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閑話8

紫の加護の愛し子様・2【聖騎士・カミュイSIDE】

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 その日は朝から鍛錬をしている日だった。

突然、公爵家から先ぶれが届いたと
大神官殿に呼ばれたのだ。

紫の加護を持つあの方が
神殿に来るらしい。

迎えの準備をするように
大神官殿に言われたが
私は「お迎えに行って参ります!」
と大声で宣言して飛び出した。

待て、と声が聞こえた気がしたが
それを無視して大神官の
執務室から飛び出す。

それから慌てて
滅多に着ることのない
置きっぱなしだった聖騎士の
礼服を着て自慢の愛馬に乗る。

私の愛馬は体も大きく、
体力もある。

大人が二人で乗ったとしても
軍馬と同じぐらいに
働きはできる馬だ。

私の愛馬なら、
公爵領にもすぐに着くし、
あのお方を乗せても
風のように早く走るだろう。

私は夢中で愛馬を走らせた。

急ぎ過ぎたせいか、
道中、驚いたような
村人の顔が見えたが
気にしてなどいられない。

そして私は公爵領の
アッシュフォード家の館に来て、
ようやく思い至った。

あのお方は、
どこにいるのだろうか、と。

そう、私はあのお方に
お会いできると浮かれすぎて
単身で馬に乗り、公爵領まで
駆けて来た。

が。

あのお方をどこに
お迎えに行けば良いのか
聞いてはいなかったのだ。

もしかしたら王都にある
アッシュフォード家の
タウンハウスに行かなければ
ならなかったのかもしれない。

このような失態は
生まれて初めてだった。

私は恥を忍んで公爵家の門番に
あの方……アキルティア様を
お迎えに来たと告げる。

もしここにアキルティア様が
いなければタウンハウスに行けば良いだろう。

だが幸いにもアキルティア様は
公爵領にいたらしく、
門が大きく開かれた。

私は馬を引き、大きな屋敷の
扉の前で待たせてもらうことにする。

あぁ、早くお会いしたい。
私の馬にお乗せして、
一刻も早く神殿にお連れしたい。

逸る心を押さえつけていると
屋敷の扉が開いた。

黄金の髪が揺れ、
とうとうアキルティア様が
出て来られた。

アキルティア様は私の愛馬を
うわぁ、と可愛らしく声を挙げ
楽しそうに見上げている。

「お迎えにあがりました。
紫の加護を持つ愛し子様」

私は早速、聖騎士の礼をして
アキルティア様に挨拶をした。

だが、どうやら
驚かせてしまったようだ。
アキルティア様はどこか
戸惑うような顔をされる。

「えっと。
おはようございます、
カミュイさん」

もしかして、
私がお迎えに来きたことが
お気に召さなかったのだろうか。

意気揚々としていた気持ちが
一気にしぼんでしまう。

「ご迷惑でしたでしょうか」

私がそうお伺いすると
アキルティア様は違うよ、と
手を振った。

「えっと。
僕は……あまり馬に
乗ったことが無くて。

馬車で行くつもりだったんだ」

馬車……そうか。
アキルティア様は公爵家のご子息だ。
しかも紫の加護を持つお方。

護衛の意味も含め、
馬で移動などするはずもない。

だが、馬車のような
高級な物は神殿にはない。

馬車が必要な時は
その都度、金を支払い、
近くの辻馬車を借りているのだ。

馬車の存在など
頭の中からすっかり抜けていた。

「そう……でしたか。
差し出がましいことを
致しました。
お詫び申し上げます」

なんということだ。
また失態を犯してしまった。

これではアキルティア様の
護衛になるなど、
夢また夢の話だ。

だがアキルティア様は
私のことを気遣ってくださったのだろう。

「でも来てくれて嬉しいよ。
ありがとう」

そう笑ってくださった。
そしてこう言ったのだ。

「僕は馬車で行くけど、
その馬車と一緒に行ってくれる?」

つまり、馬車の護衛を
私に任せて下さったということだ!

「はい。
命の代えましても
お守り致します」

私が誠心誠意そう伝えると、
アキルティア様の後ろにいた
例の護衛がわずかに動く。

鋭い視線を向けられ、
私も見つめ返した。

護衛の座は渡さないと
宣戦布告をされたと
私は判断した。

殺気がぶつかり合う。

だがそんな私たちに
やんわりとアキルティア様が
声を掛けられた。

「キール、
僕も、すぐに出発するから
馬車の準備をお願い」

お願い、と首を傾げる
アキルティア様は本当に
可愛らしい。

護衛が準備のために
走り去ると、アキルティア様は
私を見た。

「カミュイさん、少しだけ
待っててくれますか?」

待て、と命じても構わないのに、
アキルティア様は本当にお優しい。

私はまたアキルティア様に
もう一度、名を呼んで欲しいと言う欲求が沸き起こった。

私を見て、名を呼んで欲しい。
他人行儀な言葉ではなく、
あの護衛に話していたように、
私にも心やすく話して欲しい。

私は恐れ多くも、
アキルティア様にそれを強請った。

再会に気が大きくなっていたのだろう。

「紫の加護を持つ神子様は
私が仕える神の寵愛を受けしお方。
どうぞ、私のことは
カミュイとお呼びください」

私が頭を下げると、
アキルティア様は少し考える
素振りをしたが、
すぐに笑顔になった。

「じゃあ、カミュイ。
神殿までの道を案内してくれる?」

なんと!
なんと光栄なことか!

