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6 ユーレイ遭遇!? からの電撃プロポーズ
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一本道から広い道路に出て、直角に左折する。クリニックとホテルの間を、鼻息荒く通り過ぎた。
途中で一度、後ろを確認。やや遠くになった木のトンネルから、ヤツが飛び出してくる気配はない。
あの変態おバカお下劣エセカウンセラー。マザコンも新しく追加してやる。性懲りもなく、またチューしようとしてきた。そう軽々しく何度も奪われてたまるもんか。女子高生の唇を何だと思っているのか。
自分がウルトラ級のイケメンだって自覚しすぎているから、女性なら誰でも拒まないと信じ切っているんだろうな。最悪だ。
怒りのパワーで、一人で怖いなんて感じる間もなく、あっという間にバス停まで着いたけど、トップギアにまで入ったムカムカはなかなか治まらなかった。
だから、「こんばんは」って横から声をかけられた時、その人は何も悪くないのに、ものすごい鬼の形相で振り向いてしまった。
そこにいた男性は、当然のことながら「ひぃ!」と言ってのけぞった。
「あぅわわ! ご、ごめんなさい!」
急いで顔を整えたあと、ガバッと上半身を折り曲げて謝る。地面を見ながら、あれ? と思った。顔を上げて、よく確認する。
背後にあるハンバーガー店はまだ営業中。その店内の照明と、周囲に建つ店舗やら信号機やらで、バス停付近はとても明るい。バイパスにはまだ、流れるように車が行き交っている。
彼が何者か、わたしはすぐに気づいた。
「クリニックの……」
そこに立っていたのは、昨日、クリニックの待合室で隣り合わせた男性。狂気さえ感じさせる目でスマホの画面を見つめていた、あの若いサラリーマンだ。
男性は、あの時とまるきり別人のような穏やかな笑みを浮かべた。
「あぁ、やっぱり。僕の隣に座っていた女子高生だよね? そのツインテールと制服に見覚えがあったから、そうじゃないかと」
わたしは瞬きを繰り返す。目をこする。
鬱々としたオーラがまるで感じられなかったこともそうだけど。どうしてなんだろう。まるで夜の中に溶け込んでいるかのように、なんだかその輪郭が不鮮明。ベージュのチノパンも青系のポロシャツも、ちゃんと把握できるのに。
「こんな時間に、一人でどうしたの?」
男性はあくまでにこやか。それなのに、その声が耳に入ってくるたびに、なぜか頬から顎にかけて痺れるように電気が走った。
初めての感覚。その戸惑いが、ただ同じクリニックに通っていて、たまたま一度隣り合っただけなのに馴れ馴れしい、という気持ちを上回る。
「……お、お兄さんこそ」
「僕はいいじゃないか。もう成人した大人だよ。どんな時間にどこにいようと、誰に文句を言われる筋合いもない」
それは確かにそうだ。なら、この不思議な違和感の正体は何なんだろう。
「それより、君のほうが問題でしょう。帰り道? どこまで帰るの? 一人で危なくない? 心配だなぁ」
メンタルクリニックに通院する人は、基本的に優しい性格なんじゃないかなって、わたしは思っている。優しすぎるから、他の人より傷ついたり疲れたりが多いんじゃないかな。あとは、わたしみたいにヘタレすぎるとか。
男性の言葉は、純粋な親切心からくるものだと思いたい。そう思う反面、わたしはスマホを取り出すタイミングを窺っていた。
電話帳のメモリーには、自宅はもちろん、パパ、ママ、友達の電話番号も記録されている。助けを呼ぼうと思えば、すぐにできる。
いざとなったら、ここぞという勇気を出して大声を出そう。緊急事態に、恥ずかしいなんて言っている場合じゃない。
周りにはお店が何軒もあるのだし、誰か一人くらいはきっと気づいてくれる。通り過ぎる車のドライバーだって、何かおかしいと思えば停まってくれるはず。
「……だ、大丈夫です。もうバスきますし、あの、友達とも待ち合わせているんで」
家へ帰るだけのわたしは、友達と待ち合わせているなんて嘘八百。だけど、誰かくるってなったら、よからぬ企みを持つ人なら警戒する。弱々しい笑顔を返しつつ、早くバスきて! とわたしは心の中で叫ぶ。
「……友達?」
男性の笑顔は、石膏で固められたみたいに変化しない。
「友達って?」
ほがらかな笑顔は、昼間の燦々と輝く太陽の下で見たなら、印象はぜんぜん違ったはずだと思う。でも、夜を背負っているというだけで、こんなにも気味が悪く感じられるものなのかな。
「えっと……」
そうくるとは思わなかった。どういう意味で尋ねてきているんだろう。ただ関係性を訊いているだけ? それとも。
まごついているうちに、男性の顔からスッと笑みが消えた。違う、表情が消えた。人間の顔って、これほどまでに無になれるの? まるで、表面に被せていたお面が剥がれ落ちたかのよう。驚きが先立って、恐怖が滲んでこない。
次の瞬間、ようやくわたしは悲鳴を上げた。
男性の瞳がクルッと回転したかと思うと、真っ白になったから。
「トモダチッテダレ?」
「――――オレだよ」
背後からすっかり耳に馴染んだ声がした。と思ったら、肩を叩かれた。
神名先生だ。わたしをジャンプ台にして、頭を飛び越えて正面に降り立った。黒いジレの裾が尻尾みたいにひるがえる。なんて身体能力。
重さはまったく感じなかったけど、わたしはそのまま地面に、ヘチャッとお尻から座り込んでしまった。怖さと安心感で、腰が抜けてしまったのだ。
「よぉ、また会ったな」
わたしの目には、ファイティングポーズを取る先生の背中。わたしにじゃない、男性に言ったんだ。
すぐ目の前にいたはずの男性は、いつのまにか距離を取っていた。それでも、凍りついたみたいに動かない眉毛の様子がわかるくらいには、近い。
追ってきている気配はなかったはずなのに、どうして先生が、とか。わたしの後ろにはハンバーガー店の植え込みがあるのに、どこから、とか。店内から、この異様な状況が見えているんじゃないか、とか。疑問が一度にたくさん湧いてきて、処理が追いつかない。
でも、何にせよ、よかった。
「取り込まれてんじゃねーぞ。そんなに弱かねーはずだ」
先生は男性に言って、笑っている。後ろ姿しか見えていないけど、わかる。声に含まれた高揚感。
先生が自分の腰に手を回す。ジレがめくれ上がって、腰に巻かれた黒いベルトが覗いた。金色の銃が差されているのが見える。デザートイーグル。
男性は少しも表情を変えずに、方向転換した。すぐに左へ折れる。クリニックのある方角へ走り出した。
「あ、チキショ! また逃げやがる!」
先生はそのあとを追う。は、いいのだけど、わたしの手首を掴んでいた。
動けないのに強引に引っ張られたものだから、わたしはアスファルトに顔面からスライディングした。すっかり抜けた腰が、そんなに早く復活するわけがないのだ。
散歩中、飼い犬のグレートデンに急におすわりされたかのような重さに腕を取られて、先生は後ろに大きくのけぞる。
「ぬぁにしてんだよ! 逃げられちまうだろーが!」
