妹、異世界にて最強

海鷂魚

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四十話

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 声が聞こえた。女性の声だ。
『私の名は三寂という。よく聞け。私はお前に帯刀された木刀だ。私の力を使えば、妹の力を使わずに済む』
「どういう……ことだ」
「どうしました?」
 シバリアが、僕の様子を伺ってきた。この様子だと、シバリアにはこの声が聞こえていないようだった。
 他の誰にも聞こえない声が聞こえる。
 それも、その声の主は僕が腰にぶら下げていた木刀だというのだ。
『力を込めろ。そして、一振り目の名を言葉にするのだ。私の力は全てを破壊する。この位置からでも魔王城まで、攻撃が届くはずだ』
 どのようなものかはわからないが、ここから魔王城まで届く攻撃が、この木刀にはできる。らしい。
『あれさ、結構変だよね』
 と、僕の木刀を指して言っていた筒井。それがこの能力を見越してなら、あいつはなにをどこまで知っていたのだろうか。
『妹を過信するな』
 木刀——三寂が、筒井と同じことを口にした。
『あの能力は邪の物だ。過信するな』
「魔法もかけ終わりましたし、出発しましょうか」
 シバリアが全員に声をかけた。
『一振り目、一刀いっとう。お前が向いている方向——そこに魔王城がある。道を切り開いてやれ』
「待ってくれ、みんな」
 僕も全員に声をかけた。
「どしたの?」
 また具合でも悪いのかと近寄ってくる灯、その前方にいるシロやクロの前に出て、僕は言葉とともに刀を振った。
「三寂——一刀」
 それは、衝撃だった。
 凄まじい衝撃が、刀の振った先を襲い、全てをなぎ倒した。破壊した。
 その衝撃は進み、気づいたら——前方、かなり遠くに、魔王城と思われる荘厳な建物が見えた。
 ここは森の中で植物以外は何も見えなかったのに、随分視界が広がった。
「な、なに、その力……」
 後ろでは、皆が目を見開いて僕を見ていた。
「道を切り開いた。行こう」
「お主、そんな力を隠しておったのか。通りで異世界人のくせに弱いと思っとったわ」
「隠してたわけじゃない。声が聞こえたんだ。今、道を切り開けって」
「それにしても、森と王都ごと吹き飛ばすその刀、本当に恐ろしいわね」
「しかしこれはチャンスにもなりました。今この先は魔物が一匹もいないはずです」
「よし、走ろう。兄ちゃんとシバリアは足遅いから、兄ちゃんは私がおぶって、シバリアさんはシロかクロがおぶって走ろう!」
「儂がやろう」
「すみません、重いですよ……」
 遠慮がちのシバリアに、
「まあ、そのでかい乳のぶんは重いじゃろうが、儂には大丈夫じゃ」
「でっ、見ないでください!」
 思わずシバリアの胸部に視線がいったところで、それを遮られた。
 シバリアって、確かに胸大きいよな……。
「みんな準備オッケー?」
 僕は灯の背に乗り、シバリアはクロの背に乗った。おんぶという形で人に抱かれるのは十年ぶりくらいだ。
 皆、準備は整っていた。
「じゃ、ゴー!」
 まるで、ジェットコースターにでも乗ってるかのようだった。いや、それ以上だ。
 風で吹き飛ばされないように、灯の首にしっかり腕を回して耐える。灯の首を絞める形になっているが、灯はなにも言わない。ただ、マッハを超えるのではないかというスピードで走っている。どう見てもあと二、三キロはあるであろう魔王城まで、あっという間にたどり着き——
「いてっ」
 と、魔王城の手前で、灯が何かに激突した。その衝撃で僕まで吹き飛ばされて道に転がされる。何にぶつかったんだ? チカチカする視界の中、灯を見て、後ろのシロとクロは安全に止まっていたのを確認して羨ましく思った。
「ごめん、兄ちゃん大丈夫?」
「いや、大丈夫じゃない……マッハみたいなスピードで壁にぶつかって死なない僕も、異世界に来て体が強化されてて助かったけど、それにしてもこれは……」
「壁なんてないよ」
 灯の言葉に疑問を覚え、少しずつ回復する視界で見て、確かに灯の前方には何もないことを確認した。
「結界が張られています。かなり強力な」
 シロから降りたシバリアが、僕に回復魔法をかけながら説明してくれた。
