァんだァ、残念。もうちょっとォ、じっくり診てあげたかったのにィ」
オレンジベージュのリップの端をチロチロと舐める赤い舌が、方波見さんを捕食者っぽく見せ出した。
「勘弁してぇ!」
わたしに対しては最初から偉そうな態度だった誠先生は、方波見さんにはまるで逆らえないみたい。わたしの背後に素早く回り込み、隠れる。
「うふふふゥ。若い子ってイキがよくていいわァ。気を失っていてもォ、ソコだけはちゃあんと反応して起き上がるんだからァ」
方波見さんはうっとりした目つきで、爪の長い指をこちらに向けた。その指の先はどういうわけか、わたしの腰付近を指している。
わたしは不思議に思って、後ろで頭を低くしている誠先生をぐりんと振り返った。
「どういうこと?」
誠先生は顔を真っ赤にして、涙目だ。
「それは本当にただの若さデス! 二十代の男子なんて、こすれば大抵起き上がっちゃうもんデス!」
「溜まってるのかもよォ。わたしでよければァ、いつでもお手伝いしてあげるけどォ」
そこまで会話を聞くと、二人が何のことを言っているのか、奥で何が行われていたのか、鈍いわたしでも察してきた。恥ずかしいと言うより、病院という神聖で清潔な場所を土足で踏み荒らすような行為に、嫌悪感で顔を歪める。
すると誠先生が、後ろからわたしの肩をパァン! と小気味いい音をさせて叩いてきた。痺れる痛みに、今度は顔が引きつる。
「大丈夫です! オレの純粋な欲望は、甘奈が一滴も残さずナカに受け止めてくれますから……ドゥングファ!!」
わたしは、その顎の下から容赦を忘れたアッパーをヒットさせてやった。
「やァい、殴られたァ」
両腕を天井に向かって、ワカメさながらにゆらゆら揺らす方波見さんは、妖怪みたい、なんて生易しいものではなく、完全に妖怪。
方波見さんの後ろ、開いたままのドアから、次にフラフラと姿を現したのは、花井先生。誰かに用事があってやってきたのだろうけど、なんだか自由なクリニックである。
みんな仕事はどうしたと不審に思ったら、デスク上にあるデジタル時計が表示する時間は、とうに診察終了のそれを過ぎていた。
ここに揃ったお三方よりは、花井先生はずっと常識人なはず。きっといさめて、この場を収拾してくれると信じていたのに、どうも様子がおかしい。
「わたしのピーナッツバターがないの……」
花井先生は、大事に取っておいたおやつのケーキの行方を探す小さな女の子みたいに、人差し指をくわえている。
「わたしのピーナッツバターが……」
「冷蔵庫じゃないんですかァ?」
一応対応はするものの、方波見さんは面倒臭そうだ。
「わたしの……わたしのピーナッツバター……」
花井先生はとうとうクスンクスンと鼻を鳴らし始める。
「あァ、はいはいィ! 切れちゃったのならァ、コンビニに買いにいきましょうねェ」
肩を震わせる花井先生の背中を押すようにして、方波見さんはドアから受付の方向へと消えていった。
あとに残されたわたしは、イケナイモノを見てしまったような気分にさいなまれる。
「……な、なんだか怖くて突っ込めなかったけど、ピーナッツバターって?」
誠先生に問いかけるつもりで振り向いたそこに、うつ伏せの死体が転がっていた。そうだった、わたしがのしたんだった。院長先生はあいかわらず椅子の上で動かないし、どうしたもんかと思っていたら、死体が喋った。
「……花井先生はピーナッツバターが主食なんだ」
「わぁ! 意識あるじゃん、ビックリしたぁ」
誠先生はむっくりと起き上がる。
「すげぇ優秀な薬剤師兼カウンセラーなんだけどな。ピーナッツバターをうっかり切らすと、いろいろな機能に支障が出るというか」
「これでも目一杯言葉を選んで言うけど、このクリニックはクセのある人たちばかりが集まってるなおい」
「診療時間も過ぎたことだし、帰るか。甘奈」
わたしのほとんど悪口とも言える言葉を華麗にスルーし、誠先生は白衣についた埃を手でパンパンと払った。