振り返った先生は、牙をむいて食らいついてきそうな迫力で怒鳴った。
「しかたないじゃんかぁあああ。腰が抜けちゃったんだもぉん」
そもそも、どうしてわたしを連れていく必要があるんだ。わたしなんて連れていったって、何の役にも立たないのに。不条理な上に、怖さと鼻の頭を擦りむいた痛みもあって、わたしは泣くしかない。
「うぇえええん。怖いよぉ。痛いよぉ。どうしてわたしも連れてくのぉ? 帰りたいよぉ」
さっきの不気味な白目は何? あの男性は人間じゃないの? オバケ? 関わりたくない。もう嫌だよ。帰りたい、お家に。
アスファルトに腹這いになった状態で、わたしは両足をバタバタさせる。はたから見たら、痴話ゲンカでもしているように見えるのかもしれない。
「お前、ここに一人で置いていかれてもいいのか?」
「ぅえ、ひっく。それも怖い……」
「ったく、しゃあねーな。立てないなら立てるようにするまでだ」
わたしの腕を引っ張り上げて、上体が浮き上がったところに、先生は片膝をついてしゃがみこむ。もう片方の手でわたしのうなじを引き寄せたかと思うと、そのまま唇を押しつけてきた。
背中を反らせたまま、わたしは固まる。
わたしが反撃できないのをいいことに、調子に乗った先生はハムハムと味わうように唇を食んできた。なぜなのか鼻先をかすめる、春の花の蜜のような甘い香り。そういえば、初めてされた時もこんな匂いがした。
前回みたいに舌を突っ込まれないまでも、視界を真っ白にするには充分すぎる所業。見えないはずの目に、横切っていくモンシロチョウが見えた。ヒラリ、ヒラリ。
十六歳の唇を存分に堪能した先生が顔を離すと、わたしは倒れ伏した。怒りも悲しみも悔しさも、感情の一切合切を通り越した。燃えカスになった気分。
「……アレ?」
当てが外れた、みたいな残念な声を先生が出す。
「ムラムラとパワーが湧いてこない?」
「……ムラムラするのは貴様じゃろうがい」
地面に頬をつけて寝そべったわたしは、ピクリとも動けない。かろうじて言葉だけは吐き出せる。燃え尽きたぜ……
「そうじゃなくて、こう、身体の奥底から力が漲ってくるような……そのおかげで昨日、オレを足蹴りで吹っ飛ばせたんと違うの?」
「何をおっしゃっているのやら、さっぱりわかりませぬが……」
なんだかもう、このままドロドロと溶けてアスファルトと同化してしまいたい気分。
「何だよ。元気になっちゃうの、オレだけなのか」
「お、恐ろしいこと言わないでぇ!」
先生が吐いたセリフのあまりのおぞましさのおかげで、腕立て伏せの体勢にまで身体を起こすことができた。
先生はいわゆるヤンキー座りになっていて、顔を上げたわたしの視線はちょうど下半身の高さ。足を広げた股間を凝視する形になる。みるみる熟したトマト的な顔色になったわたしの頭を、先生がゲンコツで叩いた。
「そういう元気になる、もあながち間違いではねーけど。恥ずかしいからジロジロ見るな」
「ま、間違いではない……!?」
見たくもないのだけど、そんなことを言われたら余計に目が離せない。視線をソコに釘付けにしたまま、わたしはズザザッと後ずさった。言われてみれば、なんだか盛り上がっている……?
「いやぁあ! 乙女の目が腐る!」
「あのな」
先生は小さくため息をついてから、右手を腰に回した。取り出したのは、金色のデザートイーグル。
天に向けられた細長い銃口のてっぺんに、月の光が反射した。神様から貰った銃、なんて説明を聞いたからか、鈍いゴールドの光がやけに神々しく見える。
「後日にしようと思ってたけど、せっかくだからザッと説明しとくわ。甘奈にオレと関わっていく義務があるって言ったのは、コレが関係すんの」
「え……?」
その先を急かしたいところではあるけど、そんなものをこんなところで堂々と取り出してみせるから、わたしは心配してしまう。
「せ、先生、誰かに見られたら……」
平然とする先生の代わりにわたしが青くなって、辺りをキョロキョロ窺ってしまった。
どの店舗にも窓に貼りついてこちらを観察している人影はなく、驚いたドライバーが急ブレーキをかけることもない。しかし、こうしている間にも、誰かが警察に通報しているかもしれない。
「大丈夫だって。みんなオモチャだと思うに決まってる。甘奈だって、最初はそう思っただろ?」
「……まぁ」
実は、いまだに疑っている。
「モデルガンを公然と振り回すのも、まぁ、問題あるっちゃあるけども。それでも普通は、おかしな人間には誰も遠巻きにするもんさ。通報してまでわざわざ関わろうとは思わねーよ」
先生が意外と客観的に自分を見ているとわかると、なるほど、と少し受け入れる気になってきた。一理あると思うし、安心する。
わたしも遠巻きにすればよかった。なぜできなかったんだろう。それがわたしの義務とやらで、ずっと以前から決められていたことなのでは、なんて考えて勝手に身震いする。
できることなら、今からでも目の前のおかしな大人と距離を置きたいと願うけど、たぶん、もう永遠に叶わないんだろうな。
「オレには天命があるって言ったろ?」
「あ……うん」
「それは、このデザートイーグルの力を使って、人間に悪さをする邪霊を祓うことなんだ」
「ジャレイ……?」
「邪な幽霊って書くんだよ。その名の通り、人の弱った心の隙に入り込む、タチの悪い低級霊ってやつだ」
またファンタジーな世界。でも、直前に降りかかった出来事のせいで、先生の話を右から左へ、の姿勢が薄まっていた。
「じゃあ、さっきの男性……」
「お察しの通り。彼は邪霊に取り込まれてる」
その言葉で、すべての納得がいってしまった。さっきの違和感。ううん、初めて会った時から、なんとなく変だと感じていた理由がわかった。
それは、あの男性がユーレイに取り憑かれていたから。
「……じゃ、じゃあ大変! さっきの男の人、早く追いかけないと」
わたしは先生ときちんと向かい合うように座り直した。
信じがたいことだけど、あんなものを目の当たりにしたら、信じないわけにいかない。
天命に従うなら、先生はあの男性に取り憑いた邪霊とやらをやっつけないといけない。邪な幽霊って言うのだから、あのままじゃ、きっと男性に悪影響を及ぼすはずだ。腰が抜けたわたしに構っている場合じゃない。
先生は男性が去っていった方角に視線をやった。
「もういいよ。どうせもう追いつけない」
確かに、男性の気配はすでにない。出てくる車のヘッドライトさえない。そこにはもう、墨汁が滲んだみたいな暗闇があるだけ。
「ご、ごめんなさい。わたしが足を引っ張ったから……」
先生は笑いながら言った。
「それだけじゃねーよ。邪霊に取り込まれた人間ってのは、母体以上のポテンシャルを発揮するもんなんだ」
「それって、普通の人間とはかけ離れた能力を身につけるってこと?」
「そういうこと」
驚きだ。
どうりで、あっという間に走り去って見えなくなってしまった。そういえば、声をかけてきた時も、いつのまに近づいてきていたのかぜんぜん気づかなかった。
「あの……『取り込まれた』って、『取り憑かれた』と同じ意味で、いい……?」
「あぁ、まぁ、だいたいそうだな」
先生は曖昧にうなずく。
「でも、先生も、すごい身体能力だよね?」
