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隣国の王子

108:クマさんと子守唄

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 ティスは俺を執務室の近くの
部屋に連れて行った。

文官たちの仮眠室も
この近くにあるらしいが
この部屋はティス専用の
休憩室らしい。

ちなみに、仮眠室は
文官であれば誰でも
使うことができるが

義兄もティス同様に
自分専用の部屋があるらしい。

だから、タウンハウスに
帰ってこなくても
大丈夫なんだな。

ティス専用の部屋は
それでも王子が使うからだろう。

結構広かった。

シャワールームもあったし
ベットも、ソファーも
飲み物などが用意された
棚やテーブルもある。

前世でいう高級ホテルのような
感じだろうか。

部屋に入ったティスは
改めて見ると、
よれよれだった。

すぐにでも休ませたいが、
やっぱりだめだ。

「ティス、シャワー浴びて来て」

「え? はっ!? え?」

「早く」

俺はティスの背中を押して
シャワールームに押し込んだ。

クローゼットがあったので
そこを開けてティスの
着替えを取り出す。

タオルもあったので
それを脱衣所に持って行く。

「ティス、ちゃんと
頭も洗ってよ」

「……わ、わ、わ、かった」

慌てたようなティスの声に
俺は少しだけ笑う。

年相応の声に聞こえたからだ。

よし。
これでティスの汗臭さは
なんとかなるだろう。

俺はベットの横に
クマを置いた。

俺のとっておきだが
ティスに貸してやろう。

そうだ。
クマもパジャマに
着替えた方が良いかな。

俺がクマの服を脱がせていると
ティスがシャワーを浴びて
部屋に戻って来た。

ティスは王子様だし、
手伝いとか必要かと思っていたが、
ちゃんと一人で着替えている。

「アキ、クマの服をどうするの?」

「パジャマに着替えさせようと思って」

俺はティスを手招きする。

「このパジャマも僕とお揃いなんだよ」

俺はそう言って
クマのパジャマを見せた。

「へぇ、可愛いね」

ほら、またティスは嬉しそうだ。

俺は着替えが終わったクマを
ティスに渡して、
椅子に座らせた。

それからタオルで
ティスの髪を拭いてやる。

懐かしいな。
前世弟の世話を
焼いていた時のことを
思い出すぜ。

「はい、できた」

俺が言うと、
ティスは、うん、と言ったが
目は今にも閉じそうだ。

クマ、気持ちいいもんな。

俺はティスの手を引っ張って
ベットに誘導する。

「クマさん、気持ちいいよね。
ぎゅってしていいよ?
僕もそうやっていつも寝てるし」

言いながらティスの身体に
シーツを掛けてやる。

ティスは何やら返事をしているが
それはもう、寝言みたいになっている。

「大丈夫、寝てもいいよ」

俺がまだ少し湿っている
ティスの髪を撫でると、
ティスはすぐに寝息を漏らし始めた。

これでよし。

次は義兄だな。

俺は執務室へ急いで戻る。

ああは言ったけれど、
俺の前世弟の性格なら
絶対に意地を張って
一人でも頑張っている筈。

そう思って執務室の
扉をノックもせずに開けると
やはり義兄が一人作業をしている。

「ほら、やっぱり」

義兄は気まずそうな顔をする。

「仮眠室は嫌か?
じゃあ、そこのソファーでもいいから
横になれ」

部屋には二人っきりだったため
つい、兄の口調で言ってしまう。

「だけど、本当に時間が……」

「わかった、じゃあ、
何がどう忙しいのか
俺に説明してくれ」

俺は義兄がやっていることを
説明してもらいながら
仕事の優先順位を考える。

前世の同僚たちのタスク管理も
俺がすべて一手に引き受けてたからな。

俺はこういうのも得意なのだ。

「わかった。
じゃあ、俺が段取りを
つけておいてやるから、
おまえは寝ろ」

義兄の背を俺は押す。

「しかし」

「じゃない。
