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あなたに贈る愛の詩
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私を乱暴に、物のように扱う人間の手のひらから、硬い地面に放り投げられた私の体は、時間が経つにつれ、徐々に体力を無くし、衰弱していた。
痛かった。冷たかった。寒かった。
意識も朦朧とした中、ただ泣く事しか出来なかった。声をあげて助けを求めるしかなかった。そろそろ声も枯れ、命の終わりを感じた時、私の眼前にあなたが現れた。
あなたはとても大きな存在だった。私はあなたを見上げる事しか出来ず、動くこともままならないまま、あなたに抱きかかえられた。一瞬の恐怖を感じたその直後、しかしその体の中は暖かく、あなたが私を守ってくれている、そう感じた。
安心で、しばらく意識を失っていたようだった。気づけば、暖かい空間で、暖かい毛布の中に私はいた。その毛布が暖かいのは、あなたが毛布ごと私を抱いていたからだ。そのことに安心してまた意識を失いかけたが、起きた私に反応したあなたによって、私の睡眠は遮られた。もう少し寝ていたかったが、あなたが私に暖かいミルクを口に含ませてくるので、されるがままに飲んでいたら、少し元気になった。あなたの全てが暖かい。そういうあなたの暖かさが私は好きになった。
ご飯。トイレ。少し嫌だったが、これまた暖かいお風呂、など。しばらくの間、私はあなたの手によって介護されながら生活し、私は本来の私らしさを、完全に取り戻していた。
あなたの事を主人だとも認識していた。強く頼もしい主人。大好きで、大切な人。その人の助力もあって、私は一人で行動することができるようになった。そうして過ごしてみると、あなたのテリトリーは随分広いのね。探検してもしても把握しきれなくて疲れてしまう。けど楽しい。色々なものの隙間に行くと、黒くてすごく早く動く虫がいて、それを追いかけているうちに見失ったりして……。そうして、私は日々を楽しく過ごした。
幸せだ。
この間、小さかったけれど、やっとその黒い虫を捕まえて殺した。だからあなたにあげたのに、あなたは随分その虫の死骸を怖がってたわね。でも反面、私を撫でたりして、「よくやった! お前には狩の才能がある!」なんて。言っている言葉は理解できないけれど、すごく褒めてくれているのは伝わったから、とても満足した。
近い日に、知らない人がたくさん来た。私は怖くてあなたのベッドで隠れていた。でもその人たちは私になんか興味なさそうに、よく私が虫を捕まえる所に何かして、しばらくすると帰っていった。何をしていたのかしらと、その人たちが何かしていた場所に行くと、いつもいた虫が全然いなくて、ああ、あいつらの仕業ね。と確信した。次あいつらがきたらやっつけてやると、闘志を燃やしている所に、「もうこれでお前も捕まえられないだろ~」と、あなたは自慢気に何か言ってたわね。よくわからなかったから、数日の間虫を探したけれど、やっぱり虫はいなくなってた。
日々が随分つまらなくなった。と、感じるにはまだ、私はこの生活に慣れていない。主人のテリトリーの探検は楽しい。いっぱい走って、飛び回って、すると眠くなるので寝て、すっきり寝られたら、起きて走って、飛び回って。そうして楽しく過ごしていた。
日が出ている時、あなたは早々に出かけてしまっていなくなる。寂しさを紛らわすためにいっぱい遊ぶ。すると日が落ちて、あなたが帰ってくる。そしたらあなたに遊んでもらう。撫でてもらって、抱いてもらって。ああ、幸せ過ぎる。
