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婚約騒動が勃発しました
75:白い花は祝福の花
しおりを挟む俺がティスと歩いていると
花の匂いはどんどん強くなっていく。
すぐそばに花壇でも
ありそうだと思っていたら、
ティスが急に立ち止まった。
「ここから入れるよ」
その言葉に生垣を見ると、
生垣の真ん中に木の扉があった。
ティスがその扉を
押して開けると、
すぐに真っ白い花の群生が見える。
「わぁ」
思わず俺は声を挙げた。
目の前一面、
白い花で埋め尽くされている。
背が高い花のようで
入口からでは
地面が見えない。
「ほら、入って」
ティスが俺の手を引く。
俺の後ろで扉が閉まり、
甘い香りがさらに強くなった。
見たことのない花だ。
「この花、使えるかな?
香りが強いから良いと思ったんだけど」
よく見ると、
咲き乱れているように
見えた白い花は
きちんと花壇のような場所に
植えられている。
それにきちんと花壇を見て
歩けるように、
整頓された道があった。
俺はティスに誘われるまま
花のそばまで行く。
見事な花だ。
沢山花びらがあって、
とても大ぶりな花。
薔薇ではないな、きっと。
牡丹?
漫画とかで良く見かけるやつ。
それにこの花の匂い、
甘くて俺、結構好きかも。
柔軟剤にこの匂いがあったら
俺、絶対に買ってたと思う。
俺が花の匂いを嗅いでいると
ティスが一本、
花の茎を折って
俺に手渡した。
「どうぞ」
匂いを嗅ぎすぎただろうか。
わざわざ花を手折り
渡してくれるほど
匂いを嗅いでいたとは。
俺は恥ずかしくなったが、
素直に花を受け取った。
「この花はね、
『祝福』って呼ばれてるんだ」
「祝福?」
『最愛』という花もあったし、
この国の王家は
花を大切にしてるんだな。
ティスは俺の持つ花を見て、
俺に笑顔を向けた。
「教会に礼拝するときとか
神に感謝を捧げる時とか。
そう言った時にも使うんだ。
この花が神様からの
祝福という意味もあるし、
この花を持っていたら
祝福を神から
与えて貰えるって
意味もあるんだよ」
へぇ、すごいな。
って、そんな凄い花を
匂い袋にして大丈夫か!?
俺が目を見開いたことに
気が付いたのだろう。
ティスが花壇に目を向けて
「こんなに沢山あるのに、
使うのは、いつもほんの
少しだけなんだ」
と言う。
「祝福の花だから
枯れさせるわけには
いかないけれど、
正式な使い道は
ほとんどないからね。
それにこんな奥の庭だと
わざわざ誰も見に来ないし。
見られることもなく、
ただ咲いてるだけの花なんて
可哀そうだと思わない?」
そう言われたら
俺もそんな気がしてきた。
祝福の花なんて名前が
付いているのに、
飾られることも無く、
誰にも見られることなく
ただ花を咲かせて
枯れていくだけなんて。
「それとも匂い袋にするには、
何か特別な条件があるの?」
ティスの疑問に
俺は首を振る。
そんなものなど無い。
この花は匂いが強いから
これを乾燥させたら
そのまま匂い袋になると思う。
香りが弱い花は
オイルを垂らしたりするけれど
この花は何もしなくても
大丈夫だろう。
それでも貴重な花っぽいし
本当に使っても構わないのだろうか。
「こんな大きくて
立派な花を使っていいの?」
めちゃくちゃ高級そうな花だ。
いや、それだけじゃない。
高級で貴重な花っぽい。
「大丈夫。
だっていつも余ってるし。
これで、作ってくれる?」
そうまで言われたら断れない。
「いいよ。
じゃあ、これで作ってみる」
そういうと、
ティスは目を輝かせた。
「えっと、それじゃあ、
花はこれを貰うとして、
袋はどんなのがいい?」
とはいっても、
俺は裁縫ができないから
サリーにお願いするしかないんだけどな。
希望を聞いて、
それに沿うような布を
サリーに探してもらうことにしよう。
そう思ったが、ティスは
少しだけ考えるような素振りをして
首を振った。
「袋は……私が用意するよ」
「いいの?」
「あぁ。
準備できたら
公爵家のタウンハウスに
届けさせるから、
それで作って欲しい」
俺はわかった、と頷いた。
袋を用意してくれるなら
花を乾燥させたら
匂い袋なんてすぐにできる。
これぐらい誰でも作れるのに、
きっと毒とかそういうのを
心配してティスは誰かに
作ってもらうことが
できないだろうな。
王族って大変そうだ。
俺はティスに同情の
目を向けつつ、
白い花を見る。
「アキ、付けてみて?」
何を?
と思ったら、
俺の手にあった花を
ティスは掴んだ。
そして長かった茎を
短くして俺の髪に
かんざしのように挿す。
「うん。似合う」
いやいや。
それ、女子にしてあげて!
いくらなんでも、
それを男にするのは
どうかと思うぞ!
何か無駄に恥ずかしい。
とはいえ、
せっかくティスが
付けてくれたのに
無下にするわけにはいかない。
「少し歩こう」
ティスに言われて
俺はまた手を握られた。
ゆっくりと、
ゆっくりと俺は
ティスに手を引かれて
白い花の中を散歩する。
甘い匂いが歩いているだけで
髪や服に付きそうだ。
「花はアキが帰る時に
持って帰れるように
準備させるよ」
ティスは笑いながらいう。
俺が匂い袋を作ると
言ったのが本当に嬉しいみたいだ。
……ティスは素直だな。
俺の髪に花を
挿してくれたのも、
純粋に俺に似合うと
思ってやっただけで
他意はないようだし。
この素直さ、義兄にも
見習って欲しいぐらいだ。
しかし、素直すぎるのも
王子としては心配だよな。
それに反抗期!
義兄もティスも、
反抗期はどこに行ったんだ!?
真面目に頑張る二人が
ある日突然、心が折れて
グレないか俺は心配してしまうぜ。
そんなことを
つらつら思いつつ、
俺は甘い花の匂いを
胸いっぱいに吸い込んだ。
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