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高等部に進級しました

178:恋心?

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 俺は母を見た。
俺と同じ紫の瞳を持つ母。

きっと、たぶん。
俺の前世でも母だった人。

俺は前世でこの人に
あまり甘えたことが無かった。

弟は小さかったし、
兄である俺は
甘えてはいけないと
幼いながら理解していたからだ。

俺が父はいないのだと
自覚したときは
まだ小学生だった。

小学生の父親参観のときに
俺には父親がいないと
そう思い至ったのだ。

現実的に父はいた。
けれど、俺の家庭は
普通の家庭ではなかった。

だって父はたまにしか
家に戻ってこなかったし、
誕生日もクリスマスも
お正月も一緒に過ごしたことなど
一度もなかったからだ。

自分の家庭が他の家庭と
違うことに気が付いてから
俺は家族のことを聞かれる度に
「父親は亡くなった」と
言うことにした。

そう言えば誰もそれ以上の
事は聞こうとはしなかったし、
都合が良かったのだ。

俺はずっと母は未婚の母だと
思っていたが、受験の時に
戸籍を見ると庶子になっていたので、
一応父親からは
認知はされていたようだ。

だが弟が生まれても
父親は家にいなかったし、
俺たちが成長するにつれ
父親は顔すら見せなくなった。

母は毎日仕事にでかけて
大変そうだったのを
まじかで見て俺は
自分がこの家族を守らなければと
強く思ったのだ。

俺は泣くのは弟に
任せることにした。

母の前でもいつも笑顔で
いるように頑張った。

できることは自分でしたし
弟の保育園の送り迎えは
毎日俺がやった。

一人で夕食を作るように
なったのは小学校3年生ぐらいの
時だっただろうか。

洗濯も風呂掃除も
全部俺がやった。

弟のトイレトレーニングも
俺がしたし、
箸の持ち方だって俺が教えた。

母はいつも「ありがとう」と
言ってくれて、
俺はそれが嬉しかった。

でも俺は、そんな母に
素直に甘えることはできなかった。

母が家にいる時間は
弟が母に甘える時間だったから。

ずっと、
俺が、しっかりしないと。
俺が、頑張らないと。
俺が、守らないと。

ずっとずっと。
俺はそう思っていた。

きっとたぶん、
この世界に生まれてからも
その意識が強かったと思う。

でも、俺は生まれ変わった。
『弟』になった。

いいだろうか。
俺も、母に甘えて。

だってさ。
俺も、本当は母に
泣き言を言いたかった。

抱きしめて欲しかった。

この世界で母は俺を
ちゃんと愛してくれて
抱きしめてくれたけれど。

俺は泣いたりはしなかった。
自分の心を曝け出さないようにしていた。

迷惑を掛けたくなかったし、
俺は子どもだけれど
大人の記憶があるから
我が儘を言ってはダメだと
心のどこかで感情をセーブしていた。

でも今俺は
全然、大丈夫じゃない。

前世も含めて
初めての状況と未知の感情に
戸惑うばかりで、
助けてって言いたい。

俺が母をそっとみると
母は微笑んで、
俺の髪を撫でた。

「アキルティアは
とても綺麗になったわね」

母はそんなことを急に言う。

可愛い、とはよく言われてきたが
綺麗だなんて。

女子じゃあるまいし、
と思ったが、母は俺の髪を
撫でながら「恋かしら?」
なんて言う。

違うし!
いや違わない?

いや、違う……と思う。

母は無理に聞き出そうとはしなかった。
俺の髪を撫で、
「大好きよ」なんて言う。

「母様」

「なぁに?」

「ぎゅってして」

思い切っていうと、
母は笑った。
嬉しそうに。

そして椅子から立ち上がり
身をかがめて俺を抱きしめる。

俺はその背に腕を回した。

柔らかい母のぬくもりに
俺は、あのね、と声を出す。

母の腕の中は安心する。

頼もしい父とは違う、
優しい何かに包まれている安心感があった。

きっと、大丈夫。

「ティスがね。
僕のこと、好きだって」

「そう」

「ティスはいつも僕に
好きって言ってくれるから、
僕も、っていつも答えてたんだ」

「そうね。
二人は仲良しだものね」

母は頷いてくれる。

「でも違うって。
友情じゃダメだって言われた。

結婚……してください、って」

髪を撫でていた母の指が
ピクっと動いた。

「それでアキルティアは
なんて返事をしたの?」

優しく聞かれて、
俺は首を振った。

「返事……しなかった。
でもティスはそれでいい、って。

僕のこと好きだから
それを伝えたかったって」

俺は母の胸に顔をうずめる。

「僕、どうしたら良かった?

ティスは、ルイや兄様にも
嫉妬しちゃうって。

ごめんね、って言うんだ」

「そうなの。
アキルティアは嫌だったの?」

俺は首を振る。

「僕ね、悪い子なんだ。
ティスの気持ち、
ほんとは気づいてた。

ティスの優しい瞳も、
その瞳の意味も、
きっとわかってたのに、
見ないようにしてたんだ。

だって、ティスは僕の
大事な友達で、
その関係を壊したくなかったから……」

酷いヤツだって自分でも思う。

その罪悪感に堪えきれず、
きっと俺は熱を出してしまったんだ。

俺の懺悔を、
母は俺の髪を撫でながら
聞いてくれた。

「じゃあ、やめちゃおうか」

母は言う。

「やめる?」

「そう。
殿下のお友達も
学園も、ぜーんぶやめて
母様のそばで、
ずっと一緒に暮らすの」

おどけたように母は言う。

俺はそれが冗談だって
わかったけれど。
物凄くそれが魅力的に思えた。

父にはよくそんな感じのことを
言われるけれど、父には何を
言われても相手にしなかった。

軽くあしらって、
もう父様は甘えんぼだから、
なんて笑ったりした。

でも、母に言われたら
同じ様な言葉でも
全然違って聞こえた。

母の優しさに、
ぐちゃぐちゃになった俺の心が
また悲鳴を上げる。

「あらあら」

涙が零れ落ちた俺を
母はハンカチを出して
優しく拭ってくれた。

「いいのよ。
アキルティアは好きなように
生きればいいの。

無理に王家に関わる必要もないわ。

このまま、ここで母様と一緒に
のんびり暮らしましょう?

でももし、あなたが殿下の心と
向き合うというのなら応援するわよ。

向き合えるまで、
ここで休息するというなら
それでもいい。

ねぇ、アキルティア。
あなたはどうしたいの?」

優しい声に俺は考える。

どうしたいのか。
そんなのわからない。

「僕は、この世界を
繁栄させなきゃって、思ってた」

「そうね。
アキルティアいつも頑張ってたわね」

「カミサマがそのために
僕をこの世界に生まれさせたって、
そう言ってたから、
その為に動かなくっちゃ、って」

「ええ。
でもたまには休憩しないと
倒れてしまうわ」

いいのだろうか。
このまま母に甘えても。

学園を休んで。
王宮や神殿の仕事も放置して。

前世の感覚を持つ俺が、
心の中で、休むなんてとんでもない、
と言う。

1人が休めば、
その分だけ周囲に迷惑がかかる。

わかってる。
わかってるけれど。

でも。

「母様、今日は一緒にいて?」

俺が言うと、母は
「もちろんよ」と言って
俺をもう一度強く抱きしめてくれた。




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