大好き。大好き。大好き。大好き。大好き。大好き。大好き。大好き。大好き。大好き。大好き。大好き。大好き。
「あ、そういえば」
遊び疲れて夜も更けた頃。
寝るときはいつも一緒だ。あなたの布団にはいって、気持ちよく眠る。今日もそうしようとしたら、あなたは私を見つめて、「予防接種とか行かなきゃいけないみたいだなぁ。明日にでも行くか」と、また撫でながら言う。相変わらずあなたの言葉は理解できないけれど、きっと明日も楽しいことがあるに違いない。わくわくしながら私はあなたと一緒に寝た。
翌日、私の体が余裕ではいる籠に閉じ込められた。あなたの手によってね。まさかこんな裏切りを受けるなんて、許せない。
そういった抗議をし続ける。声をあげて、悲鳴にまで達した時に、籠の蓋が開いて、あなたの顔が見えた。
こらっ。なんのつもりよっ。
そう言ってもあなたには私の言葉は届いていなかった。
最近、薄々勘付いてはいたけれど、私とあなたでは言葉がかわせないみたいね。それはとても残念で辛いことだけど、それでも心で通じ合ってると信じてる。だからお願い。この籠から私を出して。
「ごめんなマメ。もう少し我慢しろよ」
マメ。マメという言葉はわかる。私を指す言葉だ。私を呼ぶ時、あなたはいつも私をマメと呼ぶ。それは理解できていた。
あなたは申し訳なさそうな顔で私を呼ぶので、私は、あなたが好きで私を閉じ込めているわけではないとわかった。なのでおとなしく待つことにした。
「ありがとな」
何を言っているのかわからない。ただ、私はじっとした。あなたが、私を呼ぶからだ。私を安心させる声を出してくれるからだった。
籠の中でも、外の様子は伺えた。あなたはテリトリーを出ているのね。どこへ向かっているの? まさか、また以前の人間みたいに、私を放り投げるつもり?
怖い。怖い。怖い。怖い。
「大丈夫だ、マメ。俺が守ってやるから、お前は怖くない」
怖くない。怖くない。怖くない。少し怖いけど。
私は泣くのを我慢した。
「ありがとな、マメ」
ありがとう。怖くなくしてくれて。
「ほら、もう着くぞ」
あなたが何か言っていた時、私は衝撃を籠の中で味わっていた。
他の奴の匂いだ。いや、人間ではない。私と同じ生き物。それの匂い。
『うおおおおおお怖ええええええええええ!』
『おいうるせーぞ馬鹿野郎!』
『助けてよ! ご主人様!』
様々な声が聞こえてくる。怒号や悲鳴。マイナスな感情が溢れる場所に、私はあなたに連れられてやってきてしまった。
あなたは他の人間と何か話した後、私のはいった籠を膝に乗せて、しばらく黙っていた。籠の中からうかがえるあなたの顔には余裕も見える。ただ、周りの奴らが尋常ではないくらい騒いでいる。
『おいっ! その籠の中にいるやつ!』
「こらチビ太騒ぐな」
『おいお前誰だよ!? やんのか? オオン!?』
「すいませんうちの馬鹿猫が」
「いえいえ。でもうちのマメは他の猫見たことないから怖がるかもです」
「それはすいませんっ。遠ざけますんで」
「あはは。お気になさらず」
私に威嚇する奴のご主人と私のご主人で話してる。結局威嚇してくる野蛮な奴を遠ざける事はしてくれない。何とかしてよ。
『はぁはぁ……』
隣の籠の奴も私に威嚇するので精一杯みたいね。無様な奴。そう思っていると、威嚇とは違うアプローチを、隣の籠の奴がしてきた。
『おい。ここがどこだかわかるか』