いくらチビだと言ったって、わたしの身長は百五十センチある。普通の人間が、踏み台もなくあんなふうに軽々と飛び越えられるものじゃないと思う。
先生は嬉しそうに目をみはった。
「まぁな。元々運動神経がズバ抜けてるのもあるけど、それも甘奈のおかげなんだぜ」
「え?」
そこで、バスがきた。最終のバスだ。あんなに待ち望んだバスの姿だけど、話が中途半端な状態の今は、少し残念な気持ちだ。
わたしは立ち上がる。少し遅れて、先生も膝を伸ばした。
バスが停まる。プシュッと怪物の熱い鼻息のような音を立てて、扉が開いた。この日最後の運行となるバスの車内には、運転手以外に誰もいない。
「不完全燃焼だけど、しゃあねーな。続きはまた二週間後だ」
先生は軽く手を振る。
「あの、それは行くんだけど、その……」
悔しいけど、この時点で、わたしは次の予約日にクリニックへ向かう気になっていた。
先生が言った通り、これでは不完全燃焼。通院を続けるかどうかはさておき、わたしが先生の裏稼業にどう関わるのかだけでも知っておきたい。そうでないと、また寝不足になってしまう。
そして、それだけじゃなかった。
バスの運転手さんの視線から、乗るのか乗らないのかと痺れを切らしているのが伝わってくる。これが最終便なのだから、早く帰りたいんだろう。
うだうだしていたらいけないと思うのだけど、焦れば焦るほど、次の言葉が出てきてくれない。
「どした?」
先生も呆れているみたいだ。
その手には、すでに金ピカの銃はない。立ち上がった時に、誰の目にも触れないように素早くジレの中に隠したんだろう。
「えっとえっと……あの、一人で帰るのが怖くて」
そう、怖い。だってわたし、オバケと対面してしまった。正確には、オバケに取り憑かれた人間だけど。思い返すと、今さらながら鳥肌が立つ。
バスには乗客がわたしだけ。もしさっきの男性が、何かしらの手段を駆使して車内に現れたら。運転手さんが一緒に乗っているとはいえ、運転していたらわたしを助けられない。そもそも気づかないかもしれない。
それか、家の近くで待ち伏せていて、わたしがバスを降りたとたんに襲ってきたら。考えるだけでチビってしまう。
その存在を目の当たりにする前も怖かったのに、実際に見てしまったら、なおさら怖くてしかたない。一人で帰るなんて無理。
「先生、家までついてきてくれないかな……?」
わたしはぎゅっと目をつむって絞り出すように言った。
わたしの唇を一度ならず二度も奪っていった先生は、違う意味で危険だけど、一緒なら少なくともオバケの脅威からは逃れられる。なんたって、オバケを退治する銃を持っているのだから。
先生の返事の前に、運転手さんが刺してくるような声で訊いてきた。
「お客さん、乗るの? 乗らないの? どっち?」
「うぁは、ご、ごめんなさい」
ほとんど泣きながら謝ると、そんなわたしを追い越して、先生がバスの扉から中を覗き込むようにして言った。
「お待たせしちゃってすみませんでした。行ってください。大丈夫なので」
「え?」
訝しがる声を上げたのは、わたしだ。
先生が離れると、運転手さんはやれやれといった表情で扉を閉めた。おろおろと右往左往するわたしを置いて、バスは走り去ってしまった。
「せ、先生、今の終バス……」
まさか、ついてきてくれるのはありがたいけど、また歩かされるんじゃ。
「あー、大丈夫大丈夫」
先生は耳をほじくりながら、小さくなるバスの後ろ姿を見送っている。
「こんなこと想定してなかったから、財布なんて持ってきてないもんよ」
「え! や、やだ、わたしもう歩かないよ!」
正しくは、歩けない。おばあさんの手料理でカロリーはチャージできたけど、いろいろ起こりすぎたせいで気力がもうガス欠だ。
「お金がないなら早く言ってくれれば、わたし貸したよ」
歩かされるのを断固拒否しようと、憤りをぶつける。
先生はチロッとこちらを睨んだ。ヘタレのわたしはビクッと身体をこわばらせてしまうけど、言い分が間違っているとは思わない。
文句を言ってくるのかと思いきや、先生は唐突に、某国民的アニメで使われる特徴的な効果音を口にした。未来の秘密道具が飛び出す時のBGM。
「デッデレデッデッデーン!」
そうして、スラックスのポケットに手を差し込む。取り出したのは、LEDライトだ。
わたしが顔をしかめていると、頬を赤らめてそれを元あった場所にしまう。
「……間違えた」
そして、何事もなかったかのように再び効果音を口ずさむと、今度はスマホを持ち出した。先生のプライベートなスマホらしい。
「どこをどうやって間違えるの?」
「大人の事情ってやつで」
意味がわからない。
「スマホでどうするの? もしかして、タクシーでも呼ぶの? バスで帰ったほうがずっと安上がりだったじゃん」
お金を払うのはわたしなのだ。渋い顔をしたって、文句を言われる筋合いはないはず。
「待てよ。そう答えを急ぐな。いいか。日々を楽しむコツの一つは、結果を焦らないことだ」
いっぱしのカウンセラーみたいなセリフを吐いて、スマホの画面をサラサラと指でなぞっていたかと思うと、先生は通話を始めた。
「もしもし? オレちゃん。お願いできる? 場所はけっこう近くなんだけど、まぁ、GPSで分かるよね?」
頼み方からすると、タクシーではなさそう。どんな移動手段をオーダーしたのか知らないけど、料金が発生するようなら一円まできっちりと請求してやる。
「よっしゃ、これで大丈夫!」
通話を終えた先生は、わたしに親指を立ててみせた。
「……本当に? わたし、無事に帰れる?」
「おいおい。カウンセラーの言葉まで信用できないとか、甘奈はどれだけ人に恵まれない不幸な人生を送ってきてんだよ」
その原因の一端を自分が担っているなんて、この人は思いもしないんだろうな。幸せな人だ。
同情心たっぷりの目を向けてきていた先生だけど、すぐに思い悩むような顔つきに。
「むしろ、バスに乗らずに済んでホッとしてる。ちょっと気になることが……」
「え?」
その時。
お腹の底に響く重低音が耳に入った。どこかで超高速の連続で花火が打ち上がっているみたいな。それが段々と近づいてきている。足下が揺れる。
「おーきたきた! こっちこっち!」
邪霊に取り憑かれた男性が消えていった道。そちらに向かって、先生が手を振る。その肩越しに、揺れる火の玉が見えた。違う、ヘッドライトだ。
漆黒の闇を切り裂いて現れたのは、バイクだ。似たような黒色のボディー。かなり大きい。サイドカーが付いていた。
「おばあさん!?」
グレーの作務衣の袖と裾が風にはためいている。白髪も後ろへたなびいている。月明かりを受けて、黒いボウリングの球みたいな輝きを放ったヘルメットを被り、口元はなぜか歯をむき出しにして豪快に笑っていた。
「うははははは! まぁこぉとぉおおお!」
「こっちだよぉ、おばあちゃあん!」
バイクは颯爽とやってきて、わたしたちのすぐそばまできて停まった。エンジンを止めると、ブルブルと振動して、やがて眠るようにおとなしくなった。
ボディーにお札が貼ってある。お守りだ。『家内安全祈願』。そこは『交通安全祈願』じゃないの?
