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第90話

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【王国歴999年冬の月88日】

 俺達は皆で朝食を摂った。
 俺以外若い女性なのでにぎやかだ。

「さて、アオイとハヤトもいる事ですし、今後の方針の話し合いをしたいのですわ」

「そうだなあ。代償まで残りわずかだ。アルナがどう動くか、代償の前に奇襲を仕掛けてくる可能性は無いか?」

「その可能性は低いですわ。
 この騎士団はハヤトとアオイ、転移者の力が強いのですわ。
 普通に考えれば、転移者の代償が発生してから動くはずですわ。

 善意の国民の話によれば、アルナは1人でダンジョンの10階に向かったそうですわ」

「アルナがダンジョンの10階に向かったと分かる善意の国民か」

 ダンジョンの9階まで尾行出来るなら、教会騎士団か。
 あいつらは善意の者もいるけど、やばい奴らもいる。
 表立って動かないが、やばい奴は暗殺者と変わらない動きをするし、情報操作も普通にして来る。

 俺は、可能性が低くても、代償前の奇襲の可能性を考えていた。
 というか、何があってもいいように来た場合、来なかった場合の両方に備えようとしてしまう。

 俺は、普通じゃないのかもしれない。
 だから疲れて倒れたってのもある。
 今は代償前の奇襲の件は忘れよう。
 今は代償が起きて俺達が弱体してからアルナが攻めてくる想定で話す。

 俺は考えすぎてしまった。

 俺はまだ疲れているのかもしれない。

 自分のおかしな部分を考慮に入れるべきだった。

「代償が来てからアルナが攻めてきた場合だけど、もし転移者の戦闘能力がまったくなくなってしまったら、勝てるのか?」

「今の状態では難しいですわね」
「こっちから奇襲を仕掛けるのはどうだろ?」

「それでもこちらが不利ですわね。アルナ騎士団の方がレベルも数も上ですのよ。ですが、いい兆しも見えますわ」

「いい兆し?」
「勇者アサヒが勇者騎士団を結成していますわ。アサヒはアルナの団員を倒して奴隷状態を解除して仲間に引き入れていますわね」

「奴隷状態って簡単に解除できるのか?」
「善意の国民なら奴隷状態解除の紋章を作れるのですわ。それにアルナは時間をかけて、全員を奴隷LV10にする事はしないと思いますわ。奴隷レベルが低ければ解除は可能ですのよ」

 ショップには奴隷解除の紋章カードは売っていなかった。
 ショップで販売されるのはゲームのストーリーの後の方だ。
 でも、作れたとしても奴隷解除のカードは高かった気がする。

「そのカードっていくらくらいするんだ?」
「奴隷状態解除のカードで1人億単位のコストがかかりますわね。1億魔石から5億魔石ですわね」

 ゲームと同じか。
 シスターの儀式スキルで解除できるカードは1億だけど、儀式無しで解除できるカードは5億だったか?
 ショップには売って無かったけど、教会騎士団は奴隷解除のカードを作れる者を抱えているのか。

 それに、教会騎士団は教会の意向で動いている教会の手足だ。
 教会の資金力は高い。
 
 多額の寄付を受けているだけじゃない。
 聖魔導士の儀式スキルの手数料の利益が高いのだ。

「教会騎、善意の国民はコストをかけてでもアルナの力を削ぎたいのか」
「そうですわね。それと教会騎士団がアルナが異端者である可能性を示唆していますわ。魔物の手先であるとして、取り調べをする準備を進めていますわね」

 教会騎士団はアルナの評判を下げつつ、合法的にアルナの邪魔をするつもりだろう。
 理由なんて嘘でもいい。
 アルナの時間を奪う口実をでっちあげる程度の事は、教会騎士団ならやる。

