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隣国の王子

102:加護と魅了・2

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 俺が見つめ返すと、
義兄は苦しそうな顔をした。

俺は何か言うべきだろうが
言葉が見つからない。

義兄の暗い表情の原因が
わからないからだ。

重い空気が辛くて
俺は義兄から視線を外す。

視線を外した先には、
机の横にある小さな本棚があった。

その本棚の隅に
以前から思ったことを
書き留め、考えを綴っていた
ノートがあるのが見える。

そうだ。
この考察ノートだ。

俺がノートを手に取ると、
義兄も自然に視線が
ノートへと移動した。

「そのノートは?」

「俺がずっと、
考えたこととかを
書いてきた考察ノートなんだ」

俺がそう言うと
義兄は興味深そうな顔をする。

俺は小さいころから
考えたことを
書き綴ったノートが
あることを義兄に打ち明けた。

このタウンハウスには
ここに来てから
書いたノートしかないが、
公爵家にはそれこそ、
幼児の頃から
書き留めたものが残っている。

俺がそういうと、
義兄は驚いたような、
納得したような顔をした。

「兄貴らしい」

と言う言葉は
誉め言葉だろうか。

俺は考えるのが好きで
紫の瞳の魔力のことも
色々想像して書き留めている。

だがどれも根拠もないし、
空想だと言われれば
それまでだ。

けれど、と思う。

俺が不思議に感じていることはある。

たとえば、
魔石と普通の石を
触っただけで
見分けることができるとか。

魔石を調べずに
分類できるとか。

俺はそう言ったことを
義兄に説明した。

「これが、加護の
力だって言うなら
そうなのかな、と思う」

俺は今まで
魔石を見分けることが
できるということは
誰にも話をしたことが無かった。

義兄は、なるほど、呟き、
何かを考えるような仕草をする。

俺はそれを見ながら
加護のことを考えた。

違うと思いたいけれど。
もし俺に加護が本当にあったとして。

さっき言ってたみたいに
誰かを魅了するような
そんな力があったとしたら
どうなるのだろう?

俺の周囲はみんな俺に
優しくしてくれるし、
仲良くしてくれるけれど
それは俺自身を好きだと
思っているわけでは無くて。

加護というものに
騙され、魅了されて
俺に優しくしてくれているだけだったら?

そう思うと、
俺は急に怖くなる。

でも俺、確かに望んだ、と思う。

愛される世界を。

「兄貴?」

俺の様子が変なことに
気が付いたのだろう。

義兄が声を掛けてくれたが
俺は「なんでもない」と
言うので精いっぱいだ。

俺は窓を開けて
空気を入れ替えることにした。

けれど、
魅了という文字が頭から離れない。

父の過保護や、
目の前の義兄の優しさも、
もしかして俺に
魅了があるから?

