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二話「気分転換」
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「暇になりました、渚さん」
まだ午前九時にもなってないのに、苺が研究室にやって来た。相変わらず仕事が早い。渚は、
「おつかれ」
と、苺を労い、
「ゆかりの製作、なかなかうまくいかないよ」
苺に嘆くのであった。
「あらあら。大変なことです。でも大丈夫。少しずつ完成させていきましょう」
苺もいるのですから。と、苺。
「ありがとう~。苺は僕の天使だ……」
苺に癒されつつ、渚は『ゆかり』の製作の手を止めなかった。
「なにかやることあります?」
「うーん。じゃあそこのプラスドライバー」
「そんなの、人造人間に使うんですね」
「お前にも使ってるぜ」
なんて話しつつ開発に没頭し、昼も過ぎ、夕方になる。
「あ~。今日はダメだ。僕の不調だ。もう今日の開発はやめにしてデートにでも行こう、苺」
「はい。お疲れ様でした。また明日やりましょう」
「そうだね」
着ていた白衣を脱いで苺に渡す。苺はそれをハンガーにかけてクローゼットに干した。
「それじゃあ行こうか」
「はい」
二人は家を出た。
渚の自宅は少し大きめの民家だ。玄関を出て鍵を閉め庭を通り、門を出る。門の鍵を閉めて、二人は適当に歩いていた。
どこへ向かうでもない。
風の赴くままに。
気分の向かう先へ。
このまま旅に出てもいいなと思いながら、渚は外の空気を目いっぱい吸い込んで吐いた。
「ずっと引きこもっていると、できるものもできなくなってしまうのかな」
「それはどうでしょう。でも、気分転換が大切なのは確かですよ」
苺に言われて、
(その通りだな……)
と、渚。
「喫茶店に行くか、公園に行くかで迷ってるよ、僕は」
「どちらにします?」
「まあ気分転換という意味ではどちらに行っても変わりはないのだけれど、美味しいコーヒーでも飲みに行こうかな。苺は飲めないけれど」
苺に人間の飲食できるものを食べさせても、苺には内臓がないため、飲み込むことができない。ただ喉に詰まるだけだ。エナジードリンクに限っては別だが。
エナジードリンクは人造人間の体に染み込むようになっている。つまり口の中で吸収されるのだ。
「喫茶店、いいですね」
何がいいのかもわからないくせに、苺はそんなことを言う。感情があるふりをしているので、にこやかなこの表情も、全て演技だ。
そう思うと渚は少し落ち込んだ。
苺に限っては、試験運用のための試作機なので、性格や行動はすべて渚の好みのタイプにして作ってある。それが仇となったのか、度々人造人間の苺が恋人のように感じられて幸せでもあり、その幸せのたびに感じる苺の無感情を覗き込むと、ぞっとする。
苺も試作機なだけあって完璧ではない。完璧に感情を演じきれていない。
試作機ではない本作の『神秘』ならどうだろうか。そう考えたが、彼女にはもともと感情を演じると言うプログラムを組ませていない。人命救助には必要ないからだ。苺に本当の感情を持たせてみたい。
しかし。
感情を持った苺が誕生したとして。
果たして僕は、苺に好かれる人間なのだろうか。
そう考えて、すべての思考を放棄した。
いつか僕を好いてくれる女性を待つしかない。苺は可愛い存在であればそれでいい。
そう思い込んで、歩いた。
「なにか考え事をしていますね。どうしましたか?」
苺が言う。察しのいいやつだ。そう作ってあるのだから当たり前だが。
「いいや。なんでも。それよりどこの喫茶店に行こうか迷うぜ。ケータイで調べるか」
「そうですね」
ちょうど近くにベンチ付きのバス停があり、そこに腰掛けることにした。バス利用者ではない者がバス停のベンチを使うことに異議を申し立てる者が現れるかもしれなかったが、時刻表を見てもバスは五分後に到着するし、誰もバス停で並んでいなかったので、遠慮なく座らせてもらった。五分たたずとも適当な喫茶店を見つけることができるだろう。
「ここにしよう」
案の定、喫茶店は三十秒もかからずに見つけることができた。1番近場の喫茶店に向かうことにした。
「ここだ」
そこは歩いて三分のところにある、古びた、しかしオシャレな雰囲気もある喫茶店だった。
「いらっしゃい。好きな席へどうぞ」
入ると、渋い男——マスターと見られる男性にそう案内され、奥の席へ向かった。
「青鷺渚くん」
1番奥の席。そこには、