 日本だって良く分からない罪で人を拘束したり逮捕したりしている。
 日本より法整備の遅れたこの世界でそういう事をしないわけがない。

「教会騎士団は表でも裏でもアルナに圧力をかけてるって事か?」
「そうですわね。善意の国民と言って欲しいですわ」

 教会騎士団=善意の国民と呼ばないとまずいのか。
 教会騎士団は証拠隠滅とか普通にするから、気を付けないと暗殺対象になるのかもしれない。

「それと、兵を奴隷にするやり方は、民の反感も買っていますわ。定期的にアルナの拠点は襲撃を受けていますわ」

 アルナは団員を奴隷にするし、意味もなく人を殺す。
 いや、アルナが独裁者と考えれば、色々見えてくる。
 アルナにとって、人が死んで国力が低下することより、自身の暗殺防止と体制の維持、そして王になる事が大事なんだ。

 元の世界の独裁者を見れば分かりやすい。
 独裁者は身内に殺されたり、反対勢力を潰す為によく粛清をする。

 でも、そんなことをしていたら、家族を殺された民がレジスタンスになるか。
 ただ、アルナの騎士団もアルナも強い。

 団員を全員奴隷にして、さらに強い団員しかいないし、アルナ自体が4昇天より強い。
 その上さらにダンジョンの10階でレベル上げか、どれだけ強くなるんだ。
 そこまでやられたら内部崩壊や裏切りによるアルナの暗殺は期待できない。

 アルナの行動は独裁者のように、徹底的に反抗勢力を潰して、裏切りが出来ないように自分の騎士団を奴隷にする。

 ゲームと同じで、人がいくら死ぬとかそういう事ではなく、自身の保身と勢力の維持を何より大事にしている。

 アルナがもし王になったら、俺たちは全員殺されるだろう。

 ファルナクエを受けた時点で、もうアルナと敵対することは決まっていた。
 だが、アルナが出てくるのが早すぎる。


 アルナへの抵抗勢力……
 いるけど、効果は限定的か。
 教会騎士団が本気を出せれば簡単にアルナを潰せるけど、教会騎士団はそれをしないだろう。

 ファルナ騎士団を道具のように使ってアルナを消耗させようとしている。
 本気で潰す気ならそんな事はせずに一気に力でねじ伏せられる。

 今の脅威はアルナとアルナ騎士団だ。
 そして代償で俺達が弱くなればファルナ騎士団の危険は増す。
 今こちらが戦いを挑んでもやられる可能性が高い。

 アルナが転移者の代償の後に攻めてくると考えるなら、俺のレベル上げより、ファルナ騎士団のレベル上げか。

 アルナがうまく勇者騎士団と対立しつつ、ねちねちと教会騎士団から取り調べを受けて、レジスタンスがアルナを疲弊させてくれればいいんだけどな。

 うまくいくように期待したくなるけど、そううまくは行かないだろう。
 俺達は出来る事をする。

「しばらく時間を頂ければ、アルナ対策の力をつけることが出来ると、教会騎士団の方には話をしてありますわ。わたくしは、騎士団のレベルの底上げをしたいのですわ」

「私も賛成よ」

 アオイもファルナの意見に賛成した。

「そうなるよな」
「今の問題は団員のレベル差ですわ。上はトレイン娘のレベル81で、下はレベル3ですわ」

「レベル差が大きいから、ダンジョンの同じ階でレベルを上げられなくて手間とコストがかかってるってことでいいか?」
「その通りですわ」
「対策は、下のレベルを上げるのが楽ね」

「新兵の護衛を厚くしつつ、俺やアオイとパーティーを組んで一気にレベルを押し上げたいと言ったら出来るか?」
「こちらからお願いしたいくらいですわ」

「役割を決めてダンジョンに行こう」

 時間は限られている。
 代償の時は、王国歴999年冬の月90日の終わりだ。
 今は王国歴999年冬の月88日。

「後3日しかないか」

 時間を稼げるなら、今のレベルアップが将来のファルナ騎士団の成長速度を左右するだろう。
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