彼は誰時の窓下

桜部ヤスキ

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第2章

1. If : 世界が滅んだら

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 1学年の団体競技は大拍手で終了した。
 出演側としては、暑かった、くらいしか感想として言えることはない。保温状態の天然ホットプレートと化した地面を裸足で駆け回って、しかも寝転がったらそりゃあ暑いよ。ていうか痛いよ砂利が。
 その前に1学年の徒競走と長縄を終え、午後の部序盤の部活対抗リレーもつい先程終了し、俺が出場するプログラムはもうない。あとはのんびり観戦といきますか。
「お、そろそろ入場門に行かないと。じゃあ2人共応援よろしくねー。行くよーやなちん。観客に颯爽とした走りを見せつけて、ダークホースのごとき活躍をしてやろう!」
「……そうだな」
 午後になっても衰えないハイテンションにあおられつつテントを後にする柳達を見送り、残った伊志森の隣に腰を下ろす。テント内は今空いているため、競技がよく見える一番前の場所を取れた。
「あの2人何に出るんだっけ」
「借り物競争。全学年合同だったな確か」
「何となくしかルール知らないけど、くじ引きみたいに紙引いて、書かれたお題通りのものを持ってゴールするんだよね?」
「ああ、だがそのお題が毎年癖が強いらしくてな。しかもゴールした後にお題に合ったものや人を持参できているか審査員がチェックするんだと。俺が先輩に聞いた話だと、去年『今一番好きな人』っつーお題を引いた奴がいて、全校生徒の面前でその場で告白する羽目になったとか」
「えぇぇ、何それ。メンタルもたないよ」
「ちなみにそいつ、同クラスの女子を連れてったらしいが、即座にフラれたと」
「ただの公開処刑!」
「まぁ蔵は半端なく図太い神経してっから、ひねくれたお題だろうと難なくクリアすんだろ。一夜は、どうだろうな。なんやかんや真顔でこなしそうな感じはするが」
「あー、確かに。でも案外フリーズするかもよ、あんま突飛なお題には」
「それはそれで見てみてぇな」
 雑談をするうちにプログラムは進行し、いよいよ借り物競争の出場者が入場してきた。
 体育祭の競技の中でも毎年の名物らしく、テント内にはいつの間にか生徒が密集していた。俺のすぐ隣にはカメラを構える写真部員の姿もある。
 これは柳が記者会見でフラッシュを浴びる汚職議員みたいな顔をしていたのも分かる気がする。佐々蔵は気にしないタイプだが、目立つのが苦手な人間にとって、この注目度はかなり威圧的に感じるかもしれない。頑張れよ、柳。
「今年も体育祭実行委員の方々がパンチの効いたお題を用意してくれましたー!」
 スターターの女子生徒がマイクを手にアナウンスを始め、それに応じ観覧テントから歓声が上がる。遊園地のアトラクションの前説みたいだな。
「5人ずつスタートし、真っ直ぐ走ってこの机の上に置かれる二つ折りの紙を1人1枚取ってください。一度手に取った紙を交換することはできません。各自紙に書かれたお題の通りの物、または人物を借りてゴールへ向かってください。手ぶらでゴールすればその時点で失格ですからね。そして、ゴールした走者がきちんとお題をクリアしているか、3名の審査員が独断と偏見で審査します。なので訴え次第で合否が決定する場合もあるかもしれません。ただし、一度失格となれば抗議は一切受け付けませんのでご了承ください。それでは各レーンの第1走者、スタートラインについてください!」
 走者はトラックの直線部分を走ってお題を手に取り、各自調達してカーブの部分を走りゴールするという構図のようだ。俺が座っている位置からだと、ちょうどお題の机が目の前に見える。
「それではいきまーす!On your mark…………sets!」
 ピストルの発砲音と同時に走者がスタートし、周囲からどっと声援が沸く。スタジアムのスポーツ観戦みたいな熱狂振りだ。
 その後順調に競技は進行しているようだが、お題を引いた面々は一様に悩ましい表情をしている。
 完走した走者のお題はゴール地点に待機する係員の生徒によって読み上げられるが、確かに難しそうなものが多い。
 「某アイドルグループのセンターを飾れそうな人」とか、「RPGに例えると大剣使いっぽい人」とか、そんなの定義が曖昧過ぎて何が正解なのか分からないだろ。審査員の主観に刺さるかどうかは運任せ、もしくは言葉で押し切るというのがこの競技の攻略法のようだ。うわぁ出なくてよかった。
 ちなみに佐々蔵は紙を開いた途端救護テントへ向かって突進し、清川先生を連れて一番にゴールした。お題は「将来結婚したい先生」。観覧テントからは男子勢からのズルいぞコールが巻き起こったが、まぁでもあの先生以外考えられないだろうな。俺は以前意識落とされかけてから若干苦手意識があるが。
 半分程終わり、いよいよ柳の出番が回ってきた。緊張しているのか表情がガチガチに固まっているし、体の動きもぎこちない。
「硬過ぎるぞー。もっとリラックスして行け」
「直感でいいぞ柳。あんま考えるな」
 伊志森と手を振りつつ声援を送ったところ、頭が数ミリ動いたように見えた。あれは頷いたってことでいいんだろうか。