「おばあちゃん、悪いね!」
「これに着替えていたら、遅くなってしまったよ。やっぱり着物じゃ動きづらいからね」
おばあさんは作務衣の襟元を指でつまむ。
「なんのなんの。ぜんぜん早いさ」
決して大柄ではないおばあさんと、バッファローのような大型バイクとのチグハグさがすごい。こんなに間近でサイドカー付きのバイクを見たことがないわたしは、その迫力にしみじみ圧倒されてしまう。
純和風といった佇まいのおばあさんが、こんな大きなバイクの免許を所持していて、華麗に乗りこなしちゃうことにも驚きだけど、それだけじゃない。
「……こ、コレで?」
これに乗って帰るとデスカ?
「当たり前だろ」
先生が、まさに当たり前というセリフを言うにふさわしい顔をしながら、おばあさんからヘルメットを受け取る。すっぽり被った。
その横で、わたしは立ったまま白目をむいてしまう。
驚きがもう頭の中に満杯だっていうのに、身体中余すところなくパンパンに詰め込んでしまわないと気が済まないのだろうか? この人たちは。
「さー、帰ろう!」
でくのぼうみたいに突っ立ったわたしの腕を、先生が嬉々として取る。
「え? え? 本当に? ちょっとま、わたし初めてで」
「初めてでも、大丈夫! 痛くしないから」
「はぁ?」
戸惑うわたしに有無を言わさずヘルメットを被せ、サイドカーに押し込む。先生はおばあさんの後ろにまたがって、バイクは夜のバイパスを走り出した。
当然のことだけど、サイドカーって地面に近い。だからなのか、たぶん、おばあさんは法定速度をきちんと守って走らせているのだろうけど、実際よりずっとスピードが速く感じられた。
障害物からの衝撃がダイレクトで、道路の細かな砂利を踏んだり、ちょっとした段差に乗り上げたりしただけでも、お尻が跳ね上がり放り出されそうになる。それが怖くて、無我夢中だったせいも大いにある。
家に着くのはあっという間で、その間ほとんど目が開けられなかった。
自宅の住所を教えた記憶ないのに、と思ったけど、よく考えたら、個人情報は大体クリニックの問診票に記入したのだった。
我が家の真正面に到着するなり、ママとパパが慌てて玄関から飛び出してきた。エンジンをすぐに切ったとはいえ、あの重低音はきっとわずかな時間でも家中に響き渡る。
先頭を切っていたママの右手には、パパのゴルフクラブが握られていた。
「……えと、心配かけてごめんなさい」
わたしは痺れたお尻でヨロヨロとしながら、サイドカーから降りる。ヘルメットを脱いで、おばあさんに返した。
さて、この状況をどうやって説明しよう、と疲労困憊の頭で考えているうちに、先生が降り立ち、サッとママの前に歩み出た。ドライバーを持っていない左手を握る。ヘルメットを脱ぐ。渾身の決め顔で言った。
「初めまして。クリニックで甘奈さんを担当させていただいています、有能カウンセラーの神名 誠です。イケメンが多い蟹座のO型。ピチピチの二十四歳、独身です」
「まだ研修中だからね、その人」
年甲斐もなく頬を染めて隣のパパに睨まれているママに、誤解のないよう、わたしは注釈を入れてあげた。
「あ、あぁ……クリニックの。で、えと、そちらは?」
ママは先生にがっちり握手されたまま、視線だけでおばあさんを差す。
「わたくしの祖母でございます。カウンセリングに時間がかかり、終バスを逃してしまったため、わたくしが送迎を頼みました。歳を顧みないヤンキーではございませんので、どうかご安心を」
「無意識なのか知らないけど、おばあさんを軽くディスってるからね、先生」
「あ、先生のおばあさま。と言うことは、院長先生のお母様ですね。これは失礼を致しました。甘奈の母です。娘共々、よろしくお願い致します」
ママは深々とお辞儀した。それに応えて、おばあさんのほうでも頭を下げる。
娘共々って、なんだか引っかかるな。クリニックでお世話になるのはわたしだけで、ママは関係ないでしょ。
頭を上げると、ママは思い出したような表情で言う。
「甘奈の担当、ってことは……例の、アレよね? 診察室に入るなり、甘奈のファーストキスを奪った」
「どぅふわぁあああ!!」
わたしは真っ青になって先生を突き飛ばし、ママに駆け寄り口を塞いだ。しかし、もう遅い。パパが顔面蒼白になっている。
もう! うっかりだって程がある!