「光栄の極みでございます」

目頭が熱くなり、
私はなんとかそう返事をした。

馬車の準備が出来て
あの護衛が当たり前のように
アキルティア様と一緒に
馬車に乗り込む姿に
少しだけ。

そう少しだけ心の中が
嵐のように吹き荒れたが、
そんなことは、すぐに消え去った。

私がアキルティア様の馬車を
先導して馬を走らせると、
街の人々が街道に出て
歓声を挙げるのだ。

きっとアキルティア様の
偉大な神気を民衆たちも
感じているのだろう。

私は誇らしい気持ちになる。

聖騎士になり、同じような日々を
過ごしていただけの私には。
このように胸を張りたいと思ったことなどなかった。

だが今は違う。

アキルティア様にお仕えすることに
私は誇りを感じているのだ。

あぁ、創造神よ。
今まであなたへの感謝を
きちんと捧げなかったことを
謝罪させて欲しい。

私はアキルティア様と出会うために
聖騎士になったのだ。

ようやく、聖騎士になった理由が見つかった。

ただ惰性で聖騎士になったのではない。
私はこの日のために、
聖騎士となり、精進してきたのだ。

私は意気揚々と馬を進める。

アキルティア様をお護りできるなど、
なんたる栄誉。
なんたる誉れ。

聖騎士を引退し、
子爵家の当主となった父に
報告しなければ。

おそらく喜んでくださるだろう。

私はアキルティア様を
神殿に送り届け、
その後をついて行く。

例の護衛は何故ついて来る?
という目で見て来たが、
私はアキルティア様を
お護りしなければならないのだ。

どんな場所でもご一緒するに決まっている。

そう、それがたとえ、
祈りの場であったとしても。

ただし、祈りの場は
限られた者しか入れない。

護衛も私もドアの外で
待機となった。

それは別に構わない。
だが、護衛の態度が悪い。

この護衛……キールとか言ったか。

アキルティア様がそう紹介
してくださったが、
名前など呼びたくない。

アキルティア様の護衛には
私がなるべきなのだ。

「おい、悪いが
アキルティア様の護衛は
俺だからな」

護衛が口悪く急に言って来た。

「なにを……!」

私は心を見透かされたようで
一瞬、言葉に詰まる。

「そんな嫉妬の目で見られても
譲れないし、アキルティア様と
俺はもう何年もずっと一緒にいる。

急に出て来た聖騎士なんぞ、
アキルティア様の護衛は務まらない」

「な……!
そんなことはない!
私も剣の腕には自信がある」

「それだけじゃアキルティア様の護衛はできない」

「なに?」

「あの方はとにかく……
見た目だけでなく、
いろいろやらかす人なんだ。

護衛として、
アキルティア様の身を
守るだけではあの方のそばに
いることはできない。

周囲を常に気にして、
あの方の為に、あの方に
気づかれないように
動かなければならないし、
侍従としての役目もする必要がある」

やらかす?
侍従?

「身の回りのことも
しているということか?」

「あぁ。
風呂の準備から着替えまでな」

「着……っ」

私は想像して顔を赤くしてしまう。

「ついでにクマの服も
決めなければならない」

クマ?
あのぬいぐるみのクマのことだろうか。

「あの方の護衛は、
ただの護衛じゃないんだ。

アキルティア様に惹かれるのは
理解するが、誰でも
できるものではない」

そう言われ、
私は闘争心が沸き起こる。

私も侍従の仕事ぐらいできる!
……いや、今から訓練だ。

完璧にこなせれば
あの方のお傍にいることが
できるだろう。

私がそう決意したとき、
廊下の奥から誰かが
走ってくる音がした。

おそらくイシュメルだろう。

あの男もアキルティア様に
あっという間に心酔したようだ。

イシュメルの姿が
廊下の角から見え、
私も護衛も思わず苦笑した。

一瞬、空気が緩んだ。

と、不意に扉の隙間から
神々しいほどの光が
漏れてきたことに気が付いた。

私と護衛は顔を見合わせる。

私は権限がない扉を開けることに
一瞬、躊躇したが、
駆け込んできたイシュメルが
「早く開けろ!」と叫ぶ。

私は扉を大きく開いた。

部屋の中には黄金の光の中で
宙に浮くアキルティア様の
姿があった。

私はその神々しさに
思わず祈る。

そのわずかの時間だった。

アキルティア様の身体が
急に落下したのだ。

ほんの一瞬。
一瞬、目を閉じ祈ったその差で
私は護衛に出遅れた。

護衛は誰よりも早く
アキルティア様の元に駆け付けた。

本来であれば、
私がそうしなければならなかったのに。

私は悔しさのあまり
目が熱くなる。

このような失態はもう二度としない。

もっともっと私は鍛え、
侍従の仕事もこなせるように特訓し、
必ずアキルティア様の護衛になってみせよう!

そしてここから、
私がアキルティア様の護衛になるために
あの護衛を蹴落とすために
精進する日々が始まったのだ。




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