 パンッ

 スタートの合図が鳴り、5人が一斉に走り出す。
 机の元へ辿り着いたのは全員ほぼ同時だった。

「はぁ!?」
「嘘だろ!」
「ええぇぇぇ!」
「あーそうきたか」

 各々お題を目にした瞬間衝撃を受けたような様子。一体どんな無茶ぶりリクエストが書かれていたんだ。
「…………」
 一方柳はというと、紙を凝視したまま一時停止。5秒程経過した途端に顔を上げ、テントの方を向く。
 まるで予め狙いを定めていたかのように、最前列に座っている俺と視線がぶつかった。
 未だ動く気配のない他4人を置き去りに、矢のごとくこちらへ飛んできた。と思った時には手首を掴まれグランドを走っていた。
「はぇっ?や、柳、俺なの?一体どんなお題だよ」
「……いいから走れ」
 問いかけには答えずコースを進み、見事1位でゴール。俺よく柳に引っ張られてるな。
 ここでお題に対する判定が下されるのか。
 係員が近付いてきて柳から紙を受け取る。
「随分早かったですねー。さてこちらのお題は、『世界滅亡後2人きりになった時の相手』です!」

 ……………………は?

「えーっと…………それ、俺でいいの?柳」
 発案者的には別の回答を期待してたんじゃないだろうか。というか誰だそのお題考えた奴。
「お前が直感でいいって言っただろ。とっさに浮かんだのがお前の顔だったから。悪いか」
「悪いとは言ってない。ただお題に沿ってるかという点はどうなのかと」
「要は自分にとって大事な人間ってことだろ。俺は本気でそう思ってる。悪いか」
「いやだから俺がどう思うかじゃなくて」
 微妙に噛み合わないやりとりを神妙な様子で見ていた審査員。その評価は__
「全員合格の札を挙げました!よって1位!おめでとうございます!世界が終わった後も共に過ごしたいという友情が溢れてますね!素晴らしいです!」
 なんてコメントをもらい、そのまま1位走者の列に案内される。
 3、4人分程前にいる佐々蔵からニヤつき顔と共にグッドサインが送られてきたが、何も返す気にもなれなかったためスルーした。