不意を突かれて玄関先に尻餅をついた先生は、ピョコンと起き上がると割り込んできて、再びママの手を取った。両手で。
「そこまでご存知なら、話は早いです! お母さん!」
「は、はい?」
「甘奈さんを僕にくださ……ドォグフォワア!!」
謝罪するならまだしも、いきなりなんてことを言い出すのか。
最後まで言い切らせることなく、わたしはその脇腹に全精神力を込めた正拳突きをブチかましてやった。胃液を吹き出して、先生は倒れた。
パパが心配で窺うと、もはや魂が抜け出てしまって、夜風に吹かれてふらふらと綿毛のように揺れている。
「帰って帰って、もう帰ってよぉ!」
お願いだから、わたしに安息を。
「誠。こんな時間に、こんなところで騒いでは迷惑だよ」
おばあさんはあくまで暢気だ。バイクにまたがったままで、地面にうずくまっている先生に向かって言った。
「そう焦らずとも、甘奈ちゃんとはこれから長い付き合いになるんだ。じっくり絆を深めていったらいいじゃないか」
「ノン安息決定!?」
「そうか」
先生はあっさりと復活して、そういうオモチャみたいにまたひょっこりと起き上がる。
「女子なら誰でも足を開く超イケメンなのに、何を焦っているんだオレは」
先生は軽くかぶりを振ったあとで、ヘルメットを被る。バイクの後ろに乗り込んだ。それを合図にエンジンがかけられる。
「じゃあ、そういうことで! 甘奈、二週間後! 遅れるなよ!」
そう言い残して、二人は颯爽と夜の中に消えていってしまった。
「なんだか、嵐がきて去っていったみたいね」
ママがポツリと言った。その横で、パパはまだ意識を取り戻せていない。
本当に。同感です。
途中で一度、後ろを確認。やや遠くになった木のトンネルから、ヤツが飛び出してくる気配はない。
あの変態おバカお下劣エセカウンセラー。マザコンも新しく追加してやる。性懲りもなく、またチューしようとしてきた。そう軽々しく何度も奪われてたまるもんか。女子高生の唇を何だと思っているのか。
自分がウルトラ級のイケメンだって自覚しすぎているから、女性なら誰でも拒まないと信じ切っているんだろうな。最悪だ。
怒りのパワーで、一人で怖いなんて感じる間もなく、あっという間にバス停まで着いたけど、トップギアにまで入ったムカムカはなかなか治まらなかった。
だから、「こんばんは」って横から声をかけられた時、その人は何も悪くないのに、ものすごい鬼の形相で振り向いてしまった。
そこにいた男性は、当然のことながら「ひぃ!」と言ってのけぞった。
「あぅわわ! ご、ごめんなさい!」
急いで顔を整えたあと、ガバッと上半身を折り曲げて謝る。地面を見ながら、あれ? と思った。顔を上げて、よく確認する。
背後にあるハンバーガー店はまだ営業中。その店内の照明と、周囲に建つ店舗やら信号機やらで、バス停付近はとても明るい。バイパスにはまだ、流れるように車が行き交っている。
彼が何者か、わたしはすぐに気づいた。
「クリニックの……」
そこに立っていたのは、昨日、クリニックの待合室で隣り合わせた男性。狂気さえ感じさせる目でスマホの画面を見つめていた、あの若いサラリーマンだ。
男性は、あの時とまるきり別人のような穏やかな笑みを浮かべた。
「あぁ、やっぱり。僕の隣に座っていた女子高生だよね? そのツインテールと制服に見覚えがあったから、そうじゃないかと」
わたしは瞬きを繰り返す。目をこする。
鬱々としたオーラがまるで感じられなかったこともそうだけど。どうしてなんだろう。まるで夜の中に溶け込んでいるかのように、なんだかその輪郭が不鮮明。ベージュのチノパンも青系のポロシャツも、ちゃんと把握できるのに。
「こんな時間に、一人でどうしたの?」
男性はあくまでにこやか。それなのに、その声が耳に入ってくるたびに、なぜか頬から顎にかけて痺れるように電気が走った。
初めての感覚。その戸惑いが、ただ同じクリニックに通っていて、たまたま一度隣り合っただけなのに馴れ馴れしい、という気持ちを上回る。
「……お、お兄さんこそ」
「僕はいいじゃないか。もう成人した大人だよ。どんな時間にどこにいようと、誰に文句を言われる筋合いもない」
それは確かにそうだ。なら、この不思議な違和感の正体は何なんだろう。
「それより、君のほうが問題でしょう。帰り道? どこまで帰るの? 一人で危なくない? 心配だなぁ」
メンタルクリニックに通院する人は、基本的に優しい性格なんじゃないかなって、わたしは思っている。優しすぎるから、他の人より傷ついたり疲れたりが多いんじゃないかな。あとは、わたしみたいにヘタレすぎるとか。
男性の言葉は、純粋な親切心からくるものだと思いたい。そう思う反面、わたしはスマホを取り出すタイミングを窺っていた。
電話帳のメモリーには、自宅はもちろん、パパ、ママ、友達の電話番号も記録されている。助けを呼ぼうと思えば、すぐにできる。
いざとなったら、ここぞという勇気を出して大声を出そう。緊急事態に、恥ずかしいなんて言っている場合じゃない。
周りにはお店が何軒もあるのだし、誰か一人くらいはきっと気づいてくれる。通り過ぎる車のドライバーだって、何かおかしいと思えば停まってくれるはず。
「……だ、大丈夫です。もうバスきますし、あの、友達とも待ち合わせているんで」
家へ帰るだけのわたしは、友達と待ち合わせているなんて嘘八百。だけど、誰かくるってなったら、よからぬ企みを持つ人なら警戒する。弱々しい笑顔を返しつつ、早くバスきて! とわたしは心の中で叫ぶ。
「……友達?」
男性の笑顔は、石膏で固められたみたいに変化しない。
「友達って?」
ほがらかな笑顔は、昼間の燦々と輝く太陽の下で見たなら、印象はぜんぜん違ったはずだと思う。でも、夜を背負っているというだけで、こんなにも気味が悪く感じられるものなのかな。
「えっと……」
そうくるとは思わなかった。どういう意味で尋ねてきているんだろう。ただ関係性を訊いているだけ? それとも。
まごついているうちに、男性の顔からスッと笑みが消えた。違う、表情が消えた。人間の顔って、これほどまでに無になれるの? まるで、表面に被せていたお面が剥がれ落ちたかのよう。驚きが先立って、恐怖が滲んでこない。
次の瞬間、ようやくわたしは悲鳴を上げた。
男性の瞳がクルッと回転したかと思うと、真っ白になったから。
「トモダチッテダレ?」
「――――オレだよ」
背後からすっかり耳に馴染んだ声がした。と思ったら、肩を叩かれた。
神名先生だ。わたしをジャンプ台にして、頭を飛び越えて正面に降り立った。黒いジレの裾が尻尾みたいにひるがえる。なんて身体能力。
重さはまったく感じなかったけど、わたしはそのまま地面に、ヘチャッとお尻から座り込んでしまった。怖さと安心感で、腰が抜けてしまったのだ。
「よぉ、また会ったな」
わたしの目には、ファイティングポーズを取る先生の背中。わたしにじゃない、男性に言ったんだ。
すぐ目の前にいたはずの男性は、いつのまにか距離を取っていた。それでも、凍りついたみたいに動かない眉毛の様子がわかるくらいには、近い。
追ってきている気配はなかったはずなのに、どうして先生が、とか。わたしの後ろにはハンバーガー店の植え込みがあるのに、どこから、とか。店内から、この異様な状況が見えているんじゃないか、とか。疑問が一度にたくさん湧いてきて、処理が追いつかない。
でも、何にせよ、よかった。
「取り込まれてんじゃねーぞ。そんなに弱かねーはずだ」
先生は男性に言って、笑っている。後ろ姿しか見えていないけど、わかる。声に含まれた高揚感。