『魔王城まで私の力が届いたが、魔王城を破壊するにまで至らなかったのはそのためだ。数キロ離れた場所からの一刀ではこの結界は破壊できなかった。だからもう一度私を振れ。ゼロ距離ならば破壊も容易だろう。二振り目の名前は、双子だ』
 三寂が反応する。
「三寂。お前の力はすごいよ。数キロ先まで瓦礫さえ残さない威力だ。でも、今ここで振ったところで、仲間に及ぶ被害が——」
「今、その木刀と喋っているんですか」
「——ああ、三寂がもう一度今の力を使えって」
 シバリアに問われ、僕は木刀を見せて説明した。
「じゃが、さっきもそうだったが、その三寂とやらを使っても、後ろにいる儂らにはなんの被害もなかったろ」
『その白猫の言う通りだ、青志。私の能力は、背後には及ばない。先ほどの一刀でも、彼女らにはそよ風すら来なかったはずだ。現にお前も無事だろう。これほどまでの威力を持つ私を振るったお前が木っ端微塵にならないのは、私の能力で私の後ろに立つものには結界を張っているからだ』
 三寂の細かい説明を聞いて、僕は立ち上がった。
「こいつをもういっかい振るう。みんな僕の後ろにいてくれ。この結界を破る」
「は、はいっ」
 僕の前にいたのは灯とシバリアだけだ。
「いらっしゃいませ、お客様」
 二人が僕の後ろに隠れたと同時に、魔王城から誰かが出て来た。執事の格好をした魔物だ。
「ここから先は通しませんよ。まあ、結界がある限り、あなた方は——」
「三寂——双子」
 結界にゼロ距離で斬撃を加えた。そしてその衝撃は易々と結界を破壊し、魔王城ごと吹き飛ばした。一瞬で壮大な建物が塵になり、パラパラと細かいゴミが宙に舞う。埃を吸わないように手で口を抑えながら、僕は破壊した魔王城を見た。視界はだいぶ悪い。
「いってえなあああああ!」
 埃で見えなかった世界を、怒鳴り声だけでクリアにした人物が立っていた。埃が一瞬で吹き飛ばされ、その人物の様子が伺えた。
 筋骨隆々で、肌が黒い。ツノが生えており、目は赤い。
 まるで悪魔のような姿をした魔物が、魔王城跡地で立っていた。この三寂の能力を受けてもまだ立ってられるのか。粉々にならないだけでもすごいのに、なんて奴だ。
「ああああああああああ! この俺の咄嗟な防御魔法がなければ死んでたぜ! くっそ! てめえらよくも魔王都を半分も吹き飛ばしやがったな! ただでさえ小せえ国の小せえ王都なのによ!」
「あなたが、魔王か」
 僕の問いに、奴は答えた。
「そうだ! 俺様が魔王だ。ルーツェ様だ!」
「会話なんてしてる暇あんの? さっさと殺そう」
 灯が殺気立つ。とっくに臨戦態勢だ。
 シロとクロも、そうだった。
 しかし、
「疑問がある」
「私もです」
 僕の言葉に、シバリアが賛同した。
「小さな国ってどう言うことだ。このノロジーにはシュバルハとアルハがあって、そのふたつの国しかないんじゃないのか。いや、だけど、小さい国というのも頷ける。何が何でも、シュバルハとアルハの王都が近すぎる。馬車のスピードで一週間走ればたどり着くなんて、どう見てもどちらかの首都がどちらかに寄っているんだ」
「そうですね。学問でも、アルハの巨大さは教本に細かく記載してあります。それが小さいって、どう言うことでしょうか? 確かにアルハまでの道のりは近いし、なにより、道のり一本で王都同士が繋がっているのも、初めて知りました。そしてシュバルハ側には軍隊の一つもない。この戦争は一体どうなっているんですか?」
「うるせえな! クソガキ二人! てめえらが理性的で話が通じそうで助かった・・・・が、一気に疑問をこっちにぶつけてくんな! お似合いカップルか!」
「…………」
「…………」
「照れんな!」
 お似合いカップルと言われて少し言い淀んだところで、シロが急かす。
「何のんきにコントやっとるんじゃ。はよう終わらせんと、他の魔物が集まるぞ」
「はぁ、落ち着けよ白猫。もう魔物はほぼいない。お前らが突破しまくったバリケードの魔物でほとんど戦力は使ったし、二度のすげえ衝撃で王都の半分は消し飛んだ。もう戦力になる魔物なんていねえよ。最強の執事も城ごと消えたし……」
 魔王は話を始めた。
「この戦争の話をしてやる。魔物視点の戦争の話だ」
 まるで、答え合わせでもするかのように。
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