私は無視を決め込む。こんな見たこともない奴と話したくなんかない。
『ここはな、病院ってんだぜ。意味わかんねえ、俺たちには理解できねえことをされて、トラウマを埋め込まれる。そういう場所だ、ここは。地獄さ』
『うっ』
怖くて声が出た。反応してしまったことに味をしめた隣の奴は、どんどん話しかけてくる。
『まず、色々触られる。光を当てられたりすることもあるな。そんでがしっとやられる。ちくっともやられる。すげえ嫌だぜ』
なんか、こう、酷く抽象的で全く参考にならない隣の奴の話。しかし想像してしまうと、うん、恐ろしそうだ……。
「菊池マメちゃーん。診察室へどうぞ」
「はい」
あなたが声をあげて立ち上がった時、ああ、ついに時がきてしまったのね。と、そう考えた。
『じゃあな、マメ』
気安く私の名前を呼ぶ隣だった奴の声を無視し、移動した。そうして、私は籠から解き放たれたのだった。
結果から言って、病院というのはそんなに大した事はなかった。あなたがそばにずっといてくれたからよ。でもやっぱり、行きたいか行きたくないかで言えば、行きたくない場所ではあった。色々触られたりして怖かったわ。それでもあなたがそばにいたから、私は耐えられた。あなたのおかげ。
「よく頑張ったなーマメ」
そんなことを言いながらあなたは私を撫でる。私は撫でられながら、我慢してよかったと思う。やっぱり心が通じ合っているわ。私たち。
テリトリーに帰ってきてから、少しずつ慣れていた場所がまた怖くなって、しばらく籠から出てこれなかった。あなたはそれをただ見守ってるだけ。ほら、そこの陰とか見てきてよ。何かいない?
でも見る限り私に危険を及ぼすものがないのはわかったので、出てきてリラックスをすることにした。籠の中も窮屈だしね。
そしたらまたあなたの膝の上に乗る。やっぱりここが1番安心する。あなたに撫でられて、気持ちよくなって眠る。
あなたが動いたことで私の目は覚めた。あなたもやることがあるのね。私のためだけには生きてはいられないものなのかしら。まあ、そんなわがままを言ってもあなたを困らせるだけだから、何も言わない。言っても、通じないし。
言葉が通じるようになればいいのに。
種族の違いは辛いわね。
あなたが何かしている間、私はいろいろなものが映る画面を見ていた。何が何やらよくわからないけれど、なんとなく見ている。すると、なにか食べ物のような匂いがしてきた。わたしはあなたの方を向く。あなたは一人で何かを食べていた。
ちょっと、ひとりで何を食べているのよ。わたしにも一口……。
「こらっ。それは食べちゃめっ」
ひっ。そんなに怒らなくてもいいじゃない。馬鹿。退散しつつ悪口を考えてしまう。
あれが人間のご飯ね。とても美味しそうには匂わなかったけれど、食べて見たいわ。おいしいかもしれない。でも怒られるからやめておこう。
わたしがずっと遊んでいる間に、あなたがまた布団に入った。わたしもスタコラと布団に潜る。布団の中は暖かくて好き。あなたの体温も感じられて好き。
そんなことを考えている間に、わたしは眠った。
目を覚ますと、まだ早朝のようで、わたしはお腹が空いたのであなたを起こす。
起きてー。朝! こらー。
あなたの顔を手で叩きつつ、押し揉みつつ、そうしているとあなたは大きなあくびをしながら起床する。
最近はこうしてあなたを起こしているわね。
「お前はいい目覚ましになるよ。少し時間早いけど」
それは褒めていると受け取っていいのかしら? それとも独り言?
「ご飯は今出すから待ってろ」
やったー! ごはん!