先生が自分の腰に手を回す。ジレがめくれ上がって、腰に巻かれた黒いベルトが覗いた。金色の銃が差されているのが見える。デザートイーグル。
男性は少しも表情を変えずに、方向転換した。すぐに左へ折れる。クリニックのある方角へ走り出した。
「あ、チキショ! また逃げやがる!」
先生はそのあとを追う。は、いいのだけど、わたしの手首を掴んでいた。
動けないのに強引に引っ張られたものだから、わたしはアスファルトに顔面からスライディングした。すっかり抜けた腰が、そんなに早く復活するわけがないのだ。
散歩中、飼い犬のグレートデンに急におすわりされたかのような重さに腕を取られて、先生は後ろに大きくのけぞる。
「ぬぁにしてんだよ! 逃げられちまうだろーが!」
振り返った先生は、牙をむいて食らいついてきそうな迫力で怒鳴った。
「しかたないじゃんかぁあああ。腰が抜けちゃったんだもぉん」
そもそも、どうしてわたしを連れていく必要があるんだ。わたしなんて連れていったって、何の役にも立たないのに。不条理な上に、怖さと鼻の頭を擦りむいた痛みもあって、わたしは泣くしかない。
「うぇえええん。怖いよぉ。痛いよぉ。どうしてわたしも連れてくのぉ? 帰りたいよぉ」
さっきの不気味な白目は何? あの男性は人間じゃないの? オバケ? 関わりたくない。もう嫌だよ。帰りたい、お家に。
アスファルトに腹這いになった状態で、わたしは両足をバタバタさせる。はたから見たら、痴話ゲンカでもしているように見えるのかもしれない。
「お前、ここに一人で置いていかれてもいいのか?」
「ぅえ、ひっく。それも怖い……」
「ったく、しゃあねーな。立てないなら立てるようにするまでだ」
わたしの腕を引っ張り上げて、上体が浮き上がったところに、先生は片膝をついてしゃがみこむ。もう片方の手でわたしのうなじを引き寄せたかと思うと、そのまま唇を押しつけてきた。
背中を反らせたまま、わたしは固まる。
わたしが反撃できないのをいいことに、調子に乗った先生はハムハムと味わうように唇を食んできた。なぜなのか鼻先をかすめる、春の花の蜜のような甘い香り。そういえば、初めてされた時もこんな匂いがした。
前回みたいに舌を突っ込まれないまでも、視界を真っ白にするには充分すぎる所業。見えないはずの目に、横切っていくモンシロチョウが見えた。ヒラリ、ヒラリ。
十六歳の唇を存分に堪能した先生が顔を離すと、わたしは倒れ伏した。怒りも悲しみも悔しさも、感情の一切合切を通り越した。燃えカスになった気分。
「……アレ?」
当てが外れた、みたいな残念な声を先生が出す。
「ムラムラとパワーが湧いてこない?」
「……ムラムラするのは貴様じゃろうがい」
地面に頬をつけて寝そべったわたしは、ピクリとも動けない。かろうじて言葉だけは吐き出せる。燃え尽きたぜ……
「そうじゃなくて、こう、身体の奥底から力が漲ってくるような……そのおかげで昨日、オレを足蹴りで吹っ飛ばせたんと違うの?」
「何をおっしゃっているのやら、さっぱりわかりませぬが……」
なんだかもう、このままドロドロと溶けてアスファルトと同化してしまいたい気分。
「何だよ。元気になっちゃうの、オレだけなのか」
「お、恐ろしいこと言わないでぇ!」
先生が吐いたセリフのあまりのおぞましさのおかげで、腕立て伏せの体勢にまで身体を起こすことができた。
先生はいわゆるヤンキー座りになっていて、顔を上げたわたしの視線はちょうど下半身の高さ。足を広げた股間を凝視する形になる。みるみる熟したトマト的な顔色になったわたしの頭を、先生がゲンコツで叩いた。
「そういう元気になる、もあながち間違いではねーけど。恥ずかしいからジロジロ見るな」
「ま、間違いではない……!?」
見たくもないのだけど、そんなことを言われたら余計に目が離せない。視線をソコに釘付けにしたまま、わたしはズザザッと後ずさった。言われてみれば、なんだか盛り上がっている……?
「いやぁあ! 乙女の目が腐る!」
「あのな」
先生は小さくため息をついてから、右手を腰に回した。取り出したのは、金色のデザートイーグル。
天に向けられた細長い銃口のてっぺんに、月の光が反射した。神様から貰った銃、なんて説明を聞いたからか、鈍いゴールドの光がやけに神々しく見える。
「後日にしようと思ってたけど、せっかくだからザッと説明しとくわ。甘奈にオレと関わっていく義務があるって言ったのは、コレが関係すんの」
「え……?」
その先を急かしたいところではあるけど、そんなものをこんなところで堂々と取り出してみせるから、わたしは心配してしまう。
「せ、先生、誰かに見られたら……」
平然とする先生の代わりにわたしが青くなって、辺りをキョロキョロ窺ってしまった。
どの店舗にも窓に貼りついてこちらを観察している人影はなく、驚いたドライバーが急ブレーキをかけることもない。しかし、こうしている間にも、誰かが警察に通報しているかもしれない。
「大丈夫だって。みんなオモチャだと思うに決まってる。甘奈だって、最初はそう思っただろ?」
「……まぁ」
実は、いまだに疑っている。
「モデルガンを公然と振り回すのも、まぁ、問題あるっちゃあるけども。それでも普通は、おかしな人間には誰も遠巻きにするもんさ。通報してまでわざわざ関わろうとは思わねーよ」
先生が意外と客観的に自分を見ているとわかると、なるほど、と少し受け入れる気になってきた。一理あると思うし、安心する。
わたしも遠巻きにすればよかった。なぜできなかったんだろう。それがわたしの義務とやらで、ずっと以前から決められていたことなのでは、なんて考えて勝手に身震いする。
できることなら、今からでも目の前のおかしな大人と距離を置きたいと願うけど、たぶん、もう永遠に叶わないんだろうな。
「オレには天命があるって言ったろ?」
「あ……うん」
「それは、このデザートイーグルの力を使って、人間に悪さをする邪霊を祓うことなんだ」
「ジャレイ……?」
「邪な幽霊って書くんだよ。その名の通り、人の弱った心の隙に入り込む、タチの悪い低級霊ってやつだ」
またファンタジーな世界。でも、直前に降りかかった出来事のせいで、先生の話を右から左へ、の姿勢が薄まっていた。
「じゃあ、さっきの男性……」
「お察しの通り。彼は邪霊に取り込まれてる」
その言葉で、すべての納得がいってしまった。さっきの違和感。ううん、初めて会った時から、なんとなく変だと感じていた理由がわかった。
それは、あの男性がユーレイに取り憑かれていたから。
「……じゃ、じゃあ大変! さっきの男の人、早く追いかけないと」
わたしは先生ときちんと向かい合うように座り直した。
信じがたいことだけど、あんなものを目の当たりにしたら、信じないわけにいかない。
天命に従うなら、先生はあの男性に取り憑いた邪霊とやらをやっつけないといけない。邪な幽霊って言うのだから、あのままじゃ、きっと男性に悪影響を及ぼすはずだ。腰が抜けたわたしに構っている場合じゃない。
先生は男性が去っていった方角に視線をやった。
「もういいよ。どうせもう追いつけない」
確かに、男性の気配はすでにない。出てくる車のヘッドライトさえない。そこにはもう、墨汁が滲んだみたいな暗闇があるだけ。
「ご、ごめんなさい。わたしが足を引っ張ったから……」
先生は笑いながら言った。
「それだけじゃねーよ。邪霊に取り込まれた人間ってのは、母体以上のポテンシャルを発揮するもんなんだ」
