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世界の均衡
121:クマとお茶会
しおりを挟む落ちた先は、野原だった。
いや、本気で。
明るい日差しが差し込む
野原だ。
野原には色とりどりの
小さな野花が
咲き乱れていて
とにかくだだっ広い。
俺は勢いよく
落ちた気がしたけれど、
痛くなかった。
夢か?
俺は抱きしめていたクマを見る。
だがクマは、
相変わらずクマだったが、
そのクマが手を伸ばして俺の胸を押した。
は?
ぬいぐるみのクマだぞ。
何故勝手に動く?
俺は驚きのあまり、
クマを手放した。
するとクマは自由になったことが
嬉しいと言わんばかりに
俺の目の前で飛び跳ねて
くるくる回って踊った。
いやいや、なんだこのメルヘンは。
そうか、夢か。
やっぱり夢だな。
クマが躍って回る度に
目の前には白くて大きなテーブル、
椅子が現れる。
テーブルの上には
ケーキや焼き菓子の乗った
ケーキスタンドに紅茶のポット、
カップや食器まである。
テーブルの脇には
大きなパラソルが生まれて、
心地よい日陰を作った。
クマは踊りを終えると、
俺に手を伸ばしてきた。
俺がその手を掴むと、
クマは俺をテーブルに連れて行く。
「僕が座っていいの?」
と聞くと、
クマは何度も頷いた。
俺は遠慮なく座ることにした。
パンケーキを食べたばかりなのに、
もう目の前のお茶と菓子を
食べたくなってしまう。
俺の夢だし、食べてもいいか。
そんなことを考えつつ
クマを見ると、
クマは俺の目の前の椅子に
必死で座ろうとしていた。
足が短いからか
なかなか椅子に座れないらしい。
必死で椅子によじ登ろうと
しているクマが可愛すぎて
俺は笑ってしまった。
「椅子に座るの?」
俺は立ち上がって、
クマを抱き上げて椅子に
座らせ、その頭を撫でる。
「一緒にお茶会だね」
そういうと、クマは
嬉しそうな顔をした……
ような気がした。
ぬいぐるみだから
表情は変わらなかったけれど
空気が緩んだ気がしたのだ。
俺はクマの代わりに
ポットからお茶をカップに
注いで、クマの前に置いた。
そのクマの手で、
カップを持てるのかわからなかったけれど。
一応、綺麗な取り皿に
ケーキスタンドからケーキと
クッキーも取り分けて
クマの前に置くと
クマは、お礼を言うように
何度も頭をコクコクと振っている。
可愛い。
俺も自分の分のケーキを
皿に入れて、お茶も準備した。
俺は砂糖とミルク。
クマは?
「そのお茶飲める?
砂糖とミルクは入れる?」
一応、クマに聞いたが
クマはわからないような感じだった。
だよな。
「砂糖とミルクを入れると
甘くなるんだよ」
俺が説明すると、
クマは大きく頷いた。
『では、それをいただこうか』
クマがしゃべった、わけではない、と思う。
クマは相変わらずクマだったし、
声は頭に響いて聞こえてくるような気がした。
「カミサマ?」
俺が聞くと、クマはまた大きく頷く。
「えっと、夢?」
『そうだな。ここはそなたの夢と
私の次元を繋げた場所とでも言えば
理解してもらえるか?』
俺は頷く。
いきなりだったけれど、
俺が感じた違和感の正体が
これだったって思ったから。
俺はいつもの部屋で
いつものお茶を飲んだのに、
部屋の空気が違うように感じていたのだ。
俺の部屋なのに、
俺の部屋じゃないような、
そんな感覚だった。
だから寂しいような、
理解できないモヤモヤみたいな
気持ちになって。
そしてあの時俺は、
俺なのに、俺じゃないという
違和感を感じていた。
それがこのカミサマと
再会するための準備だったと
言われるのであれば、
すべて納得ができる。
「僕が、いえ、俺が望んだから
この場を設けてくれたんですか?」
俺はカミサマに聞いた。
俺が会いたいと俺が願ったから
この場が設けられたのだろうか。
『そうだな。
それに私もこのままでは
さすがに無理だと思ったのでな』
無理?
何が?
確かに俺は、いっぱいいっぱいで
無理!って思ったこともあったが
その話じゃなさそうだな。
カミサマ的に、俺がこうして
生活している中で
無理だと思うことが
あったということか。
考える俺の前で
クマはぬいぐるみなのに
器用に目の前のクッキーを
口に入れた。
口に入れた!?
ぬぐるみなのに。
しかも、大きくあーん、と
口を開けて。
俺は慌ててお茶に
ミルクと砂糖を入れて混ぜてやる。
どうやらクマとカミサマは
連動しているようだ。
『まずは、そうだな。
私に聞きたいことはあるか?』
ある!
絶対に聞いておきたいこと。
「あります。
俺の、アキルティアの
加護とは、どんなものでしょうか」
魅了とか、
そういう作用はあるのか?
それだけは知りたい。
あと、ルイや義兄のことも
もし聞けるなら聞きたい。
紫の瞳の謎とかも知りたいし、
それから……
『焦らずとも良い』
俺の考えを読んだかのように
カミサマは言った。
そしてクマは、物凄く
横柄な態度を取っている。
クマ、可愛いけれど、
お前にそのふんぞり返った
ポーズは似合わないと思うぞ。
『そうだな。
そなたの疑問はもっともだ。
私もそなたに説明もせずに
この世界に送ったことに
気が付いてな。
そなたを助けることが
できる者たちを
この世界に呼んだのだが
あまり成果は無かったようだ』
クマ、いやカミサマ。
ものすごく心外だったと
いわんばかりに大きく
首をふるけれど。
それ、義兄とルイのことだよな?
その二人も、
何にも知らされずに
ただ俺の所に来ただけだから
何の役にも立ってないぞ?
いや、役には立った。
俺、ものすごく嬉しかったし。
とそこまで考えて
俺はそうだ、って思った。
そうだ、そうだった。
俺、せっかくカミサマに
会ったのに、自分のことばかりだった。
「あの、カミサマ」
俺はクマを見て頭を下げた。
「ありがとうございます。
俺、めちゃくちゃ、感謝してます」
アキルティアとしてではなく、
前世の秋元秋良として
俺は感謝を伝えた。
だから一自分のことを「俺」と言った。
だって、感謝しているのは
この世界に生まれる前の俺だから。
「弟と再会できました。
そして、親友とも。
俺はあの時、物凄く疲れていて、
何も考えられなくて。
ただ守られて、
愛される世界を
望んでしまったけれど。
でもカミサマは俺の願いを
叶えてくれました。
大事な弟と親友と会えて
俺は本当に嬉しかったです」
どんな言葉を使っても
言い表せないぐらいに、
俺はカミサマに感謝している。
だから俺は立ち上がり、
腰を折って深く頭を下げる。
「ありがとうございます。
ほんとに。
本当に、感謝してます」
俺が頭を下げると
カミサマは、いや、クマは
驚いたように椅子に立ち上がり、
テーブルに乗った。
そしてテーブルの上から
俺の頭をなでなでする。
クマ、嬉しいけど
テーブルに乗ったらあぶない。
俺は頭を挙げて
クマを椅子に座らせる。
『ふふ、本当にそなたは面白い』
カミサマはそう言い、
クマは両手でティーカップを持つと
ごくごくとお茶を飲み干した。
……クマ。
お茶のおかわりは必要ですか?
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