 もしもの話とはいえ、異性への告白を促そうとしているとしか思えないような悪趣味なお題をうまくかわした柳は、競技終了後クラスの間で話題になっていた。単にお題を理解できてなかっただけのような気もするが。
 他の走者の中には同様のお題を引いてしまった人もいたようで、伊志森が言っていたような公開処刑の結末を辿る者が今年も数名出てしまった。なんか見てるこっちまで心臓が苦しい。
 結果としてあの競技の成績が白組側に大きく加点され、多くの生徒が喜びに沸いた。周囲の凄まじい活力に圧倒され、観戦テントを離れる。少し静かな所に行きたい。
「みんな元気だよな。こんな暑いのに。うわ、ハチマキすごい湿ってる」
「ああ、そうだな」
 体育館横の涼みスポット。人混みから離れたその場所に柳と並んで座り込む。
 日陰で風通しがよく、ひんやりとしたコンクリートが暑さを和らげてくれる。
 今は3年生によるフォークダンスの最中で、その他の生徒ほぼ全員がテントに寄ってたかって観覧している。部活の先輩方がマイムマイムやオリジナルダンスを踊っている様子に全く興味がないわけでもない。が、今流行りの恋愛ソングに合わせてステップを踏むそのペアの相手が桐塚だった、なんてシーンを目撃してしまった暁には何か恐ろしいトラウマとして脳裏に焼き付いてしまいそうだ。妻の不倫現場を目撃した夫かよ。
「あと2,3競技で終わりだっけ。それまでここにいるか…………ってどした柳。ぼーっと見上げて」
「……なぁ。あそこに、鳥が旋回してるだろ。雀くらいの」
「鳥?」
 指差す方向を見上げる。
 不純物のない真っ青な空がどこまでも広がっている。
 ただ、それだけ。
「いないよ、鳥なんて」
「いない…………そうか」
「俺いよいよ視力落ちてきたのかな。……あ、もしかして、霊的なやつだったりする?」
「……かもな」
「えっほんとに。こんな場所にもいんの。もしかしてやばいやつ?」
「いや、あからさまに害意があるわけでもなかった。度々見かけはしたが、あれは……監視か…………」
「なんか、もっと人の少ない所とか、暗い場所に出るのかと思ってたけど」
「ああいうのはそこら中にいる。人間はどこでだって死んでるから」

 __死。

 それまでと変わらない口調で言ったその言葉に、冷たい風が一瞬心中を駆け抜ける。
 特別ではなく、ありふれたもの。今もその目に見ているが故に。
「……人って、死んだらどうなるのかな」
「何だ唐突に」
「あの世っていう世界があって、みんなそこにいくのかなって思ってたけど、実際この世で彷徨ってる人もいるわけでしょ。人って言っていいのか分かんないけど」
「さぁ。人間が死後どうなるかは知らないし、知りたくもない。…………なぁ、名神」
「うん?」
「お前は、本気で信じてるのか」
「何を?」
「俺が死人を、人間の成れの果てを認識できること。他人には見えないものが見えていることを」
「うん」
「……いや、即答過ぎて話聞いてたかってなるレベルなんだが」
「ええっ、俺としては迷う余地なしっていうアピールのつもりなんだけど」
「何でそんな意思が持てる。お前の辞書に疑うという言葉はないのか」
「それは、お前が俺に対して嘘を吐いている可能性を考えろってこと?それ自分で言う?普通」
「何もない空間を指差し何かあると指摘されて、それで信じる奴は普通なのか」
「普通でも異常でもどっちでもいいよ。要するに何、お前は俺に信じてほしいのか、疑ってほしいのか、どっちだ」
「…………前者」
「うん、じゃあ信じる。以上」
「雑だな」
「シンプルでしょ。何、まだ納得いかないの?そもそも霊的なものがいるって嘘吐いて、お前に何のメリットがあるわけ」
「それは…………まぁでも、俺の言ってることが真実でも虚実でも、お前にメリットはないどころか、デメリットしかないよな」
「何で」
「オカルトや霊の類が苦手な人間には恐怖を与えることにしかならないだろ」
「ん…………まぁ、そうかもね。その手の番組とか漫画とかでもほぼ見れないくらいだし。でも、その……何て言うかさ、別に言ってもいいんじゃないかな。何か変なのいるとか、やだ怖いーって」
「言うって、お前にか?そうやって日中お前を怖がらせ続けろと?」
「そ、そんなに頻発に目撃情報あるんですか……?」
「そこら中にいると言っただろ。お前にはデメリットしかないことを何でわざわざ要求してくる。マゾか」
「……2人以上に指摘されたってことはそうなのかな。いやそれはどうでもよくて。俺が言いたいのはあれだよ、怖い時や辛い時は、素直に口に出した方がちょっとは楽になるってこと。ストレス溜め込んだら健康に悪いからその都度発散するだろ。それと一緒」
「だからお前は怖い嫌だと連呼して騒ぎまくるのか」
「んっ……まぁその通りだよ。1人で黙って我慢してるのって辛いだろ。だから素直に言っていい。俺は全部受け取るよ」
「霊がいるとか言って、それでお前が騒いだらこっちとしては余計に恐怖心煽られるだけじゃないのか」
「……確かに。あいや、あの、あれだよ…………1人より2人で騒いだ方が怖くない」
「騒ぐのはお前だけだろ」
「柳が冷静過ぎるんだよ。おかげで肝試しの時は助かったけど」
「慣れてんだよ。お前と違ってな」
 ……慣れてる、か。桐塚も似たようなこと言っていた。
 幼い頃から呪いや霊が見えて、きっとそれが当たり前だった。あいつは怖いとかって感情はあまりなさそうだったけど、柳はどうなんだろう。先月の肝試しの時は俺とは正反対に落ち着いていた。あれか、自分よりパニックになってる人を見ると逆に冷静になるの法則ってやつか。何の漫画のネタだっけなこれ。
 慣れることと怖くなくなることって、同じなんだろうか。たとえそうだとしても、呪いだらけの世界に1人きりだったら。認識改変が蔓延していた1学期の間、誰にも話しかけられず見向きもされない中、人ではないものだけがすぐそばにいる。自分は、周りの人間にとって存在しない者になっている。”それ”と同じように。
 __俺はもう、死んでいるんじゃないのか。
 そう思考が行きついても、何らおかしくない。

