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高等部に進級しました

195:きっかけ

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 夜になり、キールが
夕食の準備ができたと
俺を呼びに来たのだが。

食堂には俺一人だった。

何でも義兄もルイも
タウンハウスに戻ってきていないらい。

義兄はともかくルイも?
と思ったが、ルイはどうやら
研究室に籠っているそうだ。

そういや朝の馬車でも
何やら研究がどうとか言ってたな。

しょうがない。
1人で食べるか、と思い
食卓に座ったが、
必ずタウンハウスに顔を出す
父もいないことに俺が気が付いた。

何があったのか。

俺に声がかからないということは
俺にできることは
何もないと言うことだ。

だから何があったか
知りたいけれど、
詮索はしない。

俺が足手纏いになる可能性もあるからな。

だがルイが戻って来ないのは
研究のせいだと思うが、
もし義兄たちと同じ理由で
タウンハウスに戻っていないのなら
結構大きなことが
起こったということになる。

俺はウダウダ考えつつ
夕食を食べる。

1人で食べるのは味気ない。

とはいえ、
サリーやキールと一緒に
食べるわけにもいかない。

広い食堂に俺はひとりぼっち……。

と思ったが、違った。

給仕してくれる使用人と、
キリアスがそばにいた。

キリアスは俺の食事の量を見つつ
給仕の采配をしてくれているのだ。

「キリアス」

俺がキリアスを呼ぶと
すぐにキリアスは俺のそばにきた。

「いかがなさいましたか?」

「ここで僕の話し相手になって?」

俺がそう言うと、
キリアスは目を丸くしたけれど
すぐに、頷いた。

「私でよろしければ」

「うん、ありがとう。
ルイが来てから1人で食べることってあまりなかったから」

寂しくて、とは言わないぜ。
ルイじゃないからな。

俺は食事をしながら
キリアスの話を聞いた。

食べながら話すのは
さすがにマナー違反なので
俺がキリアスに質問をして
その返事を聞きながら食事をしたのだ。

そこで俺は、キールの家が
伯爵家だということを知った。

伯爵家って高位貴族だと
思うのだが、何故に執事を?

と思って聞くと、
領地は持っていないのだという。

なるほど。
貴族であっても、
そう言うこともあるのか。

やはりそういう貴族社会のことも
知るべきだよな、俺。

反省しつつ、
デザートを食べ終わると、
何故かキールは深々と頭を下げた。

「いつアキルティア様に
感謝を告げようかと、
ずっと機会をうかがっておりました。

かつての我が領地の民の命が
今でも続いているのは
アキルティア様のおかげでございます。

両親と領民に成り代わり
お礼を申し上げます」

「え? なに?」

俺はビックリして
思わず素になってしまう。

「アキルティア様の提案で
我がブラウス領は公爵領となり
川の氾濫や、日照りによる不作に
悩むこともなくなりました。

飢える領民がいなくなり、
両親も感謝しております」

その言葉に俺は幼い頃に
父に偉そうに提言したときのことを思い出した。

あの頃はまだ世間も知らない
幼稚園児みたいなもので、
図書室で読んだ資料だけで
世界を全部知っている気になっていた。

ブラウス領のことも資料を読んで
飢饉が起きては大変だと
父に訴えたのだ。

だが、いきなり俺が
飢饉がどうとか、
飢えた領民はいつか
暴動する可能性があるとか
そんなことも言えなくて。

俺は必死で幼い子供を装い、
父に話をしたのだ。

そうだ、そう。
ダムの話と、植林の話と、
生活用水の汚さを訴えたんだっけ。

俺は段々と思い出してきたが、
あの時の俺は父に伝えるだけで
満足してしまっていて、
その後どうなったのかは
全く知らなかった。

父がなんとかしてくれると
信じていたからだが、
かなり無責任だったと思う。

「そう、なんだ。
良かった。
でも僕のおかげじゃなくて
父様のおかげだよ」

俺が父に話したということは
誰も知らない筈だ。

だから俺はそう言ったのだが、
キリアスは首を振り、
「旦那様にも感謝をしております」
とだけ言う。

まるで俺のことを知ってるみたいだ。

キリアスは父から何か
聞いているのだろうか。

そう思ったが、
父は俺に何も言っていないのだし、
俺が気にすることもないだろう。

俺はそう判断して、
それ以上は何も言わなかった。

ただ。

「じゃあ、キリアスが
結婚したら、お嫁さんは
領地に戻らなくても良いんだよね?」

一応、確認のために
それだけは聞いておく。

だって結婚してサリーが
遠くに行ってしまったら
ちょっと寂しいし。

「そう、ですね。
もう領地はありませんし、
おそらく王都で家を
借りることになるかと」

話を聞くとタウンハウスに
寝泊まりしている使用人たちは
全員独身らしい。

誰もが結婚すると
王都に家を買うか借りるかして、
通いになるのだと言う。

そうだよな。

結婚してまで
家が職場だなんてありえないし。

でもキリアスをとサリーは
二人ともこのタウンハウスに
寝泊まりしているし。

二人さえ良ければ
別に王都に家を借りなくても
いいんじゃないか?

俺はそう思って、
キリアスに提案する。

「でもね。
サリーもキリアスも
無理に出て行かなくても
いいんじゃないかなぁ」

俺がそう言うと、
キリアスの肩が揺れた。

あ、あれ?
キリアスが動揺している?

そうか。
俺が二人が恋人だってことに
気が付いたのはついさっきだった。

「ご、ごめんね。
内緒だった?」

「い、いえ。
その……何故?」

「さっき学園から戻った時の
二人の様子を見て
なんとなく?

サリーもキリアスも
物凄く優しい顔をしてたから」

「優しい、でしょうか」

キリアスは自覚が無かったようで
驚いた顔をした。

「うん。
サリーは僕の大事な侍女だから。
大切にしてあげてね」

俺がそう言うと
キリアスはもちろんです、と
頷いてくれる。

キリアスにも聞いていいだろうか。

「サリーのこと好きって、
どうやって気が付いたの?」

思わず聞いてしまったが
これは友達同士でするべき話題で、
キリアスにするべき話題ではなかった。

すぐにそう思ったが、
出てしまった言葉は戻らない。

キリアスは言葉に詰まり、
申し訳なさそうな顔をする。

「ごめんね。
答えにくいことを聞いちゃって」

さすがにこの家の息子と
執事がする話題では無かった。

キリアスは軽く首を振り
いいえ、と穏やかな表情で俺を見た。

「とても頑張っている姿を見て、
手助けしたいと思ったのです。

できればそばで支え、
共に未来を見たいと」

短い言葉の中に、
キリアスの想いが詰まっているように思えた。

「そうなんだ。
すごく……素敵だと思う」

俺は何故か胸がいっぱいになって
最後の紅茶を飲み干した。

「ごちそうさま。
話を聞かせてくれてありがとう」

俺が言うと、
キリアスは首を振り、
お耳汚しでしたと頭を下げる。

俺は席を立った。

サリーとキリアスの話を聞いて
俺は胸が温かくなった気がする。

俺も。
俺もあんな風に、
穏やかな顔で好きな人のことを
話す日が来るのだろうか。

そう思ってすぐに
ティスのことが頭に浮かぶ。

俺は慌てて首を振って、
それを打ち消した。

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