お前の兄を信じれないのか?」

そう言うと、義兄は
そんなことない、と呟き
ソファーに横になる。

俺はそのすぐそばで
義兄の目の上に手を置き、
強制的に目を閉じさせた。

すると抵抗していた義兄も
睡魔には勝てなかったのだろう。

すぐに眠り始める。

よし。

キールはきっと
護衛の待機室にいるのだろう。

今のうちに作業を進めておくか。

俺はまず、俺が考えた
優先順位とタスクをゴミ箱に
入っていた書類の裏に書き出す。

どの紙をメモ用紙に
使って良いかわからなかったからだ。

捨ててあった紙になら
書きなぐっても大丈夫だろう。

それからタスクと、
優先順位に合わせて
ちらばった書類をまとめた。

俺は何かを決済することは
できないから、
出来ることと言えば
さまざまに散らばっている
書類をまとめるぐらいだ。

けれど。

現状の書類と義兄の説明を
聞く限り、今回の仕事の滞りは、
イレギュラーなことが
多く起こったせいで、
うまく各省の連携が
取れていないことが原因だと思う。

1つのことを
決めるようとすると
別のことを先に
決めなければならなくて。

またその別のことを
決めようと思えば、
また別のことを決めなければ
ならなくて。

結局何も手が付かないし、
何も決めることができない。

そう言った悪循環に
義兄たちは陥っているような気がするのだ。

大きく物事の流れを見ないと、
目先のことにばかり
目が行く。

そんな状況に陥ると
他との連携がおそろかになり
結局は時間ばかりが
過ぎると言うことは良く起こることだ。

俺も前世では良く
このパターンに陥っていた。

だからこそ、前世では
ルイに目先のことしか
見えていない、と
しょっちゅう言われていたのだけれど。

俺は仕事の流れを整理して、
まとめた書類の上に
番号と、書類の内容を
メモしたものを置いて行く。

それからデスクの上を片付けた。

散らかっていたら、
何がどこにあるかわからず、
探しているだけで
時間が過ぎるからな。

そうこうしていると
2時間ぐらいたったのだろう。

文官たちが部屋に
戻って来た。

「あ、アキルティア様」

俺が部屋を片付けていたからか
ドアを開けた文官たちが
驚いて駆け寄ってくる。

俺は大丈夫、と手を振り、
人差し指を口元に持って行き
しー、と声を出した。

まだ義兄が寝ているからな。

俺の様子に文官たちは
ソファーに眠る義兄を見た。

そして互いに頷き、
無言で机に向かう。

俺は小声でどうやって
書類を分類したのか。

優先順位はどうやって
付けたのか。

そしてこれから
どうしていくかを伝える。

文官たちは驚いていたが
何度もうなずいて
作業に取り掛かってくれた。

そして義兄も
俺の声に気が付いたのだろう。

ソファーの上で目を覚まして、
身体を起こした。

「悪い、起きるのが遅くなった」

そう言い、兄が時計を見るが
まだに2時間は経っていない。

俺は義兄には簡単に
タスク整理をして
優先順位を付けたと言うと
義兄はすぐに理解したようだ。

「そうか、助かった。
アキルティア、ありがとう」

義兄の言葉に
俺はにぱっと笑って見せる。

「だから疲れたら
休めって言ったんだよ、兄様。

こんな簡単なことも
思いつかないぐらい
疲れてたんでしょ?」

俺が言うと、義兄は
気まずそうな顔をする。

「じゃあ、ティスを
起こしてくるね」

俺はそう言って部屋を出た。

だが、俺が親切心で
余計なことをしたばっかりに、

公爵家の紫の至宝は
可愛い顔をしているのに
怒ったら怖い、だとか。

義兄である次期公爵家当主を
叱りつけた、だとか。

知識もあり優秀で、
次期王妃に相応しい、とか。

そういう噂が
立つようになった。

……とルシリアンから
聞いたのは、俺がこの日、
王宮を後にしてから
かなりの日が経ってからだった。

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