「慣れてるなんて言うなよ」

「……何だ、怒ってるのか」
「あいや、違うよ。そうじゃない」
 ふと口から出た言葉は自分でも少し語気が強く感じられた。
 そうだ、怒ってない。ただ__
「その、何て言うか…………あちこちで呪いが見えて、お前にとってはそれが当たり前で。でもだからって、怖いと思っちゃいけないことはないと思う」
「……どういう意味だ」
「よく、慣れてるから平気だなんてセリフあるけどさ、そんなのただ自分を納得させようとしてるだけじゃないかって思うんだよ。自分にとってはいつものことだから大丈夫、うまくやれる、臆することはない、って。だから柳も、霊とか変なのがいるのはいつものことだから平気だ、怖くないって、自分を騙してるのかなって思えてさ。そしたらなんか……悲しくなった」
「何でそうなる。辻褄があってないだろ」
「だよね。自分でも言っててよく分かんなくなってる」
「はっ、何だそれ。……初めてだ。誰かにこんなに自分の気持ちについて考えられるのは。俺自身すら考えたことなかった」
 そう言って、柳は目線をふと地面に落とした。
「家でも町中でも学校でも、どこにいても気味の悪いものが視界に入ってくる。何かいる、怖いと言っても誰も信じない。俺まで気味悪がられる。……だから、もう怖くない、慣れたからと自分を騙して、諦めようとしてたんだと思う。自分は周りとは違うから、理解なんかしてもらえないんだって。……怖いなんて、もう誰にも言ってはだめなんだって」
「…………そっか。じゃあ、これからは俺に言えばいいよ」
「はぁ?いやだから、何で見える側でもないお前に__」
「俺だって時々めっちゃ不気味な声聞こえたりするしさ。あれって幽霊の声みたいなやつだよな。だから俺とお前は霊的なものが感知できる者同士。仲間同士なら色々分かり合えることもあるだろ」
「仲間…………お前と、俺が?」
「そ。少しは気を許せる相手って感じかな。普段言えないことが言えるとかさ」
「普段、言えないこと……」
「全部打ち明けろとは言わないよ。ただ我慢はしないでほしい。誰も分かってくれないからって、独りで抱え込むのはなし。言ったろ、俺が全部受け取るって」
「…………本気で、言ってるのか」
「うん。お前を独りにはしない。一度決めたことから絶対に逃げないのが、俺の生き方だから」
 不安げに曇っていた柳の表情が、途端一気に晴れ渡ったように感じた。
 春の若葉色の瞳が、風になびく草原のように揺れている。
「…………そう、か。そこまで……ってくれるのは…………その…………しい」
「え?何、よく聞こえなかったけど。ていうか何で顔背けるの」
「別に、何も゛ない」
「そうなの?あれ、なんか鼻声っぽくない?風邪?大丈夫……ってどこ行くんだよ柳」
「顔洗ってぐる。づいてくんなよ」
 ぴしゃりと言い放ち、脱兎のごとく走り去っていく。
 何だ、ひょっとして怒らせた?え、俺何かまずいこと言ったかな。
 大抵は怒鳴り返してくるのに、思わずその場から逃げ出す程激昂させてしまったってことなのか。だとしたらどうしよう。やばい。帰ってきた時何て声をかければ__