ご飯という言葉はわかるのよ。柔らかい肉が出てきておいしい奴。
それをあなたの足元で待っていると、とてもいい香りを漂わせる肉が皿に乗って出てくる。頂きます。
「朝からそんなに食って、お前も元気だなー。さて、俺も朝ごはん」
あなたが何か言っている時、わたしはあなたに興味を持って接してきていたけれど、ご飯の時と遊んでいる時とめんどくさい時はあなたに構っていられない。ごめんなさいね。
そしてしばらくして、あなたは家を出て行った。
はぁ。また一人か。と思いつつ、なんだかんだ一人も楽だ。あなたは必ずわたしの元に帰ってくる。そう知っているから。だからのーんびり誰にも邪魔されず日向ぼっこしながら眠っていられる。逆に、あなたがいるといつも音が鳴っているから邪魔なのよ。なんて、本人には直接言えないけれど。
ああ、気持ちがいい朝日。お昼までこのまま眠ってしまおう。
でも、そのうち眼が覚める。
……夢を見ていた。色んなところを走り回っている夢だ。本当に色々なところ。言葉に出そうとすると出てこない、そんな場所。
あくびと伸びをして、もう昼過ぎか。お腹も空いたな。お昼ご飯は硬い粒の美味しいご飯がいつも置いてある。食べても食べてもなくならない不思議なご飯。朝食べる肉と比べると天と地、月とスッポンくらい違うけれど。
それを食べて、また寝て。気づいたらあなたが帰ってきていて。一緒に遊んで貰って。そんな繰り返しの毎日。だけどその日常こそが幸せなのだとわたしは思う。いっぱい遊んで、いっぱい撫でて貰って、いっぱい、意味はわからないけれど、「可愛い」とか言ってもらえて、やっぱり意味不明なのにその言葉の数々が嬉しくて。あなたのごはんにちょっかいかけて怒られて、でもたまに少しだけあなたのご飯をもらえる。なに、すごくしょっぱいものを食べているのね、あなた。くせになりそうな味だけど、食べ過ぎは良くないわ。
気づいたらあなたと寝る時間。まだ寝たくない、まだ遊んでたい気持ちもあるけれど、あなたと寝る時間も好きなのよ。あなたの暖かさがいつも大好き。
あなたの匂いに包まれて、目を瞑る。
明日は晴れるかしら。何して遊ぼうかしら。あなたとどう過ごそうかしら。
そんなことを考えているうちに、ああ、もう駄目だ。わたしは眠ってしまう。
いつもありがとう、あなた。あなたに贈るわたしの愛の詩はあなたに届かないけれど、いつもあなたに思っているから、それがいつか、きっといつか届くといいな。
おやすみなさい、またあした。愛してる。
痛かった。冷たかった。寒かった。
意識も朦朧とした中、ただ泣く事しか出来なかった。声をあげて助けを求めるしかなかった。そろそろ声も枯れ、命の終わりを感じた時、私の眼前にあなたが現れた。
あなたはとても大きな存在だった。私はあなたを見上げる事しか出来ず、動くこともままならないまま、あなたに抱きかかえられた。一瞬の恐怖を感じたその直後、しかしその体の中は暖かく、あなたが私を守ってくれている、そう感じた。
安心で、しばらく意識を失っていたようだった。気づけば、暖かい空間で、暖かい毛布の中に私はいた。その毛布が暖かいのは、あなたが毛布ごと私を抱いていたからだ。そのことに安心してまた意識を失いかけたが、起きた私に反応したあなたによって、私の睡眠は遮られた。もう少し寝ていたかったが、あなたが私に暖かいミルクを口に含ませてくるので、されるがままに飲んでいたら、少し元気になった。あなたの全てが暖かい。そういうあなたの暖かさが私は好きになった。
ご飯。トイレ。少し嫌だったが、これまた暖かいお風呂、など。しばらくの間、私はあなたの手によって介護されながら生活し、私は本来の私らしさを、完全に取り戻していた。
