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高等部に進級しました

179:休息は恋を成長させる

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 母は黙って俺の話を聞いてくれた。
それから俺の額にキスをする。

「事情はわかったわ。
私の大事なアキルティア」

母はそう言い、穏やかに笑う。

「大きくなったわね。
恋の話をするなんて」

改めて言われると
さすがに俺も恥ずかしい。

「悩まなくてもいい、なんて
言わないわ。
恋ってそういうものだもの。

私もね。
あなたのお父様に
告白された時は
それはもう驚いたのよ」

母はそういって
昔の話をしてくれた。

まだ母が男性の身体だった時の話だ。

母は学園の入学式で
父に一目ぼれされて、
毎日、毎日、愛してると
大声で言われ続けたらしい。

それはさすがに
迷惑ではないかと思うが
あの父ならやりかねない。

「お母さまもね。
最初は戸惑ったの。

紫の瞳を持っていても
ただ体が弱いだけで
何も嬉しいことなんてなかったわ。

ただ、身体が弱いだけで
価値は子どもが生める体だけだって
後ろ指をさされるのは嫌だったの。

だからマナーもダンスも勉強も
誰よりも頑張ったし、
誰にも負けないって思ってた」

母は少しだけ遠い目をした。
きっと昔を思い出しているのだ。

「でもね、頑張らなくてもいい。
そばで守らせて欲しい、って
初めてあの人に言って貰えた時、
お母様もあなたみたいに
熱を出してしまったのよ」

ふふ、と母は笑うけれど
それって母も知恵熱を出したってことか?

「アキルティア、
あなたも少し、肩の力を
抜いてみればいいわ。

色んなことから
少し距離を置いて、
ゆっくり考えてごらんなさい」

穏やかな表情の母に
俺は聞いてみる。

「母様は、その……嫌じゃなかった?
子どもを生むとか」

「そうねぇ。
嫌ではなかったけれど、
戸惑いはしたわよ。

でもね。
お母様はね。
あなたのお父様と出会って
ゆっくりと恋をして。

この人と一緒にいたいって思ったの。
そして子供ができたら
物凄く嬉しいって思ったのよ。

身体がどんどん女性になって、
不安もあったけれど、
あなたのお父様がずっと
そばにいてくれたわ。

毎日、毎日、
浴びるほど愛の言葉を
贈ってくれたの。

そしてあなたが来てくれた。

生まれてきてくれて
あなたと会えて嬉しいわ、
アキルティア」

あぁ、ダメだ。
俺の涙腺は昨日から
決壊しているようだ。

ぼたぼた落ちる涙を
また母が拭ってくれる。

「ねぇ、アキルティア。
あなたは……ジェルロイドの
ことはどう思っているの?」

俺の涙をハンカチで
拭った母が急にそんなことを言う。

「え? 兄様?」

「えぇ」

なんで急に義兄の話がでるんだ?

「兄様は兄様で、
僕の大切で大好きな兄様ですが……」

「そうね。
では、ジェルロイドと結婚して
この公爵家を継ぐ気はある?」

え?
ええ?