「やぁ、病人のように真っ青になってどうしたのかな、名神君」

 能天気な声に振り向くと、今一番見たくない顔がそこにあった。
「…………何の用だよ、桐塚」
「おや、一気に敵意むき出しの顔になったね。それ程嫌われているのかな」
 何でこんなタイミングでこいつがここにいるんだよ。柳と入れ替わりみたいになったのは不幸中の幸いとも言えるけど、もしかして今のやりとり見られたのか。
「つい今しがた競技が終わってね。君を見かけたから何となく声をかけてみたけれど、一夜君はいないか。ようやく始まったと言える学校生活がどんなものか、訊いてみたかったが」
 どうやら柳が走っていったところまでは見てないようだな。急に態度が変わったのは気になるけど。
 とにかく、柳が戻ってくる前にこいつを立ち去らせないと。
「あんたが気にかけるまでもないよ。そもそもそんなキャラじゃないだろ」
「僕が彼の近況を知りたがるのはおかしい?彼のおかげでこの約半年間豊富なデータや経験を積ませてもらったよ。解呪はなかなか骨が折れる作業だったけどいい刺激になった。ぜひ実験協力の感謝を直接述べたい」
「頼むからその感謝だけはしてくれるな」
 相変わらず人を実験対象としか見てない奴だ。さっさとしっぺ返しでも食らって心改めてくんないかな。
「ともかく、用がないなら早く立ち去れよ。テントに戻って高校最後の体育祭という感傷に浸ってろ」
「僕にはそれ程の価値がある行事には感じられないが」
 それは、まぁ、否定できないかもな俺も。
「それじゃあ、近況は君から聞こうかな、名神君。最も近距離で観察していた君なら詳細を知っているだろう」
「俺は断じてあんたの手先じゃないからな。そこはちゃんと念頭に置いておけよ。つっても、特段語ることはないと思うけど。柳に嫌な目を向ける奴も少なくなって、クラスの何人かが直接話しかけてた。この体育祭でもあいつ活躍してるみたいだし、いい雰囲気にはなってきたんじゃないかなって思う」
 って、何で素直に受け答えしてんだ俺。
「へぇ。獰猛な一匹狼を群れに馴染ませることに成功しつつあるということか」
「嫌な言い方すんな」
「事実さ。そもそも君が必死に一夜君を順応させようとしている1年3組は、彼が心に歪みを抱えるきっかけになった場所だ。凶悪な父親の影に追われる彼にさらに多方から凶刃が突き付けられた。そんな所には二度と戻りたくないと思うのが普通じゃないのか」
「そうかもしれないけど、だからって逃げてたら何事にも向き合えなくなるだろ。柳だってそれは分かってる。同じ場所に留まってないで前に進むって、あいつはもう決めたんだ。そばで見てる俺は知ってるよ」
「逃げたら、向き合えなくなる…………」
「前に進むには、よそ見ばかりしてないでちゃんと前を見ないといけない。でないと危ないだろ」
「横断歩道を渡る時、左右を見ずに進む方が危ないと思う」
「それはその通りだけど、今交通安全の話はしてないからな。要は辛いことがあっても目を背けるなってことだよ。その場を凌いでも後で何倍も増した辛さが待ってるから」
「…………本当に、そうなのかな」
「あ?何がだよ」
「逃げる方が辛いって、それは君の持論でしかないだろう」
 博物館の展示ケースを眺める子供のような目に、僅かに曇りが差した。
