妹、異世界にて最強

海鷂魚

文字の大きさ
上 下
37 / 50

三十七話

しおりを挟む
 明け方、僕たちは出発する。
 アルハで初めての夜を過ごしたが、何事もなかった。皆、まだまだ余裕そうだった。それも灯が先導してくれているおかげだ。
 魔物にも見つからなかったし。
「と、いうのも、この地図です」
 ヴィルランドールさんが見せるのは、僕と灯が宮殿で王様から授かった旅グッズだった。
「この地図にはアルハの小さな村まで事細かく記載されており、うまく隠れる場所を探しやすいのです」
「なるほど」
 この地図、敵国の村まで把握してあって、これも魔法の力だろうか。だとしたら、この魔法の力などを応用したら、魔物にも勝てそうなものだけれど。
 何故そうしないのかまでは知らない。
 魔法は応用が一番難しいのかもしれないし、戦力は勇者だけでいいと政で決められているのかもしれない。
 とにかく、戦力として役に立たない僕は、戦力を創出できるであろう国に対して不満を抱くのであった。
 軍と一緒に行動とかさせてくれてもいいのに。
 なぜそうしない?
「そして、その地図をみる限り、我々はアルハの道のりを大分大幅に時間短縮しながら進んでおります。これは地図のおかげではなく、アカリさんのお陰でしょうな」
 そうだな。
 ヴィルランドールさんは灯を感心したように言うが、しかし僕としては、もう少し安全な——灯が安全なルートを通りたい。
 これは単なる兄の妹思いだが、しかし戦略的に見れば、灯が先導する作戦は、見事なまでに、妙策であると言える。
 ヴィルランドールさんの話であると、五日かかるはずの旅が(現在の時点であと四日)、三日ほどで済むと言われている。つまり明後日にはアルハの王都に辿り着く。
「到着の正確な時間まではわかりますかね」
「王都付近に着くのは、明後日の午後一時から三時になるでしょうが……、襲撃は深夜にした方がいいでしょうな」
 ナビでもないヴィルランドールさんが正確な到着時刻を予知できるのは、流石の才能と経験としか言えない。それを信用するなら、確かにその時刻に到着するだろう。
 そして深夜に襲撃、か。
 その辺りの具体的な作戦会議はしたことがないが、深夜の襲撃が当たり前だろう。
 その前に。
 灯に限界が来ないことを祈るしかない。
 一日、二日、十時間ぶっ通しで走れてたとしても、それ以降——いや、灯が昨日十時間走ったのは、道中の途中だ。朝早くからの出発になれば、十時間どころではない。十時間以上走らなくてはならない。
 凡そ三十時間以上走行した灯の体に、異変が訪れないか。
 それが心配だ。
 道中、敵をなぎ倒すことが優先事項にされがちだが、最終目標は魔王の打倒であるのだ。三十時間以上の疲労が、魔王戦で祟らないか——だから僕たちができることは、少しでも灯に疲労が見えた場合、灯を前線から遠ざけ、灯の休憩時間を、僕たちが作るしかない。
「——と、思うんだ」
「まあ、そうじゃろうな。当たり前のことを言ってないで、その先のことを考えい」
 シロに言われて、初めて考える。
 灯が戦ってくれる。僕たちが戦うべき敵を倒してくれる。その考えが、僕たちが戦った場合の作戦を練らせなかった。
「心配しなくてもいい。アオシくんは後ろで馬車とシバリアさんの護衛を頼むよ」
 ザギは微笑んで僕に言った。屈辱的だが、恐怖で錯乱してしまったのは僕なので、僕が戦いを怖がっていると思われても仕方がない。事実そうだとも言える。
「でも、僕は——」
「反論しなくていいわよ、アオシ。あなたは戦力にならない。前線に出られても邪魔なだけだもの。あなたは今、戦意があるとしても、私たちにとっては邪魔」
「うぐっ」
 僕をかばっているつもりなのか、邪魔を二回も言わなくていいじゃないか……。クロのやつ、酷いな。僕だって戦力として、戦力として……。
「確かに、まあ、戦力にならないかもな……」
 自分の腰にぶら下げてある木刀を見ながら、僕はうなだれた。うん、戦力にならないよ、僕は……。
「まあ、戦う意思を新たにしたのはいいが、それを違う方向で活かせ、アオシ」
 シロがフォローしてくれる。この姉は優しいな、妹と違って。
「馬車やシバリアさんの護衛を無にするのは得策ではない。そのためのアオシくんだ」
 ザギも僕にフォローを入れる。
 あの取り乱しかたで相当気を使われているな。
 仕方ない、僕がこの連中では異質だったんだ。戦いを、死を極端に恐れる僕が皆とは違ったんだ。気を使われても仕方がない。
「前線は私とシロさん、クロさんで保つしかあるまい。三人の戦力でどれだけアカリさんの体力を回復させられる時間を稼げるかだが、今は彼女の馬鹿げた体力が我々を救っている。ならばそれに乗じておこう。アカリさんの体力が尽きた時、我々が尽力すればいい」
 ザギの言うことはもっともだが、楽観的にも思える。
 いや。
 僕が悲観的すぎるのだ。
 だから僕だけが錯乱するのだ。
 少しは仲間のことを信頼しよう。
 ザギの提案に乗るんだ。
 しかし、失敗した時。
 作戦が失敗した時。
 ……。
 …………。
 今にも、灯を戻して、みんなで一つ一つバリケードを破壊していけばいいのではないだろうか。
 今、楽な道だからと言って灯を走らせているが……それで僕たちは正しい道へ進めるのだろうか?
 正攻法へ進めるのだろうか?
 ……。
 …………。
 僕は、灯を信じる事にした。
 灯の力を、信じる事にした。
 今、灯が一番強い。
 灯が無敵の力を誇っているのだ——それが今だけかもしれないが。
 しかしそれでも、僕は灯の無敵さを信じて、進むしかない。
 慎重になりすぎるな。
 また恐怖に飲まれるぞ。
 前を向け。
 灯の姿を見ろ。
 今も敵をなぎ倒し続ける灯の姿を。
 あの姿を信頼するしかない。
 しかし、敵を殺戮する灯の恐ろしい姿は、まるで人類が畏怖する悪魔のようである。
 まるで、魔物のよう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

処理中です...