とか思えて来て。

「アキルティア!」

急に義兄が俺の意識を引き戻す。

腕を引かれて
俺は義兄と一緒に
ベットに座った。

「……ごめん、ぼーっとしてた」

窓を開けたまま
突っ立ったたら、
それは心配になるだろう。

飛び降りるつもりも
落ちるつもりも無かったけれど。

義兄は俺の顔を覗き込んでくる。

「大丈夫か?
俺が余計なこと言ったから……。
俺こそ、ごめん」

義兄は弟の顔で俺に謝る。

俺の様子に、
加護と魅了を繋げて考えたことに
思い至ったのだろう。

「兄貴のことを傷つけた。
考えなしだった。

あの時はアキルティアの
加護の可能性ばかり考えて、
兄貴がどう思うかまで、
考えることができなかったんだ」

そんなのわかってる。
義兄は思ったことを言っただけだし、
加護と魅了の関係など
誰もわからない。

なのに、俺が勝手に
不安になっただけだ。

そう、何の根拠もないのに、
俺が不安になる必要なんて、ない。

無いのに……。

大丈夫って言いたいけど
言葉が出ない。

「アキルティア」

義兄が俺を呼んだ。

「俺はアキルティアを
可愛い弟だと思っている。

でももし、もしそれが
加護とか魅了のせいだと
言われたら、そうかもしれない、
っと答えるだろう」

加護がどういうものか
わからないから、
可能性はゼロではない、と
義兄は言う。

「でも、兄貴が大事で
兄貴のことを守りたくて
この世界にいる俺は、
加護も魅了も関係ない。

そうだろ、兄貴。

俺と兄貴が兄弟で、
助け合って生きてた時の
感情は、加護も魅了も
関係ないんだから」

そう言われて。
俺は確かに、って思った。

俺が感じる義兄への
兄弟愛は、加護も魅了も関係ない。

同じ様に、
前世の弟の感情もまた、
加護は関係ない。

なにせ前世の時の感情だからな。

「そういう意味では、
ルティクラウン殿下も同じだろ?

この世界の兄貴の魔力とか
加護は、兄貴の同僚だった
ルイってやつとは
全く関係ないんだから」

その言葉に、俺は、なんか
そうだ!って思った。

俺は向けられる愛情が
本物かどうか、って
不安になったけれど。

そしてそれが偽物か
本物かを証明することなど
できないけれど。

少なくとも俺には、
加護や魅了など関係なく
俺を大好きだ言ってくれる
義兄と友がいる。

……いや、言われてないかも?

まぁ、だけど。

俺は二人のことが好きだし、
友情も愛情も感じている。

これは、魅了なんて関係のない思いだ。

「理解できた?」と義兄に言われ、
俺は、うん、と頷く。

「じゃあ今度は俺の話を聞けよ、兄貴」

義兄はさっきまでは
申し訳なさそうな顔だったのに、
今度は拗ねたような、
俺の弟の顔をする。

「なんだ?」

「ルイってやつと
仲良しなのはわかったけど
俺を除けもんにすんなよ」

ははっ。
やっぱり拗ねてた。

俺は不安だった気持ちから一転、
前世弟の可愛さに笑ってしまう。

「あぁ、兄様、大好きだ」

俺は立ち上がって
義兄の前に立った。

そして両膝を床に付き、
ぎゅーっとベットに座った
義兄に抱きつく。

義兄も笑って俺を受け止めた。

「二人っきりの兄弟だったのに、
ルイが急にでてきて
不安になったんだろ」

俺が言うと、
義兄は、だって、という。

「前世の話ができるのは
俺と兄貴だけで、
特別だって思ってたから」

そんなことを言う
前世弟……いや義兄も可愛い。

「仲間外れなんかしないし、
兄様も一緒に調べてよ。

紫の瞳の秘密と、
女性の出生率低下の原因」

「今までずっと研究されてたのに
解明できてないんだぞ」

「でも、当事者の俺が
頑張ったら解明できるかもしれないだろ」

俺が言うと、義兄はそうだけど、と言う。

「手を貸してくれよ。
子どもの俺じゃ、
調べるのにも限度があるし」

「……わかった」

しぶしぶといった感じで
義兄は言う。

よし、言質は取ったぞ。

俺は義兄の腰にしがみついたまま
そのお腹に顔をぐりぐりした。

「なんで急に甘えてくるわけ?」

「俺の前世弟が可愛いから」

「……俺の方が兄なんだけど?」

今更なことを言う義兄に
笑いが込み上げる。

と、急に部屋にノックの音が響く。

「はい」と義兄が返事をした。

ドアが開き、サリーが入ってくる。

「アキルティア様、
お食事の準備が……」

とサリーが俺を見て。

一瞬見て、すぐに目をそらした。

うん?

けれど、また俺を見る。

どうした?

「あ、あの。
……いえ、
失礼いたしました!」

サリーは素早く頭を下げて
慌てた様子で出て行った。

「なに?」

俺は義兄を見上げる。

義兄は閉まったドアを見つめ

「そうか。そうなるよな」
と呟いた。

何がそうなるんだ?

俺はただただ、
首を傾げるしかなかった。






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