「進もうにも前の方向が分からなかったら。向き合おうにもそれが許されないことだったら。……逃げるしか選択肢がない時は必ずある。それでも君は、その選択肢を選ばないでいられるのか。そうしなければ何もかも奪われるとしても」
「…………それだって、あんたの持論でしかないだろ」
「答えになってないよ。人間どうしたって相容れない存在はいる。話せば互いに分かり合えるなんて、それは分かり合えるから話せているだけだ。いくら言葉を投げかけても、それを相手が受け取らなければ会話にはならない。……だったら、もう僕にできるのは…………」
 途端、暗くなっていた表情をパッと模擬営業スマイルに戻し、いつもの爽やか尋問官風な調子で喋り出す。
「その点、君は何でも受け取るタイプだね。僕に対して反発的な態度を取っていながらもこうして会話に付き合っている。素晴らしい神経の持ち主だ」
「嫌味はもう結構」
「褒めているよ?」
「『褒め方 例文』ってネットで調べろ」
「一夜君に対してもそうだね。度量が大きいというか何というか。君の彼への執着心には素直に感心するよ」
「執着って言うな」
「他に何と言えと?利害の有無に関わらず関係を持ち続ける。それは彼も同様かな。きっと君に劣らない、あるいはそれ以上の執着具合だろうね」
「だからやめろってその表現。なんかよからぬ関係性に聞こえるだろ。俺と柳は普通の友達だっての」
「一夜君にとって、君は見える側に対する唯一の理解者だ。その存在は君が思っているより重大だと思うよ」
「重大ね。別に理解って程でも……」
「言葉を受け取って返してくれる。ただ隣にいてくれる。君にとって当たり前でも、それらを特別に思う人間もいるということだ」
「……あんたも、その1人なのか?」
「さぁ、どうだろうね」
 肯定でも否定でもない、漠然とした返答。
 風に乗って飛んで行く落ち葉を追って、目線は遠くへ向いている。
 ……今更ながら、何でこいつとまた長々話してるんだ俺。
「まぁ人生これからだしな。この先いい出会いがあるよ多分。がんば」
「唐突にまとめのようなセリフだけど」
「まとめだよ。これにて終了。連続でシリアスな話題は疲れる。というかあんたと話すのが疲れる」
「シリアス?僕は気軽な雑談のつもりだったけど」
「これまで自分が喋ったセリフを振り返ってみろ。どう考えても気軽な内容じゃないだろ」
「自分が何を喋ったかなんて覚えてないよ」
「そうだなー、小説みたいに文字起こしされてるわけでもないからなー現実は。というわけで解散。ほら戻れよ。委員会の仕事とかないのか」
「というわけでって、何も繋がってないと思うけど。まぁ今日も楽しかったよ。また話そう。それと、一夜君によろしく伝えておいて」
「ああ、気が向いたら」
「それじゃ。…………あ、そうだ」
「何だよ、まだ何か」
「約束の件、来月でもいいかな。ちょっと試してみたいことがあるから」
 …………やっぱり覚えてたのか。忘れててくれないかと密かに願ってたんだが。
「あぁ…………うん、来月ね。はい、了解でーす……」
「そう固くならずに。ほんのちょっとした実験だから。それじゃ、またね」
 ひらひらと手を振って遠ざかる後ろ姿に、怒りの念を込めた視線を突き刺す。ああいう人の尊厳を踏み荒らそうとする悪魔には、さっさと天罰が下ってほしいもんだ。

