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婚約騒動が勃発しました
89:発熱しました
しおりを挟むその日はティスが来てくれて
俺たちは、うやむやのうちに
解散になった。
ティスがルティクラウン殿下を
王宮に連れて帰ってくれたのだ。
正直俺は助かったし、
ティスにしがみついて
お礼を言いたいぐらいだった。
だがそんなことが
学園でできるはずもなく、
代わりにティスの手を
ぎゅっと握って
「来てくれてありがとう」と
心の底からお礼を言った。
ティスは恥ずかしそうな顔をして
「私も頼ってくれて嬉しい」
という。
可愛いなぁ、ティスは。
頭をぐりぐり撫でてやりたいぐらいだ。
それにしても、
ルティクラウン殿下は
きっと前世の記憶持ちだ。
でもまだ、
俺のことをバラすのは
時期早々だよな。
それにルティクラウン殿下、
俺の前世を、知ってるかも?
俺と義兄の例があるし、
この世界に、
俺たち以外に記憶持ちが
他にいないとは限らない。
これ、義兄に相談した方が
良いだろうか。
でも相談しても
解決策はないよな。
俺がルティクラウン殿下の
前世の姿がわかれば、
また違うだろうけど。
義兄に相談しても
俺の前世の友人知人なんて
義兄は全く知らないだろうし。
どうするか悩ましい限りだ。
俺が唸っていると
ルシリアンとクリムが
すぐに寄ってきてくれた。
クリムは
「大丈夫でしたか?」と
優しく聞いてくれたし、
ルシリアンは
「ルティクラウン殿下、
わけのわからないことを
早口で言ってましたよね」
と憮然とした表情で言う。
確かにわけがわからない
話だったと思う。
ほぼほぼ、前世の知識で
話をしてたからな。
さてどうするかな。
その日はキールに言われ、
俺たちはまっすぐ
タウンハウスに戻った。
できれば義兄に
相談したかったが、
義兄は忙しいらしく、
その日はタウンハウスには
戻ってこなかった。
ただ、ティスから
報告はされていると思う。
むしろ、
そのせいでタウンハウスに
戻ってこなかったのでは?
義兄よ、仕事を増やして
すまない。
でも俺のせいじゃないからな。
俺は心の中で言い訳をする。
そしてその翌日から
さりげなく、
ルティクラウン殿下からの
接触があるようになった。
たとえば、休み時間に
急に話しかけられたり。
昼休みにわざわざ
中庭にやってきたり。
こちらとしても
あからさまに
避けるわけにはいかないので
適当に相手をするのだが、
おかげでキールも
ルシリアンもクリムも
俺のそばでピリピリしている。
やばい。
前世から今まで
感じたことが無い
人間関係のストレスで
胃が痛くなりそうだ。
俺、学園休んでも構わないかな。
タウンハウスに引きこもりたい。
なんて俺が弱音を吐いても
いいだろううか。
……言わないけど。
と、頑張っていたら、
熱が出た。
前世だったら
これぐらいのことで
会社を休むなんて
絶対になかったのに。
やっぱりこの体は
体質的に弱いんだな。
体力もないし。
俺が熱が出たことが
わかったのは
今朝のことで、
義兄が仕事に出た後だった。
俺が普段以上にのろのろと
朝食を食べていたので
心配したサリーに
熱を測られて発覚したのだ。
サリーもキールも、
そばにいた侍女や
メイドたちも驚いたようで
俺はあっという間に
制服を脱がされ、
寝間着を着せられて
ベットに運ばれた。
執事に心配させたくないから
義兄と父に知らせるなら
夕方以降にしてくれと頼み、
俺は素直にベットに横になっている。
今のうちに
状況を整理しようか。
たとえば、
ルティクラウン殿下のこととか。
一応、会話はしている。
だが深い話は会議室以降、
一切していない。
だが、俺はなんとなく
ルティクラウン殿下の
前世の姿が想像できる
ような気がしていた。
俺に関わってくるときの
態度や口調、言葉選び。
どれもが俺の前世の記憶を
刺激してくるのだ。
ただそれは、
俺がそう思うだけで
確信はない。
気のせいかもしれないし、
俺の記憶の中の人物と
似ているだけなのかもしれない。
とはいえ。
ルティクラウン殿下に
「前世の記憶ありますか?」
なんて聞けないし。
ましてや
「俺のこと知ってる?」
なんてことも言えない。
どうしようか。
そんなことを思っているうちに
俺はウトウトしてしまった。
だからだろうか。
夢を見た。
前世の夢だ。
俺はいつものように
会社に出て、
オタク同僚たちと一緒に
パソコンに向かって
仕事をしている。
すると、俺の同期だが、
別の部署にいる友人が
ふらりと部屋に現れた。
「おーい、アキラ」
手には小さな箱がある。
「これ、やる」
俺は素直に受け取って
箱を開けた。
ネクタイピンが入っている。
「どうしたんだ? これ」
「俺とお揃い」
「はぁ?」
「だってお前、
ネクタイピン持ってないだろ?」
「そんな金はない」
俺が言うと、そいつは笑う。
「だから、やる。
ついでに俺の着てないスーツもやる。
俺と一緒に他社に行くのに、
ヨレヨレの恰好はやめろ」
そいつの言い方はきついが、
言い分はわかる。
そしてこいつは
そう言いながら笑っている。
それに俺はコイツが
本当に衣装持ちで、
着てない服が山ほどあり、
捨てるのに困っていることも
知っていた。
「どれぐらいいる?」
「スーツか?
3着もあればいいかな」
「それぐらいでいいのか?」
もっと欲張れ、と言われたが
俺はそれで充分だと答える。
「欲がないなぁ、アキラは。
だから俺はお前を
気に入ってるんだけどな」
なんて言って。
そいつは楽しそうに笑って。
「お前は俺の
最初で最後の、
たたひとりの親友だよ」
そんなことを言って
そいつは、また笑う。
そして、そいつは
また口を開いた。
が。
その声は小さすぎて
聞き取れない。
「なんだって?
もう一度、言ってくれよ」
俺はそういうが、
何故かそいつの声だけ聞こえない。
それどころか、
どんどん、そいつの姿が
遠ざかっていくようで、
俺はそいつを慌てて追いかけた。
「待てって!」
俺は叫んだ。
瞬間、はっと目を開けた。
……夢、か。
「アキ!
アキルティア、
大丈夫か?」
いきなり声が聞こえて
俺は一瞬、夢と現実の境が
わからなくなった。
誰だ?
と声がした方を向くと
心配そうな顔をした義兄がいる。
「アキルティア?
あぁ、そうだった。
俺は、アキルティアだった」
そんな言葉がつい口から出る。
意識が混乱している。
「アキルティア?
いや、兄貴?」
心配そうな義兄の声に
俺は息を吐く。
「ごめん、何でもない。
夢を見てただけだ」
「前世の?」
「あぁ、でもただの夢だ」
俺は体を起こす。
義兄はそんな俺に
手を貸してくれて
俺は背中にクッションを入れて
ベットに座った。
「何か、心配ごとがあるのか?」
「大丈夫、何もない」
「ルティクラウン殿下のことも?」
俺は一瞬、ドキっとした。
でも。
「あぁ、大丈夫だ」
「兄貴がそう言うなら、
わかった。
そう言うことにしておく。
だけど、なんかあったら
ちゃんと俺を頼って?
俺は今、アキルティアの
兄なんだから」
そうだな。
俺は今、義兄の弟で
守られていい存在なんだ。
そう思うと、
身体の力が抜ける。
俺はもう、
一人で頑張らなくても
いい人生を生きているのだ。
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