「本当、回復早いですよね。それも修行の成果ですか」
感心と嫌みの中間くらいのニュアンスを込めて訊く。
修行の話を知っているわたしは、きっと自分の過去のことも聞いたんだろうとわかったらしく、誠先生はウンザリと顔をしかめた。
「聞いたのか。余計な話しなくていいのに。まぁ、それだけが理由でもないんだけど」
そう言って、チラリと鬱陶しそうに院長先生を見る。その視線が針になって刺したわけでもないだろうけど、ぐったりしていた院長先生が現世に舞い戻ってきた。デスクに寄りかかっていた身体をガバッと起こす。
「ハッ、わたしは今まで何を……?」
「院長、今日の診療は終了しましたよ」
「あ、そんな時間か。これはいかん」
院長先生はデジタル時計を見て、さらに自分の腕時計まで確認して、慌てて本棚の横のドアから診察室を出ていった。
わたしは首をかしげる。
「それだけじゃない?」
「その話はまたあとで」
誠先生は急に忙しない素振りで、肩から白衣を下ろしながら、院長先生のあとを追ってドアをくぐっていった。クリニック自体の営業は終わっても、何かと仕事があるのかも。
「次のご予約もォ、二週間後でよろしいですかァ?」
受付の前。素知らぬ顔で淡々と業務をこなす方波見さんを、わたしは狭い窓口の外から睨む。ついさっきまで、ここで下品なことをしていたくせに。
「別に、もう今日でおしまいでもいいんですけど」
誠先生がわたしの担当である限り、どうせ二週間後も、バディにしつこく誘われるだけで診察時間を終えるに決まっている。わたしが望むカウンセリングを受けられないなら、これからもここに通う意味はあんまりない。
花井先生の姿が見えないけど、コンビニに行ったのかな。大丈夫かな、あんなんで。
そうやってわたしが少々反抗的になったところで、慣れているのか、方波見さんはまったく動じない。こちらに顔を上げることもなく言った。
「お薬が出てますのでねェ。服用を続けてェ、二週間程度で初めて効果が現れるんですゥ。経過を観察しませんとォ。先生ェ、説明なさりましたよねェ?」
ちょっぴり上からの物言いに、わたしはムッとする。
「聞いてません」
「あなたァ、ご病気なんですよォ。先生は二週間分の処方箋しかお出ししていませんしィ。お薬続けないとォ、どんどん悪化してしまいますよォ?」
この人に病気って言われると、無性にムカムカするの何でだろう。
「先生ってどっちですか」
口調はつっけんどんになったとはいえ、その質問に特別深い意味はなかった。誠先生がわたしの担当だけど、今日実質的に診てくれたのは院長先生だったから。純粋にどっちの指示なのかなって、少し疑問に思っただけ。
すると、それまで手元のカルテか何かを見ながら喋っていた方波見さんが、ふっと視線を上げた。透明なアクリル板を挟んで、目と目が合うと、バチッと火花が散った気がした。方波見さんは余裕たっぷりの笑みを見せる。
「担当は、誠先生でしょゥ?」
「わかってます」
「よかったじゃないですかァ。とっても人気のある先生なんですよォ。特に女性にィ。きれいなお顔ですものねェ」
「顔で診察するわけじゃないですし」
「イケメンはァ、全世界の女性の共有財産ですよねェ」
何だかな。話が通じないな。わたしはムカムカのピークを超えて、イライラしてきた。
「はいィ、処方箋ですゥ。薬局に寄ってからお帰りくださいねェ」
方波見さんは一枚の紙をペラリと差し出す。わたしが渋々と手を伸ばしたところで、薄目を開けた妖怪顔でニタリと微笑んだ。
「キスくらいでェ、誠先生が自分のモノになったと勘違いしないことねェ。この小便臭い小娘がァ」
ゾゾゾ、と腕に鳥肌が駆け上る。
「わ、わたし、誠先生を自分のモノだなんて思ったこと一度も」
「はいはいィ、忙しいのでェ」
方波見さんは、言いたいことはすべて言ったとばかりに、シッシッ、とわたしを手で払った。
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