あなたの事を主人だとも認識していた。強く頼もしい主人。大好きで、大切な人。その人の助力もあって、私は一人で行動することができるようになった。そうして過ごしてみると、あなたのテリトリーは随分広いのね。探検してもしても把握しきれなくて疲れてしまう。けど楽しい。色々なものの隙間に行くと、黒くてすごく早く動く虫がいて、それを追いかけているうちに見失ったりして……。そうして、私は日々を楽しく過ごした。
幸せだ。
この間、小さかったけれど、やっとその黒い虫を捕まえて殺した。だからあなたにあげたのに、あなたは随分その虫の死骸を怖がってたわね。でも反面、私を撫でたりして、「よくやった! お前には狩の才能がある!」なんて。言っている言葉は理解できないけれど、すごく褒めてくれているのは伝わったから、とても満足した。
近い日に、知らない人がたくさん来た。私は怖くてあなたのベッドで隠れていた。でもその人たちは私になんか興味なさそうに、よく私が虫を捕まえる所に何かして、しばらくすると帰っていった。何をしていたのかしらと、その人たちが何かしていた場所に行くと、いつもいた虫が全然いなくて、ああ、あいつらの仕業ね。と確信した。次あいつらがきたらやっつけてやると、闘志を燃やしている所に、「もうこれでお前も捕まえられないだろ~」と、あなたは自慢気に何か言ってたわね。よくわからなかったから、数日の間虫を探したけれど、やっぱり虫はいなくなってた。
日々が随分つまらなくなった。と、感じるにはまだ、私はこの生活に慣れていない。主人のテリトリーの探検は楽しい。いっぱい走って、飛び回って、すると眠くなるので寝て、すっきり寝られたら、起きて走って、飛び回って。そうして楽しく過ごしていた。
日が出ている時、あなたは早々に出かけてしまっていなくなる。寂しさを紛らわすためにいっぱい遊ぶ。すると日が落ちて、あなたが帰ってくる。そしたらあなたに遊んでもらう。撫でてもらって、抱いてもらって。ああ、幸せ過ぎる。
大好き。大好き。大好き。大好き。大好き。大好き。大好き。大好き。大好き。大好き。大好き。大好き。大好き。
「あ、そういえば」
遊び疲れて夜も更けた頃。
寝るときはいつも一緒だ。あなたの布団にはいって、気持ちよく眠る。今日もそうしようとしたら、あなたは私を見つめて、「予防接種とか行かなきゃいけないみたいだなぁ。明日にでも行くか」と、また撫でながら言う。相変わらずあなたの言葉は理解できないけれど、きっと明日も楽しいことがあるに違いない。わくわくしながら私はあなたと一緒に寝た。
翌日、私の体が余裕ではいる籠に閉じ込められた。あなたの手によってね。まさかこんな裏切りを受けるなんて、許せない。
そういった抗議をし続ける。声をあげて、悲鳴にまで達した時に、籠の蓋が開いて、あなたの顔が見えた。
こらっ。なんのつもりよっ。
そう言ってもあなたには私の言葉は届いていなかった。
最近、薄々勘付いてはいたけれど、私とあなたでは言葉がかわせないみたいね。それはとても残念で辛いことだけど、それでも心で通じ合ってると信じてる。だからお願い。この籠から私を出して。
「ごめんなマメ。もう少し我慢しろよ」
マメ。マメという言葉はわかる。私を指す言葉だ。私を呼ぶ時、あなたはいつも私をマメと呼ぶ。それは理解できていた。
あなたは申し訳なさそうな顔で私を呼ぶので、私は、あなたが好きで私を閉じ込めているわけではないとわかった。なのでおとなしく待つことにした。
「ありがとな」
何を言っているのかわからない。ただ、私はじっとした。あなたが、私を呼ぶからだ。私を安心させる声を出してくれるからだった。
籠の中でも、外の様子は伺えた。あなたはテリトリーを出ているのね。どこへ向かっているの? まさか、また以前の人間みたいに、私を放り投げるつもり?
