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創造神の愛し子
152:神に求めるもの
しおりを挟むローガンさんは、
まずは自分の話をした。
簡単にだったけれど、
かつてはオルガノ家の
嫡男として、騎士団で
騎士団長をしていたこと。
戦場に出て、多くの
『死』に立ち会ったこと。
殺し合うことの虚しさや
辛さに、神に救いを求めたこと。
戦争が終わり、
ローガンさんは自分も
多くの命を奪ったのだから、
その弔いのために
神殿に入ることを決めたのだとか。
今後は神殿に身を捧げ、
自分が奪った命と、
死んでいった仲間たちのために
生涯祈りを捧げて
生きようと思ったらしい。
元々騎士団で厳しい訓練を
受けてきたので、
神殿の戒律に縛られた
生活も、ローガンさんには
苦ではなく、むしろ
心地よく感じられ、
神殿に入ってからは
ますます信仰に身が入る
ようになったと
ローガンさんは言う。
だが、神殿には
ローガンさんのように
神に救いを求め、
創造神を信仰しているような
者ばかりではなかった。
私腹を肥やすために
信仰を利用している
神父や神官たちもいて、
ローガンさんはそういった
人たちと、対立をしていたらしい。
ローガンさんは神殿を守るため
周囲を黙らせる力が
必要なことに気が付き、
オルガノ家に神殿への
寄付を願い出たり、
自分自身も出世するために
努力をして、ようやく
大神官にまで上り詰めたのだとか。
凄い人だ。
ローガンさんが大神官になり
私服を肥やすような
神官たちは随分といなくなったが
遺恨が残らなかったわけではない。
表ではローガンさんに
従っていたけれど、
恨みを持っていた神官たちが
一定数、神殿には残っている。
ローガンさんは信仰は自由だからと
そう言った人たちを咎めずに
神殿においていたけれど。
どうやら俺という存在が
明らかになり、
そう言った人たちが
俺を取り込もうと声を挙げ出したそうだ。
なんでも俺を神子として
祭り上げて、
かつて戦争していた
国々よりも優位に立ち、
引いては、そのまま他の国の
神殿や教会を自分たちの
配下に収めたいらしい。
怖っ。
国同士の戦争も怖いが、
宗教も怖い。
特にこの世界の宗教は
創造神一択だから
国とか関係なく
頂点に立とうと思うと
俺みたいな存在を利用するのが
一番手っ取り早いんだろうな。
それに表向きは
戦争じゃないから
いきなり大量殺戮が
起こるわけでは無いし。
表面上はただの『信仰』だ。
そしてこの国と
両隣を合わせた3国の
教会の頂点になれば、
おそらく各国の王家なんて
無視できるぐらいの
大きいな勢力になるだろう。
なんたって、貴族だの
王家だの言っても、
結局は民衆が動かなければ
国は成り立たない。
その民衆を、愛国心とか
関係なく動かすことが
できるのが宗教だ。
語弊があるかもしれないが、
言い方を変えると、
『洗脳』だってできてしまう。
俺はローガンさんを見た。
ローガンさんはそういった
一部の神官たとちの
暴走を何とか止めたいと
思っているらしい。
俺が神子を嫌がっていることを
知らなかったのだろう。
俺が神子として
手を上げるのをやめて欲しいと
そう言って頭を下げたのだ。
俺は言葉に迷った。
正直、神子とかは
全力で遠慮したい。
俺は今の公爵家の箱入息子の
立場が気に入っているし
神殿と深くかかわるつもりはない。
けれど。
俺が目指す世界は
神殿と切り離して
考えることはできないと思う。
そして俺がしようとしていることは
ローガンさんが危惧している
『3か国を信仰で支配する』状態と
同じことになるかもしれない。
俺は先ほど感じた恐怖を
もう一度思い返した。
『信仰』を使って
この世界を思い通りに
しようとする一部の神官たち。
怖い、と思った。
けれど。
それは俺も同じだ。
俺もまた『信仰』を使って
世界を繁栄させればいいと
考えていた。
そんなやり方でいいのだろうか。
本当に?
俺はぶるり、と身を震わせる。
もしかしたら
一つの思想が
多くの人が殺し合う、
もしくは多くの人が
虐げられる世界が
作られてしまう可能性もある。
前世の世界だって
あちこちで戦争が起こったり
内乱が起こっていたのは
利権だけでなく
宗教がらみが多かった。
俺が、俺の考えが
争いを生み出さない保証などない。
俺が目指す世界と
対極にいる人たちと
俺は争う日がくるかもしれないのだ。
けれど。
今の俺には、
このやり方しか思い浮かばない。
やるしかないんだ、と俺は思った。
やりかたが間違っていたら。
別の方法を思いついたのなら
その時に軌道修正をすればいい。
まずは今できることから、
進んでいくことが大事なんだ。
それにもし本当に
この世界が滅びの道に
向かっているのなら、
それを食い止めたい。
いずれにせよ、
男女の出生率の問題が
解決したって、
ただ人口が増えるだけなら
そのうち、人類は破滅するだろう。
食料にしている動植物だって
無限に湧いて出てくるものではない。
『命』なのだから、
人間の都合に合わせて狩りを
しつづけていれば、
いずれはその動物も絶滅するだろう。
そうやって生態系を
崩してしまったら、どんどん
崩壊は始まってしまう。
元の世界でも、
樹木の伐採を繰り返したせいで
山崩れや砂漠化が進んだりした。
それと同じことが起こらないと
何故言える?
1種類の動物が絶滅することで
食物連鎖が崩れたら、
食べ物が無くなった動物は
次のどんな行動にでるかわからない。
人間を襲う動物が増えるかもしれないし、
この世界の考え方で言えば、
魔物になる可能性だってある。
ましてやこの世界の人たちは
自然破壊という意識も
動物が絶滅するという意識もない。
このまま突き進めば
やってくるのは、破滅だけだ。
「ローガンさん」
俺は絞り出すように、
声をなんとか出した。
「僕は、神子にはなりません」
その言葉にローガンさんは
安堵したような顔をする。
「けれど。
僕が目指している世界は、
暴挙に出ている一部の
神官たちと同じかもしれません」
俺は一瞬だけ、
ローガンさんに
俺の考えやカミサマの
話をすることをためらった。
まだ早いのでは?と思ったのだ。
ローガンの人となりを
俺はまだ見極めていない。
けれど、今を逃すと
次にローガンさんと
二人っきりで話をする
機会はないかもしれない。
そう思うと、
この機会を逃したくないと思う。
俺はローガンさんを見据えた。
「今から話すことは
内密にしていただきたいんです。
それができないと言うのであれば
僕は何も言えません。
けれど。
僕はあなたに聞いて欲しい」
俺の言葉にローガンさんは、
驚いた顔をしたが
ゆっくりと頷いた。
「もちろん、何でもお話しください。
創造神に誓って秘密は守ります。
神官は、多くの人の
声を聞くためにあるのですから」
優しい声だった。
俺が初めてローガンさんと
出会った時みたいな、
優しい笑顔が俺の背中を押す。
「僕は、この世界を変えたいんです」
俺の言葉をどう受け取ったのだろう。
ローガンさんは目を見開き、
そして俺を品定めするかのように
じっと見つめた。
にこにこと優しい笑顔だったけれど、
瞳の奥だけが、鈍く光っているように見えた。
今、この瞬間の俺は、
ローガンさんにとって
紫の加護を持つ者ではなく、
この世界の反逆者なのかもしれない。
俺は覚悟を決めると
ローガンさんの威圧に
飲み込まれないように
大きく息を吸いこんだ。
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