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高等部に進級しました

191:甘い空気

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 俺は隣に座るティスを
横目で見た。

ティスは俺を優しい表情で
見ていたけれど、
その瞳は真剣だった。

俺はティスと繋いだ手に
力を込めて、あのね、と声を出す。

「僕はずっと友達が
いなかったんだ」

俺は前世の話も少しだけした。

父がいなかったこと。
母が仕事でいつも家にはいなかったこと。

7つ年下の弟の面倒を見るために
友だちと遊ぶこともなく
学校と家の往復しかしなかったこと。

本当はずっと、
俺だって本当は
友達と他愛無い話をして
遊びたかったのだ。

だが俺はこの世界に生まれても
紫の魔力のせいで
体が弱かったから、
屋敷から1歩も出れない生活だった。

そんな中、
ティスは初めてできた友だちだった。

「僕ね、ティスと会えて
物凄く嬉しかった。

一緒に勉強したり、
お庭を散歩したり。

僕のそばにはいつも
ティスがいたし、
それが当たり前だったから。

ティスと会えなかったら
やっぱり寂しいし、
これからも一緒にいたいと思う」

ティスは、うん、と
頷いてくれる。

俺の手を握り返して、
わかってるよ、と言う。

「私もアキルティアと
ずっと一緒だったから、
その気持ちわかる」

そういうティスは
俺の気持ちを友情として
理解したんだと思う。

俺も、俺もそうだと思う。
思うけど。

「あのね、ルイが」

俺はティスと繋いだ手を
自分の方に引き寄せた。

「ルイ殿下?」

「うん。
領地にいる僕に
ルイがいいかげん、
タウンハウスに戻ってこいって
言いに来たんだけど。

その時にね。

ルイとの結婚は
すぐに無理って返事をしたし、
兄様との結婚話も
結婚できないって
すぐに言うのに、

なんで相手がティスになったら
悩むんだ、って言われた」

俺に引き寄せられて、
すぐそばにあった
ティスの顔が驚いた表情になった。

「そ……れは、
私は、期待してもいいということ?」

ティスはそう言うが
俺はそれに明確な返事ができない。

その代わりに俺がずっと
悩んでいたことを吐き出した。

「でも、僕には
王妃とか無理だと思う。
向いてないし、
誰かの上に立つとかできないし」

俺はティスの質問を
少しずらして答えた。

そのズレにティスはすぐに気が付く。

「じゃあ、私が王子でなくて
私と結婚しても
王妃にならないのなら、
アキルティアは結婚してくれる?」

そ、それには答えられない。
というか、そんな仮説はありえない。

ありえないのだが、
その仮説に頷いてしまったら
本当にティスが
王子をやめそうな気がして
俺は返事ができなかった。

「アキ?」

甘い声で、ティスが
俺の耳に唇を寄せる。

「返事は?」

耳たぶにティスの吐息がかかる。

無理。
ほんと、無理。

俺はソファーの上で
思いっきりティスの身体を
押しのけた。

身体中が熱い。

「ま、待って。
誰かを好きになったこともないのに
急に、こんなの、
どう反応していいか、わからない」

俺は息絶え絶えに主張する。

するとティスは
驚いた顔をしたけれど
すぐに嬉しそうに笑った。

「誰かを好きになったこと、ないの?」

「だ、って。
前世ではそんな暇なかったし。

この世界だと父がいるから
そんな相手と出会う機会も無かったし」

言い訳のように俺は
小声て呟くように言う。

「そう。
アキは前世でも恋人も
好きな人もいなかったんだね」

って、何故そんなに
嬉しそうに言う?

俺だって彼女の一人や二人
欲しかったんだよ?

現実的に、というか
物理的に無理だっただけだ。

一瞬、俺は拗ねたが、
本当に一瞬だった。

何故ならティスが
物凄い笑みで俺に迫ったからだ。

「じゃあ、僕がアキの、
アキルティアの初めての
恋人で、伴侶になれるかも
しれないんだね」

ずい、と顔を寄せられて
ティスの唇が俺の鼻先に
ちょん、と当たった。

もう無理、
絶対に無理。

なんだ、これ。
これが17歳のすることか?

前世だとまだ高校生だろう?

狼狽える俺に
さらにティスが手を伸ばしてくる。

もう無理ーー!

と思った時、
部屋の扉をノックする音がした。

ティスは残念そうな顔をして
椅子に座り直して
返事をする。

すると扉が開いて
ティスの護衛が入って来た。

「どうした?」

「王宮から緊急の呼び出しが入りました」

「わかった」

ティスは残念そうに俺を見て
「ごめんね、行かないと」と言う。

俺は大丈夫だと示すために
何度もコクコクと頷いた。

もう、声もでない。

ティスがキールを呼んでくれて
この部屋の鍵をキールに預けた。

「アキ、またね」

と笑うティスの甘い雰囲気が凄かった。

「アキルティア様?」

ソファーの上に両足を乗せて、
体育座りをするように
両膝を曲げている俺を
キールがいぶかし気に見る。

「こ……し」

俺は何とか声を出した。

「腰、抜けた」

身体に力が入らない。

キールが慌てた様子で
俺のそばに来た。

「大丈夫でしょうか。
殿下に何か……」

とキールは言ったけど
最後まではさすがに言わなかった。

王子様に何かされたかなんて
言えるはずもないよな。

不敬罪になるかもしれないし。

俺は曖昧に笑って誤魔化した。

「ねぇ、キール」

「はい」

「好きな人、いる?」

俺の言葉に、いつも冷静な
キールが驚くほど動揺した。

学園でいつも腰に付けている短剣が
キールが身体を揺らしたために
カチャっと鳴る。

こんな姿、見たことが無い。

「好きな人いるんだ」

「い、いえ」

キールは口元を手で隠すが
物凄くあやしい。

「誰?
僕の知ってる人?」

と聞いてみたが、
キールは首を振るばかりだ。

残念だが好奇心で聞くのはやめておくか。

「じゃあね。
その好きな人に、好きって言った?」

キールは黙秘する。

「えっと、そしたら逆に
キールは誰かに好きって
言われたことはある?」

そう聞いてみても
キールは無言だ。

だが、少し間を開けて
キールは俺を見た。

「……それは、
殿下がアキルティア様に
告白したと言うことでしょうか」

なんでわかったんだ!?

キールは、なるほど、と頷く。

「アキルティア様は殿下への返事を
迷っておられると」

「そ、そ、そうだけど」

思わず返事をして、
これじゃティスに告白されたって
白状したことになるじゃん!って思った。

俺の言葉にキールは
普段はニコリともしないのに、
何故か優しい表情をした。

「大丈夫ですよ。
アキルティア様が望むままに
行動されれば。

誰も咎めませんし、
アキルティア様が望むことは
きっとすべて叶いますから」

何故か自信満々にキールは言う。

その根拠のない自信は
どこから来るんだ?と思ったが。

俺はそのキールの自信満々な
態度にどこか安心して。

「ありがとう」と返事をした。


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