今さっきまでティスの
話をしていたのに、
いったい母は何を言いだすのか。

「それは無いです。
僕と兄様は兄弟ですし、
兄様もそう思ってます」

「そう」

母は納得したように頷く。

「では、ゲストハウスにいる
隣国の王子様は?
仲が良いと聞いているわ」

「ルイ?
ルイは親友です。
結婚なんてありえないです」

それはさすがに冗談じゃないぞ。

「それなら、ジャスティス殿下は?」

「ティスは……
ティスのことは大好きです。

幼い頃から一緒だったし、
ずっと僕の友達は
ティスだけだったから。

失うなんて考えられないし
ずっと一緒にいたいと思う」

「そう」

母は頷いた。

「ならその気持ちを
もうすこし考えてごらんなさいね」

「え?」

俺は母の顔を見たが
母は俺をベットに寝かせた。

「そろそろ寝なさい。
学園には休む連絡を入れて
あるから心配しないて」

母は俺にシーツを掛けて、
寝るまでそばにいるわよ、と言う。

俺は別に眠くなかったけれど
母に言われるまま目を閉じた。

眠くないとは思ったが、
熱を出して体力が落ちていたのだろう。

すぐにウトウトしてくる。

「王家へ嫁には出したくなかったのだけど」

母の声がする。

「この子が望むなら仕方ないわね」

眠くて、母の言葉がうまく聞き取れない。

「おやすみなさい、アキルティア。
お母様はあなたの味方よ」

頬にやわらかい感触がして
母にキスされたのだと思う。

そして母は俺が眠ったと
思ったのだろう。

そっと気配が動き、
すぐに部屋を出て行く音がした。

俺は目を閉じてウトウトしながら
ティスのことを思いだした。

さっきの母がしたみたいに
昨日、ティスにキスされた。

頬に、ハンカチ越しだったけど。

あの時はいっぱいいっぱいで。
状況も良くわからなくなって
必死で馬車に乗って帰って来たけれど。

俺の態度でティス、
傷付いたりしてないだろうか。

自分がどんなことをしたのか
全く記憶にない。

ただティスが優しかったのは覚えてる。

俺が返事に困ったから、
ごめんね、ってあやまっていた。

恋愛として意識して欲しかったって、
たぶん、そんなことを言ってた。

俺は今までずっとティスを
傷つけて来たのに、
ティスはそんな俺を好きだって
そう言って、ごめん、って。

あの『ごめん』は、
今までの関係が崩れるかもしれないのに、
俺に告白をしたことに対する謝罪だったと思う。

「好きになってごめん」という
意味でなくて良かったと思う自分がいる。

そんな自分に気が付いて、
俺は自分の自己中心的な考えが嫌になる。

ティスに好きだと言って貰えて
嬉しいんだ、俺は。

でも、自分の気持ちを見つめるのは
正直、怖い。

これからも
ティスは優しいから
俺と会ったらきっといつも通りだと思う。

俺が友達のままでいたい、って
そう言ったらそうしてくれると思う。

でもきっと無理だ。
ティスの気持ちを知ってしまったから。

ティスの気持ちを聞いて
俺は冷静に今まで通りなんて
できそうにない。

かといって、
ティスから離れるのも嫌だ。

我が儘だな、俺は。

俺はさっきの母の質問を
思い返した。

義兄と結婚はありえない。
もちろん、ルイもだ。

では、ティスは?

ティスは……。

わからない。
いや、考えたくない。

もしも俺がここで
ティスのことを好きになっていったら
俺は未来の王妃になってしまう。

それは困る。
俺には無理だ。

務まる気がしないし、
むしろ俺は今のように
王宮で文官として働くか
魔法研究所で働きたい。

王妃にならずに
ティスのそばにいるとしたら
それは親友でいるのが
一番だと思う。

でも、ティスはそれでは
きっとダメなんだろうな。

ティスのことは好きだ。
でもそれが恋愛かどうかなんてわからない。

みんなどうやって
自分の気持ちが恋だって
気が付くのだろう。

だってティスも好き。
ルイも好き。
義兄も好き。

全部、好きじゃないか。

俺はわけがわからなくなってきて
ぎゅっと目をつぶる。

こんな時は寝るしかない。

俺は考えるのを放棄して
寝ることにする。

そしてこの日から俺は
一週間、また熱を出して
公爵家の屋敷から出ることは
できなかった。

その間、義兄とルイは
見舞いに来てくれたけれど
ティスは音沙汰なしだ。

王子様だからな。
気軽に出歩くのは無理なのだろう。

それはわかってはいたけれど。

クリムやルシリアンからも
見舞いの手紙が届いたのに
ティスはその手紙さえない。

もしかして俺との友情は
終わってしまったのだろうか。

俺は体調が悪かったせいか、
不安になることばかり考えて
一週間を過ごしてしまった。








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