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隣国の王子
106:クマとミッション
しおりを挟むその日は俺は朝から張り切っていた。
義兄とは昨日も今日も
残念ながら会えなかったが、
差し入れを持って行く旨は
すでに手紙で伝えている。
しかもサリーが
「待っている」との返事を
義兄から貰ってくれていた。
俺が寝ている間に
タウンハウスに戻ってきていたのだろう。
もちろんティスからも
返事を貰っていたので
王宮に行くことに不安はない。
……わけではない。
何故かと言うと、父だ。
俺は父には内緒で
クッキーを焼こうと思っている。
なぜなら過保護な父のことだ。
俺が料理をするなどと言えば
大げさに心配するだろうし、
実際に作ってしまったら
「誰にも渡したくない」とか
言い出して駄々をこねそうだからだ。
だから義兄にも、
使用人たちにも父には内緒で、
と固くお願いしていたが、
王宮に俺が行った段階で、
父に話が行く可能性もある。
そんなわけで、
俺には秘密裏にクッキー焼き、
ティスたちにそれを届けて
急いで帰ってくる、
というミッションが課せられているのだ。
「アキルティア様。
準備は整っております」
俺が学園から戻り、
サリーにエプロンを
付けて貰って厨房に行くと、
すでにシェフたちは待機してくれていた。
俺がお昼ご飯はクッキーを
食べるからいらない、と
言っていたせいか、
昼食を作っていた気配が無い。
もしかして俺のせいで
みんな、ランチを食べてないとか
言わないだろうか。
俺は罪悪感を感じたが、
クッキーを焼いた後、
好きなだけランチを食べれくれ!
と開き直った。
だって俺、そんなにたくさん
一度に食べれないし。
折角俺が作るのだから
俺だって焼きたての
クッキー、食べたいじゃん。
そんなわけで俺は
シェフと一緒にクッキーを焼く。
と言っても、ほとんど
何もしていない。
俺は非力だから
生地を混ぜることもできないし。
だいたいバターって固いんだよな。
あと、薄力粉とかを
ふるいにかけるのも
腕が疲れて無理だった。
この体、ものすごく
本当に、非力なんだ。
改めて思い知らされたぜ。
だから俺ができたのは
卵を割って器に入れることと、
すでにシェフが作ってくれていた
生地に、食紅と、チョコレートを
別々に入れたぐらい。
いいんだ、別に。
一応、これでも俺が
作ったことにはなるからな。
あと、この世界では
クッキーは型抜きで作るのが
主流らしいが、俺はしぼり袋を
準備してもらった。
これで生地を絞り出せば
簡単に薔薇の形にできるからだ。
ティスは花が好きだから
きっと喜ぶと思う。
俺がしぼり袋に生地を
入れると言うとシェフは
驚いたようだったが、
俺が鉄板の上に薔薇の花を
作っていくと、感激したように
「アキルティア様、素晴らしい!」
と大声を挙げた。
「これだと僕でも
型がなくても簡単に
お花ができるでしょ?」
俺が笑うと、
シェフはコクコクと頷いている。
「この手法を、今後、
私もさせていただいても
よろしいでしょうか」
なんてシェフが言うので
俺はもちろん、と答えておいた。
俺が考えた手法でもないしな。
それから俺は鉄板一面に
薔薇の花を咲かせる。
食紅を練り込んだ生地は
ほんのり赤くなって
薔薇みたいに見えるし、
チョコレートの生地は
茶色い花。
プレーンの生地は
白い花だ。
俺はガンガン鉄板に
生地を絞り出して、
「ふー」と一息つく。
それに気が付いたシェフが
あとは自分が焼いておくので、と
言ってくれたので
俺は任せて自室に戻った。
シェフが焼いてくれている間に
俺はティスに会う準備をする。
俺は後ろからついてきた
サリーとキールを
部屋に入れて
クマの服を出してもらった。
「ティスがクマさんを
見たいって言ってたから
連れて行こうと思うんだ。
どの服がいいかな?」
ぬいぐるみだし、
そもそも抱き枕なので
当たり前だがクマに正装は無理だ。
だが俺はクマにも
それなりの服装を
させようと思っている。
まさかパジャマを着せて
王宮に行くわけにもいかないし。
するとサリーが
「こちらはいかがでしょう」と
俺が見たことも無い
クマの服を出してきた。
どう見ても
ふりふりレースのワンピースだ。
しかも、何故か俺が
良く着るシャツと同じ色……
いや、布が一緒なのか!
「アキルティア様と
お揃いにするべく、
針子たちが頑張りました」
何故、そういうところで
頑張るのだ?
公爵家のお針子たち、
頑張るところが違うと思う。
あれかな。
俺が学友にクマの服を
縫ってもらったと
見せびらかして
屋敷中を歩いたものだから
対抗意識を持ったのか?