怖い。怖い。怖い。怖い。
「大丈夫だ、マメ。俺が守ってやるから、お前は怖くない」
怖くない。怖くない。怖くない。少し怖いけど。
私は泣くのを我慢した。
「ありがとな、マメ」
ありがとう。怖くなくしてくれて。
「ほら、もう着くぞ」
あなたが何か言っていた時、私は衝撃を籠の中で味わっていた。
他の奴の匂いだ。いや、人間ではない。私と同じ生き物。それの匂い。
『うおおおおおお怖ええええええええええ!』
『おいうるせーぞ馬鹿野郎!』
『助けてよ! ご主人様!』
様々な声が聞こえてくる。怒号や悲鳴。マイナスな感情が溢れる場所に、私はあなたに連れられてやってきてしまった。
あなたは他の人間と何か話した後、私のはいった籠を膝に乗せて、しばらく黙っていた。籠の中からうかがえるあなたの顔には余裕も見える。ただ、周りの奴らが尋常ではないくらい騒いでいる。
『おいっ! その籠の中にいるやつ!』
「こらチビ太騒ぐな」
『おいお前誰だよ!? やんのか? オオン!?』
「すいませんうちの馬鹿猫が」
「いえいえ。でもうちのマメは他の猫見たことないから怖がるかもです」
「それはすいませんっ。遠ざけますんで」
「あはは。お気になさらず」
私に威嚇する奴のご主人と私のご主人で話してる。結局威嚇してくる野蛮な奴を遠ざける事はしてくれない。何とかしてよ。
『はぁはぁ……』
隣の籠の奴も私に威嚇するので精一杯みたいね。無様な奴。そう思っていると、威嚇とは違うアプローチを、隣の籠の奴がしてきた。
『おい。ここがどこだかわかるか』
私は無視を決め込む。こんな見たこともない奴と話したくなんかない。
『ここはな、病院ってんだぜ。意味わかんねえ、俺たちには理解できねえことをされて、トラウマを埋め込まれる。そういう場所だ、ここは。地獄さ』
『うっ』
怖くて声が出た。反応してしまったことに味をしめた隣の奴は、どんどん話しかけてくる。
『まず、色々触られる。光を当てられたりすることもあるな。そんでがしっとやられる。ちくっともやられる。すげえ嫌だぜ』
なんか、こう、酷く抽象的で全く参考にならない隣の奴の話。しかし想像してしまうと、うん、恐ろしそうだ……。
「菊池マメちゃーん。診察室へどうぞ」
「はい」
あなたが声をあげて立ち上がった時、ああ、ついに時がきてしまったのね。と、そう考えた。
『じゃあな、マメ』
気安く私の名前を呼ぶ隣だった奴の声を無視し、移動した。そうして、私は籠から解き放たれたのだった。
結果から言って、病院というのはそんなに大した事はなかった。あなたがそばにずっといてくれたからよ。でもやっぱり、行きたいか行きたくないかで言えば、行きたくない場所ではあった。色々触られたりして怖かったわ。それでもあなたがそばにいたから、私は耐えられた。あなたのおかげ。
「よく頑張ったなーマメ」
そんなことを言いながらあなたは私を撫でる。私は撫でられながら、我慢してよかったと思う。やっぱり心が通じ合っているわ。私たち。
テリトリーに帰ってきてから、少しずつ慣れていた場所がまた怖くなって、しばらく籠から出てこれなかった。あなたはそれをただ見守ってるだけ。ほら、そこの陰とか見てきてよ。何かいない?