「おい名神」

「ひぇっ!」
 周辺の気温が2,3度下がりそうな声に振り向くと、柳が立っている。さっきまでの俺と同様に鋭利な目線を桐塚の背に向けて。
 顔を洗うと言ってたから前髪が濡れてるのは分かるけど、何でちょっと目が赤いんだ?痒くて擦ったのか?
「お前、あいつに何言われた?」
「え、な、何って……」
「ついさっきまで話してただろ。何言われた」
 なんか、圧がすごいんですけど。
 でもギリギリ会話の内容は聞かれてなかったみたいだな。危なかった。にしても何だ。悪いことしてないのにしたみたいな気分になってくる。あ、隠し事しようとしてる時点で悪いのか。いや待て、一旦落ち着け俺。これ以上柳を刺激しないように、当たり障りのない言葉を選んで言うんだ。
「あ、いや、ちょっとした挨拶くらいだったよ。最近どうとか、君達仲良いんだねとか、そんな感じのこと言って去っていった」
「本当にそれだけか?」
「本当に……それだけ…………です」
「…………」
 探るような目線が痛い。
 別に、嘘は言ってないから。大分脚色はされてるけど。でも大体合ってるから。
「……そうか。ならいい。目的のためなら手段を選ばないような奴だ。解呪の件で手を貸してやったことにかこつけて、何か要求してくるかとも思ったが」
「あ、あー、なるほどねー……」
 いや全くその通りなんですよね。さすが鋭い。
「と、ところで柳、その…………さっきはごめんなさい」
「何の謝罪だ」
「え、いや、お前が急にどっか行くから、俺怒らせるようなこと言ったのかなって」
「別に怒ってない。俺はただ…………まぁ、そんな態度取ったように見えたなら、悪かった」
「そんな、俺は気にしてないから。でも、ただ……何?」
「言っただろ、嬉しかったって。お前が真剣に俺と向き合ってくれてるって、改めて実感した。お前がいるなら、俺は前に進んでいける。生きていてもいいって、心から思える」
「それはよかった。何なら世界滅亡後も一緒にやってくか?お互い生き残ってたら」
「そうだな。たとえ他の全てが壊れてなくなっても、お前さえいるなら、俺はそれでいい」
「へっ、ああうん、そうか」
 冗談めかして言ったつもりだが、意外と乗ってくれるんだな。少し真剣さが強い気もするが。
 純粋で真っ直ぐ向けられる視線に目を逸らしつつ、話題を変える。
「あー、そろそろ最後のプログラム終わるみたいだからテント戻ろうか」
「やっと終わりか。この暑い中どいつもよく騒げるもんだな」
「はは、お前だって結構楽しそうだったじゃん。………っと、すみません」
 歩き出した時、前から来た生徒と肩がぶつかった。
「いえ、こちらこそごめんなさい」
 そう返す生徒と目が合った。
 俺より少し背は低い。温かみのある茶色のポニーテール。長いまつ毛の間から覗く麦畑のような黄金の瞳。
 思わず心拍数が跳ね上がりそうな程の、全身に儚げな雰囲気を纏った美少女。
 それが名も知らない彼女への、俺の第一印象だった。
 数秒程視線を交わしすれ違っていく。少し癖のある長い束髪が歩調に合わせて揺れている。
「何突っ立ってる、名神」
「あ、いや、何でもない。行こうか」
 再び歩き出したところでふと振り返ってみたが、人混みに紛れてもう姿は見えなかった。
 何だろう。あの雰囲気、あの顔。どこかで見たような…………いや、似た人を知ってる………?
 とは言え、同じ学校の生徒ならどこかで会ってても不思議じゃない。そういえば体操服って胸元に名前の刺しゅうがあるけど、そこまで目がいかなかった。情報通の佐々蔵なら何か知ってるかもしれない。まぁだからって別にアタックするつもりはないけれど。



 その後閉会式が開催され、体育祭はつつがなく終了した。
 今年の表彰台は、2年ぶりとなる白組の総合優勝で飾ることとなった。こういうスポーツの行事って幼稚園からあるわけだから、10回近く繰り返しているとなるとさすがに飽きるというか、勝敗なんてどうでもよくなるものだろ。
 なんて考えていた俺の思考機能は、結果発表と同時に周囲で沸き起こった歓声に圧倒され、教室に戻ってからのクラスの騒ぎぶりに完全に麻痺してしまった。小躍りする佐々蔵に窒息させられつつも、どうやら興奮すると人の首を絞める習性のようだ、クラスの生徒とハイタッチを交わし不器用な笑顔を浮かべる柳の姿をしっかり捉えた。

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