「それって、普通の人間とはかけ離れた能力を身につけるってこと?」
「そういうこと」
驚きだ。
どうりで、あっという間に走り去って見えなくなってしまった。そういえば、声をかけてきた時も、いつのまに近づいてきていたのかぜんぜん気づかなかった。
「あの……『取り込まれた』って、『取り憑かれた』と同じ意味で、いい……?」
「あぁ、まぁ、だいたいそうだな」
先生は曖昧にうなずく。
「でも、先生も、すごい身体能力だよね?」
いくらチビだと言ったって、わたしの身長は百五十センチある。普通の人間が、踏み台もなくあんなふうに軽々と飛び越えられるものじゃないと思う。
先生は嬉しそうに目をみはった。
「まぁな。元々運動神経がズバ抜けてるのもあるけど、それも甘奈のおかげなんだぜ」
「え?」
そこで、バスがきた。最終のバスだ。あんなに待ち望んだバスの姿だけど、話が中途半端な状態の今は、少し残念な気持ちだ。
わたしは立ち上がる。少し遅れて、先生も膝を伸ばした。
バスが停まる。プシュッと怪物の熱い鼻息のような音を立てて、扉が開いた。この日最後の運行となるバスの車内には、運転手以外に誰もいない。
「不完全燃焼だけど、しゃあねーな。続きはまた二週間後だ」
先生は軽く手を振る。
「あの、それは行くんだけど、その……」
悔しいけど、この時点で、わたしは次の予約日にクリニックへ向かう気になっていた。
先生が言った通り、これでは不完全燃焼。通院を続けるかどうかはさておき、わたしが先生の裏稼業にどう関わるのかだけでも知っておきたい。そうでないと、また寝不足になってしまう。
そして、それだけじゃなかった。
バスの運転手さんの視線から、乗るのか乗らないのかと痺れを切らしているのが伝わってくる。これが最終便なのだから、早く帰りたいんだろう。
うだうだしていたらいけないと思うのだけど、焦れば焦るほど、次の言葉が出てきてくれない。
「どした?」
先生も呆れているみたいだ。
その手には、すでに金ピカの銃はない。立ち上がった時に、誰の目にも触れないように素早くジレの中に隠したんだろう。
「えっとえっと……あの、一人で帰るのが怖くて」
そう、怖い。だってわたし、オバケと対面してしまった。正確には、オバケに取り憑かれた人間だけど。思い返すと、今さらながら鳥肌が立つ。
バスには乗客がわたしだけ。もしさっきの男性が、何かしらの手段を駆使して車内に現れたら。運転手さんが一緒に乗っているとはいえ、運転していたらわたしを助けられない。そもそも気づかないかもしれない。
それか、家の近くで待ち伏せていて、わたしがバスを降りたとたんに襲ってきたら。考えるだけでチビってしまう。
その存在を目の当たりにする前も怖かったのに、実際に見てしまったら、なおさら怖くてしかたない。一人で帰るなんて無理。
「先生、家までついてきてくれないかな……?」
わたしはぎゅっと目をつむって絞り出すように言った。
わたしの唇を一度ならず二度も奪っていった先生は、違う意味で危険だけど、一緒なら少なくともオバケの脅威からは逃れられる。なんたって、オバケを退治する銃を持っているのだから。
先生の返事の前に、運転手さんが刺してくるような声で訊いてきた。
「お客さん、乗るの? 乗らないの? どっち?」
「うぁは、ご、ごめんなさい」
ほとんど泣きながら謝ると、そんなわたしを追い越して、先生がバスの扉から中を覗き込むようにして言った。
「お待たせしちゃってすみませんでした。行ってください。大丈夫なので」
「え?」
訝しがる声を上げたのは、わたしだ。
先生が離れると、運転手さんはやれやれといった表情で扉を閉めた。おろおろと右往左往するわたしを置いて、バスは走り去ってしまった。
「せ、先生、今の終バス……」
まさか、ついてきてくれるのはありがたいけど、また歩かされるんじゃ。
「あー、大丈夫大丈夫」
先生は耳をほじくりながら、小さくなるバスの後ろ姿を見送っている。
「こんなこと想定してなかったから、財布なんて持ってきてないもんよ」
「え! や、やだ、わたしもう歩かないよ!」
正しくは、歩けない。おばあさんの手料理でカロリーはチャージできたけど、いろいろ起こりすぎたせいで気力がもうガス欠だ。
「お金がないなら早く言ってくれれば、わたし貸したよ」
歩かされるのを断固拒否しようと、憤りをぶつける。
先生はチロッとこちらを睨んだ。ヘタレのわたしはビクッと身体をこわばらせてしまうけど、言い分が間違っているとは思わない。
文句を言ってくるのかと思いきや、先生は唐突に、某国民的アニメで使われる特徴的な効果音を口にした。未来の秘密道具が飛び出す時のBGM。
「デッデレデッデッデーン!」
そうして、スラックスのポケットに手を差し込む。取り出したのは、LEDライトだ。
わたしが顔をしかめていると、頬を赤らめてそれを元あった場所にしまう。
「……間違えた」
そして、何事もなかったかのように再び効果音を口ずさむと、今度はスマホを持ち出した。先生のプライベートなスマホらしい。
「どこをどうやって間違えるの?」
「大人の事情ってやつで」
意味がわからない。
「スマホでどうするの? もしかして、タクシーでも呼ぶの? バスで帰ったほうがずっと安上がりだったじゃん」
お金を払うのはわたしなのだ。渋い顔をしたって、文句を言われる筋合いはないはず。
「待てよ。そう答えを急ぐな。いいか。日々を楽しむコツの一つは、結果を焦らないことだ」
いっぱしのカウンセラーみたいなセリフを吐いて、スマホの画面をサラサラと指でなぞっていたかと思うと、先生は通話を始めた。
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「よっしゃ、これで大丈夫!」
通話を終えた先生は、わたしに親指を立ててみせた。
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「おいおい。カウンセラーの言葉まで信用できないとか、甘奈はどれだけ人に恵まれない不幸な人生を送ってきてんだよ」
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同情心たっぷりの目を向けてきていた先生だけど、すぐに思い悩むような顔つきに。
「むしろ、バスに乗らずに済んでホッとしてる。ちょっと気になることが……」
「え?」
その時。
お腹の底に響く重低音が耳に入った。どこかで超高速の連続で花火が打ち上がっているみたいな。それが段々と近づいてきている。足下が揺れる。
「おーきたきた! こっちこっち!」
邪霊に取り憑かれた男性が消えていった道。そちらに向かって、先生が手を振る。その肩越しに、揺れる火の玉が見えた。違う、ヘッドライトだ。
漆黒の闇を切り裂いて現れたのは、バイクだ。似たような黒色のボディー。かなり大きい。サイドカーが付いていた。
「おばあさん!?」
グレーの作務衣の袖と裾が風にはためいている。白髪も後ろへたなびいている。月明かりを受けて、黒いボウリングの球みたいな輝きを放ったヘルメットを被り、口元はなぜか歯をむき出しにして豪快に笑っていた。
「うははははは! まぁこぉとぉおおお!」
「こっちだよぉ、おばあちゃあん!」
バイクは颯爽とやってきて、わたしたちのすぐそばまできて停まった。エンジンを止めると、ブルブルと振動して、やがて眠るようにおとなしくなった。
ボディーにお札が貼ってある。お守りだ。『家内安全祈願』。そこは『交通安全祈願』じゃないの?