でも見る限り私に危険を及ぼすものがないのはわかったので、出てきてリラックスをすることにした。籠の中も窮屈だしね。
そしたらまたあなたの膝の上に乗る。やっぱりここが1番安心する。あなたに撫でられて、気持ちよくなって眠る。
あなたが動いたことで私の目は覚めた。あなたもやることがあるのね。私のためだけには生きてはいられないものなのかしら。まあ、そんなわがままを言ってもあなたを困らせるだけだから、何も言わない。言っても、通じないし。
言葉が通じるようになればいいのに。
種族の違いは辛いわね。
あなたが何かしている間、私はいろいろなものが映る画面を見ていた。何が何やらよくわからないけれど、なんとなく見ている。すると、なにか食べ物のような匂いがしてきた。わたしはあなたの方を向く。あなたは一人で何かを食べていた。
ちょっと、ひとりで何を食べているのよ。わたしにも一口……。
「こらっ。それは食べちゃめっ」
ひっ。そんなに怒らなくてもいいじゃない。馬鹿。退散しつつ悪口を考えてしまう。
あれが人間のご飯ね。とても美味しそうには匂わなかったけれど、食べて見たいわ。おいしいかもしれない。でも怒られるからやめておこう。
わたしがずっと遊んでいる間に、あなたがまた布団に入った。わたしもスタコラと布団に潜る。布団の中は暖かくて好き。あなたの体温も感じられて好き。
そんなことを考えている間に、わたしは眠った。
目を覚ますと、まだ早朝のようで、わたしはお腹が空いたのであなたを起こす。
起きてー。朝! こらー。
あなたの顔を手で叩きつつ、押し揉みつつ、そうしているとあなたは大きなあくびをしながら起床する。
最近はこうしてあなたを起こしているわね。
「お前はいい目覚ましになるよ。少し時間早いけど」
それは褒めていると受け取っていいのかしら? それとも独り言?
「ご飯は今出すから待ってろ」
やったー! ごはん!
ご飯という言葉はわかるのよ。柔らかい肉が出てきておいしい奴。
それをあなたの足元で待っていると、とてもいい香りを漂わせる肉が皿に乗って出てくる。頂きます。
「朝からそんなに食って、お前も元気だなー。さて、俺も朝ごはん」
あなたが何か言っている時、わたしはあなたに興味を持って接してきていたけれど、ご飯の時と遊んでいる時とめんどくさい時はあなたに構っていられない。ごめんなさいね。
そしてしばらくして、あなたは家を出て行った。
はぁ。また一人か。と思いつつ、なんだかんだ一人も楽だ。あなたは必ずわたしの元に帰ってくる。そう知っているから。だからのーんびり誰にも邪魔されず日向ぼっこしながら眠っていられる。逆に、あなたがいるといつも音が鳴っているから邪魔なのよ。なんて、本人には直接言えないけれど。
ああ、気持ちがいい朝日。お昼までこのまま眠ってしまおう。
でも、そのうち眼が覚める。
……夢を見ていた。色んなところを走り回っている夢だ。本当に色々なところ。言葉に出そうとすると出てこない、そんな場所。
あくびと伸びをして、もう昼過ぎか。お腹も空いたな。お昼ご飯は硬い粒の美味しいご飯がいつも置いてある。食べても食べてもなくならない不思議なご飯。朝食べる肉と比べると天と地、月とスッポンくらい違うけれど。
それを食べて、また寝て。気づいたらあなたが帰ってきていて。一緒に遊んで貰って。そんな繰り返しの毎日。だけどその日常こそが幸せなのだとわたしは思う。いっぱい遊んで、いっぱい撫でて貰って、いっぱい、意味はわからないけれど、「可愛い」とか言ってもらえて、やっぱり意味不明なのにその言葉の数々が嬉しくて。あなたのごはんにちょっかいかけて怒られて、でもたまに少しだけあなたのご飯をもらえる。なに、すごくしょっぱいものを食べているのね、あなた。くせになりそうな味だけど、食べ過ぎは良くないわ。
気づいたらあなたと寝る時間。まだ寝たくない、まだ遊んでたい気持ちもあるけれど、あなたと寝る時間も好きなのよ。あなたの暖かさがいつも大好き。
あなたの匂いに包まれて、目を瞑る。
明日は晴れるかしら。何して遊ぼうかしら。あなたとどう過ごそうかしら。
そんなことを考えているうちに、ああ、もう駄目だ。わたしは眠ってしまう。
いつもありがとう、あなた。あなたに贈るわたしの愛の詩はあなたに届かないけれど、いつもあなたに思っているから、それがいつか、きっといつか届くといいな。
おやすみなさい、またあした。愛してる。
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