「待っていたよ」
男が一人、座っていた。
まだ午前九時にもなってないのに、苺が研究室にやって来た。相変わらず仕事が早い。渚は、
「おつかれ」
と、苺を労い、
「ゆかりの製作、なかなかうまくいかないよ」
苺に嘆くのであった。
「あらあら。大変なことです。でも大丈夫。少しずつ完成させていきましょう」
苺もいるのですから。と、苺。
「ありがとう~。苺は僕の天使だ……」
苺に癒されつつ、渚は『ゆかり』の製作の手を止めなかった。
「なにかやることあります?」
「うーん。じゃあそこのプラスドライバー」
「そんなの、人造人間に使うんですね」
「お前にも使ってるぜ」
なんて話しつつ開発に没頭し、昼も過ぎ、夕方になる。
「あ~。今日はダメだ。僕の不調だ。もう今日の開発はやめにしてデートにでも行こう、苺」
「はい。お疲れ様でした。また明日やりましょう」
「そうだね」
着ていた白衣を脱いで苺に渡す。苺はそれをハンガーにかけてクローゼットに干した。
「それじゃあ行こうか」
「はい」
二人は家を出た。
渚の自宅は少し大きめの民家だ。玄関を出て鍵を閉め庭を通り、門を出る。門の鍵を閉めて、二人は適当に歩いていた。
どこへ向かうでもない。
風の赴くままに。
気分の向かう先へ。
このまま旅に出てもいいなと思いながら、渚は外の空気を目いっぱい吸い込んで吐いた。
「ずっと引きこもっていると、できるものもできなくなってしまうのかな」
「それはどうでしょう。でも、気分転換が大切なのは確かですよ」
苺に言われて、
(その通りだな……)
と、渚。
「喫茶店に行くか、公園に行くかで迷ってるよ、僕は」
「どちらにします?」
「まあ気分転換という意味ではどちらに行っても変わりはないのだけれど、美味しいコーヒーでも飲みに行こうかな。苺は飲めないけれど」
苺に人間の飲食できるものを食べさせても、苺には内臓がないため、飲み込むことができない。ただ喉に詰まるだけだ。エナジードリンクに限っては別だが。
エナジードリンクは人造人間の体に染み込むようになっている。つまり口の中で吸収されるのだ。
「喫茶店、いいですね」
何がいいのかもわからないくせに、苺はそんなことを言う。感情があるふりをしているので、にこやかなこの表情も、全て演技だ。
そう思うと渚は少し落ち込んだ。
苺に限っては、試験運用のための試作機なので、性格や行動はすべて渚の好みのタイプにして作ってある。それが仇となったのか、度々人造人間の苺が恋人のように感じられて幸せでもあり、その幸せのたびに感じる苺の無感情を覗き込むと、ぞっとする。
苺も試作機なだけあって完璧ではない。完璧に感情を演じきれていない。
試作機ではない本作の『神秘』ならどうだろうか。そう考えたが、彼女にはもともと感情を演じると言うプログラムを組ませていない。人命救助には必要ないからだ。苺に本当の感情を持たせてみたい。
しかし。
感情を持った苺が誕生したとして。
果たして僕は、苺に好かれる人間なのだろうか。
そう考えて、すべての思考を放棄した。
いつか僕を好いてくれる女性を待つしかない。苺は可愛い存在であればそれでいい。
そう思い込んで、歩いた。
「なにか考え事をしていますね。どうしましたか?」
苺が言う。察しのいいやつだ。そう作ってあるのだから当たり前だが。
「いいや。なんでも。それよりどこの喫茶店に行こうか迷うぜ。ケータイで調べるか」
「そうですね」
ちょうど近くにベンチ付きのバス停があり、そこに腰掛けることにした。バス利用者ではない者がバス停のベンチを使うことに異議を申し立てる者が現れるかもしれなかったが、時刻表を見てもバスは五分後に到着するし、誰もバス停で並んでいなかったので、遠慮なく座らせてもらった。五分たたずとも適当な喫茶店を見つけることができるだろう。
「ここにしよう」
案の定、喫茶店は三十秒もかからずに見つけることができた。1番近場の喫茶店に向かうことにした。
「ここだ」
そこは歩いて三分のところにある、古びた、しかしオシャレな雰囲気もある喫茶店だった。
「いらっしゃい。好きな席へどうぞ」
入ると、渋い男——マスターと見られる男性にそう案内され、奥の席へ向かった。
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男が一人、座っていた。
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