「おばあちゃん、悪いね!」
「これに着替えていたら、遅くなってしまったよ。やっぱり着物じゃ動きづらいからね」
おばあさんは作務衣の襟元を指でつまむ。
「なんのなんの。ぜんぜん早いさ」
決して大柄ではないおばあさんと、バッファローのような大型バイクとのチグハグさがすごい。こんなに間近でサイドカー付きのバイクを見たことがないわたしは、その迫力にしみじみ圧倒されてしまう。
純和風といった佇まいのおばあさんが、こんな大きなバイクの免許を所持していて、華麗に乗りこなしちゃうことにも驚きだけど、それだけじゃない。
「……こ、コレで?」
これに乗って帰るとデスカ?
「当たり前だろ」
先生が、まさに当たり前というセリフを言うにふさわしい顔をしながら、おばあさんからヘルメットを受け取る。すっぽり被った。
その横で、わたしは立ったまま白目をむいてしまう。
驚きがもう頭の中に満杯だっていうのに、身体中余すところなくパンパンに詰め込んでしまわないと気が済まないのだろうか? この人たちは。
「さー、帰ろう!」
でくのぼうみたいに突っ立ったわたしの腕を、先生が嬉々として取る。
「え? え? 本当に? ちょっとま、わたし初めてで」
「初めてでも、大丈夫! 痛くしないから」
「はぁ?」
戸惑うわたしに有無を言わさずヘルメットを被せ、サイドカーに押し込む。先生はおばあさんの後ろにまたがって、バイクは夜のバイパスを走り出した。
当然のことだけど、サイドカーって地面に近い。だからなのか、たぶん、おばあさんは法定速度をきちんと守って走らせているのだろうけど、実際よりずっとスピードが速く感じられた。
障害物からの衝撃がダイレクトで、道路の細かな砂利を踏んだり、ちょっとした段差に乗り上げたりしただけでも、お尻が跳ね上がり放り出されそうになる。それが怖くて、無我夢中だったせいも大いにある。
家に着くのはあっという間で、その間ほとんど目が開けられなかった。
自宅の住所を教えた記憶ないのに、と思ったけど、よく考えたら、個人情報は大体クリニックの問診票に記入したのだった。
我が家の真正面に到着するなり、ママとパパが慌てて玄関から飛び出してきた。エンジンをすぐに切ったとはいえ、あの重低音はきっとわずかな時間でも家中に響き渡る。
先頭を切っていたママの右手には、パパのゴルフクラブが握られていた。
「……えと、心配かけてごめんなさい」
わたしは痺れたお尻でヨロヨロとしながら、サイドカーから降りる。ヘルメットを脱いで、おばあさんに返した。
さて、この状況をどうやって説明しよう、と疲労困憊の頭で考えているうちに、先生が降り立ち、サッとママの前に歩み出た。ドライバーを持っていない左手を握る。ヘルメットを脱ぐ。渾身の決め顔で言った。
「初めまして。クリニックで甘奈さんを担当させていただいています、有能カウンセラーの神名 誠です。イケメンが多い蟹座のO型。ピチピチの二十四歳、独身です」
「まだ研修中だからね、その人」
年甲斐もなく頬を染めて隣のパパに睨まれているママに、誤解のないよう、わたしは注釈を入れてあげた。
「あ、あぁ……クリニックの。で、えと、そちらは?」
ママは先生にがっちり握手されたまま、視線だけでおばあさんを差す。
「わたくしの祖母でございます。カウンセリングに時間がかかり、終バスを逃してしまったため、わたくしが送迎を頼みました。歳を顧みないヤンキーではございませんので、どうかご安心を」
「無意識なのか知らないけど、おばあさんを軽くディスってるからね、先生」
「あ、先生のおばあさま。と言うことは、院長先生のお母様ですね。これは失礼を致しました。甘奈の母です。娘共々、よろしくお願い致します」
ママは深々とお辞儀した。それに応えて、おばあさんのほうでも頭を下げる。
娘共々って、なんだか引っかかるな。クリニックでお世話になるのはわたしだけで、ママは関係ないでしょ。
頭を上げると、ママは思い出したような表情で言う。
「甘奈の担当、ってことは……例の、アレよね? 診察室に入るなり、甘奈のファーストキスを奪った」
「どぅふわぁあああ!!」
わたしは真っ青になって先生を突き飛ばし、ママに駆け寄り口を塞いだ。しかし、もう遅い。パパが顔面蒼白になっている。
もう! うっかりだって程がある!
不意を突かれて玄関先に尻餅をついた先生は、ピョコンと起き上がると割り込んできて、再びママの手を取った。両手で。
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「は、はい?」
「甘奈さんを僕にくださ……ドォグフォワア!!」
謝罪するならまだしも、いきなりなんてことを言い出すのか。
最後まで言い切らせることなく、わたしはその脇腹に全精神力を込めた正拳突きをブチかましてやった。胃液を吹き出して、先生は倒れた。
パパが心配で窺うと、もはや魂が抜け出てしまって、夜風に吹かれてふらふらと綿毛のように揺れている。
「帰って帰って、もう帰ってよぉ!」
お願いだから、わたしに安息を。
「誠。こんな時間に、こんなところで騒いでは迷惑だよ」
おばあさんはあくまで暢気だ。バイクにまたがったままで、地面にうずくまっている先生に向かって言った。
「そう焦らずとも、甘奈ちゃんとはこれから長い付き合いになるんだ。じっくり絆を深めていったらいいじゃないか」
「ノン安息決定!?」
「そうか」
先生はあっさりと復活して、そういうオモチャみたいにまたひょっこりと起き上がる。
「女子なら誰でも足を開く超イケメンなのに、何を焦っているんだオレは」
先生は軽くかぶりを振ったあとで、ヘルメットを被る。バイクの後ろに乗り込んだ。それを合図にエンジンがかけられる。
「じゃあ、そういうことで! 甘奈、二週間後! 遅れるなよ!」
そう言い残して、二人は颯爽と夜の中に消えていってしまった。
「なんだか、嵐がきて去っていったみたいね」
ママがポツリと言った。その横で、パパはまだ意識を取り戻せていない。
本当に。同感です。
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