そりゃ、見せびらかした俺も
悪かったけど、
ちょっと大人気ないぞ。
「では、アキルティア様、
お揃いのお洋服に
お着換えしますか?」
と、何故に普通に
キールがクマと揃いの
シャツを準備するのか
俺にはわからん。
だが、俺は無駄な抵抗はしない。
クッキー作りには
エプロンを付けていたし、
別に着替えずにこのまま
出かけても構わないのだが、
周囲はやたらと俺に
着替えをさせたがる。
そんなに洗濯物を増やしたいのか?
と思ったこともある。
洗濯物が1枚でもあれば、
それが洗濯メイドの仕事になるしな。
でも、俺は知っている。
義兄はそんなに着替えない。
服だって、俺が持っている数より
少なくて、シンプルで、
着やすそうな服ばかりだ。
……別に、何も思ってないけど。
俺はサリーにエプロンを
外してもらい、
キールにシャツを着替えさせられる。
それからクマにシャツを着せて、
それとは別に、
クマのパジャマも準備した。
一応抱き枕だからな。
ティスにパジャマ姿も見せてやろう。
俺が思うに、
ティスは可愛い物が好きだと思う。
花も好きみたいだし、
クマが見たいって言うし。
王子だから、
そういうのを隠しているのかも
しれないけれど、
俺の妙に可愛くなってしまった
手作りライオンも
めちゃくちゃ喜んでいたし。
だから俺はさりげなく
ティスに可愛い物を
見せてやるのだ。
サリーがさりげなく
俺の上着にティスとお揃いの
匂い袋を入れた。
そうそう、王宮に行くから
そういう気遣いもいるよな。
ほんと、サリーは凄いと思う。
ずっとそばに居て欲しいぜ。
とはいえサリーも
もうお年頃だ。
20歳はとっくに超えている筈だし
そろそろ結婚とか、
考えてもおかしくはない。
「ねぇ、サリー」
「はい、なんでしょうか」
「僕はサリーのことが大好きだから
ずっとそばに居て欲しい。
でもサリーはきっといつか
結婚して公爵家からいなくなるよね?」
俺が急にそんなことを
言ったからだろう。
いつもは表情を
隠しているサリーの顔が
みるみるううちに
変わっていく。
やばい。
女性に結婚の話をするのは
タブーだったか。
「えっと。
サリーはすごく優秀で
僕はサリーにたくさん
助けてもらってるから、
ありがとう、って言いたくて。
でも、もし結婚して
公爵家を出るのなら
早めに教えて欲しい、って
思ったんだ。
急にごめんね。
サリーがいなくなったら
寂しくなるなぁ、って
思っちゃったから、
今、感謝の言葉を伝えたくなって」
傷付けるつもりはなかったんだ。
俺が必死で言うと、
サリーの顔が真っ赤になった。
そして小さな声で
「光栄です」とサリーは頭を下げる。
それから、意を決したように
顔を上げて俺を見た。
「私はまだまだ、
アキルティア様にお仕え致しますが、
できれば、将来は
アキルティア様の乳母になりたいと
思っております。
ですので、アキルティア様の
ご婚約を見届けたなら、
一度、結婚を、と思っています」
乳母?
俺の?
そんなこと言ってたら
サリー、行き遅れにならないか?
それに、俺のタイミングで
結婚するとか言ったら、
絶対に政略結婚になるよな?
俺、できたらサリーには
そういうのじゃない結婚を
して欲しい。
「僕の乳母になってくれるの?
それは嬉しいけど、
サリーには沢山愛されて
沢山幸せになって欲しいから
好きな人ができたら教えて?
僕、応援するからね」
俺がそう言うと、
サリーの真っ赤な目に涙が浮かぶ。
あれ、やばい?
また俺、言葉を間違ったか?
サリーは今度こそ
何も言わずに頭を下げた。
どうしよう、と焦る俺に、
侍従が、クッキーが焼けたと
シェフの伝言を持ってくる。
「大丈夫ですよ、アキルティア様」
キールがそう言ってくれたので
俺はクマを持ちあげた。
キールがそれ以外の荷物を持ってくれる。
俺は部屋の外に出るタイミングで
頭を下げているサリーの手を
きゅって握った。
「行ってくるね」
サリーは頭を下げたまま
頷くような仕草をする。
「僕、言い方が悪かったのかな」
廊下に出てキールに聞くと、
キールは首を振った。
「嬉しかったのだと思いますよ」
嬉しかった?
俺がサリーの恋を応援するって
言ったから?
そうだ!
サリーは義兄が好きだったんだ。
え?
じゃあ、俺、義兄と
サリーの恋を応援しないとダメか?
いや、それは無理。
義兄はいいやつだが
真面目なサリーには合わないと思う。
どうしよう。
軽い調子で話をしてしまった。
これはティスに相談案件だな。
俺はそんなことを思いつつ、
シェフにクッキーを貰いに
厨房へと向かった。
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